2007/03/24
こころのともしび(第42号)
■─────────────────────────────────┐ ☆ ☆ ☆ 心のともしび【第42号】 ------仏教の教えより------- ☆ ☆ 2007.3.24 ☆ └─────────────────────────────────■ -------------------------------------------------------------------- ■鈍海のちょっとコラム 半分の筵(むしろ) ■読者さまのお便りから 夢 ■編集後記 -------------------------------------------------------------------- -------------------------------------------------------------------- ■鈍海のちょっとコラム 半分の筵(むしろ) -------------------------------------------------------------------- 人間がこの世に現れてから60万年が過ぎたと言われていますが、その間 一番苦しんだ事といえば、やはり食料の確保という事でした。 その間には長雨(二年・三年と続いたらしい)や大日照りで穀物や野菜が採 れず、人は木の皮をかじり 草の根をしがんで(かみしめて)飢えをしのぎ、 私たちに命を与えて下さったのです。 そうした昔の記録を読んでみますと、年老いた者が先ず死に、次いで血気盛 んな者が死んだと書いてあります。年老いた者は自分の体を維持するのに必 要な食物はごく僅かですみます。しかし、それ以上に これからのことを案じ て子供や母親に食事を譲ったためであろうと言われています。血気盛んな ものは 少しぐらい食事を減らしてもすぐには影響は出ません。そうして いるうちに栄養失調になり、先に命を落としていったものと思われます。 当時は独立した行政区画は今の府県より狭く、かつ、その境は高く厳しいも ので 隣の藩に食料が余っていても そう簡単には回してくれなかったのです。 今のように世界が狭くなり、助け合いの心が高まってきますと色々な方から 支援が集まります。 殊にわが国のように沢山の食料を外国から買いながら、20%に近いものを捨 てているという現状を反省しなければなりません。世界人口の1/3は飢えに 苦しんでいると言うことですから。 前置きが少し長くなりました。 昔、ある国の殿様が 食料不足を解消するひとつの手段として「この国で60歳 になった者は門番を勤めなければならない」というお布令を出しました。 年寄りというものは余り働けないから、そんなものに三度の食事を与えるのは 無駄である。門番をさせておけば暑さ寒さのせいで少しは早く死ぬだろう。 そうすれば僅かでも食料にゆとりが出来るという考え方でした。 ひどい事です。一代、こつこつと働いて60歳になってやれやれと思ったとたん、 筵(むしろ)一枚をあてがわれて寒い風に吹かれ、暑い日に照らされて門番と は酷すぎます。でもお殿様の布令には逆らうことが出来ません。逆らえば牢屋 行きです。 二人の息子を立派に育てた父親が今年は60歳になりました。兄息子は薄情な性 質で、正月が終わらないうちに筵を探し出して、父親に門番をさせる準備をして います。 孝行者の弟は何食わぬ顔で「兄さん、筵なんか出して何にするんですか?」と、 とぼけて聞きました。兄は「お父さんは今年60だ。お布令の通り今年から門番 をしてもらうのだ」と当たり前のように言いました。 弟は「そうだな」と言って兄から筵を受け取ると半分に切り始めました。兄 は驚いて、「おいおい何をするんだ。そんな筵惜しくは無いからせめて一枚 やれよ」といいます。 その時、弟はにっこり笑って「それはもたいないですよ。この半分の筵がも う直ぐいりますから」「半分の筵って、何に使うんだ?」「これは兄さんの 分ですよ。兄さんももうすぐ門番になるんです」。 今まで人の事とばかり思っていた60才からの門番の仕事が どれほどつらい ものか、薄情な兄息子も身に沁みて思われるのでした。 それからよく話し合った二人は、皆と力を合わせて「60歳からは門番」という 制度を廃止する運動を起こし、目的を成し遂げたということです。 私たち人間というものはどれほど有難い尊い話を聞いても、又本を読んでも、 他人事と思っているうちは本当の値打ちがわかりません。これは我がことと 受け止めたとき初めて自分の血となり肉となるのです。 -------------------------------------------------------------------- ■読者さまのお便りから 夢 -------------------------------------------------------------------- 3年ほど前の話になりますが 私も、亡き父の鈍海も大変お世話になった方に 大変心に残るお話を伺いました。今は連絡が途絶えてしまい消息不明ですが、 掲載をお許し頂きたくこの場を借りてお願い申し上げます。 日本生まれの日本育ちですが、韓国に日本語教師として渡られた経験もあり、 また韓国をこよなく愛した方です。 お話をご紹介致します。 **************************************************************** − むかし韓国で観た映画に『夢』というのがありまして、高麗時代、 つまり朝鮮の国教が仏教だった時代の説話をもとにつくられた映画 でした − ある僧侶が荘園の領主の娘に恋をします。ところが彼女には親の決めた 許婚がいて、これはもう永遠に片想いで終わるしかない 道ならぬ恋だ と最初からわかるのですが、どうしてもその娘への恋心が消えません。 そして観世音菩薩の前で「あの娘と何とか添い遂げさせていただきたい。 どうかこの苦しみから私をお救いください」と泣きながら祈り続けるの ですが、ついに泣きつかれてその場で眠ってしまいます。 ふと目を醒ますと、そこになんと恋しい恋しいあの娘が立っているでは ありませんか! 「どうしてもあの許婚と一緒にはなりたくないんです。」 娘はどうもそれで家出をしてきたらしいのです。 僧侶は娘を連れて寺を出ます。そして流浪の旅が始まります。旅の途中、 追いかけてきた娘の許婚に斬りつけられた僧侶は、逆に相手を斬り殺し てしまいます・・・。 