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追放同然に人界へと出てきた魔界の王子サマエルは静かな暮らしを望むが、敵対する神族や兄との確執がそれを許さず、天界との最終戦争に巻き込まれてゆく。巻の一〜四/完結、HP掲載。巻の五/緑柱石の記憶/配信中!

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2008/05/10

ファンタジー長編小説「紅龍の夢」第200号

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     ┃フ┃ァ┃ン┃タ┃ジ┃ー┃長┃編┃小┃説


                  ┃紅 ┃龍 ┃の ┃夢

     ┃第200号

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      □ 巻の五

      ── 緑柱石(エメラルド)の記憶/The Memory of Emerald ──

       ◇第34回

*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……

 8.夜の宝石(4)

 シンハはラシアスを背に乗せ、先ほどの騒ぎからかなり離れた、人気のない
場所にやって来た。
 オアシスと呼ぶには気が引けるくらいの小さな泉と、周辺に緑が少しある。
 彼女を降ろすとシンハは輝き、紅毛の少年が現れた。
「ふう、ここなら静かだろ」
「よくご存知ですね、素敵なところ……。
 ──カンジュア!」
 美女は物珍しそうに周囲を見回し、ストールを魔法で出すと、羽織った。

「だろ? 前にシンハが見っけてたんだ。
 ──カンジュア!」
 ダイアデムは魔法で、象牙色の敷物とクッションを二個、白いティーカップ
を二つ乗せた銀の盆を出した。
「ついでに火も熾(おこ)すか。
 ──イグニス!
 さ、座れよ」
「はい」

 砂漠の夜は、思いの外、気温が下がる。
 小さな焚火を前に二人は隣り合って座り、ダイアデムは、温かい湯気の立つ
純白のカップを美女に渡した。
「ほら、あったまるぞ」
「ありがとうございます」
 彼女は礼をし、カップを受け取った。

「……んで、デートんときって、何しゃべりゃいーんだろな?」
 茶をすすりながら、ダイアデムは上目遣いに彼女を見た。
 美女は優雅に小首をかしげた。
「そうですね……では、自己紹介から参りましょうか?」
「あ、そっか、あんたの名前も知らなかったんだっけ。
 けど、敬語はやめよーぜ、うざってーから。
 オレのことはダイアデムでいいし。で、あんたは……?」

「ラシアスよ。さっきの彼は、ヴァイス。雪豹なの。
 でも、わたしは蜥蜴(とかげ)だから、肌が冷たくて濡れてて嫌だって……」
 美女はうつむいた。
 ラシアスが言っているのは、魔族の第二形態のことである。
 魔族は成長すると、ごく少ない例外を除き、そのほとんどが第二の姿を持つ
ことになるのだ。

「よっし、その調子な。
 ……冷たいって? どれ」
 ダイアデムは、美女の浅黒い腕に触れる。
 ひんやりとした感触は、サマエルを思い出させた。
 王子の第二形態は蛇なので、多少似ているのだろう。
「ふーん、たしかにつめてーな。
 けど、ベッドの中であっためてやる楽しみがあっていいじゃんか、なぁ?」
 彼が顔を覗き込むと、ラシアスは、ぎこちない笑みを返してきた。
「……え、ええ」

 わずかに身を引く仕草に気づいた宝石の化身は、にっと笑った。
「心配すんなよ、ベッドになんか連れ込まねーから。
 呪いがかってるせいで、オレ、女は駄目なんだ。
 今夜は特別な日だから、たまにゃ、女の子とゆっくり話してみてーなって
思っただけさ」
「そうなの……でも、魔界の至宝のあなたに、どうして呪いが……?」

 するとダイアデムの表情が曇った。
「……昔、シンハに惚(ほ)れ過ぎて狂っちまった女がいてな、死ぬ間際、呪い
をかけたのさ。
『“焔の眸”と相思相愛になった女は、非業(ひごう)の死を遂げる』って……。
 だから、オレらにできんのは、『他の男を愛してて、心変わりしそうもない
女の子相手に、楽しくおしゃべりする』くらいさ……」

 美女は眼を伏せた。
「……ご免なさい。あなたが嫌って言うんじゃなく、わたし、彼との子供しか
作りたくないの」
「へー、そこまで思われてんのに、あの野郎、しょうがねーな」
 言いながら彼は、カップを口に運ぶ。

 ラシアスはにっこりした。
「でも、よかったわね。サマエル殿下は男性、その呪いには当てはまらないし、
あんな美しい方が恋人なんて、うらやましいわ」
「──ぶはあっ!」
 それを耳にしたダイアデムは、たった今口に含んだ茶を勢いよく噴き出した。
「──げほっ、げほっ!」
「だ、大丈夫?」
 激しくむせる少年の背中を、ラシアスは慌ててさする。

