陰陽師教師・橘麗華「式神物語」
エピローグ
「こうしてみるとみんな奥が深いんですね」
千鶴が言った。「……鬼子母神、弁才天、吉祥天、荼吉尼天、麻利支天、
孔雀明王……それぞれにそれぞれのエピソードがあるというのは……
うちの神社の神様には記紀神話を紐解いてもそう大したエピソードが
ないんですよ」
「そういや宇迦御霊之神と宗像三女神やったな」
麗華は言った。「……その誕生に関する記述が記紀に別々に書かれている
宇迦御霊之神はともかく、市杵島媛尊、多岐津媛尊、多岐利媛尊の宗像三女神の
エピソードといや、天の安川における天照大神と須佐之男尊の誓約により
生まれたいうことくらいしかなかったんやったな」
記紀・つまり『古事記』と『日本書紀』のことだが、この中に宇迦御霊之神に
関する記述が別々に書かれているというのは……「古事記」では宇迦御霊之神は
須佐之男尊と大市媛尊の間に生まれた子供ということになっているのだが、
「どういう神様なのか」ということを想像させる記述は一切ないのだ。一方、
「日本書紀」では伊邪那岐尊と伊邪那美尊が「国生み」のあと、飢えを感じて
宇迦御霊之神を生んだということになっている。つまり「食べ物の神」だと
いうことが明確に書かれているわけである。
もっとも純粋な神話であるインドの「ヴェーダ」などに対し、日本の
「八百万の神」というと記紀の「歴史書」という性格上致し方ないのかも
しれないが、「重要な神様」以外は名前がチラッと出てくるだけで余り
印象に残らないのが当たり前なのかもしれない……と、麗華は付け加えた。
「そうなんですよ」
千鶴は頷いた。「……それでも市杵島媛尊に関して言えばいくつか伝説が
残っているには残っているんですけど、それも元を辿ってみれば本地垂迹説で
混同信仰を得た存在である弁才天・サーラスヴァティちゃんの話だったり
するんですよね」
三人が三人とも美人である宗像三女神でとりわけ一番美人である市杵島媛尊は、
古来、本地垂迹説では本地が弁才天になっているのだが、実際、宗像三女神と
弁才天は相模の江ノ島、近江の竹生島、安芸の宮島など「同じ場所に祭られて
いることが多い」ことから、同じく美人で「美人の形容詞」にもなっている
弁才天といつの間にか一緒になってしまったらしい。
宗像三女神のお使いは蛇、それもアオダイショウのアルピノ・白蛇という
ことになっているのだが、これは実は弁才天と混同された結果である。確かに
弁才天の姿は人間の美人の姿なのだが元はといえば最強の毒を持つ蛇・
コブラなのだからして。
ただしアオダイショウには毒はないのだが……
またサーラスヴァティ・弁才天は蛇の身の悲しき性により未だに水と縁が
切れずにいるため、お寺などでは池の近くに祭られているのだが、
宗像三女神もまた水のほとりに祭られていることが多いということからも
混同は避けられなかったようだ。
同様、五穀豊穣の守り神である宇迦御霊之神はご利益がまったく同じ
五穀豊穣の荼吉尼天が本地として付された。
この神様のお使いはやはりアルピノの狐・俗にいう白狐なのだが、
これまたダーキニー・荼吉尼天の本来の姿が狐だからである。
だからこそ宇迦御霊之神を祭る各地の稲荷神社および寺院の境内で
荼吉尼天を祭る稲荷では通常なら狛犬や唐獅子が鎮座していてしかるべき
場所で狐が番をしているのだ。
「白蛇にしろ白狐にしろ、神様のお使いが『白い』のは何故?」
みづきが聞く。
「白は古来、清浄の色だといわれているのよ」
千鶴は言った。「……その証拠に神社で見てご覧よ。束帯や狩衣を
着ていないときの神職の着物は白いものがほとんどでしょ?袴は
青っぽいけどね」
さらにいうとちゃんとした祭りのときに男性の宮司が着る「斎服」は
原則として白い束帯になる。「原則として白い束帯」というのは場合に
よっては白い直垂になることもあるからだ。祢宜の場合は「浄衣」と
いうやはり白い狩衣なのである。
「女性神職・つまり巫女も斎服や水干などを着ない限り白い小袖に
赤い袴だからね」
千鶴は言った。「……大学の卒業式のときの紺色の袴が赤くなった
ものをイメージすると間違いないと思うよ」
何故赤かというと神道では赤は「魔物が嫌う色」「魔物を祓い清める
色」とされているのである。
ところでアルピノの類は全身の色素が抜けている。だから毛並みが
真っ白なのである。もちろん目の虹彩の色素も同様で、このため血が
透けてみえるために瞳が赤いのが特徴である。先ほども言ったとおり
白は「清浄」で赤は「祓い清め」を意味するから、だからアルピノの
類が「神様の使い」といわれる所以なのだ。
「本当のことをいやそれは陰陽道の影響なんやけどね」
麗華は言った。「……陰陽道が影響しているものって神聖な場には
多いんやよ。例えば相撲の土俵の上の屋根のところにある四つの房。
あれが実は陰陽道でいう四神相応を示すん。実いうと京都もまた、
四神相応の地やいうことで都に選ばれた……いう話は授業でしたよね?」
東に河川・南に湖沼・西に大道・北に山稜。これが四神相応という
ことである。
京都(平安京)の町を見てみると東に鴨川・南の鴨川と瀬田川と
保津川が合流して淀川になるあたりに今はない巨椋池があったし、
西に山陽道と山陰道・北に鞍馬山を中心とする山稜がある。そして
鬼門こと東北に位置する比叡山には守りとして延暦寺が作られた。
「今日はいい話を聞かせてもらいましたよ」
マリアの言葉にみんなは頷く。「……またいつかお話してくださいね」
「式神物語」完
※「途切れ途切れ」になってしまって本当に申し訳ありませんでした。
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