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2009/08/01

ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジンneoneo 129号 2009.8.1

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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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 †01 ■ドキュメンタリー映画のかたち
     『湯の里ひじおり~学校がある最後の一年』が出来るまで(4-最終回)
        渡辺 智史
 †02 ■自作を語る
     『風のかたち-小児がんと仲間たちの10年-』  伊勢 真一
 †03 ■ワールドワイドNOW ≪ロス発≫
       ヴァルダの見たロサンゼルス  水野 祥子
 †04 ■列島通信 ≪大分発≫
       いい作品は客が入るのか?  田井 肇
 †05 ■neoneo坐 8月の上映プログラム
 †06 ■広場
      ■「自作を語る」などの原稿募集!
      ■上映の告知の有料化とカンパのお願い
 †07 ■編集後記 伏屋 博雄


    ★バックナンバー閲覧はこちらまで
     まぐまぐ配信   http://blog.mag2.com/m/log/0000116642/
     melma!配信   http://www.melma.com/backnumber_98339/



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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■『湯の里ひじおり~学校がある最後の一年』が出来るまで(4-最終回)
┃ ┃■渡辺 智史
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●鍋島惇さんの編集術

映画『湯の里ひじおり~学校がある最後の一年』の撮影した映像は、最終的に100
時間近くになっていました。編集者の鍋島惇さんが参加した際には、文化庁への最
終提出期限までの時間は1ヶ月しかありませんでした。困難が予想されたのは、3月
21日閉校式の撮影の前日と当日に最後の撮影をし、翌日1日で編集を終えて完パケ
して現像所に渡さなければ、文化庁に提出期限に間に合わないという強行のスケジ
ュールでした。

鍋島さんに、私がすでに編集していたラッシュを3時間見てもらいました。その時
は「なんか暗い印象が強いなあ。この編集を見る限りでは、肘折に行きたいという
気持ちにはならないよ。」というコメントでした。この3時間ラッシュは、高齢化
していく村の姿、地域に暮らす人々の不安が感じられる場面が多く、老いていく村
の姿をどう描くかに終始していたことが原因だったと思います。さらに鍋島さんは
「あなたが言っている、<再生>という部分は、人に勇気や希望を伝えるものでは
ないだろうか。この編集は、そうはなっていないよ。」
私がイメージしていた<老いと再生>という物語、その再生の部分がしっかりと描
かれていないのだと気づかされました。さらに鍋島さんから「ドキュメンタリー映
画が、商業映画と違って一般の人々が観てもらえるようにするには、相当工夫をし
ないとだめだよ!!」と渇が入りました。

ラッシュを観た後に、鍋島さんからいくつか構成の修正と追加の提案がありました。
そのなかで、この映画の特徴を大きく変えたのは、実際の肘折小中学校の一年生を
ナレーターに起用したことでした。学校が閉校するという、部分を小学生の男の子
の声で語り、湯治場や月山の民俗的な部分を大ベテランの伊藤惣一さんが語るとい
う構成になったことで、肘折の歴史と、学校がある最後の一年の時間を重層的に構
成することができました。鍋島さんがラッシュを観て直観的に男の子を起用しよう
と決めた即断力には、驚かされました。私が感じ取れなかった、この映画の可能性
を開いてくれました。

編集作業では、鍋島さんがカットの並びを決め、私がPC編集のオペレーターとして、
作業をしていくというやり方でした。記録した膨大な撮影素材から、登場人物の動
きをどう選び出していくか、どうリズミカルに見せるのか鍋島さんの編集感覚には
驚かされるばかりでした。鍋島さんが撮影素材をさーっと観ると、もうカットの並
びをイメージしている。私はそのイメージに追いつこうと必死でし
た。

