ダメダメ家庭の目次録  RSSを登録する

長崎や新潟等最近ニュースで必ず登場するダメダメ家庭の出身者。ここでは、そのようなダメダメ家庭で繰り広げられる具体的な親の言葉や行動を列挙いたします。分からない事件も過去の積み重ねですからね。

最新号をメルマガでお届けします    
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。
2009/05/25

メールマガジン「ダメダメ家庭の目次録」

★	メールマガジン:ダメダメ家庭の目次録
 
======================================================== 
┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓
 ダ メ ダ メ 家 庭 の 目 次 録 
┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛
 法律上は別に問題がないが、結果的に子供の方が法律違反に陥る
 ダメダメ家庭の実態について、その具体的な会話や行動を
 リストアップいたします。
 長崎や大阪や千葉など日本全国で「活躍」しているダメダメ家庭の
 OBやOGはどのような環境で育ったのか?
 皆様にも、御理解いただけると思います。 
=========================================================

★	カテゴリー:ダメダメ家庭はいつも否定形

★	今回のお題:反論しなきゃ! 


他人の文章・・・なかんずく、このメールマガジンの文章を読んだら気に入らな
いことが書いてある。
「これは・・・ひとつ・・・反論しなきゃ!」

そう思うのは、別にいいでしょう。
じゃあ、その「反論しなきゃ!」って、もっと詳細に考えると、どんな感情なの?

「反論しなきゃ!」の「しなきゃ」は、「しなければいけない」という意味だから、
いわば必要性の認識ですよね?
必要性と言っても、色々ある。
それこそ、反論する「使命」がある、あるいは、反論をする「責務」がある・・・
そんな崇高なものの場合もあるでしょう。その使命を自覚して、行動に移す・・・
そんな反論のケースも、論理的には、存在するはず。自らの目標達成のための、
いわば肯定形のスタイルの反論です。

あるいは、そのような崇高な使命感とは逆の方向で、「反論しておかないと・・・
色々と・・・マズイ事態になってしまって、なんとなく困ってしまう・・・」そ
れくらいの「とりあえず」に近い感覚、別の言い方をすると二重否定的なスタイ
ルの場合もあるでしょう。

あるいは、「反論しなきゃ!」の「反論」は具体的にどんなものなの?
「自分の持っている見解と相反する見解に接した。だから、その人を説得するん
だ!」
反論というものは、基本的には、そんなパターンでしょう。

しかし、説得と言っても、やっぱり色々とある。
相手の考えと相反している自分自身の考えを、相手に対して丁寧に説明するパタ
ーンもあれば、ひたすら相手の「あら探し」をして「揚げ足取り」をするパター
ンも現実としてありますよね?

「反論しなきゃ!」という言葉でも、その中の「反論」や「しなきゃ」を、緻密
に見てみると、様々なヴァリエーションが見えてくるもの。

何もこのメールマガジンに対してだけではありません。自分と相反する見解を持
つ人に対し、「自分の考え」を説明する・・・そんなシチュエーションはあるもの。
相手に対して、ただ単に、自分の現状なり、それを理解する視点なり、それを踏
まえた自分の考え方、そしてその有用性を提示しても、本来は、相手を説得する
ことにはならない。
そのような当人の考えを明確に表現した文章を読んでも「ふーん・・・この人は、
こんな状況から、こんなことを考えているんだねぇ・・・」と思うだけ。
しかし、説得はされなくても、別の言い方をすると同意や合意はしなくても、示
唆的ではあるでしょ?だって、その「反論」から、視点も広がったわけですから
ね。だからこそ、そんな説明に対し「なるほど!こんな考えもあるんだね!」そ
して、そんな反論をした人を、「この人・・・なかなかやるモンだわい!」と敬意
を持ったりするもの。

しかし、ダメダメ家庭の人間がやる反論は、議論や思考を引き出すような、そん
な示唆的で知的なものではないわけ。まさに、相手を「押さえつける」が如く、
強い口調の言葉を並べ、そしてやることは「あら探し」や「揚げ足取り」。

こうなると、説得どころではないでしょ?あるいは、合意に至るどころではない
でしょ?
そんな反論に接すると、その見解に合意するという肯定形で受け取るというより
も、「逆らったら怖い」という二重否定のスタイルで受け取ることになる。説得と
いうよりも、いわば支配というか征服に近いわけ。そんな反論は、合意を志向し
ているというよりも、相手を黙らせることに志向が向いているわけ。
そもそも必要以上に強い言葉を使うということは、それだけ、文章自体に力がな
いということ。論旨がメチャクチャだからこそ、強い言葉を使わざるを得ないわ
け。

