2009/06/26
メールマガジン「ダメダメ家庭の目次録」
★ メールマガジン:ダメダメ家庭の目次録 ======================================================== ┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓ ダ メ ダ メ 家 庭 の 目 次 録 ┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛ 法律上は別に問題がないが、結果的に子供の方が法律違反に陥る ダメダメ家庭の実態について、その具体的な会話や行動を リストアップいたします。 長崎や大阪や千葉など日本全国で「活躍」しているダメダメ家庭の OBやOGはどのような環境で育ったのか? 皆様にも、御理解いただけると思います。 ========================================================= ★ カテゴリー:ダメダメ家庭の人からのメール ★ 今回のお題:ムダな百花繚乱 このメールマガジン「ダメダメ家庭の目次録」に寄せられる意見で、意外と多い のは、内容が過激ということではなく、文章が長すぎるというものです。 この点については、ある意味そのとおりでしょう。 このメールマガジンの文章は、メールマガジンに最適化されてはいませんからね。 メールマガジンの文章としては、もっと短いのが理想的でしょう。かと言って、 この手の内容を短くすると、それこそ問答無用の説教調になってしまったり、グ チ・オンリーの文章になってしまうもの。 対話調で、実例を多く書いて・・・となると、ある程度の長さになってしまうの は、しょうがないんですよ〜。 メールマガジンとしては長い文章であることは異論がないところですが、じゃあ、 それが不要な長さなのか?必要な長さなのか?そっちの問題の方が重要でしょ? 必要な長さなのなら、少なくとも書き手が、その必要性を意識しているのなら、 いいんじゃないの? それでも読み手が、「長くてイヤ!」と考えるのなら、購読しなければいいだけ。 あるいは、以前に書いたことがありますが、週に1回だけ読むという間引き購読 という方法もある。 実は、ダメダメ家庭の人とやり取りをしていると、ムダに長い文章に出会うこと がよくあるんです。 ムダに長い文章って言葉は、分かりにくい・・・そう、思われるでしょ? 別の言い方をすると、色々と書いてあるけど、読んでいて、「で、結局何が言いた いの?」ということが分からない・・・そんな文章のこと。 相手に判ってほしいことが自分で意識されていて、その説明のための実例などを 多く挙げてしまったら、結果として長くなってしまった・・・ということなら、 ある意味必要な長さと言えますよ。だって、実例なんて多く出ていた方が分かり やすいもの。だからそんな文章は、読みやすい。しかし、ダメダメ家庭の人の文 章の長さって、自分の意見を補足するための実例を多く列挙なんてことではない わけ。 そもそもダメダメ家庭の人間は、会話の能力がない。だから、そんな人は会話そ のものの機会が少ないわけ。だから自分の考えを語ることに飢えている。 そんな人だから、「この人は、ワタシの話を聞いてくれる!」なんて思ってしまう と、「ここぞとばかりに」語るわけ。 本来なら、主要な文章の流れと、それを補足するエピソードで構成すれば、文章 を読んだり、話を聞く側も分かりやすいでしょ?あと、もっと上級になれば、導 入のエピソードとか、最後のオチとか・・・いずれにせよ、主要な流れと、それ に「関連する」エピソードで構成するもの。 しかし、日頃、自分の話を聞いてもらっていない人は、まさに「この期を逃すと 後がない!」とばかりに熱く、普段、考えていることを語ってしまう。 だから、その折での議題になっているテーマとは全く無関係な話をしてしまうわ け。 それが、主要テーマと補足エピソードによる構成がしっかり出来ていて、あとで オマケのような形として分別されているのなら、まだわかりますよ。要はプライ オリティがしっかりできていればいいだけ。 しかし、ダメダメ家庭の人間は、そもそも妄想との親和性が高い。「どのように言 えば相手が理解しやすいのか?」なんて考えながら表現をしていないわけ。 主要テーマと補足エピソードに加え、それに普段自分が思っている様々な事項が、 適宜・・・以前書いた言い方をすると・・・霜降りのように入っている状態。こ れでは、聞いていてさっぱりわかりませんよ。 普段から自分が思っていることも当然あるでしょう。 それを誰かに言いたいのも当然ですよね? しかし、重要なことは、今の時点でテーマとなっていることでしょ?そのことに ついての自分の考えを相手にわかってもらえるように語ることがまずは第一じゃ ないの? そうして、そのテーマが解決し、話が弾んだら、次に自分が関心を持っているテ ーマに話を誘導すればいいじゃないの? それこそ、ダメダメ家庭の問題を議論している最中に、「サッカーと野球でどっち がいいのか?」