2009/05/29
メールマガジン「ダメダメ家庭の目次録」
★ メールマガジン:ダメダメ家庭の目次録 ======================================================== ┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓ ダ メ ダ メ 家 庭 の 目 次 録 ┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛ 法律上は別に問題がないが、結果的に子供の方が法律違反に陥る ダメダメ家庭の実態について、その具体的な会話や行動を リストアップいたします。 長崎や大阪や千葉など日本全国で「活躍」しているダメダメ家庭の OBやOGはどのような環境で育ったのか? 皆様にも、御理解いただけると思います。 ========================================================= ★ カテゴリー:ダメダメ家庭の認定行動 ★ 今回のお題:認定崩壊への恐怖 以前にこのメールマガジンで「アルファ症候群」というお題の文章を配信いたし ました。 アルファ症候群とは、もともとは犬の心理の話。犬というものは序列意識が強い ので、「『ボクはこの集団のボス(=アルファ)なんだ。』といったん認識してしま うと、その集団のボスとして行動してしまう。だから下の序列の存在に対して強 圧的な行動を取るようになる。部下が犬ならともかく、飼い主たる人間に対して も、強圧的な行動を取ったりしてトラブルになる。」そんな内容でした。 犬をかわいがりすぎると、その犬も間違った認識を持ってしまい、その認識と現 実とのギャップに混乱してしまうわけ。 犬は、現実を元に、自分の認識を修正することも難しい。だって所詮は犬。認識 能力も思考能力も人間とは比較になりませんよ。 だからアルファ症候群のような症状になってしまう。 このようなアルファ症候群は、犬だけでなく、序列意識が強い人間でも発生した します。それこそ韓国人が日本に対して「立場をわきまえさせる。」ように行動し ますが、それはアルファ症候群に典型的な症例と言えるわけ。 あるいは、最初にとりあえず設定した順番と、後になって齟齬が発生する場合が ありますよね?「あれっ?!この人・・・自分より年齢が若くて下の序列かな? と思っていたけど、実は単に若く見えるだけで、実際は、ワタシよりも年上なん だ・・・」まあ、これくらいなら、誰にでもあったりすること。しかし、マトモ な人にとって、対等な関係が基本であるのに対し、ダメダメ人間は、上下関係が 基本。だから序列の乱れは、人間関係の根本の乱れになるわけ。だから心理的に 混乱してしまう。「ああ!どう受け入れようか?けど、どうしていいのかわからな い!」ということで、やっぱり逆上することに。 本来なら、そもそも序列を基本として人間関係を見る必要もないわけでしょ?あ るいは、序列を参考にするにしても、それを現実に即した形に後になって修正す ればいいだけ。たとえば、犬であってもマトモに育てられた犬だったら、序列の 修正という作業も、犬なりにはできますよね? しかし、ダメダメ人間は、そもそも自分で考えないし、会話の能力もない。会話 の積み重ねによって、状況を判断して、以前の認定を修正していくなんてことは できないわけ。その点では、マトモな犬よりもダメダメなんですね。 結局、自分の脳内序列を強引に現実に適用しようとして、周囲と悶着を起こす。 そもそもダメダメ家庭の人間は、抑圧的であり、自己逃避。自分で現実を見て、 自分で考えることを抑圧し、そこから逃避している。だからいったん認定してし まったものを、後になって現実に即した形で修正することができないわけです。 それに、そもそも「認定行動」自体が、その人の抑圧的な心理とつながっている わけ。 それこそアルファ症候群を引き起こす序列の認定もそのパターン。対等の立場で 会話ができない人間は、序列を認定することで、「命令すればいいのか?服従すれ ばいいのか?」その都度判断することから逃避する。