2007/07/24
こころのともしび(第45号)
■─────────────────────────────────┐ ☆ ☆ ☆ 心のともしび【第45号】 ------仏教の教えより------- ☆ ☆ 2007.7.24 ☆ └─────────────────────────────────■ -------------------------------------------------------------------- ■鈍海のちょっとコラム 蝉やひぐらしは春秋を知らない ■新スタッフのご紹介 ■編集後記 -------------------------------------------------------------------- 初めて登録して下さった皆様、有り難うございます。 心より御礼申し上げます。 -------------------------------------------------------------------- ■鈍海のちょっとコラム 蝉やひぐらしは春秋を知らない -------------------------------------------------------------------- 昔は「年寄りの一言」が結構重みがありました。会議などで意見が分かれ、 収拾がつきにくくなると決まって長老に意見を求めたものです。 その頃は去年も今年も、又5年前もそれほど大きな変化がなく、今までの例 やその前後の事情に詳しい年寄りの意見に耳を傾ける事が安全であったの です。 でも、いつもいつも年寄りから「若い者は経験が乏しいからな」と決めつけ られると「経験が何だい」と心の中で反発したものです。しかしそれが戦後 すっかり逆になってしまってしまいました。何でもかんでも新しいものが よいになって、年寄りには意見を言わせてもらえない世の中になってしまい ました。 この大きな原因は、世の中の変化が早くなり、年寄りがそのスピードに圧倒 されてついていけなくなってしまったことにあります。 昔は仕事にしても個人の技術がものを言いました。そのために必死の修行を して、人に真似の出来ないものを持とうと努力しました。そうした苦労があ って人間業と思われない腕前の方がおられ、社会を支えておられたように思 います。 しかし戦後は日進月歩、電子技術・機械技術は猛スピードで走り出し、新米 上がりの職人が機械の使い方さえ覚えれば かつての熟練工並の仕事が出来 るようになったのです。苦労して技術を身につけた人達は気がついてみたら 足場が外されていたのです。 しかもその新しい技術を身につけようとしても、若い者と同じようには いか なかったのです。 それをみていた若者はすっかり自信をつけ、年寄りは発言の場さえ失ってし まいました。若い頃に「経験云々」という言葉に反発した私も、年を取り若 い人の動きを見ますと「やはり経験とは大事なものだな」と思うようになり ました。 生まれてからまだ一度も甘いものを口にしたことの無い子供に「甘いという ものは美味しいものだよ」と百回説明してもわかりません。 「火は熱いものでさわると火傷をするよ」と耳にタコが出来るほど教えても 「そうかなぁ?」と思うくらいのものです。 それより砂糖のかたまりを口に放り込んでやる方が甘いという味がわかるし、 火にちょっとだけさわらせれば「アツイ」という事をさとります。経験は百 回の説明に勝るもので、これが経験の徳です。 又、年寄りは物事を長い時間かけて観察しています。そして過去の経験に より、その動きを予見することが出来るのです。 蝉やひぐらしは土の中で5年〜7年くらい過ごすそうです。でも、土の中から 出て成虫となり、真夏の暑さの中を我が世の夏と鳴いて過ごすのは僅か5〜6 日です。 「わしは何でも知っている」と言ったか言わないかは知りませんが、地中 に居た間は暖かい春も爽やかな秋も知らず、ましてや冬の寒さなど知るわ けがありません。ところが、蝉が「世の中って、こんなに暑いものなんだ な」と思っていたら間違いですよね。 同じように私たちも今 目に入るこの世界がすべてだと思い、仏様の教え に耳を貸さなかったらあの蝉と同じ事なんです。蝉は聞く耳持たないけれ ど人間は心の入り口を開けたら真実の教えが「なんまんだぶつ」と流れ込 んで下さるのです。 私たちの命の灯火はいつ消えるかわかりません。外は浮き世の厳しい風が 吹き荒れています。がっちりと閉ざされている自分中心の欲望の扉を押し 開いて、さあ貴方も私もご一緒に如来さまの教えを聞かせていただきまし ょう。 -------------------------------------------------------------------- ■新スタッフのご紹介 -------------------------------------------------------------------- 今月から、頭の回らない現発行者「ぱせり」の心強い助っ人「徳行(とく ぎょう)」がスタッフとして加わってくれました。早速、読者の皆様にご 挨拶を述べておりますので、ご紹介いたします。ぱせりとは親子以上に年 が離れております。 (なお、下記文面は7月16日付で受け取っております。発行に手間取りすみ ません。恐れ入りますが、少しだけ過去にワープして読み進んでいただけ れば幸いです) -------------- 徳行(とくぎょう)からのご挨拶 ----------- そろそろ梅雨明けも間近な今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか? 初めまして、私は故・西澤祥英(山野鈍海)の孫にあたります徳行と申し ます。(私の法名をメールマガジンで使用させて頂くことにします) 私は幼い頃から祖父と同居しており、約17年間一緒に過ごしてきました。 と同時に、物心ついたときにはお念仏を唱えておりました。 現在、大学生である私は、浄土真宗本願寺派の大学に進学し、法学を勉強 する傍ら 仏教の勉強に勤めております。日々、み仏の有難さを噛み締め、 幼い頃から馴染んでいるお念仏を唱えております。 今回から、祖父の残したこのマガジンに少しずつ参加させて頂くこととな りました。 まだまだ未熟な上、購読されている皆様は私より年上の方が多いと思われ ます故、至らない文章になると思いますが 温かい目で成長していく過程 を見ていただけたら、と思います。どうぞ宜しくお願いします。 さて、明後日7月18日は祖父の80歳の誕生日であり、私の20歳の誕生日で す。