時間がないなかでの編集は、鍋島さんの素材を選び抜く優れた目によって助けられ
ました。そして一つのシーンをどのように作り込むかというアイデアの豊富さにも
驚きました。シーンのはじめと終わりを、どのカットにするか、次のシーンへどう
橋渡しするのか。大胆なカットバック、インサートカット、音の先行によってリズ
ミカルに見せていく方法を知りました。一つのシーンごとに、細かいカットを積み
重ねて作り込む作業を通して、鍋島さんの編集の哲学を教わることができたことは
大きな喜びでした。鍋島さんは、「ドキュメンタリー映画はカットを選び構成する
から、編集の段階でシナリオを作っていくようなおもしろさがあるのだよ。」と言
っていました。鍋島さんは、本当に楽しみながら編集されていて、それに導かれる
ように、この映画全体が明るく楽しい雰囲気に様変わりしていくのがわかりました。
3月はじめから、3週間近くかけて最後の撮影部分以外の編集を終えました。

この映画のラストシーンにあたる閉校式は、堀田泰寛カメラマンと私の2カメでの
撮影という体制で臨み、久保田幸雄さんが録音でサポートしてくださいました。久
保田さんの現場での落ち着いた雰囲気が、緊張した私の心を解きほぐしてくれまし
た。最後の閉校式は、地域に帰ってきた若者達のブラスバンドの演奏と、人々の涙
の笑顔、手拍子が鳴り響き、心が和む場面を撮ることができました。

閉校式の翌日に最後の編集、まさに画竜点睛なるかどうかという気持ちで臨みまし
た。盛り上がった閉校式の編集を無事に終え、最後のラストシーンは空っぽの教室
と廊下の映像によって、この村の学校が閉じたことを印象づけながら、男の子のナ
レーションで、ある希望を語り終えるという編集できっちりまとめることができま
した。その素朴な希望が地域の未来、希望を暗示させ春を迎えるという、さわやか
なラストシーンに仕上がりました。

つい先日、7月23日から25日までの3日間、江東区文化センターにて3回上映して
900人が来てくださいました。会場から出てくる観客の表情は、涙混じりの笑顔の
方が大勢いらして、「肘折に行きたくなった!」と笑顔で声をかけてくださいまし
た。「ああ、1年間かけて撮影してきた日々が、最後の仕上げの段階を経て、観客
の心に響く形になったのだなあ。」と実感しました。小さな上映会だからこそ、観
客の反応がダイレクトに伝わってきました。映画の企画から上映までしっかりと関
わることで、映画が果たす役割を学ぶことができました。私にとって初監督作品は、
大ベテランの映画人の人々から、多くのことを教わり、支えてもらいながら完成ま
でこぎ着けました。感謝のしようがないほど、大きな経験をさせてもらったと思っ
ています。デジタルで誰しも映画が作れる時代だからこそ、今後も豊かな経験をも
ったスタッフの人と仕事をして、多くのことを学び吸収していきたいと思っていま
す。(了)

●前橋上映:旧テアトル西友(前橋プラザ元気21・別館3F)
8月21日(金) 18:00~
8月22日(土) 15:40~
8月23日(日) 15:30~
●鶴岡上映:8月29日(土)鶴岡市中央公民館
      第1回 上映13:30~ 第2回 上映19:00~
●山形市のムービーオンにて9月中に上映が決定!
●川崎市アートセンター(新百合ヶ丘駅)での10月中旬に上映が決定!
 上映時間76分 各会場共通:前売り券1000円 当日券1500円 小中学生800円

※自主上映も募集しております。
上映等のお問合せ:03-3555-3987(肘折の映画を支援する会事務局)
映画「湯の里ひじおり~学校がある最後の一年」を支援する会ブログ:
  http://hijiorieiga.blog.shinobi.jp/ 
予告編: http://www.youtube.com/watch?v=VtHPw_5ewy 

