ダメダメ家庭の目次録  RSSを登録する

長崎や新潟等最近ニュースで必ず登場するダメダメ家庭の出身者。ここでは、そのようなダメダメ家庭で繰り広げられる具体的な親の言葉や行動を列挙いたします。分からない事件も過去の積み重ねですからね。

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2009/10/16

メールマガジン「ダメダメ家庭の目次録」

★	メールマガジン:ダメダメ家庭の目次録
 
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 ダ メ ダ メ 家 庭 の 目 次 録 
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 法律上は別に問題がないが、結果的に子供の方が法律違反に陥る
 ダメダメ家庭の実態について、その具体的な会話や行動を
 リストアップいたします。
 長崎や大阪や千葉など日本全国で「活躍」しているダメダメ家庭の
 OBやOGはどのような環境で育ったのか?
 皆様にも、御理解いただけると思います。 
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★	カテゴリー:ダメダメ家庭にないもの

★	今回のお題:生データーの不在


ダメダメ家庭の人間は、主観と客観の区別がつかない。
このことについては、以前(09年7月)に配信した長大なシリーズの中の文章に
おいて記述しております。
そもそも、他者というものを心理的に認識することができないんだから、客観と
いうものも、国語辞典的にはわかっても、心理的には実感がないわけ。

客観となると、客観的データー、あるいは「生データー」とか言われたりするも
のがあります。
それこそ国だったら、「○○年の統計において、人口が、男性△△人、女性が□□
人・・・あるいは、GNPは・・・」とか、様々なデーターがあるでしょ?その生
データーを元に、データーを処理し、判断の材料にしていく・・・そんなもの。

実は、ダメダメ人間とやり取りすると、その手の「生データー」がなかなか出て
こないもの。
それこそ、以前に取り上げた韓国の高校歴史教科書は、そんな統計データーとか
年号とかあるいは、史料名とか、具体的な組織名とかがほとんど出てこない教科
書でした。
韓国の歴史教科書は、まさに魯迅が「狂人日記」で書くように「年号がないのに、
仁義道徳の文字がくねくねと躍っている」歴史書の典型。
主観と客観の区別がつかない韓国社会では、執筆者の主観が書いてあるだけで、
客観的な事実は歴史書には書いていないわけ。

疑問に思ったら、もっとも基本的な、別の言い方をすると、客観的で疑いようが
ない生データーに戻って自分で調べてみる・・・
教科書の書き手も、あるいは、そんな教科書を受け入れる一般の韓国人も、そん
な発想はないんですね。
「信じるか?信じないか?」
そんな信仰心の問題になってしまっている。
逆に言うと、そんな信仰心の問題にしてしまうことにより、自分で調べ、考える
ことから逃避するわけ。
だから、そもそもデーターを取るという発想それ自体が存在しない。
あるいは、議論がかみ合わなくなった際に、元々のデーターに戻って議論をやり
直すという発想もないわけ。議論がかみ合わなくなったら、議論を打ち切り、後
は支配・被支配の関係によって、支配者が被支配者に命令するだけ。逆に言うと、
それで済んでしまう社会なんだから、客観的データーにも意味はないわけ。

データーを扱う際にも、新鮮な素材をそのまま出せばいいだけなのに、客観とい
うものが理解できないので、色々と主観的に加工する。どんなやり取りだったか
を伝える際にも、やり取りの言葉をそのまま、記述することができない。判断と
いう名目のヴェールがかかっている。
常に、なにがしかの評価が絡んでしまっている状態で、「生」ではないわけ。
生データーの価値もわからないし、生データーの扱い方がわからない。

たとえば、このメールマガジンで、他者の文芸作品なり映像作品を取り上げたり
することもありますが、たぶん、私の視点は、一般人とはかなり違っているでし
ょう。
そんな私の記述に対して、疑問に思ったら、購読者ご自身で、その作品を調べて
みればいいだけでしょ?購読者ご自身の目でみて、「こんな指摘は参考になるな
ぁ・・・」あるいは「この発想はちょっと極端すぎる視点なのでは?」とでも、
色々と考えればいいだけ。
まずは、ご自身でその資料なり作品に接した方がいいわけでしょ?