ダメダメ人間はとにもかく にも自分で判断したくはないわけ。 自分で判断することからの逃避としての序列認定なんだから、それを後になって 自分で判断して修正することなんてありえませんよ。 あるいは、これも以前にこのメールマガジンで取り上げましたが、ダメダメ人間 は「規範認定」をしたりするもの。これはアルファ症候群とは方向が違うパター ンと言えるでしょう。「あの○○はワタシの規範だ!とにもかくにも、その○○に 従うべきなんだ!」そのように規範を自らに課すわけ。 逆に言うと、後はその規範に従っていればいいだけ。だから自分で判断すること から解放されることになる。規範認定はいわば「ベータ症候群」とでも言えるで しょうか。自分自身を規範であるアルファの存在に従う立場(いわばベータ)と 規定してしまうわけ。 規範によって縛られることによって、思考から解放されるわけ。 エーリッヒ・フロムが言う「マゾヒズム」そのものなんですね。 あるいは、これも以前にこのメールマガジンで取り上げておりますが「犯人認定」 とか「敵認定」などもそのパターン。対抗心が強いダメダメ人間は、「あの○○の せいで、うまくいかない!」と、諸悪の根源を認定してしまい、後は、その犯人 認定したものを恨むだけ。 逆に言うと、恨むだけなので、その後は自分で認識もせず、自分で判断しなくて もいいわけ。 敵認定は他者に対して設定されるものですが、自分自身を被害者認定するケース もポピュラーでしょ?「ワタシはかわいそうな被害者なんだから、悪いのは全部 他の人のせいだ!」と最初に認定してしまって、後は自分自身を憐れんでいるだ けで、自分では何も考えない。それこそ長崎県での小学校6年生の事件でも、ま さにそのパターンだったでしょ?まあ、普段からそんな発想だからこそ事件が起 こるわけですが。 認定行為は、自分が現状認識し、判断することから解放してくれるわけです。そ の種の人にとっては、縛りとは、心の解放につながるわけ。おお!これぞマゾヒ ズムの醍醐味!! だから、いったん認定したものに対して、疑問を持ちたくないわけ。 だって疑問を持ったら、また自分で認識し、判断しなくてはならないでしょ?そ れがイヤだから認定行為をしたわけだから、認定行為がいったんなされたら、あ とで現実との齟齬があった場合には、むしろ現実を破壊する方向に向かうわけで す。 縛られることで満足や安定を得るマゾヒズム人間にしてみれば、その束縛を緩め られたり、解かれたりすることは恐怖になってしまう。だから束縛を解こうとす る人に対しては、敵認定してしまったり、そのような束縛からの解放行為自体に も、被害者意識が燃え上がってしまうだけ。抑圧的な人間は、いつまでも「縛ら れたい」わけ。「で、結局、アンタはどうしたいの?」そんな質問をしてくる人は、 自分自身の縛りを解放するものとして、敵視されてしまう。 縛りを尊重し、現実を軽視する。だから、変更するのは、現実の方。 まさにアルファ症候群において、自分の認定した序列と現実が齟齬をきたしてい る場合に、現実に対して強圧的に介入するのと同じ。 まあ、犬だったら、そんなことをするのもしょうがない。もともとの能力の限界 がありますよ。しかし、抑圧的な人間も現状認識や判断を恐怖しているので、や っぱり同じようなことをするもの。これは能力的な問題というよりも心理的な問 題なんですね。 いったん認定したものからの変化を受け入れられない、このような例として、ダ メダメ家庭によくあるのは介護者認定のようなケースもあります。ダメダメな親 ほど、こんなことを言ったりするものでしょ? 「ワタシの老後の面倒は、お兄ちゃんがみてくれる・・・」 ちなみに、上記の「お兄ちゃん」は、当人の兄ではなく、いわゆる長男です。 「長男が親の面倒を見るものだ!見るべきだ!」 まあ、そう思うのは勝手でしょう。 しかし、そんな言葉が頻発しているような親に限って、その長男さんは、その親 と完全に疎遠だったりするもの。もう5年以上も顔を合わせていないような間柄 なのに、「ワタシの老後の面倒はお兄ちゃんが・・・」なんて言ったりするわけ。 そんな言葉を聞かされて、周囲の人間は対応に困ってしまう。 