■渡辺 智史(わたなべ・さとし)
監督。1981年山形県鶴岡市生。東北芸術工科大学在学中に東北文化研究センターの
民俗映像の制作に参加。2002年『関川のしな織り』で撮影を担当。03年山形県村山
市の茅葺集落五十沢の1年を追う。上京後イメージフォーラム附属映像研究所に通
う。
05年アムール入社し飯塚俊男に師事する。06年障がい者が参加する第九合唱を描い
た『An Die Freude 歓喜を歌う』で撮影・編集。07年『映画の都 ふたたび』で撮
影。
08年3月フリーとなる。



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┃02┃□自作を語る
┃ ┃■『風のかたち-小児がんと仲間たちの10年-』
┃ ┃■伊勢 真一
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●『風のかたち』のかたち

映画『風のかたち-小児がんと仲間たちの10年-』が完成し、この夏、ポレポレ東
中野で公開される。10年間、小児がんの子どもたちのサマーキャンプに通い詰め、
ようやくまとまったヒューマンドキュメンタリーである。

撮影が始まったのは11年前の夏だった。自作『奈緒ちゃん』は、てんかんと知的障
碍のある姪っ子を中心に姉の家族を12年間撮り続けた作品、その『奈緒ちゃん』の
上映活動に必死に取り組んでいた頃、「小児がんキャンプの記録を撮って欲しい。
長く撮影するのは伊勢さんが得意とするところ、と聞いてお願いしに来た…」と、
キャンプを主催するSMSというグループのメンバーが私のもとを訪ねてきた。頼ま
れたら断るのが苦手な私は深く考えることもなく「いいですよ」と引き受けてしま
った。それから10年間、500時間を越える膨大な映像を撮り貯め、今回、1時間45分
の作品にまとめた。
我ながら、よく撮り続けたと感心している。

小児がんに寄せる深い知識や強い問題意識があったわけではなく、街の写真屋さん
が、遠足や修学旅行に付いて行き、その記録写真を撮るのとほとんど変わらないノ
リで、毎年、小児がんの子どもたちのサマーキャンプにスタッフと共に同行、撮影
して来た。

医学の進歩は20世紀後半から小児がんを治る病気に変え、10人のうち7人から8人ま
でもが治っている…という事実を知らず、治らないカワイそうな病気という誤った
認識を、当初、私は抱いていた。全国から年に一度キャンプに集まり、その数日間
をひとときのユートピアとして過ごす小児がん患者や、克服した子ども達を苦しめ
ているのは、私のような無知や誤解に基づく世の中の偏見、差別だった。
「テレビドラマでは白血病は絶対死ぬじゃないですか。今では治っているのに、い
つも死んじゃうんですよ、ドラマでは…」ある小児がん体験者が口にした言葉にキ
ャンプの参加者たちは大きくうなずいていた。
「感動」を呼ぶための物語のモチーフとして、小児がんに限らず難病の子どもたち、
障碍のある子どもたちは、しばしば「悲劇」の主人公に祭り上げられ、そのことが
偏見や差別を助長しているとも言える。病気や障碍を持つ多くの子どもたちが、学
校生活や進学、就職、結婚などの場面で、誤解に基づいた社会の眼差しにさらされ、
様々に思い悩んでいるのだ。

「悲劇」ではなく「事実」を見つめ、ポジティブに病気を捉え直していくこと…
「小児がんはもう、不治の病ではありません。治る病気です。」
私たちは毎年のキャンプにカメラと共に参加し、寄り添うように、彼らの悩みや夢
の肉声に耳を澄ませ続けてきた。
そして10年。
「命を救ってもらったお返しのつもりで私は、困ってる人や弱い人を助ける仕事を
したい…」と夢を語っていた少女は看護師になり、「子どもが欲しい…」と切実に
吐露していた骨髄移植体験者が無事、母親になる姿を記録することができた。「学
校の先生になり、小児がんや難病のことを子どもたちに知って欲しい…」という願
いを果せず他界してしまった仲間もいた。
10人のうち7人から8人までもが治る、ということは、2人から3人は、まだ生きるこ
とが叶わない、というどうしようもない理不尽。