まあ、私の文章を、そのまま参考にするくらいなら別にいいわけですが、もし、
反論したいのなら、ご自身で調べてみることが第一ですよ。
ところが、ダメダメ人間は、往々にして、自分でその作品にあたりもせずに、逆
上したりするもの。「このメールマガジンの文章は、ワタシのことをバカにしたの
かっ!!」そんな調子。
何も特定の人間をバカにするために、わざわざ文章を書きませんよ。
ただ、そんな逆上のメールをいただくと、「コイツはバカだなぁ・・・」「この怒
り方は、以前の文章に書いてあるとおりだよ。」と思うだけ。

せっかく「生データー」をわかるようにしているわけだから、そこから、私の視
点よりも、もっと意味ある視点で文章をまとめればいいだけですよ。
しかし、普段から自分で考えていない人は、そんな生データーの扱い方がわから
ないわけ。

そんな人は、人とのやり取りの記憶も、生な形では出てこないもの。

ダメダメ家庭の人間は、自己逃避であって、そして自分自身を抑圧している。
そんな人間は、自分自身を保護するために、記憶の発動に抑制を掛けたりする・・・
この点については、「記憶耗弱」というお題で以前に配信しております。
自分の感情を大きく揺さぶるような記憶は、脳の中に保管されていても、出てこ
なくなるわけ。

だから、やり取りの最中で、「それは、具体的にはどんなやり取りだったの?いつ、
どこで、誰が、どんな言葉を使ったの?」なんて聞かれても、何も答えられない
わけ。
これは、記憶した中身が取り出せないというアウトプットの不全。

それ以外の理由で、怒られた言葉が思い出せない事態も発生します。
被害者意識が強いダメダメな親は、子育てだって親である自分がこうむった被害
として認識している・・・いつも書いていますが、ダメダメ家庭の現実なんだか
らしょうがない。
それを論理的に破綻していると言っても意味がないわけ。だって、そんな「子育
てを親である自分が被った被害」と考えるような人間が唯一できるのは、子作り
だけだし、そんな人間の相手をしてくれるのは、自分の子供だけ。
現実はそうなっているわけです。

そんな親は当然のこととして、自分の子供にグチり続ける。
だって、他にすることなんて何もないわけですしね。
それにグチの相手になってくれるのは、自分の子供くらい。
しかし、そんなグチを聞かされても、意味がないでしょ?
どうせそのグチに意味なんてあるわけではないし、いつも同じグチなんだし・・・

と言うことで、ダメダメ家庭においては、親がグチりだしたら、グチられた子供
は、感情を滅却するようになってしまうわけ。
「心ここにあらず。」状態を獲得するわけ。

そんな「心ここにあらず。」なんだから、当然のこととして、親の言葉なんて何も
覚えていませんよ。前にも書きましたが、覚えていても、どうせ親はその言葉を
繰り返すわけですしね。
こうなっても、結果的に「怒られた言葉が思い出せない」状態になるわけ。この
場合は、そもそも怒られた言葉を記憶しないというインプットの不全のケースと
なります。
怒られた言葉を記憶しなかったり、あるいは、記憶していても思い出せなかった
り・・・
いずれにせよ、怒られた言葉の具体が出てこないわけ。

あの時は、こんな感じだった・・・と相手に言っても、その説明も、当人の判断
ばかり。
「ワタシは人の気持ちがわからないから・・・」
「相手が逆上したから・・・」
自分の判断ばかりを言って、客観的な状況説明がない。
その判断も、自分がかわいそうな被害者という説明につながるものばかり。

そんな人は、別の人とのやり取りに際し、「あ~あ、あの人から怒られちゃった
わ!」なんて言っても、その怒られた言葉が出てこない。
「厳しく怒られた!」とか「散々怒られた!」とは言えても、「○○という言葉で
怒られた。」と具体的に説明することはできないわけ。

「あ~あ、あの人から怒られちゃったわ!」「ワタシはどうすればいいのかな
ぁ・・・」と言ったりしても、だから、「じゃあ、どんな言葉でアナタに怒ったの?」
なんて質問を受けると、何も答えられない。

本来なら、その怒った言葉を踏まえることが必要でしょ?それこそ「もっと大き
な声で言いなさい!」と怒られたのなら、その言葉に対応して、次からは大きな
声で言えばいい話。あるいは「アンタ!何を言っているのか、サッパリわからな
いよ!」なんて言葉で怒られたのなら、次からは、5W1Hを踏まえて、もっと具
体的に説明しないとね。
怒った言葉というものは、単に怒りの感情を発露したものであると同時に、ある
種の注意事項の説明の面もあるでしょ?