実は私と祖父とは歳は違うものの、同じ日に生を受けました。丁度 60歳違いということで、干支も兎で一緒であります。私が幾つになっても、 きっと60歳足して祖父の年齢を数えてしまうと思います。 私がこの世に生まれてきた時、祖父は私を自分の生まれ変わりだ、と言 ったそうです。 ( これはお葬式のときに伯母から初めて聞きました) 思い起こせば、去年の誕生日はお互いに『お誕生日おめでとう』と言葉 を交わしました。そのことは祖父が残した日記にも書いてあり、なんだ か懐かしい気持ちになりました。 今年の誕生日ですが、祖父は献体、ということで最後に別れた姿のまま、 病院に安置されております。実は夏が終わりましたら、医学部の学生の 方が解剖実習に入られる為、祖父に会えるのは今回が最後となります。 18日はそちらの病院の方へ行く予定をしております。そして、80歳のお 誕生日おめでとう、と伝えてきます。 来月号では、その時の気持ちや祖父への手紙を私の記憶としても残して おきたいので、掲載できればと思います。 それでは長々と失礼致しました。来月号でお会いできることを楽しみに しております。 合掌 ------------------------------------------------------------------- ■ 編集後記 -------------------------------------------------------------------- 皆様、お変わりございませんか? 7月半ばに大型台風に続き、中越沖地震と、緊張が走りました。 家屋が倒壊して亡くなられた方々の無念の報に接し、深くお悔やみ申し上 げます。自宅に住む事が出来なくなって避難所暮らしを余儀なくされてい る皆様の疲れもピークに達している事とお察し申し上げます。一日も早く 元の生活に戻れる日が来ますように願ってやみません。暑い最中でござい ます。どうかお体を大切になさって下さい。月並みな言葉でしかお見舞い 出来ず、申し訳ありません。 7月29日(日)は参議院議員選挙です。これからの6年間我々の生活を託す 重要な一票を、是非、無駄にせず投票所へお出かけ下さいませ。 -------------------------------------------------------------------- 筆者について -------------------------------------------------------------------- 山野鈍海、本名は西澤祥英。昭和2年滋賀県生まれ。鈴鹿山脈の山懐の貧 しい農家の長男に生まれ、田んぼや山仕事をしながら育つ。時は戦争の真 最中で、志願して軍隊勤めもする。 仏法の盛んな土地で、子供の時から教えに親しむが今一つ本当に「わかっ た」と言う思いはなかった。鈍海が43才の時、次姉が交通事故に遭い一週 間の植物状態の末、意識不明のまま他界。 10年後、西本願寺の中央仏教学院通信教育で貪るように教えを学ぶ。 その2年後に僧侶の、3年後に教師の資格取得の後は、勤めながら同じ志を 持って通信教育に学ぶ人たちの勉学の手助けや地域の日曜学校にと、多忙 に明け暮れる日々を送っていた。 2004年1月より「こころのともしび」発行。長年の夢が叶い、胸が躍って 眠れないほどの喜びで希望に胸をふくらませる。 2005年秋、図らずも皮膚癌(パジェット癌)の宣告。ガン家系でなかった だけにショックも大。かなり悪性で進行が早い癌と聞く。 自宅での療養中に、なるだけ東洋医学の教えを取り入れた食生活をし、必 ず打ち勝ってみせるという強い意志のもとに家族一致団結でガンと闘うも、 力尽きて2006年12月に他界(79歳)。ガン宣告からわずか一年後の事。 現在は鈍海の遺志を継ぐべく、遺稿集より法話をお届けしています。 -------------------------------------------------------------------- □□ 次号(第46号)発行予定日 2007年8月頃 -------------------------------------------------------------------- ◆バックナンバー<http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000124366> -------------------------------------------------------------------- □□ 著者:(故)山野鈍海 <http://www.eonet.ne.jp/~panacee/> □□ 発行責任者:ぱせり http://plaza.rakuten.co.jp/maywind/ □□ 発行スタッフ:徳行(とくぎょう) □□ 叱咤・激励のお便りはこのメールマガジンに「返信」して下さい。 -------------------------------------------------------------------- □□ mag2ID:0000124366 『こころのともしび』不定期発行 -------------------------------------------------------------------- □□ 読者登録解除は下記のホームページからお願いします。 http://www.eonet.ne.jp/~panacee/ -------------------------------------------------------------------- □□ 『まぐまぐ』を利用して発行しています。 http://www.mag2.com/ -------------------------------------------------------------------- Copyright (C) 2004-2007 Donkai Yamano All Rights Reserved. ******************************************************************** ど素人の百合おばさんがネット商人のたまご?になるまでの苦労談や 耳寄りなお話が満載! 百合おばさんのネット奮戦記 <http://www.onlinenikki.com/> ********************************************************************