どうして、そんなことをするの?読んだ文章が気に入らないのはいいとして、じ
ゃあ、「当人自身はそのマターについてどう考えるの?」そっちの方が重要なので
は?
しかし、ダメダメ家庭の人間は、まさに「アイツに反論しなきゃ!」などと言い
出し、「強い言葉」の文章をぶつけてくるものなんですよ。

ダメダメ人間においては、その「反論しなきゃ!」における「しなきゃ」が、あ
る種の恐怖に由来しているわけ。ダメダメ人間は、自己逃避で抑圧的である。だ
から、自分自身で直面している現状を見るのが怖い。そして自分自身で考えるこ
とが怖い。
日頃からそんな恐怖心を持っているので、「アンタ自身はどうなっているの?」「ア
ンタはどう考えるの?」などと言われてしまうと、パニックになってしまう。

だからこそ必死でそんな言葉から逃げようとするわけ。
「自分はアイツの言葉に納得したわけではないんだ!」→「アイツの指摘は不適
切なものだ!」→「だから、ここで、アイツに反論しなきゃ!」となるわけ。
いわば「このヤロー!覚えてろよ!」と相手に投げつける「捨てセリフ」に近い。

自己逃避としての反論なので、自分自身の現状なり視点を、相手に提示できない
のは当然のこと。相手への反論と言っても、相手の言葉を「聞かないため」「読ま
ないため」の行為なので、説得というよりも、征服に近くなるのも当然。
「とにもかくにも、アイツの言葉から解放されたい!」

抑圧的な人間にしてみれば、切実な問題なんでしょうね。
しかし、そんな自己逃避に由来する「反論」を受けても、見えてくるのは、その
人の抑圧的なキャラクターだけ。そもそも文章自体の論旨がメチャクチャなので、
文章だって最後まで読めたものじゃない。
「オマエが気に入らない!」
「ワタシは、うまく行っているんだ!」
「ワタシたちは天国にいるように幸せだ!」と、どこかの国の人のように、顔を
真っ赤にして主張するだけ。

しかし、逆に言うと、その手の抑圧的なキャラクターは、まさに「反論しなきゃ!」
などと大義名分を掲げ、様々なものに反論したりするもの。
そして、反論した相手から、更なる反論が得られると、それに対して反論するよ
うになる。
以前に書いた「反論が反論を呼ぶ」状態に持ち込みたがるわけ。

だって、そんな「反論が反論を呼ぶ」状態になったら、もう最初の問題はどこか
に行ってしまっているでしょ?それに自分自身の問題も、どこかに行ってしまっ
ている。
ちょっとしたあら探しの応酬になるだけ。しかし、だからこそ自分にとってのシ
ヴィアーな問題には行かないで済む。

それにダメダメ人間にしてみれば、「反論している自分」というのは、心地がいい。
被害者意識が強いダメダメ人間は、スグに自分の被害感情が刺激され、何かに対
抗するなんて状態になってしまう。そして対抗する行為によって、「自分はかわい
そうな被害者なんだ!」と自分自身で確認する儀式とするわけ。
つまり、反論できる状態を、内心では心待ちにしているもの。だからこそ、反論
できるネタはないかと探している。まさに「故意のあら探し」をしている状態。

クレーマーとか市民運動とかの人々って、まさにそんなパターンでしょ?

ダメダメ家庭の人間は、やり取りにおいて相互理解には到達しない。
そもそも、自分から逃避しているんだから、相互理解も何もありませんよ。まず
何よりも自分自身がわかっていないんですからね。本来は、お互いの見解が相違
していても、その点を理解し、そこから今後の判断としていけばいいわけでしょ?
しかし、判断それ自体から逃避しているダメダメ人間は、そんなこととは無縁。

だから、相互理解につながらないやり取りをしたがるもの。まさに相手を征服し
ようとするわけ。説得ではなく、征服を志向しているからこそ、その物言いも、
説得には有効なものは使わない。

「反論しなきゃ!」なんて言い出す人は、どうして「反論しなきゃ!」なのかは、
「それなりに」言ったりするものですが、その「反論」自体の論旨は、メチャク
チャ。
しかし、説得でも説明でも解説でもなく、征服なんだから、そんなものでもよく
なってしまう。

相手に対して説明する場合には、相手を見るよりも、自分自身を見る必要がある
もの。「何を中心に説明するのか?」「どんな論旨で説明するのか?」「何を一番わ
かってほしいのか?」そんな観点は、まずは自分自身の問題ですよ。
それに対し、相手を征服しようとする場合には、自分よりも、相手を見ることに
なる。だって相手が黙ればいいだけなんですからね。
逆に言えば、その「反論」の文章自体から、その反論してきた人が、説明する人
なのか?征服する人なのか?が見えてくるわけ。

