2008/06/28
「関学出て鞄職人」Vol:78「つばめ <第五章:少年>」
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■【関学出て鞄職人?】
〜 魅力ある物作り、人が、私を変えていった 〜
Vol:78 「つばめ <第五章:少年>」
発行人:田村幸樹
隔週発行
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人は失敗して成長します。 人は体験して成長します。
そして人は人と出会い成長します。
このメルマガを読んで一人でも多くの方が、
物作りに興味を持っていただけたら幸せです。
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発行人プロフィール: 昭和53年 大阪府立泉陽高校卒
昭和59年 関西学院大学文学部卒
昭和60年 有限会社JOB設立
最初はメーカーに依頼して鞄を作っていたが
5年目ごろから独学で鞄を作り始め、現在にいたる
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◆6月29日号 menu
1.Vol:78 「つばめ <第五章:少年>」
2.あとがき
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皆様!こんばんわ!
元気ですか?
今月の初め、メルマガを発行して、あっという間に叉一月が経ってしまいました。
その間に、また、岩手・宮城内陸地震が起こってしまったね。
こんな時期、
もう、震災の話はいいんじゃないか・・・って自分でも思うことがあるんだけど、
「何度も読み返してます。」とか、
「メルマガ届いて嬉しかった。」とかのメールを頂くと、
やっぱり伝えることが自分の役目じゃないか・・・とも思ったりして。
だから、できるだけ皆が元気になるような、
そんな話を書こうと思ってます。
私のメルマガで少しでも元気になってくれたら、本当に嬉しいです。
それでは、今日も長いお話ですが、
Vol:78「つばめ <第五章:少年>」
楽しんでください!
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1.Vol:78 「つばめ <第五章:少年>」
震災から一年が経ち、初めてつばめが巣づくりを終えた頃、
私達の手作りの工房が入ったマンションの改築工事が終了しました。
すぐに、住居のある二階から四階には新しい住民が入居し、
私が以前借りていた一階の東南角には、クリーニング屋さんが店を構えました。
クリーニング屋といっても所謂取次店で、
カウンターを一つ置いただけの簡単なものでした。
私の手作りの工房を一つ挟んで、西南角の店舗は暫くは空いたままでした。
震災二年目のある日、
大きなトラックがその店舗の前に横付けされ、
戦車のような大きな機械が次々と運び込まれてきました。
「長田で被災して、こっちに来ました。
印刷機の音が少しうるさいかも知れんけど、勘弁してください。」
そう挨拶にきたのは、スラリと背が高く、長髪を後に束ね、
額を丸出しにした私より少し年配の男性でした。
そして、その男性の後ろ足にコバンザメのようにピタリ張り付いていたのが、
その少年でした。
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少年はいつも一人で遊んでいました。
歳格好からすれば幼稚園にでも通っていそうなものの、
その様子は全くありませんでした。
天然パーマのうりざね顔で、ひょろひょろにやせたその少年は、
朝、父親と共に車で隣の店舗にやって来て、
仕事を終える夜に一緒に帰って行きました。
近所には、少年と歳の近い小学生達がいましたが、
違う土地から来たせいか、少年が彼らと遊ぶことはありませんでした。
一人で、壁にボールをぶつけたり、スコップを持って空き地の土をいじったり、
いつもたった一人で遊んでいました。
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隣に入った印刷屋では、彼の父親が一人で仕事をしていました。
入居する以前も以後も部屋の内装工事をすることは無く、
壁と床は、コンクリート剥き出しのままでした。
部屋には、数台の巨大な印刷機以外は、たった一つ机が置かれてあるだけでした。
昼の間、印刷機は動きつづけ、
たまに、父親が打ち合わせにでも出かける時には、
少年も車に乗って同行していました。
その時が、少年にとって唯一の楽しみという感じで、
父親に車に呼ばれると、少年は嬉々として乗り込んでいました。
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その頃、私の工房では冬以外、入り口の大きな観音扉を開けっ放しにしていました。
クーラーはあったものの、隙間風がひどかったので、
閉め切ってそれを利用することはありませんでした。
いつも、扉を開放していたせいで、散歩の途中のワンコが立ち寄ったり、
出稼ぎのペルー人達が遊びに来たり、
道行く街の人が声を掛けてくれたり、
学校帰りの小学生達が覗き込んだり、
工房前はいつも賑やかでした。
最初、一人で遊んでいた少年もそんな私達の工房に興味を持ったのか、
何時からか、工房の入り口横の壁際に立って中を覗きこむようになっていました。
指を咥え、身体をねじらせ、
いつも少し遠慮したように少年は中を覗きこんでいました。
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「ボク、友達おらんのんか?」
