2009/11/25
メールマガジン「ダメダメ家庭の目次録」
★ メールマガジン:ダメダメ家庭の目次録 ======================================================== ┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓ ダ メ ダ メ 家 庭 の 目 次 録 ┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛ 法律上は別に問題がないが、結果的に子供の方が法律違反に陥る ダメダメ家庭の実態について、その具体的な会話や行動を リストアップいたします。 長崎や大阪や千葉など日本全国で「活躍」しているダメダメ家庭の OBやOGはどのような環境で育ったのか? 皆様にも、御理解いただけると思います。 ========================================================= ★ カテゴリー:ダメダメ家庭が子供に与えない発想、精神 ★ 今回のお題:ふんぎり 前回で、「チャンレンジ精神」というお題で配信しております。 減点法のダメダメ家庭では、何かにチャレンジするという発想がない。むしろ、 人のチャレンジを「くさす」ことばかりしている。 そんな環境で育ったので、ダメダメ家庭出身者は、何も新しいことを始められな いわけ。 何か新しいこと・・・なんて、たいそうなことではなくても、ちょっとしたこと でも、何もしない。まあ、「ふんぎり」がないわけ。 たとえ、チャレンジする機会があっても、 「これをやったら、こんなデメリットがある!」 「こんなことをしたら、色々と不都合なことが・・・」 と、真っ先にデメリットをあげて、ウダウダしているだけ。 まあ、新しいことをすれば、メリットばかりとはいえませんよ。しかし、何かを 成し遂げたいと思ったら、「ふんぎり」をつけて、始めないとね。 そんな簡単な「ふんぎり」の一つとして、たとえば、誰かにメールするなんてこ ともありますよね?今まで何回もやり取りをしているなじみの相手ならともかく、 初めての相手なら、やっぱり「ふんぎり」も必要なもの。 私のようなメールマガジンの発行者に対しても、意見を言いたいこともあるでし ょうし、質問をしたいこともあるでしょう。どんな意見であれ、「伝えたい」とい う思いがあるのなら、結構なことですよ。 それに、本来は、誰かにメールするくらいなら、失敗してもたいしたことではな いんだから、「ふんぎり」の練習としてはちょうどいいのでは? 私の元に来るメールにおいて、初めての人からのメールの場合には、その人が普 段やっている「ふんぎり」の度合いがわかるものなんですね。 初めての人に意見を言ったり質問したりするのはいいとして、そのようなことに どれくらい馴れているのか? ただ、回数が多いということではなく、初めての人とのやり取りから、自分が求 める成果をあげるには、どうすればいいのか?日頃から考えている人は、そんな 文章になっているわけ。 それなりの準備を持って、自分の考えをまとめ、相手にわかりやすく伝える・・・ これは単に度胸とかの問題ではないでしょ? と同時に、初めてやり取りする人だったら、結果的に、コケることもある。 その失敗をどのように受け入れるのか?馴れている人は、その準備も、しっかり している。失敗やトラブルの準備も出来ている人だからこそ、成果をあげられ る・・・世の中そんなもの。 そんな、ちょっとした「ふんぎり」の経験を積み重ねて、それこそ就職や結婚な どの、人との出会いなり、決断になっていくわけでしょ?しかし、「ふんぎり」が ない人は、「で・き・と・う」で結婚して、「て・き・と・う」に子供を作って、 その子供には「ふ・つ・う」の子供になれ!と要求する。メリハリがなく、まさ に「だらぁ~」と流れているだけ。あるいは、以前に書いた表現だと「テンテン テン(・・・)」と言った感じ。「ワタシは・・・その件については・・・えーと・・・」 そんな感じで「Yes No」を明確にせず、流れている。 普段から判断から逃避し、減点法で生きているダメダメな人は、一番、考えなく てはならない選択の場面で、一番考えないわけ。 そうなる前に、せめて「ふんぎり」の訓練くらいはしておいた方がいいのでは? それこそ、この私に意見のメールをするのもよし、投稿の文章を考えるのもよし。 どうせ、失敗しても、たいしてことじゃあ、ありませんからね。 日頃から、覚悟を決めて、自己責任の原則を持って、何かを始める。 そんな訓練を早めにやっておかないと、選択することをどんどんと先送りするよ うになってしまう。選択を先送りして、結果的にトラブルになっても、自分が選 択したわけではないので、逆に「ワタシは悪くない!」と言えてしまう。そんな 言い訳が通ってしまうので、ますます何も選択しないような人間になってしまう。 