カメラは、子ども達を見守り続けてきた医療スタッフのひとり、細谷亮太医師の
10年間をも記録した。小児がんの子ども達をサポートする前線で自分自身にも語り
かけるように、「大丈夫…」とつぶやく命へのやわらかな、しかし強い眼差し。
「子どもは死んじゃいけない人たちだからね」カメラに語りかけた細谷先生のこの
言葉こそが、この映画の立ち位置である。

10年間の歳月が語りかける、小児がんと闘う仲間達の生きる力…それは不断に蘇る
命そのものの力ではないだろうか。定点撮影のようにキャンプに通い、時間をかけ
て、ひとりひとりの命を見続けることで見えてきた「再生」という希望。

小児がん患者や体験者を、悲劇の主人公ではなく、「再生」のシンボルとして描い
たこの物語は、ただ難病を扱ったドキュメンタリーという枠にとどまらず、命の尊
さを問いかけ、病んだ時代としばしば言われる私たちの社会に、希望をメッセージ
する。偶然のように始まった撮影だが、今、この作品は私にとって、社会にとって、
必然であると確信している。

完成上映会では、多くの方が感想を寄せてくれた。
「大人は病気なると様々なことを考え過ぎて周りの人を傷つけてしまう。それなの
にここに出てくる子どもたちはさらりと言う。家族の中で誰かがこの病気になるな
ら、それが私で良かった…。想像以上の辛い体験をしたのに…」(40代・女性)
「小児がんに対する考えが、今日の映画を観て180度変わりました。仕事を離れ、
ふと自分や周りとの関わりを振り返ることのできる良い時間となりました」(30代
・男性)「子どもだから見えるもの、病気だから聞こえる音、病むから輝く命があ
るのですね。みんなが人のために生きたいと口をそろえるのには感動しました。病
気は菩薩をつくるのかもしれませんね」(男性)

10年間にわたって、基本的には非公開で撮り貯めてきた映像を今の時点でまとめ、
観てもらおうという意図のひとつは、小児がんの患者や体験者の存在と声を、ひと
りでも多くの人々に知ってもらいたい、今こそ「風」を起こしたい、という切実な
想いがあるからです。
たとえ時間がかかっても、主に自主上映のような手段で丁寧に観てもらうことで、
理解を深めるための一助にしたいのです。

『風のかたち』のかたちは、どんなかたち?

☆上映情報

『風のかたち-小児がんと仲間たちの10年-』
8/1(土)?8/28(金) ポレポレ東中野にてロードショー公開。
(連日10:30/12:40 一日2回上映)※トークあり。小児科医・細谷亮太、伊勢真
一監督他
  http://www2.odn.ne.jp/ise-film/ 

8/8(土) 公開記念イベント「風のかたち」祭り 開催
入場料:2,000円(ワンドリンク付)
場所:スペース&カフェポレポレ坐(ポレポレ坐ビル1F)
14:30~  開場
ミニライブ:苫米地サトロ (ゲスト)伊勢英子(画家・作家)
トーク:みんな仲間プロジェクト(小児がんネットワーク)小俣智子さんほか&伊
勢真一監督
DVD上映:2008年のサマーキャンプの最新記録映像 
       『風のかたちキャンプ2008?清里』上映
トーク:「小児科医は語る」 細谷亮太医師&石本浩市医師
17:45~ 終了予定

お問合せ:いせフィルム TEL.03-3406-9455 E-mail.ise-film@rio.odn.ne.jp

■伊勢 真一(いせ・しんいち)
演出。1949年東京生まれ。重度のてんかんをもつ自身の姪を追ったデビュー作『奈
緒ちゃん』(95年)で知られ、その他にも、ドキュメンタリー映画の名カメラマン・
瀬川順一を追った『ルーペ』(96)、世界的な太鼓奏者、林英哲を追った
『朋あり。』(04)、『えんとこ』『ゆめみたか?愛は歌 田川律~』『白い花はな
ぜ白い~哲ちゃん・映像作家~』等、数多くのドキュメンタリー作品を撮り続けて
いる。また、プロデューサーとしても『タイマグラばあちゃん』(澄川嘉彦監督作
品)で、イタリア・サルディニア国際民俗学映画祭グランプリ、『ツヒノスミカ』
(山本起也監督作品)でスペイン・PUNTO DE VISTA映画祭ジャン・ヴィゴ賞受賞な
ど多くの受賞歴を誇る。