自己逃避に由来した反論は、自己逃避であるがゆえに、「何に対して反論するの
か?」という点が、結果的にどうでもよくなってしまう。相手を凝視することで、
相手の考えについて考えなくなる。とにもかくにも反論したいわけ。要は反論す
ることで、自己逃避したいだけ。

自分自身を見つめることから、スグにでも逃げ出したい!
自己逃避だから、逆に言うと、そんな自分の弱さを認めることからも逃避する。
そんな心の弱い状態の人が、言ったりするのが「反論しなきゃ!」という言葉。
それって、結局は、自分は反論以外は何も出来ない人なんだと言っていることと
同じなんですよ。

反論というものは、いわば宗教における祈りの姿のようなもの。
自分自身を見つめ、自分自身と真摯に対話して、静かに祈っていれば、たとえそ
の教理には同意できなくても、その祈りの姿がポジティヴな印象となって、周囲
の人に伝わり、その宗教に対し関心を持ったりするもの。
しかし、相手を説き伏せようとする言葉は、聞いていても実に鬱陶しいもので、
その宗教に対してネガティヴな印象しか与えない。

強い口調の反論であるがゆえに、他者に通じないし、
布教活動であるがゆえに、相手は受け付けないもの。

相手を見た反論によって失うものも多いわけ。得るものと言えば「ワタシは悪く
ない!」という勝手な自己確認だけ。
しかし、抑圧的な人は、自己逃避であるがゆえに、他者の言葉を受け入れること
ができず、過激な反論になってしまうものなんですね。

(終了)
***************************************************
メールマガジンの解除は
まぐまぐ&カプライトは下記のアドレスに
http://renewalmmbacknumber.hp.infoseek.co.jp/register/touroku.htm
各マガジン指定のフォームがあります。
購読解除しても発信者にはわかりませんので、安心して解除してください。
一応、各マガジンのサイトでの解除を御希望の方は
まぐまぐ でのマガジンIDは「0000117943」です。
カプライトでのマガジンIDは「14204」です。
コピー&ペーストすれば、
それぞれのマガジン発行元の解除画面に行くことができます。
また、バックナンバーは下記のページです。
http://renewalmmbacknumber.hp.infoseek.co.jp/index.html

ご意見等がございましたら、ご遠慮なくどうぞ!
メールアドレスは
portadelparadiso@hotmail.co.jpまで・・・
***************************************************
発信後記

今週は、ダメダメ家庭の人間が行う過激な反応なり反論について、集中的に配信
いたします。そんな過激な反応の基本的な心理は、「見たくない」「考えたくない」
というもの。
そのような事例は、トルストイが描く「アンナ・カレーニナ」がその典型と言え
ますが、ダメダメの領域では実にポピュラーなものなんですよ。

ちなみに、例の中央大学の教授殺害の犯人の青年についてですが、このメールマ
ガジンの記述を理解されていれば、簡単に理解できるでしょ?

前にも書きましたが、あの手の事件の犯人は、殺害相手が憎いから、殺害するの
ではないわけ。
残虐な殺害行為をすることで、あるいは、その計画を練ることで、「自分はあの人
を憎んでいる。」「悪いのは全部、この人のせいだ!」と自分に確認しているわけ
です。
そうして、もっとも根源的な不満から目をそらすわけ。

あの犯人は、ご両親がすでにお亡くなりになっているとのことですが、どうも兄
弟仲は悪そうでしょ?もし、マトモな親だったら、子供はあんな感じにはならな
いでしょうし、困った時には、兄弟でそれなりにサポートしますよ。

警察も「どのような動機で・・・」「教授の何が憎かったのか?」なんて調査して
いるのかもしれませんが、ダメダメの領域では「自分はこの人を憎んでいると思
いたい。」がゆえに殺害したわけ。
だからこその、必要以上の残虐さになっているわけです。

殺害事件くらいなら、もうどうしようもありませんが、今回の文章で言及いたし
ましたが、必要以上の強い言葉で反論が返ってくるケースも、あの中央大学の事
件と、心理的にはつながっているわけ。相手を見ることによって、自己逃避して
いるわけです。まあ、レヴェルが違うというだけ。逆に言うと、そんな必要以上
の強い言葉による反論を受けたら、サッサと避難しないと、マジに危ないわけで
す。
最新号をメルマガでお届け
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。

最近の記事

上へ戻る