逆に言うと、日頃から「ワタシは悪くない!」なんて言っている人は、その行動 にふんぎりがないもの。それだけ自分自身で考えずに、何かあると他者を犯人認 定する傾向が強いわけ。決意を持って新しいことにチャレンジすることに慣れて いる人間の方が、危険はないわけ。だって、それだけ自己責任があるわけでしょ? 何事も自分でやるから、責任も持てるわけだし、だからこそ尊厳もあるんでしょ? ダメダメ家庭出身の人間が、自分自身を再生させるためには、規格品的な「レデ ィーメイド」なスタイルを捨てなくてはならないわけ。ちゃんと自分そのものに 合ったスタイルを自分で作っていかないとダメなんですね。しかし、ダメダメ人 間ほど、自分で考えることが怖く、ありきたりな規格品にすがってしまい、その 「規格品的なふつう」の姿を捨てることができない。自分自身に対する信念があ るがゆえに、再生の信念があるがゆえに、そして再生に対する切実さがあるがゆ えに、ありきたりなものを捨てることができるわけ。 愛情なんてその典型でしょ?ダメダメな人が語る愛は、実に軽い。まるで何かの 大量生産の商品のように軽いもの。 ダメダメな人は、型どおりの安直な愛や結びつきにすがってしまう。たとえば、 地縁血縁のような努力もせずに得られるものにすがってしまう。そんな人が言う 親子の愛などは、単なるストーカー的な言い訳になっているだけ。そんな愛は発 展していかないし、後は惰性になるだけ。 いずれにせよ、ダメダメ人間というものは、「ありきたりな」「ふ・つ・う」の中 に浸りきって、思考停止になってしまう傾向が強いもの。ダメダメ人間は発想が 減点法であり、マイナス面ばかりを考えているので、発想としては「そのマイナ ス部分を少なくしよう!」と考えることになる。大きなクラッシュになるような 事態は避けようとするわけ。まあ、これは誰だって同じこと。しかし、ダメダメ 家庭では当事者意識がないので、マイナス部分しか考えないわけ。プラスがあり えないわけです。だからこその「ふつう」なんですね。 それにダメダメ家庭では、親は子供をサポートするわけではない。子供がどんな に困っていても知らん顔。それどころか「いったい、誰のためにこんな苦労をし ていると思っているんだ!」と親の方が先にグチる始末。 だから子供としては「自分の身は自分で守るしかない」わけ。 だから何をするに当たっても、常に逃げ場を確保するようになってしまう。 常に逃げ場を意識する、って、スパイ映画に出てくるスパイみたいですね。何か オドオドしちゃっている状態。 たとえば、人と相談するにあたっても、「いざとなったらスグに逃げられるような 相手」に相談するわけ。だって、逃げることができる相手だったら、厳しいこと を言われたら、もう2度と相談しなきゃいいわけでしょ?あるいは、相談にあた って、情報を小出しにするわけ。それだったら、相談相手から厳しいことを言わ れたら、「実は、こんな事情もあって・・・・」って、言えるでしょ? しかし、そんな気構えで、事態が解決されるわけがありませんよね?本来なら何 がしかのプラスを獲得するために、相談なりのアクションを起こしたわけでし ょ?そんな逃げ腰の相談で何がプラスになったの?結局、グチを言っているだけ でしょ? あるいは、夫婦に深刻な不和が起こった場合には、この手の人間は本気で離婚し ようとは考えていないのに、「離婚したい。」なんて言い出すわけ。 そして相手が到底のめないような条件をつけるわけ。 自分がつけた条件が相手からのまれないので、「とりあえず」一緒に暮らす・・・ そして相変わらずブチブチとグチばかり。 「ああ、本当は離婚したいなぁ・・・」 「あの人が、ワタシの条件をのんでくれたらなぁ・・・」 いわば逃げ場を意識した中途半端な立ち位置を、自分で作っている状態。そして 判断するのは常に相手側。 それはそれで勝手ですが、そんな安全圏から何を言っても、説得力ゼロですよ。 だって、結局は現状維持でしょ? 何かことを起こす場合には、退路を絶って「ルビコンを渡る」ことも必要でしょ? 「自分は常に逃げ場を意識している」ということを自覚していれば、まだしも、 往々にしてそんな人は自己逃避であって、その意識すらない場合が多いわけ。 アッチコッチに相談を持ちかけたりして、「内容を小出しにして」「都合が悪くな るとスグに逃げ出し」たりして、ますます自分の立場を悪くする。 「自分がしたいこと」が意識できているのなら、安全圏から抜け出して勝負する ことも必要なんですね。そうすれば、その真剣な姿に共感してサポートしてくれ る人も出てきますよ。しかし、その手の人は安全圏から出ようとしない。 本当に安全圏にいたいのなら、それはそれでいいわけですが、じゃあ、子供なん て作らなければいいだけ。 しかし、何も考えずに作ってしまって、「子供のせいで離婚できない。」