「えーとぉ・・・どう言えばいいのかなぁ・・・」 本来なら、自分と疎遠なのがミエミエなの人に、自分の老後を預けたりはしない でしょ? しかし、ダメダメ人間は、そもそも自分で考えないわけだから、「親の面倒は長男 が見るものだ!」と一旦自分で決めてしまったら、そのまま突っ走ってしまう。 だから周囲が何を言ってもムダ。むしろ「そんなことは言わないで!」とアンナ・ カレーニナのように逆上するだけ。 逆に言うと、そんな親だからこそ、その長男さんも愛想を尽かしたのでしょ? しかし、その手の親は、現実がどうなっても、その現実を見ようともしないで、 以前に設定した役割から抜け出せない。 そうして、結局は、「長男は親を棄てた!ワタシって、なんてかわいそうなの?!」 だったり、「政治が悪い!」「なんてヒドイ時代なんだ?!」と、被害者意識に。 そんな人って、皆様の身近にいたりするものでしょ? なまじっか被害者意識があるので、「自分はかわいそうな被害者である」という理 屈をつけることはできる。だから尚のこと自分では何もしないわけ。しかし、そ れこそマトモな犬だったら、まだ『新しい現実』とどうやって折り合っていくの かについて、犬なりに考えますって・・・ しかし、ダメダメ人間は、現実が変わっても、その昔に自分が勝手に設定した役 割だけで生きている。これは日本人に対してアルファ症候群でからむ韓国人だけ でなく、日本人のダメダメ人間も全く共通なんですね。 いったん認定したら、それが現実との齟齬が発生しても、その齟齬を見ないよう にしたり、現実に対して、「べき論」を掲げ問答無用で行動する。 そんな行動は、当人なりの正義感に基づいているので、「正義のためなんだから、 過激な方法も許される。」と思っている。 犯人認定のようなものだったら、報復行為を計画し、実行することで、その犯人 認定を確定させるわけ。そして報復手段が過激であればあるほど、その犯人認定 を、自分自身に納得させることができるわけ。 それこそ、厚生省の事務次官OBを殺害した人なんて、その典型でしょ? あるいは、中央大学で教授を殺害した人も、そのパターン。 いったん設定した犯人認定を守るためにこそ、行動をするわけ。 犯人認定を見直すことは絶対にないわけです。 認定が崩壊することは、自分が現状認識や判断と直面することにつながる。これ は抑圧的な人間にしてみれば、恐怖そのもの。自分で考える恐怖に比べれば、自 分が死ぬ恐怖なんて、たいしたことではない・・・それが抑圧的な人間というも の。 だから自分が設定した設定に対して「上塗り」をすることによって、本質を見な い方向に進んだりするもの。 それこそ、何かを敵認定したら、「敵の敵は味方」なる論理で、あるいは、あるも のを味方認定をすることで、敵認定の体系を拡大するわけ。 ここでそれなりに味方認定するものが誕生したので、その味方に対する敵が新た に設定される。そうすると、また別の味方なり敵も設定することができるので、 結果として壮大なスケールの敵認定体系ができてしまう。 それこそ、日本政府を敵認定している方々もいらっしゃいますが、そうなると日 本の敵の北朝鮮は味方認定され、北朝鮮の敵は、新たな敵認定の対象になり・・・ 延々と続いたりする人もいらっしゃるでしょ? あるいは、アメリカを敵認定した場合にも、「敵の敵は味方」とか「敵の味方は敵」 とかでどんどんと体系が膨らんで行ったりするでしょ? アメリカや日本政府を気に入らないならそれで当人の勝手ですが、その敵認定を 壮大な体系にすることで、最初の敵認定をぼかしてしまうわけです。ぼかしてし まうので、どんどんと自己逃避状態が進行してしまう。最初の敵認定を疑うこと は当人のアイデンティテョの崩壊を招いてしまう。だから最初の認定に「衣」を 着せていくわけ。 結果的に壮大なスケールの認定体系が誕生することになる。しかし、こうなると 何がなんだか当人でもわからない状態。しかし、自己逃避の人間にしてみれば、 何がなんだかわからない状態こそ、当人が心の奥底で求めているもの。 だからこそ、そんな体系に対する疑問にも過剰に反応することになる。 