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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪ロス発≫
┃ ┃■ヴァルダの見たロサンゼルス
┃ ┃■水野 祥子
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2000年のヴィデオ・ドキュメンタリー『落穂拾い』がまだ記憶に新しいアニエス・
ヴァルダ。あれから8年が過ぎた。北米では、DVD制作配給会社クライテリオンがリ
リースした旧作4本のDVDセットが追い風となり、ヴァルダ再評価の微風を感じる。

ネオリアリズモの香り漂う、タイトルの漁村を舞台に、漁師たちの毎日とある若い
倦怠気味の夫婦が歩み寄る様子を交差させて描く初の長編劇映画La Pointe 
Courte (1955)。 既にヴァルダのドキュメンタリーへの関心が見えている。パリの
景観と人の繋がりを、突然の死期の予告に揺れる美しい女性歌手の視点で描き、ポ
ップスや無声映画へのオマージュをも詰め込んだ出世作『5時から7時までのクレ
オ』(1961)。このあと、ヌーヴェル・ヴァーグが成長していく60年代半ばからヴァ
ルダも円熟期を迎える。 簡略化された物語や映像は、自然で自由であることの美
しさとそれを頑に主張する人間の強さとその代償としての傷、自然/自由が社会/
規則と共存する現代の矛盾や問題を寓話的に見せていく。

その頃の代表作『幸福』(1965)も衝撃的である。牧歌的な田舎町で暮らす大工の男
は幸福な家庭があった。恋人ができ、妻が死んで、何事もなかったかのように恋人
を妻に迎え、再び幸福を享受し続けるところで終わる。印象派の絵画のように牧歌
的なピクニック中の家族のシーンから、見慣れた「家庭の幸せ」の図を畳み掛ける。
家庭が妻の死により突然壊れ、人間の痛みを忘れる習性であるかのように恋人が妻
/母となりまた幸せな家族か構成されていくのである。ピクニックをするその家族
をとらえたラストは、始まりと不気味なほど酷似している。ごく普通の人間の欲望
と、社会で幸せに生きるために取捨選択するプロセスを淡々と描いている。

ありきたりの父権的社会の描写など、批評家、ことにフェミニストの批判を受けた
映画だが、ヴァルダの視線は、対象への近くも遠くもない距離を保ちながら環境や
周囲を丁寧に描き、現代社会の役割を理解しながら役相応の幸せを欲する人間を、
愛しみながらも冷静に見つめ、道徳的な善悪の判断を強要しない。この型通りでな
い視点こそフェミニストの視点であることを主張する。

極寒の畦道の溝に氷つく若い女性の変死体。そこに至るまでの、型にはまらない彼
女の旅路を辿った『冬の旅』(1985)。以上、どんなジャンルにも素直に当てはめ
ることのできない、映画的にも人間描写においても探求的な4作である。

これまでヴァルダの映画は見るのが難しいことが大きな障害となって、正当な評価
が遅れていた。そのギャップを埋めようとする確信犯的な意図が見える。ヴァルダ
がロケ地を再訪したり、主演俳優らと対談する回顧的な自作の短編ドキュメンタリ
ーなどの特典映像も見応えたっぷりだ。La Pointe Courteでは、代役としてメガホ
ンを取ったにもかかわらず、主演の二人を除いた全ての演技者となった地元の住民
たちの演技指導をする。編集作業を、一度はNonと返答したアラン・レネに直談判
した。『冬の旅』の音楽にはチェコの実験的な女性作曲家の作品を使った。『ーー
ークレオ』に出て来る無声映画には、ロイド眼鏡とカンカン帽を付けたゴダールが、
セーヌ川岸でアンナカリーナとドタバタ喜劇を繰り広げる。いつもサングラスに隠
れていたゴダールのきれいな目を見せたかったと、上映後のトークでヴァルダは解
説してくれた。

