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追放同然に人界へと出てきた魔界の王子サマエルは静かな暮らしを望むが、敵対する神族や兄との確執がそれを許さず、天界との最終戦争に巻き込まれてゆく。巻の一〜四/完結、HP掲載。巻の五/緑柱石の記憶/配信中!

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2008/03/22

ファンタジー長編小説「紅龍の夢」第193号

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     ┃フ┃ァ┃ン┃タ┃ジ┃ー┃長┃編┃小┃説


                  ┃紅 ┃龍 ┃の ┃夢

     ┃第193号

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      □ 巻の五

      ── 緑柱石(エメラルド)の記憶/The Memory of Emerald ──

       ◇第27回

*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……

 7.罪と罰(1)

「そう。私も父親殺しの重罪人なのさ、シュネ……」
 サマエル様は、重ねて言った。
「そ、そんな口から出任せ、言わないで下さい!
 ぼ、僕に、話を合わせる気なら、も、もっと、うまい嘘、ついたらどうです
か!」
 僕がむきになると、彼はにっこりした。
「本当の話だよ、ダイアデムに聞いてご覧、彼は知っているから」

 こんな深刻な話をしてる時に、どうして笑ったりできるんだか、その神経が
分からない。
 ともかく、彼の話を詳しく聞いてからホントかどうか判断しようと、僕は
思った。
「そ、それじゃあ、聞きますけど、サマエル様は、なんでお父さんを殺したん
ですか?
 お父さんのこと、そんなに嫌いだったんですか?
 それとも……僕みたいに、間違って……」

 彼は、かぶりを振った。
「いや、さっきも言ったように、嫌われていたのは私の方だよ。
 そして、過(あやま)ちで殺してしまったわけでもない。
 兄タナトスの前に魔界の王だったベルゼブル陛下……それが、私の父親と
された人だったが……」
「ち、“父親とされた人”、って、どういう意味ですか?」
 僕が訊いたら、サマエル様は少し悲しそうな顔をした。

「ああ、おそらく私は、ベルゼブル陛下の血を引いた、本当の子供ではない
のだよ。
 汎魔殿では、王妃である私の母が、姦淫(かんいん)して身ごもった子だろう
と噂されていた……。
 陛下が、私を毛嫌いしていらしたところを見ると、それは真実なのだろうな。
 ……そして相手は、おそらく……」

「あ、あの、カンイン、って何でしょう」
 僕は、つい、また口を挟んだ。
 その言葉を僕は初めて聞いたし、僕はこの一年で、分からないことをすぐ
質問する癖ができていたんだ。

「ああ、つまり、母が誰かと浮気をして、その結果できてしまった子供が私、
ということだな」
 表情も変えずにサマエル様は答えてくれたけど、僕は、かっと顔に血が昇り、
慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい、変なこと聞いちゃって……」

「いいよ、遠慮は要らない。意味が分からなければ、話も見えないからね」
 サマエル様は、大して気にした感じでもなく、話を続けた。
「……ともかく、陛下が私を無視し続けたために、兄も幼い私を虐待し、家臣
達も、極力私には関わらないようにしていた。
 住む者すべてが贅沢な暮らしを謳歌(おうか)する、豪奢(ごうしゃ)な汎魔殿
の片隅で、私は王子でありながら、誰からも見捨てられていたのさ。
 時には食事も満足に与えられず、餓えて倒れたこともあったな……」

「ひ、酷い!
 いくらお母さんが浮気したって、子供のあなたには関係ないのに!」
 僕が憤慨(ふんがい)すると、サマエル様は肩をすくめた。
「多分陛下は、生まれたばかりの私を、即刻処分してしまいたかったのだろう。
 だが、魔界では、子殺しは一番の禁忌(きんき)でね。
 魔族の長である陛下が、表立って禁を破るわけにはいかない……私が殺され
たりすれば、真っ先に疑いが掛かるから。
 それでわざと私を酷く扱い……そう、口には出せないような、悲惨な目にも
たくさん遭った……直接手を下さずとも、私が死ぬよう仕向けたのだろう。
 ……結局私は、まだこうして生き恥をさらしていて……現在も、陛下を失望
させているわけだけれど」

 ……そんなことって、あるんだろうか。
 いくら血のつながってない親子で……サマエル様が本当の息子じゃないから
って、そこまでする?
 僕は心が痛んだ。
「……酷い話ですね。
 それじゃあ、僕があなたの立場だって、多分、義理のお父さんのこと、憎く
なっちゃうと思います……」
 