ある日の昼休み、壁際で身体をねじらせて立ち、こちらを覗き込んでいた少年に、
私がそう言って声を掛けると、
「友達なんかなぁ、いらんねん!」
少年は、そう言ってぷいと横を向きました。
「そうか、じゃ、おっちゃんとキャッチボールでもしょうか?」
私がそう言うと、
そっぽを向いていた少年は「うん」と大きく頷き、
自分の店から嬉しそうにボールを取って来ました。
へタッピの少年は私が投げるボールを何度も後に逸らしましたが、
楽しそうに、それを追いかけ、
「もっと、投げて!もっと投げて!」と催促しました。
それから、私は暇があると少年と遊ぶようになっていました。
ところが、慣れてくると子供特有の我儘が顔を出します。
少年は、私が倉庫に物を取りに行く時や、
駐車場に行く時も私の後ろをついて来るようになり、
「おっちゃん、今遊べる?」
と纏いつくようになりました。
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「おっちゃん、ボクの事きらいなん?」
いつものように倉庫に行く私の後ろを追いかけて纏いつく少年に、
「今は仕事中やからあかん!」
少し厳しくそう答えた私に、少年は寂しそうにそう言いました。
「嫌いや無いよ。でも今は遊べん!」
私がそう答えると、
「おっちゃん、ボクの事きらいなん?」
少年は、もう一度そう言うと、寂しそうに自分の店舗の中に入っていきました。
それでも、少年は次の日になると、叉倉庫や駐車場に行く私に纏わりつき、
「おっちゃん、今遊べる?」
と聞いてきました。
それを見つける度に父親は、
「こら、ちょっとこっち来い!」
と少年を叱りつけ、
「すんまへんな」
と私に頭を下げました。
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父親の印刷屋は、いつも忙しそうでしたが、
どう見ても、裕福とは言いがたいものでした。
おそらく、下請けの孫請け。
そんな感じの商売をしているようでした。
私はそんなお隣さんに、名刺を作る予定の知り合いの会社を紹介したり、
自分のところの、バーゲン時のチラシをお願いしたりしました。
チラシをお願いしたある日、
初めて私は少年の父親と少しばかり話をする機会に恵まれました。
「つまらない仕事でごめんなさいね・・・」
机に向かって、納品書を書いている父親にそう言うと、
「いや、現金が入るだけでも助かります。」
父親は、私をちらりと見やり、ニコリと微笑んでそう答えました。
その間、少年が座って待っている私に纏わりつくと、
「こら、あっち行け!」
と叱り飛ばし、
「すんまへんな、いつも。
母親おらんと育ってるもんで甘えたで・・・」
そう言って少年に店から出て行くように手振りをしました。
少年に母親の匂いがしないのは気付いていましたが、
私は、敢えてその話題には触れませんでした。
代わりに、
「震災はどうでした?」
そんな神戸に住んでいるものなら誰でもする、質問をしました。
父親は、机に向かっていた身体をこちらに向けなおすと、
「工場が焼けてもうたわ・・・」
そう一言だけ答えてくれました。
そして、店舗から出て行く少年を見つめながら、こう続けました。
「あいつが、大きなるまでは頑張らんとね・・・」
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1998年の梅雨、神戸は大雨が降りつづけました。
ある日、数日続いた雨は、ついに私の街の北を流れる湊川を決壊させ、
街の南北を行き来する道という道は川のようになり、
工房前の東西の道さえ濁流で溢れました。
住民には避難勧告が出され、それを広報するパトロールカーの声が響く中、
びしょ濡れになった少年の父親が私の工房に飛び込んで来ました。
「うちのん、いませんか?」
「どうしたんですか?」
父親は、私の質問に答えることもなく、
きょろきょろと工房を見回し、少年がいない事を確認すると、
すぐに叉大雨の中を走っていきました。
数分後、父親は少年を連れて再び工房に入ってきました。
「心配かけました。」
そう言って、少年の頭をコツンと小突くと、
びしょ濡れのまま、二人で車に乗り込んで帰って行きました。
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震災四年目になると、焼け野原だった街のあちこちに新しい家が建ち始めました。
市の都市整備再開発事業が押し進み、
市との交渉が成立した住民から順に、新しい住居を建設し始めたからです。
市のこの街の街づくりの基本方針は、私の工房があるマンションの前の道、
‘松本通り’の道路幅を広くすることでした。
その為、街づくりが進むということは、
そのまま私がこの街から出て行く日が近づいていることを意味していました。
そんな中、ある日隣の店舗に再び大きなトラックが横付けされました。
次々と機械がトラックに乗せられ、全てが積み込まれた後に、
少年の父親が少年と共に、私の工房に挨拶に来ました。
「短い間やったけど、お世話になりました。」
父親はそう言って少年と一緒に頭を下げました。
「もうちょっと、ここで頑張られへんの?」
私がそう言うと、
「いや、もう家賃払ていかれへんねん・・・」
父親はそう言って、辛そうに下を向きました。
けれどもすぐに頭を上げて、
「もういっぺん長田で頑張るわ!ほなら!」
そう言うと、少年の肩をポンと叩きトラックに向かいました。
少年は何度も私のほうを振り返りながらも、父親に背中を押され歩いていきました。
それが、私が少年を見た最後でした。
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それは、本当に偶然でした。