そのヴァルダが激動の1968年をフランスではなく、ロサンゼルスで過ごしていたこ
とはご存知だろうか。去る6月末、サンタモニカのアエロ・シアターにてヴァルダ
の特集上映が開催された。最新作である自伝的ドキュメンタリー The Beaches of 
Agnes(Les Plages d'Agnes, 2008)の劇場公開を控え、その先行上映が千秋楽を飾
った6作だけの短い回顧上映だったが、81歳というヴァルダのトークは常に強い語
気を持ち、どの作品を語るときも明確に「フェミニスト」としての作意を表現し、
迷いや苦労話などの生き生きとしたエピソードを披露しては笑いを誘った。セザー
ル賞の最優秀ドキュメンタリー部門賞を獲得したという新作は売り切れで、泣く泣
く私は逃したけれど、集大成という絶賛の評やブログ記事を読む事ができる。

この回顧展での大きな発見は、ヴァルダが67年から69年のロサンゼルス滞在時に撮
った映画だった。ひとつは珍品『Lions Love』(1969)。 夫のジャック・デゥミが
『モデル・ショップ』(コロンビア、1969)制作期間中、ヴァルダもロサンゼルスで
活動し、短編Uncle Yango(1967)、ドキュメンタリーのBlack Panthers (1968)と、
このLions Love(1969)の3作を完成させている。

明確な筋書きはない。ハリウッドの丘の上にある家に暮らす、ウォーホール・ファ
クトリーのスーパースター、ヴィヴァと、その恋人の2人の男( ミュージカル『ヘ
アー』の共同劇作家 James Rado と Gerome Raguni )の日常を描いており、彼ら
の奇行や奇抜なファッション、絶妙な会話がハチャメチャで楽しい。その間、テレ
ビでロバート・ケネディーの暗殺事件が報道され、ウォーホール襲撃の電話が入る。
(どちらも再現シーン。)

ハリウッドでの映画制作を目論みこの家に滞在しているニューヨークの映画監督シ
ャーリー・クラークを演じる本人が、カメラの向こうのヴァルダに、もう演技はい
やだから変わってくれと文句を言い、途方にくれたヴァルダが突然画面に入って、
クラークの衣装を着て演技を始めるハプニングシーンも。(ヴァルダは実際この頃
ハリウッドのプロデューサーから企画書にNGを連発され、撮影現場でのクラークの
ボイコットも演技ではなかったとのことがトークで明かされた。)つまり、輝く太
陽の下、この時代を体現した自由な3人の毎日に、68年という転換が刻まれ、ハリ
ウッドに抵抗したヴァルダの自伝も織り込まれた映画。上映後、ヴィヴァが登壇し
観客を驚かせた。(少なくとも私は興奮状態にあった。)

ヴァルダはさらに、68年当時の街の記憶を基に10年余後、ロス各地のスラム街やヴ
ェニス・ビーチを中心に撮影を行い、素晴らしいドキュメンタリーを生み出した。
それが今回上映されたMur Mursという長編なのだが、 ヒスパニック系のギャング
たちが中心となってあちらこちらに描かれた独創的な壁画とその作者たちの声を拾
った映画である。黒人、ネイティブアメリカンやヒスパニックの皺だらけの顔や、
抗争の様子、悲しみにくれる姿、極彩色の背景の前に力強く立つ姿も描き出されて
いる。

これらの壁画はマスメディアでは報道されない声を拾い語りかけてくる。この一年
間、抗争や暴行事件、自殺などでヒスパニック系だけで500人の若者が亡くなった
と語るミュージシャンも、壁画の前でカメラに向かってギターの弾き語りをする。