「子供がい るから自由になれない。」「ワタシって、なんてかわいそうなの?!」とグチる。 そして子供に対し「こんなに苦労して育ててやっているんだから、あとあとその 補償をせよ!」とまるで韓国人のようなセリフ。 そんな人にとっては、子供というのは、イザと言う時の逃げ口上として、実に便 利になっている。そして子供に対して「オマエを育ててやっている」という意識。 恵んでやる、育ててやるという意識の根底には被害者意識がある。 そして、その被害が相手から認定されないと、逆上するだけ。 逆に言うと、いざとなったら逆上すれば、それでオシマイという相手とのやり取 りをしようとするわけ。 何をやらせても、あるいは、現状を説明させても、退路を断った真剣さがなく、「あ ~でもない、こ~でもない。」とウダウダしているだけ。 そんな「あ~でもない、こ~でもない。」スタイルは相談の場だけでなく、わざわ ざ自分で文章を起こすような人にも見られたりするもの。 ダメダメ家庭出身の人間は、子ども時代に親から認められてこなかった反動から、 自己表現にこだわることになる・・・このことは頻繁に書いています。 それに、ものの見方や体験してきていることが、マトモな人とは違っている。だ から、その表現内容なり手法に新鮮さがあったりするもの。 だから芸能人だったり芸術家などが輩出したりする。 このこと自体は、ダメダメ家庭の数少ないポジティヴな面と言えるでしょう。 しかし、ダメダメ家庭を作る親は被害者意識が強い。子育てを親である自分が被 った被害と捉えているわけ。「いったい、だれのためにこんな苦労をしていると思 っているんだ?!」という言葉がお約束状態。 だから、そんな家庭で育った子供は、「親に迷惑を掛けない」ように常に心がける ことになってしまう。かと言って、まさに自己表現したい!「ボクは悪くないん だ!」と言いたい! そんな狭間で、珍妙な自己表現が多く見られるものです。 そのようなことは、以前から、このメールマガジンで取り上げたりしています。 「どーでもいいことをウダウダと書いた自費出版」とか、読んでいても「で、結 局、何が言いたいの?」なんて思わされるような文章を書いたりするわけ。 そんな人は他者への迷惑には配慮するわけですが、自己の尊厳に対する配慮は全 然ないんですね。いわば「いい子ちゃん」志向の減点法。 「減点法もいいけど、それだったら、そんな文章なんて書かないのが一番減点が 少ないんじゃないの?」って、言いたくなるほど。 親に迷惑を掛けてはいけないので、自分自身から逃避している状態。 だって、自分自身の問題となると、やっぱり親の問題を考えることから避けては 通れないでしょ?しかし、自分から逃避しているんだから、そんな人の文章に説 得力はありませんよ。 自分自身の尊厳は何か? 尊厳って、「悪くない」からあるものではないでしょ? 「ボクは悪くない!」という主張は、自らの尊厳にはつながりませんよね? マトモな家庭の出身者は、そもそもそんな文章は書いたりはしませんよ。 せっかく文章作品を作るのなら、その霊感に従って死ぬ覚悟を持って文章まとめ るのなら結構なこと。書くことを、使命とするのか?単に仕事としての儲けを目 的とするのか?そんな判断がまず必要になってくるもの。 しかし、ふんぎりのないダメダメ人間は、両方とも得ようとして、結局は、どっ ちも得られない。 自分に問題点が多いからこそ見える問題点もあるわけでしょ?何も文章などにし てまとめる必要はないでしょうが、問題点が自覚できていれば、人からの相談に も対応しやすいでしょ?ダメダメ家庭なんて、世の中に山ほどあるわけですから ね。そんな人へのサポートができれば立派な尊厳ですよ。 しかし、ダメダメ家庭出身の人間が、そんなダメダメなりの尊厳に到達できるの は、めったにないこと。マトモ家庭の人間は、特に努力もせずに、マトモなりの 尊厳に到達できる。 だって、マトモ家庭を作った自分の親のスタイルをそのまま真似れば、いい結果 がでるわけでしょ?特に自分なりに考える必要もありませんよ。 親に迷惑を掛けてはいけない・・・だけど、自己表現したい・・・ダメダメ家庭 の出身者で、そんな「どっち付かず」の人が多くいるもの。 そんな人の「自己表現」って、結局は、本当に表現したい自己からの逃避と言え るわけ。以前に書いた言い方をすると「言葉によって、自分自身を流している」 だけ。 そんな人の表現って、まさに「どっち付かず」の内容で、読んでも「で、結局な んなのさ?」と思わされるだけ。表現だけならともかく、そんな人は、その行動 自体も、「どっちつかず」で、フラフラするだけ。 ボランティアのようなことをしても、最後までやり通すことはしない。 何事も取り組む際に中途半端だし、ラストの気持ちも中途半端。 言い訳のための、自分から目を逸らすための努力になっているだけ。 そんな人に対して「アンタは結局、何が言いたいの?」