とか「東京と大阪の違い。」なんてネタを急に振られてもねぇ・・・ それがダメダメ家庭を考えるに有効な視点となるのなら、つまり主要テーマを補 足するエピソードとなるのなら、非常に意味があることでしょう。 しかし、現在の議論とはまったく無縁に「東京とはどんな街なのか?」なんて言 われても、「なんだい?コイツ?」と思うだけでしょ? そんな人は周囲の人間から、相手にされず、ますます語る機会が減ってしまう。 だからこそ、「この人は自分の話を聞いてくれる!」と誰かを認定してしまうと、 いつも思っていることが溢れてしまい、内容の収拾がつかなくなってしまう。 会話においても、次の機会があるわけでしょ? 今のテーマを、今しっかり議論して、それを踏まえて次のテーマに移ればいいだ け。 しかし、ムダに長く話すことによって、自分から「次の機会」をなくしちゃうわ けです。 実は、ダメダメ家庭の人間とやり取りすると、この「ムダに長い話」とちょっと 違った、ムダに遭遇することも多いんですね。 それは、「ムダに多い」というもの。 この「ムダに多い」ということは、「ムダに長い話」とよく似ています。基本的に、 双方とも自分でどうしても相手にわかってほしいことが自覚できていないわけ。 ただ、ムダに長くなるケースは、「色々と言いたいことがある、ただし、そのプラ イオリティがつけられない・・・」という心情が基本となっているのに対し、「ム ダに多い」語りは、本質的なことからの逃避のケースが多いわけ。 たとえば、ある文章に接した・・・その文章に対して、自分なりに感想を持つ。 それは誰でもあるでしょう。そのまま放置しておくと、逆に言うと、後々まで引 っ掛かってしまって考えることになってしまう。だから、とりあえず、自分なり の結論を出して、相手に言っておくわけ。 このような心情は、以前にも「連続発信のメール」というお題で配信しておりま す。ダメダメな人とのメールのやり取りの際には、こちらからのメールの個々の 細部の部分に過剰反応しますが、メール全体で言っていることについてはまった く無視・・・そんな返事があったりするんですね。 逆に言うと、全体の文章についての自分なりの見解をまとめることから逃避する ために、特徴的な部分に反応しておくわけ。 しかし、個々の部分だけに過剰反応した文章なんて、読んでも「で、いったい何 が言いたいの?」と思うだけ。それは、実は書いている人自身がわかっていない わけ。 そんな人の文章は、言われたこと、書かれていることの部分、部分に対する「反 応」が並列的に多く並んでいる趣。 並列的に並んでいるので、「じゃあ、結局は何が言いたいの?」「一番重要と考え ているのは何?」という素朴な疑問には答えられない。 イヤ!それを考えることから逃避しているわけ。 並列的に多く語るよりも、単発をしっかり語って、その次に、また次の単発を語 ればいいじゃないの?その方が読んでいてラクですし、書く側だって、まとめや すいでしょ? しかし、抑圧的で自己逃避の人は自分の考えをまとめたくないわけ。まとめたく ないけど、何らかの感想を残しておかないと、引っ掛かってしまう。 一つの対象を多くの視点から書く・・・そのような文章もあります。 あるいは、多くの対象に言及することにより、一つの視点の有効性を浮かび上が らせる・・・その手の文章もあったりします。 しかし、多くの対象を多くの視点から書いても、ゴチャゴチャしているだけです よ。 表現する際には、ある程度整理した上で書かないとね。表現する側としては、多 くの対象からでも、多くの視点を使ってもいいのですが、まさに最重要な「一つ」 を描き出すことでしょ? その最重要な「一つ」が、まさに「結局、自分が言いたいこと」そのものじゃな いの? 多くの事項について書くことによって、その「結局言いたいこと」を考えること から逃避する。多くの言葉が、肝心な言葉をぼかしてしまう。 多くの言葉が並列的に集まっていて、そんな多くの言葉の文章に接すると「私は 何をわかればいいの?」と思うだけ。それを尋ねると、「ご自由に!」なんて返事 が返ってくる。 しかし、何とでも読める文章なんて、出さないほうがいいですよ。相手が困惑す るだけでしょ? しかし、そんな多くの言葉が並列的に並んでいる文章は、何よりも自分のために 書いているわけ。考えることから逃避するために言葉にしただけ。だから「相手 がどう読もうと知ったことじゃない。」と言うことになってしまう。 しかし、そんな自己満足に徹したやり取りの積み重ねがどうなるのか? そんなことはチョット考えればわかることでしょ? しかし、そんなことをしている人間は、自己逃避であり、それゆえに、自分がや っていることが自己満足に過ぎないこと自体がわからないし、考えることから逃 避する。 少なくとも始めの頃は、一つの物事を、自分なりの視点で考えてみる・・・それ くらいの文章の方が書きやすいでしょう。 多くの事項を書けば相手に伝わるというものではなく、伝えたいものを自覚する ことが第一なんですね。 