「アナタはこんな面が不十分だから、その面をちゃんと修正しなさいな。」
親が子供に怒るということは、本来はそんな観点でしょ?

しかし、ダメダメ家庭では、そんな観点は全くないわけ。
ダメダメな親は、自分の被害を語っているだけ。子供にこうしてほしいなんて思
って子供を怒っているわけではない。
「オマエのせいで!」と感情的に怒鳴っているだけ。

そんな家庭で育ったので、怒っている人の言葉を聞かない習慣になっている。
それに真剣に聞いても、心理的に負担になるだけ。どうせその面では修正しても、
別の面であら探しをして、クレームをつけてくるもの。聞くだけ不快な思いをす
るだけですよ。
そんな習慣だから、親以外の人からでも、怒られたら「心ここにあらず」状態に
なってしまう。だから、言葉を聞き取るのを心理的にやめてしまう。

ダメダメな親に対しては、そんな態度でOKだし、そんな態度でないと生きては
いけない。
ダメダメな親は自分の言葉を聞いてほしくて、あるいは、子供のためを思って、
子供を怒っているわけではない。

そんな家庭で育っているので、怒られると、相手の言葉を聞いたり、考えるのを
やめてしまう。しかし、「怒られた」という事実はとりあえず、残っている。被害
者意識が強い人間にしてみれば、人から「怒られた」という「被害」は、なかな
か忘れるものではない。おまけに、人を「怒らせた」という加害者意識は、「いい
子」ちゃん志向のダメダメ人間にしてみれば、罪の意識となっている。
だから、「あの人に、怒られちゃった・・・どうしよう?」と相談したりすること
もある。
しかし、「どんな言葉で怒られたの?」と聞いても、何も回答がない。
ただ、「怒られちゃった!ああ!怒られちゃった!」と言うばかり。

そんな状態なので、聞かされた方も、とうとう言ってしまうのは、「で、アンタは、
結局何が言いたいの?ワタシは何をわかればいいの?」「とりあえず、やり取りの
言葉を、そのまま言ってよ!」ということ。
以前にその人に対して怒った人も、たぶん、その言葉で怒ったのでは?
結局、また怒られてしまったので、そんな場からそそくさと逃げ出し、何も改善
しない。

そんなやり取りばかりしているので、自信がつかない。
意を決して誰かとやり取りを始めて、相手から怒られて、また別の人とやり取り
を始めて、その人からも怒られる・・・そんなことの繰り返し。
自信がないからこそ、やり取りにおいては、逃げ場所を確保するようになる。
怒られたらスグにトンズラできるようにするわけ。

そんな人は、どうしても「人づての話」ばかりになってしまうものです。
だって、「人づての話」だったら、相手から怒られても「えーとぉ・・・これはあ
の○○さんが言っていたことだから、ワタシも詳しくはわからないけど・・・」「ワ
タシが言っているんじゃないわよ!あの○○という人が言っているだけ。」とかの
言葉で逃げを打てるでしょ?とりあえずは、その場は収まりますよ。

そんな逃げで成功体験を得てしまうので、ますます人づての話ばかりになってし
まう。

「テレビで言っていたけど、あの事件は○○が原因なんだって・・・」
「御近所の人が言っていたけど、政府の方針はこのように決めるんだって・・・」
あるいは最近では、
「インターネットに書いてあったけど、あれは、実は△△なんだって・・・」
古典的なスタイルだと、
「本に書いてあったけど、あれはこれが黒幕なんだって・・・」
あるいは、その気?がある人なら
「とある陰陽師が言っていたけど、あの人の前世は○○なんだって・・・」とか・・・