「何がしたいの?」と直接 に聞いたりすると、まさにコソコソと逃げ出す始末。 一旦やっている活動をやめて、沈黙して、自分を見つめなおせばいいけど、その 沈黙すらいい加減で、中途半端。結局は、指摘した人に見られないところでコソ コソをやり始める。 「ワタシはこんなに立派なことをやっているのよ!」 そんな主張だけは熱心に主張する。 人に対して主張するのは熱心だけど、それを自分自身なり、あるいは神に言える のかな? 凡人だったら、堂々と凡人をやればいいだけ。それは尊厳のある生き方ですよ。 凡人になりきれないからと言って、中途半端に自己主張されても、見苦しいだけ。 自己主張するのなら、命をかけるくらいの真剣さが最初に必要になってくるでし ょ? しかし、現実のダメダメ人間は、中途半端に自己主張して、それに対して何か言 われたら、その「反論」の方に命がけになるもの。 熱く反論する人ほど、「自分が何をしたいのか?」その点について、的確に説明で きないものでしょ? 「ふんぎり」って、たぶん、「踏ん切り」なんでしょうが、もしかすると「糞切り」 なのかな?新しい道に進めば、まあ、犬のウンコくらい踏むこともあるでしょ? それを恐れていたら、何もできませんよ。 ヘンなものを踏んでしまって靴が汚れたら、それこそ洗えば済む話。 しかし、そんな「ふんぎり」の訓練をしていないがゆえに、大きなドツボにはま ってしまって抜け出せない。そんなダメダメ人間の姿を見たこともあるのでは? (終了) *************************************************** メールマガジンの解除は まぐまぐ&カプライトは下記のアドレスに http://renewalmmbacknumber.hp.infoseek.co.jp/register/touroku.htm 各マガジン指定のフォームがあります。 購読解除しても発信者にはわかりませんので、安心して解除してください。 一応、各マガジンのサイトでの解除を御希望の方は まぐまぐ でのマガジンIDは「0000117943」です。 カプライトでのマガジンIDは「14204」です。 コピー&ペーストすれば、 それぞれのマガジン発行元の解除画面に行くことができます。 また、バックナンバーは下記のページです。 http://renewalmmbacknumber.hp.infoseek.co.jp/index.html ご意見等がございましたら、ご遠慮なくどうぞ! メールアドレスは portadelparadiso@hotmail.co.jpまで・・・ *************************************************** 発信後記 本文とはほとんど関係のない話ですが・・・ 今、政府で、予算のムダをなくすとかで「仕分け」をやっていますよね? それでスーパー・コンピューターの予算が削られてしまって、議論噴出でした。 昨日24日には、旧帝国大学と、早稲田,慶応大学の9大学のトップが学士会館に 集まって、緊急アピールがあったようです。 このメールマガジンではダメダメの問題を考えるにあたっては、「言っているこ と」や「していること」よりも、「言おうとしないこと」「しようとしないこと」 に着目する必要があると、頻繁に書いています。 前述の大学トップの緊急アピールですが・・・9大学はともかく、「入っていない」 大学があるわけ。 東京工業大学です。まあ、民主党の管さんの母校でもあるわけですが・・・ どうして入っていないの? 逆に言うと、今回のアピールは総合大学限定となっているわけ。 つまり、スーパー・コンピューターなどの科学技術の問題は、単に科学技術の問 題ではなく、日本の「総合力」に関わる問題なんだよ!というメッセージが、そ の参加者の構成だけで読み取れるわけ。東京工業大学を入れてしまうと、その面 が弱くなってしまう。あるいは、旧帝国大学に限定すると、逆に、閉鎖的に見え てしまう可能性もある。だからこそ、私立大学も参加してもらったということな んでしょうね。国民の広い声・・・という雰囲気を出したかったんでしょう。ま あ、アタマのいい人の思考は読みやすい。 しかし、まあ、エゲツない構成になっていますが・・・ 旧帝国大学はともかく、早稲田と慶応以外の私立大学は、内心ではどう思ってい るんだろう?参加していない大学の考えを聞いて見たいと思っているのは、私だ けではないはずですが、たぶん、一言も言えないでしょうね。逆に言うと、今回 のアピールは見事なシナリオというわけ。 こんな見事なシーンは、研究者などの大学関係者では作れませんよ。たぶん、文 部科学省の中の切れ者が、シナリオを書き、コーディネイトしたんでしょうね。 学士会館という場所も含めて、乾坤一擲の「帝国の逆襲」の雰囲気ですが、文部 科学省の中にフォースを使いこなす人がいるのかな?