 サマエル様は眼を伏せた。
「そう。たしかに、あの方を憎む気持ちがなかったと言えば、嘘になる……
あのとき……陛下を殺さずに済む方法も、考えついてはいたから……。
 でもね、彼の死体を目の前にしたとき分かったのだよ、私はこの人を、父親
として慕(した)っていたのだ、とね……」

「サマエル様……」
 なんて気の毒な、可哀想な人なんだろう。
 僕なんかより、ずっとずっと、何倍も何十倍も悲しくて、辛い目に遭って
来てたんだ……。
 そう思ったら、また涙が出てきて、止まらなくなった。

 サマエル様は、びしょ濡れの僕の頬に、そっと触れた。
「私のために泣いてくれるのかい、優しい子だね、キミは。
 だが、うらやましいよ。私の眼は、“カオスの貴公子”の称号を受けてから、
涙を流す機能を失ってしまった……。
 もはや私は、泣くことさえもできない……」

「え? 涙を流せない……?」
 僕は顔を上げた。サマエル様が、涙でぼやけて見える。
「そうだよ。透明な膜に覆われているのだ。
 ご覧、この外側のまぶたは、単なる飾りに過ぎないのさ……」
 ごしごし涙をふいて、彼の眼を覗き込んでみると、たしかにそうなっていた。
「ホントだ……え?」
 サマエル様の紅い瞳の中に黒い炎が現れるのと、彼に両肩をつかまれるの
とは同時だった。
 そして、今まで優しかった彼の声の質までが、がらりと変わった。
 
「──ねぇ、シュネ。
 キミ自身に落ち度がないのに、両親の死に責任があるというなら、みずから
父王を殺すことを選んだ私は、どうなるのだい?
 今でも時々夢に見てうなされるよ、陛下を殺してしまったときのことを。
 手にした剣が肉を切り裂き、心臓にまで達した時の感触を……。
 だから、シュネ、私と一緒に死んでくれ。
 父親を手にかけてしまった者同士、死んで罪を償(つぐな)おう。
 私に同情を寄せてくれるキミとなら、淋しくない……」

 サマエル様の瞳に踊る暗い炎を見つめながら、彼の……地の底から響いて
来るような声を聞いているうち、頭が痺(しび)れたようにぼうっとなって、
心の中に、死への願望がどんどんと膨らんでいった。

 ……そうだ、僕らは親殺し、生きてちゃいけない……死刑になるべきなんだ。
 この美しい人と死ねるんなら、怖くない……。

 僕はいつの間にか、うなずいていた。
 口からも自然と、同意の言葉が出て来る。
「……ええ、死にましょう、サマエル様。一緒に……」

「ありがとう、シュネ」
 サマエル様はとても嬉しそうに微笑み、それから呪文を唱えた。
「──ディ・プロファウンディス!」
 現れた金色に輝く矢を、彼は僕に渡した。
「この矢を、私の眉間(みけん)に突き刺すのだ。
 これ以外に、私を殺す方法はないのだよ……」
「え、でも、僕は……?」
 それだと僕一人、生き残ってしまうんじゃないだろうか。

「──エンサングイン!
 大丈夫、私が絶命する前に、この剣でキミを殺してあげるから。
 ご覧、猛毒が塗ってあるのだ……まったく苦しまずに逝けるよ」
 サマエル様は、呪文で出した美しい短剣を僕に見せた。
 これも全部金色で、柄の部分には、色とりどりの宝石がはめ込まれている。
 その鋭い切っ先は、毒で青黒く濡れていた。

 それから彼はひざまずき、僕が持っている矢の先端を、自分の額に向けた。
「さ、ここを狙って」
「……はい」
 これで楽になれる。サマエル様も、そして、もちろん僕も。
 そう思った瞬間だった。
 突然、サマエル様の紅い指輪が激しい閃光を発し、僕の眼を貫いたのは。

「──わ、痛たた……!」
 突き刺さるような痛みが走り、僕は思わず眼を覆った。
「大丈夫かい、シュネ?」
 サマエル様が、心配そうに声をかけて来る。
「え……ええ、もう平気みたいです」
 痛みはすぐに消え、僕はほっとして手をどけた。

「あれ……?」
 そしたらいきなり、僕は悪夢から覚めたような気分になった。
 ──やっぱりいけないよ、死ぬなんて。
 だって、僕が死んだって誰も悲しまないけど、サマエル様は……そうだ、
ダイアデムは絶対、悲しむに決まってる。
 僕のお母さんみたいに、泣いて泣いて、そしてサマエル様の後を追って、
死んじゃうかも……!