Mur Mursは壁という意味だが英語のmurmurs(三人称の「呟き」)という動詞とし
ての意味もある。
決してマスメディアからは聞こえてこない作者たちの声を、これらの壁画は時空を
越えて雄弁に伝えてくれる。ヴァルダらしい、知られざる名作、知られざるロサン
ゼルスについての映画だった。

(ヴァルダ研究家であるチャップマン・カレッジのナム・リー教授からロサンゼル
ス時代のヴァルダについて様々な情報をいただきました。感謝申し上げます。)


■水野 祥子(みずの・さちこ)
映画研究。月並みですが、暑中お見舞い申し上げます。ロスは朝晩寒いです。最後
の35ミリになるだろうと本人が言っていたLes Plages d'Agn?s、日本で劇場公開し
てほしいですね。もう決まっているのでしょうか。



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┃04┃□列島通信 ≪大分発≫
┃ ┃■いい作品は客が入るのか?
┃ ┃■田井 肇
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先日、朝日新聞の夕刊(九州版)の一面を映画館の記事が飾った。「映画以外でも
楽しい映画館」という見出しで、カフェや雑貨の販売コーナーを併設した映画館を、
新しいスタイルの映画館として紹介している記事だ。その中に、そんな映画館を運
営している人の談話が載っていた。「いい作品を出せば客が入る時代は終わった。
あの空間で見たい、と足を運んでくれるプラスアルファの魅力が(映画館には)必
要」。僕は思った。はて、「いい作品を出せば客が入る時代」なんてものが、いっ
たいいつあったのだろう、と。何が「いい作品」なのか。興行主的に言えば「入る
作品」が「いい作品」なのだが、これでは「自衛隊が行く所が非戦闘地域」という
ようなことになる。そうではなくて、僕にとっての「いい作品」は、「たとえ入ら
なくても、どうしてもかけてみたいもの」として存在する。入る入らないではなく、
「入れたい」があるだけの映画として。それらが運良く入る時もある。だが、経験
的には、「いい映画なのに、どうして入らないのだろう」という方が圧倒的に多い。
どうすればよいのかと七転八倒してきたのが、20年間ミニシアターを運営してきた
僕の実感だ。いつかそうした映画が入るようになってほしいという見果てぬ夢を見
て、入らない作品を営々とやってきた。「いい作品を出せば客が入る時代」は、終
わったどころか、始まってさえいないのだ。そんな時代を迎えるための努力をさし
おいて、映画以外のプラスアルファの魅力と言われてしまうと、冗談じゃないとい
う気分になる。

話は変わるが、ここへ来て、いよいよ映画館のデジタル化(デジタル映写機による
プロジェクション)が、本格的に進みそうな気配になって来た。デジタル化によっ
て、どんなことが変わるのか、あるいは新しく起きるのか。作り手、配給会社、映
画館、いったい誰が得をするのか。そんな議論が交わされる中、抜け落ちてしまっ
ているのが、観客の視点だろう。観客にとってどんな「いいこと」があるのか。そ
の問いに対して聞こえて来る答のひとつにこんなものがある。「これまでは映画し
か見られなかったけれど、これからは映画以外のコンテンツも見られるようになる
」。これもまた、プラスアルファなのか。

そもそもデジタル化とはどういう意味を持っているのかを、根本的なところから考
えてみよう。デジタルとは、世界を1と0のふたつ(の信号)に分けてとらえるとい
うことである。「ある」か「ない」か。黒か白か。「黒っぽい灰色」は「黒」、
「白っぽい灰色」は「白」。そうすることによって、判別が容易になり、物事がコ
ンパクトになる。そしてさまざまなことが「機械でもできる」ようになり、ひいて
は人間がいらなくなる。これが、デジタル化である。映画館においては、映写技師
がいらなくなるどころか、やがて支配人さえもいらなくなるだろう。映画と観客の
間に立って、その両者を出会わせるために、ああでもないこうでもないと白黒どっ
ちつかずの灰色の七転八倒をすることが映画館のシゴトだと思っているような僕の
居場所がなくなってゆくということだ。だが、待て。そもそも人間が、白黒はっき
りつけられぬ、いわば灰色の存在だからこそ、映画は作られ、そして人々は映画を
見るのではないか。プラスアルファよりも、効率化よりも、映画館がやるべきこと
は、あるのではないだろうか。出口の見えないトンネルを、今日もこうしてうろう
ろさまよっている、そんな今日この頃である。