特に相手に反論する場合において、この手のムダに多いパターンが発生するもの です。 反論する時こそ、もっとも反論したいことを絞る必要があるものでしょ? 一番重要な反論が通ったら、その次の反論をすればいいだけ。 いきなり、いっぱい反論があっても、読み手は読むわけがありませんよ。 そんなに「気に入らない」点が多いのなら、いちいち反論するよりも、「アンタな んか、相手にしない!」と言い放てば済む話。 しかし、感情が昂ぶると、揚げ足取りばかりのスサムメールのようなパターンに なって、こまごまと反論するようになってしまう。 逆に言うと、細々と死た視点に注視することによって、大きな問題から逃避する わけ。 一本一本の樹に注目することで、森を見ることから逃避してしまう。 まさにそれぞれの樹については、細々とした描写があっても、森全体の描写は何 もない状態。そんな文章を読んでいても、全体のイメージが全然わからない。 ちなみに・・・ 長い文章の、このメールマガジンですが、基本的には、エピソードをあまり詰め 込まなくして、次のネタにまわすなんてことをやってはいます。 メールマガジンだったら次の機会は、発行者の自由ですからね。 次にまわす・・・なんてことをやっているから、それこそ発行回数が800回を超 えてしまうわけでしょうねぇ。 それこそ、もっと短い文章だったら、とんでもない発行回数になっちゃうでしょ? 私だって、いつまでもやってられませんよ。 まあ、このメールマガジンの文章が。ムダに長いのか?必要があって長いのか? それは購読者さんの判断でしょう。 長いことそのものが問題なのではなく、必要性や自覚の問題だと思うんですよ。 ダメダメ家庭の人の文章は、実際の字数以上に長く感じる。それって不必要なエ ピソードが多いということなんですね。あるいは、話の本線と支線の区別が付い ていないとも言えるでしょう。マトモな文章だったら、字数が多くても、読みや すい。 重要なことは、ここで自分が何を伝えたいのか?それを意識することなんですね。 (終了) *************************************************** メールマガジンの解除は まぐまぐ&カプライトは下記のアドレスに http://renewalmmbacknumber.hp.infoseek.co.jp/register/touroku.htm 各マガジン指定のフォームがあります。 購読解除しても発信者にはわかりませんので、安心して解除してください。 一応、各マガジンのサイトでの解除を御希望の方は まぐまぐ でのマガジンIDは「0000117943」です。 カプライトでのマガジンIDは「14204」です。 コピー&ペーストすれば、 それぞれのマガジン発行元の解除画面に行くことができます。 また、バックナンバーは下記のページです。 http://renewalmmbacknumber.hp.infoseek.co.jp/index.html ご意見等がございましたら、ご遠慮なくどうぞ! メールアドレスは portadelparadiso@hotmail.co.jpまで・・・ *************************************************** 発信後記 今回の文章とは全然関係ありませんが・・・ 現在イランでは、大統領選挙の後のゴタゴタで、モメていますよね? 改革派とか左派とか保守派とか・・・ どっちがどっちなのか?よくわからない。 せめて穏健派と、厳格派くらいの言い回しでないと、わかりませんよ。 ちなみに、選挙の不正に対してデモで抗議している側・・・宗教的には穏健派・・・ は、何も宗教的な理由なり政治的な理由が主目的ではないんですね。 独裁的な管理社会が進行してしまうと、密告が横行するようになる。 そしていったん密告されたら、あとは拷問で「自白」させられて、犯人にされて しまう。実に覚えがあろうとなかろうと、拷問によって自白させられるのは、イ ランも、ナチのゲシュタボも、栃木県警も同じ。そんな環境なんだから、ちょっ とでも不平を言ったら、密告されて死刑・・・なんてことが現実になってしまう。 こんな状態では精神的に落ち着くどころではありませんし、周囲からの密告を恐 れて、目立たないようにしないといけない。常に周囲を疑心暗鬼で見るようにな ってしまう。それでも、いったん密告されたら、その密告に何の身に覚えがなく ても、一生の終わり。 だからこそ、「やられる前に、やるしかない!」となっているわけ。逆に言うと、 弾圧する側も、もし現在の体制が転覆してしまうと、自分が殺されるわけだから 必死。 政治的な理由なり、単なる正義感では、あそこまで出来ませんよ。 ちなみに、イランは以前には王様がそんな支配をしていたから、民衆によって倒 されたわけですが、結局は、王様による支配が、宗教による支配に代わっただけ。 ダメダメのメンタリティーがあると、結局は同じことの繰り返しになる・・・ま さに、典型的な事例でしょうね。