 その考えにたどり着いた瞬間、僕は、金の矢を床に放り投げていた。
「や、やっぱり駄目です、サマエル様!
 僕はいいけど、あなたは死んじゃいけない、ダイアデムがいるんだから!」
「……おや、今の光で術が解けてしまったのか。でも、もう遅いよ。
 キミは、私という悪魔に、同意を与えてしてしまったのだから……」

 サマエル様は、けだるそうに髪をかき上げ、その眼が怪しく光り始める。
 途端に僕の体は、金縛りにあったように動かなくなった。
「あ、あれ……!?」
 面食らっていたら、今度は、僕の意思とは関わりなく動き始めた。
「わあっ、な、なに、どうなってるの、これ……!?」
 そんな気はまったくないのに、手が勝手に、矢を拾い上げてしまう。
「い、嫌だ、どうして……!?」

 何が起きているのか、さっぱり分からない。
 でもサマエル様を見たら、口の中で何か唱えながら、操り人形を動かすよう
な仕草をしている。
 ──まさか、僕を操っているの……!?
 ……ひょっとして、さっき、一緒に死にたいって思ったのも、この人が、僕
の心を……!?

「い、嫌だ、サマエル様、やめて、下さい!
 死んじゃ、駄目、ですってば……!」
 必死にもがき、何とか説得しようとしたけど、彼は僕の言うことになんか、
耳を貸してもくれない。
 そうしてる間にも僕の手は、操られるままに動いて矢を握り直し、のろのろ
と持ち上がっていって、ぴたりとサマエル様の額を狙った。

「サマエル様、もうやめて……むぐ」
 そして、口まで強制的に閉じられてしまった。
(誰か助けて、タィフィン、ダイアデム……!)
 念話を使おうとしたけど、それまでも抑えられてしまっている。
 こんなときに限って、使い魔も近くにいないらしい。
 邪魔しないように、彼が追い払ったのかもしれない。

(──ああ、誰か、助けて! 僕、この人を殺したくないよっ!
 誰か、誰か、彼を止めて、僕に、もう一度お父さんを殺させないで!)
 心の中でいくら叫んでも、誰にも僕の声は届かない。
 ゆっくり、じりじりと……僕の意思に逆らって、黄金の矢は、サマエル様の
眉間に近づいていく。

(……サマエル様、ひどい、ひどいよ……!)
 僕にできたことといえば、たった一つ、彼を見つめて、ただ涙を流すこと
だけだった。

「シュネ、悲しませてしまって済まないね……でも、辛いのは、今だけだから
……。
 死は永遠の安息だ……死んでしまえばすべてから自由になれる……悩みも
苦しみもない暗黒の世界へ、私が導いてあげよう……」
 サマエル様は、にっと笑った。
 こういうのを、凄艶(せいえん)な笑顔っていうんだろう。
 僕は心の底から、この人が怖いと思った。

 その間にもちょっとずつ僕の手は動き、矢はついに、サマエル様の顔に到達
した。
 眼をそらすことも出来ずにいるうち、矢はぷつりと、彼に突き刺さってしま
った。
 彼の眉間から血が流れ始め、そして、矢はどんどん深く刺さっていく。
 必死に止めようとしても、僕の体は前のめりになり、黄金の矢にはますます
力が加わっていって、深く、深く……。
 サマエル様は、その間も、穏やかな微笑みを浮かべていた。

(──嫌だあっ! 誰か助けてっ!
 サマエル様が死んじゃう──っ!)
 僕は心の中で絶叫した。


                                    to be continued...

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     ◆ 後記 ◆

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 かんいん【姦淫】
 男女が道義に背いた肉体的交渉をもつこと。

 <お知らせ>
 すみませんが、まだ体調が戻りませんので、番外編はお休みします。
 次こそ甘々な感じにしようと思ってたんですけど、どうも調子が悪くて、
なかなか書けません…。
 更新できましたらお知らせしますので、もう少しお待ち下さい。

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 ■発行者   :流河 晶
 ■マガジン名:紅龍の夢
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