それこそ質問なり反論に対して逆上したりすることに。あるいは、認定体系を守 るためにこそ、テロのような自滅的な行動を取ったりする。命を懸けて行動する ことで、まさに「思考停止」状態を得ることができるわけ。 そもそも、日本政府を敵認定する認定行動だって、往々にして、自分の父親への 「無意識的な」敵認定への「衣」に過ぎないもの。厚生省事務次官OB殺害事件 のケースも、あるいは社民党の方々のケースも、本質的には、というか無意識的 には、自分の父親を敵認定しているわけでしょ? それに衣を着せ、膨らませることで、本質から逃避しているわけ。 そして、そんな人が個人として行動するばかりではなく、当然のこととして集団 で行動するようになる。集団という体系化が起こるわけ。認定対象が膨らむと同 時に、認定行為も膨らんでしまう。そうして、一緒になって「敵認定」や「規範 認定」の世界に浸りこむ。 周囲が全員そんな「認定行為」に逃げ込んでいる同志なので、周囲から的確なア ドヴァイスもなく、認定行為がエスカレートするばかり。ちょっとでも問題点を 指摘されると、集団ヒステリー状態になり、つるし上げを行うようになる。その つるし上げ行為が、まさに自分たちが設定する犯人認定体系を確認する儀式とな っている。 問題点を指摘されると逆上するわけですが、ちょっとしたやり取りの場合でも、 色々な齟齬が発生するもの。何と言っても、「認定」してしまって、その後は疑い がないわけですから、ちょっとでもそれに合致する見解があったりすると、「わが 意を得たり!」と歓喜する始末。人の話を、自分の認定を補足する情報としてし か受け取らないわけ。視点が固定化されている状態。 だからそんな人は「絶対」という言葉が頻発しているもの。必要以上に「強い」 言葉を使って、認識や判断から逃避するわけ。だから「絶対悪」とか「絶対善」 とかの用語が登場して来てしまう。自分と違う見解は、まさに絶対悪認定して、 糾弾することになる。 抑圧的な人は、そんな言葉をよく使うものですし、そんな言葉が「使える」領域 に行きたがるでしょ?それこそドメスティック・ヴァイオレンスのボランティア の連中なんて、その典型。暴力オトコを「絶対悪」認定して、つるし上げて大喜 び。そんなことだから、その女性が、また同じキャラクターの暴力オトコとくっ ついて同じような修羅場になってしまう。そうなるとボランティアは、またまた 絶対悪認定して、同じようにつるし上げ。つるし上げることで、自分が認定した 関係を確認しているわけ。 抑圧的な人間は、そんな認定確認行為を延々とやっているもの。あるいは、平和 運動のように、認定に対し疑念が提示されにくい分野に行きたがるわけ。自分な りに考え、説明することが怖いわけ。 そんな状況にちょっとでも疑問を呈すると、スグに「どうして、ワタシたちにそ んなことを言うの?!」と逆上するもの。あるいは、ちょっとでも合意すると、「そ うなのよね!ワタシたちはかわいそうな被害者なのよね!」と大喜び。 何を言っても、「自分たちはかわいそう!」と大前提になってしまって、自分自身 を被害者認定している状態なので、何を話してもムダとなってしまう。視点が固 定化されている人とやり取りしても、楽しくないだけでなく、実際に危険なんで すよ。 それこそ、いったん「恋人認定」してしまったら、その恋人認定を守るためにこ そ、「付きまとう」ことになる。そんな人は恋人当人や自分の恋心よりも、『恋人 認定』の方が重要になっているわけです。恋人認定だと、付きまとうという行為 によって、自分に対する「念押し」儀式としているわけ。現実を認めることを拒 否するわけです。あるいは、以前に取り上げたプッチーニのオペラ「蝶々夫人」 では、「彼は帰ってくるわ!」と夫認定というか救済者認定して、それを絶対に見 直そうとはしない。ちょっとでもその認定に対し、疑問を提示されれば逆切れし てしまう。その逆切れの強い調子が、自分の認定の念押し行為となるわけ。しか し、結局はその認定が崩壊し自害することになる。 そんな念押し行為は、認定行為の近くでは必ず起こっているもの。 