 彼は真っ赤な顔でカップを放り出し、両手を振り回した。
「こ、恋人なんかじゃねーよ、オレは宝石の精霊、お前らナマモノとは違うん
だからな!
 あの女だって、変な呪いをかけたもんさ、石っころのオレと相思相愛になる
だとか……!」
「いいえ、あなたはわたし達とおんなじよ。誰かを好きになる心があれば、
魔族も人族も神族でも、そう、宝石だって皆、同じだわ」

 それを聞いたダイアデムの動きがぴたりと止まり、その眼からは大粒の涙が
こぼれ出た。
 涙は彼の膝や敷物、砂の上に転がり落ちて、紅く燦然(さんぜん)と輝く。
「あ、ち、違……な、泣いてなんかねーぞ、ゴミが眼に入っただけだ!」
 彼は慌ててごしごし顔をふいた。

 ラシアスは、輝く宝石を砂ごとすくい上げ、砂だけをさらさらとこぼす。
「綺麗な涙……あなたも辛い恋をしてるのね……。
 殿下とうまくいってないの?」
「だ、だから、恋なんかじゃねーってば。けど……」
 ダイアデムはうつむいた。
「けど、何?」
 ラシアスは彼の顔を覗き込んだ。

「……あいつ、滅茶苦茶なんだ。
 すぐに自分の体切り刻んだり、死のうとしやがる……。
 あいつが死んじまったら、オレ、どーすりゃいいんだよ……。
 それに……生身じゃねーオレのことなんか、どうせすぐ飽きて、ゴミみたく
ぽいって捨てられんだろーなとか思うと、何だか一緒にいても、しょーがねー
よーな気になってよ……」
 彼は、くすんと鼻をすすり上げた。

「そうなの……。
 大好きな人が、自分自身を大事にしてくれないのは、見てて辛いわね……。
 でも、サマエル殿下は、あなたを捨てたりはしないと思うけど。
 さっきもわたしのこと、すごい眼で睨んだのよ。
 ……一瞬だったけど、体がすくんじゃった。
 殿下もあなたのこと、とても好きなんだわ」
 ラシアスはそう言ったが、ダイアデムは聞いていなかった。

「……オレは女でも男でも……それどころかナマモノですらもねー、ぴかぴか
光る石……。
 けどなんで、宝石の精霊なんかに生まれちまったんだろう。
 もしオレが普通の魔族だったら、身分の違いはあっても、あいつとも普通に
付き合えたかもしんねーのに。
 いーや、オレが、ただの石っころのままでいりゃよかっだんだ。
 そうすりゃサマエルだって、シンハに苦しめられることもなかったし、オレ
も……オレも、こんなに……」
 ダイアデムは言葉を途切らせ、頭を抱えた。再び涙があふれ、砂に落ちる。

 自分だけの思いに浸る少年を、美女はそっと揺さぶった。
「……ね、ダイアデム。今の話、サマエル殿下にしたことある?」
 彼は顔を上げた。
「え? いや……」
「じゃあ、言っちゃいなさいよ、全部。
 あなたが思ってること、心配なこと、悩んでること、みーんな。
 そしたら殿下もきっと、眼を覚ましてくれると思うわよ」

「そうかなぁ……?」
 ダイアデムは小首をかしげる。
「ええ、だってサマエル殿下は、あなたのことがとっても好きみたいだもの。
 さっきみたいに全部ぶちまけて、泣いてお願いして、それでも駄目なら、
思い切って別れちゃえばいいのよ。
 ──なーんてね、わたしだって、そんな偉そうに言えないけど」
 そこまで言うとラシアスは、ぺろりと舌を出した。

 こうして見ると、最初受けた印象よりも、彼女はかなり若いようだった。
「ホント、他人のことは何でも言えるのよね。
 なのに自分のこととなると、全然……」
 ため息混じりに、ラシアスは首を横に振る。

「言ってねーっていえばさ。オレ、あいつに秘密にしてること、まだあるんだ。
 だって、これ知ったらあいつ、余計に死にたくなっちまうかも知んねーんだ
もん……。
 でも、ベルゼブルが言ってた。女の呪いが解けないのは、この秘密を解放
できてないからかも、って……」
 眼をこするダイアデムを、ラシアスは横目で見た。
「……ふうん。表面だけ見てうらやましいって思ってたけど、あなた達って、
何だか大変なのね」