しかし何とか、そうして僧侶の夢はかないました。妻となった娘との間 には可愛い子供も生まれました。 ところが、流浪の苦しい生活に娘は疲れ果て、だんだんと僧侶に冷たく 当たるようになってきます。こんなことならあの許婚と一緒になって いればよかったと。 そして、悲惨なことに、二人の間の子供は盗賊に殺され、妻もどこかに 消えてしまいます。 僧侶は妻を捜す苦しい旅を続けることになりました。 そして何年もがすぎていきます。 ようやく何年目かに妻の所在がわかります。妻は、ライ病を患い、ライ 病者だけがよりそって住む部落にいました。美しかった黒髪もほとんど 抜け落ち、まるで化け物のようになった妻の姿がそこにはありました。 なんということだ! 僧侶は、うらぶれた旅の宿にもどって泣き続けます。そして、泣き疲れ て眠ってしまうのでした。 ふと目が覚めます。 するとそこは旅の宿ではなく、目の前いはあの観世音菩薩像が優しげ な笑みを浮かべています。 「夢」だったのです。 すでに朝になっていました。 ねぼけまなこでお堂を出た僧侶の目の前を、あの美しい娘が父の領主と ともに歩いていくのが見えます。 もう、恋心はすっかりと失せていました。 僧侶の心には平静がもどっていました。観世音菩薩によって僧侶は、 人の道をはずさずにすみ、同時に、心の苦しみから解放されたのです。 −何百年も前の話ですから、「説教くささ」も強い話ではあるのですが、 「幸せ」というのは自分をとりまく状況ではなくて、自分の今の心のあ りよう次第なのだ、ということを教えてくれているような気がします− …と、結んでありました。 ------------------------------------------------------------------- ■ 編集後記 -------------------------------------------------------------------- 皆様、お変わりなくお過ごしでしょうか。 発行が遅くなり、申し訳ございません。今回も山野鈍海の遺稿集より お届け致しました。 昨年とはうって変わっての暖冬ですが、時折二月と三月が逆転したよう な寒さには体がついていきません。“暑さ寒さは彼岸から”なんて格言 に塗り替えられそうな異常気象です。でも、春は着実に近づいています。 厳しい寒さをくぐり抜けて来なかったせいか、今年の梅の花色も今ひと つ冴えかったように感じたのは私だけでしょうか。 昨年、雪の多さにスタッドレスタイヤを買いに走った時は既に売り切れ、 今年こそは!と早い目に段取りしたら、なんと暖冬で雪道は一度も走ら ず。。読みが浅いと言われればそれまでなのですが、気候の先読みは難 しいですね。 我が家の庭には うつむきかげんに咲くクリスマスローズの花が、日溜 まりに小さな幸せを運んでくれます。 2007年1月28日、山野鈍海の忌明けを終えました。また、この28日には 百箇日を勤めます。月日の経つのは早いもので、鈍海が亡くなった 昨 年暮れのあわただしい時期は瞬く間に過ぎ、早や世の中は春を迎えよう としています。 春は この句、(確か昨年も同じ話題でしたね……) “世の中に絶えて桜のなかりせば 春のこころはのどけからまし” ―― 渚の院にて詠める ―― 在原業平 −世の中に桜などというものがなかったら、春はゆったりと過ごせるのに。 今日はあちら、明日はこちらと桜便りが聞こえると 見に行きたくて うず うずして落ち着いていられないよ。 この「渚の院」は、現在の大阪府枚方市渚元町にある渚保育所の横にあり ましたが、今は「渚の院跡」として石碑だけがひっそりとたたずんでいま す。 (ぱせり記) -------------------------------------------------------------------- □□ 次号(第43号)発行予定日 2007年4月頃 -------------------------------------------------------------------- ◆バックナンバー<http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000124366> -------------------------------------------------------------------- □□ 著者:(故)山野鈍海 <http://www.eonet.ne.jp/~panacee/> □□ 発行責任者:ぱせり <http://plaza.rakuten.co.jp/maywind/> □□ 叱咤・激励のお便りはこのメールマガジンに「返信」して下さい。 -------------------------------------------------------------------- □□ mag2ID:0000124366 『こころのともしび』不定期発行 -------------------------------------------------------------------- □□ 読者登録解除は下記のホームページからお願いします。 http://www.eonet.ne.jp/~panacee/ -------------------------------------------------------------------- □□ 『まぐまぐ』を利用して発行しています。 http://www.mag2.com/ -------------------------------------------------------------------- Copyright (C) 2004-2007 Donkai Yamano All Rights Reserved. -------------------------------------------------------------------- ******************************************************************** ど素人の百合おばさんがネット商人のたまご?になるまでの苦労談や 耳寄りなお話が満載! 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