序列認定の念押しとしての、アルファ症候群だけでなく、 犯人認定したら、残虐な方法で殺害したり、 加害者認定したら、中傷を触れ回ったり、いやがらせをしたり、クレームを付け 続けるようなことをするもの。 あるいは、自分で自分を幸福認定したら、自分のペースで「ワタシは幸福よ!」 と周囲に主張する。 いったん認定してしまったら、認定そのものに対しては、修正が利かないので、 現実の方にアクションを起こすわけ。それは単に人の話を聞く能力がないという よりも、人の話によって、自分の認定体系が崩壊することへの恐怖に由来してい るわけ。アクションそのものも、いわば認定を確認するための儀式であって、現 実を改善するためのものではない。 人間が大きな行動をする背景には、恐怖が由来しているもの。 認定体系崩壊の予兆は、抑圧的な人間にしてみれば、恐怖そのもの。 抑圧的なダメダメ人間は、その認定体系を守るために、あるいは認定崩壊を見な いために、まさに命を捨てることも辞さないものなんですね。自分自身よりも、 あるいはやり取りしている相手よりも、認定した関係性が重要になっているわけ。 ちょっとした反応を見るだけで、その人が、認定した関係性に心理的に依存して いる状態が見えたりするもの。その段階で早めに避けないとマズイわけ。 (終了) *************************************************** メールマガジンの解除は まぐまぐ&カプライトは下記のアドレスに http://renewalmmbacknumber.hp.infoseek.co.jp/register/touroku.htm 各マガジン指定のフォームがあります。 購読解除しても発信者にはわかりませんので、安心して解除してください。 一応、各マガジンのサイトでの解除を御希望の方は まぐまぐ でのマガジンIDは「0000117943」です。 カプライトでのマガジンIDは「14204」です。 コピー&ペーストすれば、 それぞれのマガジン発行元の解除画面に行くことができます。 また、バックナンバーは下記のページです。 http://renewalmmbacknumber.hp.infoseek.co.jp/index.html ご意見等がございましたら、ご遠慮なくどうぞ! メールアドレスは portadelparadiso@hotmail.co.jpまで・・・ *************************************************** 発信後記 明日の土曜日のシリーズでも、本日の文章と似た内容を取り上げます。 その折にも記載いたしますが、たとえば、恋人に付きまとうストーカーは、恋人 や恋心よりも、恋人認定という認定そのものが重要視されていると理解すれば、 その手の人々の行為も理解できるようになるでしょ? 恋人認定が重要視されているから、実際の相手や、ヘタをすれば自分自身の生命 を捨てることにも躊躇しない。 一般人は、ストーカー行為は倫理的な問題と考えているのでしょうが、むしろ心 理的な問題なんですね。 認定が重要視されてしまっているので、「これくらいなら・・・」と中途半端に応 じたりすると、その種の人々が持っている認定を心理的に強化してしまう。 それこそ、ストーカーされて、怖くなってヘタにやさしいことを言ったりすると、 その言葉を受けて、「やっぱりオレの恋人認定は正しかったんだ!」となってしま うわけ。 この種のことは、クレーマーでも同じ。ヘタに謝罪してしまうと、「やっぱり、オ レはこの会社による被害者なんだ!」と確認してしまうわけです。 中途半端な謝罪は、問題の解決には逆効果。 それこそ韓国が日本に対し、いつまでも「謝罪せよ!」と言ってきますが、日本 としては最初の要求に応じてしまったのが致命的なミス。最初の謝罪によって「オ レたち韓国は日本による被害者なんだ!」という被害者認定を強化してしまった わけ。 アルファ症候群に陥った犬の更正と同じで、一貫した態度が必要になるわけです。 ただ、もっとも基本的な態度は、そんなメンドウな人間には関わらないこと・・・ これについては、いつも言っていることですが。