「うん、色々こんがらがっちまっててさ……」
「ともかく、話してみたら? 今のまんまじゃ、辛いでしょ?」
「んー、今さらって感じもするけど、この頃、あいつとはロクに口も利いて
ねーしな。一度ちゃんと、話してみなくちゃいけねーかも……」

 そうやって二人が話し込んでいるうちに、東の空が白み始めてきた。
 ダイアデムは、ぱっと立ち上がった。
「いっけね、もう夜が明けちまう。
 送ってくよ、ラシアス。家、どこだ?」
「え、でも、悪いわ」
「平気さ、シンハならひとっ走りだ」
 そう言うと少年の体は輝いた。

 シンハはラシアスを再び乗せ、彼女の住処(すみか)へと急ぐ。
 遥か前方に見えてきた、羽を広げた鳥に似た大岩を、彼女は指差した。
「あ、あれよ。あの岩が目印なの。鳥みたいでしょ」
 彼はさらに速度を増し、目標へと向かった。

 砂漠を出て、ごつごつした岩場へ差し掛かったとき。
 シンハは突如、立ち止まった。
「きゃ、どうしたの、ダイ……いえ、シンハ」
 魔界のライオンは低く唸り声を上げ、背中の毛を逆立てている。

 そこにいたのはなんと、彼女の思い人だった。
「ヴァイス……」
「なんだ、お前か」
 男は、うんざりしたように眉をしかめた。
 まだ若いラシアスが盲目的に愛情を注ぐだけあって、なかなかの男前である。

 そのとき、男の後ろから女性が現れて、ラシアスは蒼白になった。
 黒の短髪、釣り上がった紅い眼、白い肌をこれ見よがしに露出する大胆な服
を身につけ、こちらもまた、かなりの美女だった。
「ヴァイス、そ、その人……」
「ふん、お前には関係ないだろ」
 男はふてくされたようにそっぽを向く。
「駄目よ、その人から離れて!」
 ラシアスは叫び、女性に飛びかかっていった。

「──きゃあ、何すんのよぉ!」
 突然襲われた女性は、悲鳴を上げた。
「──アラネア! くそ、やめろ、ラシアス!」 
『待つがいい、ヴァイスとやら』
 助けに向かおうとする男の前に、シンハが立ちふさがる。

「シ、シンハ様!
 おどき下さい、あいつは、嫉妬に狂ってこんなことを……」
『何を申すか。ラシアスは、汝のため闘っておるのだぞ』
「俺のため?」
 男はぽかんとした。

『左様。しかと見るがいい』
「は、はあ……」
 促されたヴァイスは渋々、派手なつかみ合いを演じている二人の女性に眼を
やった。

「ええい、邪魔するんじゃないよ、このアバズレ!」
 黒髪の女は、ラシアスの頬を張ったが、彼女も負けていない。
 お返しに往復ビンタを食らわす。
「嫌よ! 彼は渡さないわ、諦めなさい!」
「──痛たたっ! よくもぶったね!
 あの人はもう、とっくにあたしのもんなんだよ!」
「そうはさせないわ!」

 魔法をあえて使わない、女同士の激しい肉弾戦を背景に、シンハは重々しい
声で男に問いかける。
『汝は、かの女の第二形態を知っておるのか?』
 彼女達から目を離せないまま、男は答えた。
「はあ、ラシアスは蜥蜴(とかげ)で……」
『いいや、我が申しておるのは、今一人の方よ』
「アラネアですか。いえ、まだ聞いてませんが……」

 するとライオンは、どうしようもないと言いたげに頭を揺すった。
 炎のたてがみから、紅い火の粉が周囲に飛び散る。
 それから、託宣(たくせん)を下すように、彼は厳(おごそ)かに告げた。
『暗愚(あんぐ)な男よ、よっく聞け。あれはな、蜘蛛(くも)なのだぞ!』
「──ええっ、蜘蛛!?」
 ヴァイスは、弾かれたように振り返った。

                                    to be continued...

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     ◆ 後記 ◆

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 ついに通算200号です。
 ここまで来れたのも皆さんのお陰です、ありがとうございました。
 何も特別なことはできませんが、これからも頑張って続けていこうと思い
ますので、よろしく。

 それから、先週、番外編(11)をUPしたつもりだったのですが、表示されて
いなかったかも知れません。
 読めなかった方、すみませんでした。
 直しておきましたので、もう大丈夫のはず……です(汗)。


 たくせん【託宣】
 神仏が人にのりうつったり夢の中に現れたりして、その意志を告げること。
 また、そのお告げ。神託。

 あんぐ 【暗愚】
 道理がわからず賢さに欠ける・こと(さま)。愚か。

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 ■発行者   :流河 晶
 ■マガジン名:紅龍の夢
 ■マガジンID:0000131099
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