このように「人づて」のスタイルばかりなんですね。
と同時に、「御近所」とか「テレビ」とか「本」とか「インターネット」とかの漠
然とした表現で、具体的な名前がないわけ。せめて「ご近所の○○さん」とか、「テ
レビでの△△という番組で・・・」とか、「◇◇という本の中で・・・」とか出典
を特定できればいいのでしょうが、そんな具体的なものではない。
だから聞かされた方は、その真偽に疑問を持っても確認のしようがない。
原典の生データーに当たって自分で調べてみるということができないわけです。
だから「真実」と確信することもできないし、「ウソ」と断定することもできない。
そして調べてみることもできない。
つまり、ここで「会話」が終了してしまうわけです。

「ふーん・・・」と回答?して終わりでしょ?
皆様も、たまにしたことがあるでしょ?そんなやり取り。だって、確認のしよう
がないし、そもそも今現在、目の前にいる人の見解ではないのだから、より詳細
を尋ねるわけにもいかない。

実際のところ、皆さんは上記のような言い方をされて、その見解に疑問を持った
ら、どういたしますか?
どうしようもありませんよね?
まあ、「一体全体、どこから聞いたの?その話?」というのが精一杯。

そのように突き詰めても、やっぱり「御近所」とか「テレビ」とか「インターネ
ット」とかの漠然とした言葉なんですね。まあ、「ご近所の○○さん」とか「△△
という番組」と特定できるケースもありますが、じゃあ、そのご近所の○○さん
や△△という番組では、どこからその情報を仕入れたのかというと、やっぱり漠
然として判明しない。結局は出典がわからないまま。

勿論、人の意見で共感できる言葉もあったりするでしょう?
そのような言葉を相手に伝えたい場合は、もう少し出典の所在を明らかにしない
と、聞かされた方は判断の材料にならないわけですね。

しかし、人づての話であるがゆえに、逃げ場所からは近い。それが心理的に安心
できるわけ。しかし、心理的に安心できるとは言っても、相手に何が伝わるの?
というか、相手に伝えたいものがあるの?

だから、結局は、相手から、「さっきから人づての話ばかりだけと、アンタ自身は
どう考えるの?」と、やっぱり怒られることに・・・
そうして、「えーとぉ・・・それは・・・」「だってぇ・・・ミンナ言っているこ
とだし・・・」と言いながら、そそくさとトンズラしてしまう。
あるいは、より相手から突っ込まれると、「そんなことは言っていない!」と、さ
らなる逃げ。もともと「人づて」の話は、自分が言っているわけではないという
弁明が入った言葉。
それに輪を掛けて、そもそも物理的にも、そのような言葉をワタシは言っていな
いと、言い出すケースも多いわけ。

ダメダメ家庭の人間は当事者意識がなく、普段から「てきとう」に生きているん
だから、逆に言うと、トラブルが起こりやすい。
トラブルが実際に起こってしまうと、周囲の人なり、トラブルによって影響を受
けた関係者と一緒になって善後策を検討することになる。

そんな時には、周囲の人なり、関係者が言ったりするもの。
「あの時に、アナタはこんなことを言ったよね?」
あるいは、
「あの時の、アナタのこのような行動の影響で・・・」

そんな指摘があると、ダメダメ人間は真っ先に叫ぶことになる。
「ワタシは、そんなことは言っていない!」
いや、まあ、ホント、お約束のように登場してくるものですよ。
実際に、皆さんも聞いたことがあるでしょ?

それこそ、このメールマガジンの直接の対象としているダメダメ家庭だったら、
ダメダメな親はそんな物言いをいつもやっているもの。
子どもが何かを言っても「そんなことは言っていない!」
トラブルが発生しては、「そんなことは言っていない!」
また、トラブルが起こっては、「そんなことはやっていない!」
そうして、「ワタシは悪くないわ!」

しかし、関係者としては、その人から、実際に「そんなこと」を言われたりして
いるもの。
だから、いわゆる「言った」「言わない」の不毛の議論になってしまう。

ダメダメな人間は当事者意識がなく、自分自身で現状を認識しながら、物事を自
分で判断しながら行動する人間ではないわけ。その場の雰囲気で「てきとう」に
ものを言ったり、行動したりするもの。そんな人なんだから、当然のこととして、
自分の発言とか行動を覚えているわけがないじゃないの?