震災から12年が経った、昨年の11月。
私は年に一度行くか行かないかという、
近所にあるスーパー銭湯で仕事の疲れを癒していました。
風呂から上がり、カウンター形式の小さな喫茶室でビールを飲んでいると、
格子戸がガラリと開き、
髪を後で束ねた見覚えのある長身の男性が店に入ってきました。
長髪は白髪に変っていましたが、ひと目であの少年の父親だと分かりました。
お互い、顔を見合わせ、「おおっ、久しぶり!」と声を掛け合っていると、
間髪を入れず、再び格子戸が開き人が入ってきました。
その姿を見て私は、思わず「あぁ、」と声を出してしまいました。
それは、長身の父親の身長を凌ぐほど成長した少年の姿でした。
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「俺のこと覚えてる?」
少年は、あの頃と同じ天然パーマでうりざね顔で、
身体を少しねじらせ私の方を見つめ、
「うん。」
と頷きました。
「大きなったね!」
「うん。」
少年は少しはにかみながらそう返事をすると、
番台のおばさんと親しそうに話を始めました。
「幾つになったの?」
番台のおばさんと話をする少年を見つめながら、
私の傍に腰掛けた少年の父親に、そう聞くと、
「今、高三や。来年就職やねん。」
父親も少年を見つめてそう答えました。
「就職?もうそんな歳なんや・・・」
私は暫く呆然として少年に見とれました。
「りっぱに育てましたね。」
私がそう言うと、
父親は長髪をかきながら、
「ガラばっかり大きなってな・・・」と笑いました。
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「昔、震災後すぐ、お隣さん同士だったんですよ!」
少年と父親が更衣室に去った後、私は番台のおばさんにそう話しました。
「そう、あの子とは私の娘が同級生でね・・・」
そう言うと、番台のおばさんは番台から降りてきて私の隣に座りました。
「あの子も、来年就職でね、働き先も決まったんよ。」
「そう、就職先も決まったんだ・・・」
私がそう、相槌をうつと、番台のおばさんは、
「よう、頑張った。ほんまにあの親子は頑張ったんよ・・・」
そう、静かに呟きました。
私は、コンクリートの打ち付けの印刷所の中で、
少年の父親がぽつりと言った言葉を思い出しました。
「あいつが、大きなるまでは頑張らんとね・・・」
私は残っていたビールをグイと飲み込み、
隣の番台のおばさんにこう答えました。
「そうか・・・
頑張ったんだ・・・」
なんだか、とっても嬉しくて、
張り裂けそうなぐらい胸が熱くなりました。
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追記:私が阪神大震災を題材にして書く上で、
どうしても皆さんに伝え、残しておきたい事があります。
それは、何故あの大火災を食い止めることが出来なかったかという事。
あの時、水道の水が出ていたら・・・
自衛隊が出動して、ヘリで消化剤を撒いてくれたら・・・
住む家を失ったり、働く工場を失ったり、
何より、命を失った人はもっと少なくて済んだはずです。
水の出ないホースを地面に叩きつけて、
「ちくしょう!」と号泣した消防士の姿。
自分の家が燃えていく上空を飛ぶ、マスコミのヘリを見上げて、
「そんなことしてるなら、水を撒いてくれ!」と泣き叫ぶ老人の姿。
今も、しっかりと私の瞼に焼きついています。
大火のあった地域は私がいた松本地区や、
今号の父親の工場があった長田を含め、
ほとんどが、神戸市の都市整備再開発の網がかけられていたところでした。
もちろん、都市整備再開発がかけられるほどの、
民家の密集地帯であったことが、
そもそもの、大火の原因だったのかもしれません。
水道を止めたのも止むを得ない事。
自衛隊が消化剤を撒けなかったのも理由がある事。
でも、本当にそうだったのでしょうか?
焼けたのが、首相官邸だったら・・・
霞ヶ関だったら・・・
国会議事堂だったら・・・
やっぱり、政府は指を咥えて見ているだけだったでしょうか?
皮肉にも、震災前遅々として進まなかった都市整備再開発事業は、
震災を機にいっきに進められていきます。
次回に続く・・・
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2.あとがき
私は趣味でガーデニングをしています。
春を過ぎた、この時期、
我が家のテラスはいろんな花が満開に咲き始めます。
それは、我が家が階上にあるため、地上よりも気温が二・三度低い為です。
私は、そんな満開の花を集め、寄せ植えにして玄関に飾ります。
只、残念ながら我が家の玄関は、北西向きにあります。
その為、日が当たるのが夕方の西日だけになってしまい、
せっかく寄せ植えした花も一月ほどすれば枯れてしまいます。
その枯れてしまった花を、私は南向きのベランダにズラリと並べ、
もう一度育てます。
すると、厳しい冬を乗り越えた花は、
この時期、叉一斉に復活するのです。
今日も、出かける前そこを覗いてみると、
もう駄目だと思っていたランタナが小さな花を咲かせていました。
私は、どんなに美しい花よりも、
もう一度咲き始めたここの花たちが大好きです。
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発行人:田村幸樹
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最後までお読みいただいて本当に有難うございます
Vol.79 頑張って書きます! まっててね!
乞うご期待!
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