実際に、「そんなことは言っていない!」と主張する人に対して、「じゃあ、あの
○○の時は、アナタは実際にはどのように言ったの?」と聞いてご覧なさいな。
つまり「生データー」に回帰しようとしたら?そうなると、回答なんて返って来
ないもの。
それどころか、「ワタシは言っていないわ!」「どうしてそんなことを聞くのよ!
キーっ!」と逆上状態になるだけ。
そうして、「ワタシはそんなことを言っていないのに・・・イジメられてしまっ
て・・・ああ!ワタシってなんてかわいそうなの?!」と、被害者意識に浸って
しまうだけ。

「そんなことは言っていない」という人は、トラブル発生前には、多くの前兆を
見逃しているもの。つまり鈍感な人なんですね。
そんな鈍感な人が、自分自身の言葉を覚えているの?言葉を覚えている以前に、
どのような現状認識をしていたの?しかし、そんな人は、自分が受けた被害だけ
を記憶していて、
自分が与えている被害は考えないし、だからこそ記憶もないわけ。

他者から受けた被害の記憶は山ほどあっても、他者に迷惑を与えた記憶はまるで
ない。
それがダメダメ人間の記憶。以前に書きましたが「忘却力」があるわけ。
そんな人とやり取りを続けても、トラブルが深まるばかり。

「そんなことは言っていない。」という主張を受けたら、それに反論しても意味が
ないわけ。
だって、相手の記憶は「自分が受けた被害」しか記憶に残らない人なんですから
ね。
実際に「あの時は、このようなシチュエーションで、ワタシはこのように言って、
アナタがこのように答えて・・・」と、状況を再現しても意味がないわけです。
皆様の中で、そんな再現シーンを説明して、つまり生データーに回帰して、ます
ます状況が悪化した方もいらっしゃるのでは?

ちょっと話が変わりますが・・・
このメールマガジンのバックナンバーのサイトには、リーダース・チョイスとい
うものがあります。購読者さんが印象に残った文章を、リストアップしたもので
す。
親とのやり取りが具体的に思い出せない人は、リーダース・チョイスの選定も難
しいようです。
このメールマガジンの文章はなにも読者に対して怒っているわけではないわけで
すが、それに類する捉え方をしている場合には、「怒られた言葉が思い出せない」
状況に近くなってしまうんでしょうね。
自分に都合が悪いことを言われたら、スグに心頭滅却してしまう・・・抑圧的な
人間にはそんな傾向があるわけです。

まあ、リーダース・チョイスを選定できないくらいなら、どってことはありませ
んが、誰かとのやり取りを生な形で説明できるようにはしておかないと、相手か
ら怒られたりするもの。しかし、抑圧的な人間は、どうしてもヴェールがかかっ
た言い回しをしてしまう。
だからこそ、解決が遠くなってしまうわけ。

適宜、生データーに回帰することなんて、一番簡単なことと思われる方もいらっ
しゃるでしょう。だって、記憶に残っている情景を何も考えずに、そのまま持ち
出せばいいだけなんですからね。しかし、判断から逃避する抑圧的な人間は、判
断をする習慣がない。むしろ自分が判断しないような「流れ」を作ろうとするも
の。だから、生データーだと不適になる場合も多い。それにその生データーを持
ち出そうにも、インプットの不全とアウトプットの不全が相まった抑圧的なダメ
ダメ人間には心理的に難しいこと。
そんなことは、マトモ家庭出身の人には到底理解できることではありませんよ。

逆に言うと、漠然とした感情は次々と出てきても、生データーが出てこない・・・
そんな人は、重症の抑圧的な人間といえるわけ。そんな人は、判断から逃避して
いるわけだから、あらゆることを被害と捉え、だからこそ周囲の人間を犯人認定
し、報復することを考える。
生データーの扱い方を見るだけで、その人がどのように判断してきたのか?そん
な抑圧の度合いが見えてくるわけです。

(終了)
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発信後記

本文中で、韓国の歴史教科書に言及いたしましたが、明日では、昨今遡上に上っ
ている、中国、韓国との「統一歴史教科書」問題について考えてみます。
政治的な観点から見るわけではありません。心理的なり、文芸的な観点から考え
た文章です。
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