■田井 肇(たい・はじめ)
1956年岐阜市生まれ。大分に移り住み、1976年、「第1回湯布院映画祭」の立ち上
げに加わる。以後13回目まで中心メンバーとして活動する一方、地方で上映機会の
ない映画の数多くを自主上映する。1989年、当時閉館の瀬戸際にあった映画館「シ
ネマ5」の運営を引き継ぎ、アート系専門の映画館として、その経営を軌道に乗せ、
現在に至る。  http://www.cinema5.gr.jp 



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┃05┃□neoneo坐 8月の上映プログラム
┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩1
分
JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。詳細と地図はneoneo坐のHPをご覧下さい。
  http://www.neoneoza.com/

「知られざる短篇映画を見てみる」上映会 「短篇調査団」
16mm上映 会費500円(作品資料付き/映画は鑑賞無料)

お彼岸ご供養2本立(計114分)
(90) 坊さんの巻…2009年8月5日(水) 20:00~22:00 
『お百姓の足 坊さんの足』 
1980年/22分/カラー/制作:東映教育映画部/企画:霊友会/
原作:新美南吉/演出:矢吹公郎/脚本:布村建・山口清一郎
■百姓の菊次は和尚さんのお供で新米を集めに回る。酒に酔った二人は、こぼした
米を蹴散らしてしまい、菊次にだけバチがあたって足が痛くなる…。働き者の百姓
と大酒飲みの和尚さんの生き方を対比的に描き、人間らしい生き方、物を大切にす
ることの意味を考える。

『蓮如とその母』 
1981年/92分/カラー/制作:「蓮如とその母」映画製作推進委員会/
製作:安東民兒/原作:平井清隆/監督:川本喜八郎/脚本:新藤兼人/
撮影:田村実/音楽:武満徹/ナレーション:小池朝雄/
声の出演:大門正明、渡辺美佐子、池上季実子、三國連太郎、小沢昭一、泉ピン子、
高松英郎、黒柳徹子、岸田今日子
■真宗本願寺の中興の祖として遍く知られる第八代上人・蓮如を中心に綾なす中世
庶民群像の人間観を探り、追い、希求した長編人形アニメーション。
 
【料金】会費500円(作品資料付き/映画は鑑賞無料) 
【お問合せ】清水 E-mail:shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp



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┃06┃□広場
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■「自作を語る」などの投稿、歓迎!
「自作を語る」欄は、監督自らが作品について語るコーナーです。制作した動機や
撮影のポイント、編集で心がけたこと等を内容に盛り込んで頂きたいと思っていま
す。その他の投稿も歓迎します。「自作を語る」は1600字程度。監督のプロフィー
ル(150字)、作品のデータ、上映スケジュール、HP等をお知らせください。
原稿締め切り:配信日(1日&15日)の3日前までに、下記に送信ください。
E-mail: visualtrax@jcom.home.ne.jp  伏屋まで


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■上映の告知の有料化とカンパのお願い
■伏屋 博雄(本誌編集長)

neoneoの購読は無料ですが、経費を(その大部分は稿料ですが)賄うため、上映等の
告知は有料にしています。なお皆様にカンパもお願いしていますので、ぜひご協力
ください。

(1)上映等の告知の有料化 40字×30行(行数の空きも計算)以内につき、2,000円
です。それ以上の行数の場合は比例して加算します。

(2)カンパのお願い 一口2,000円。何口でも。
送金方法:郵便振込み:00160-8-666528 neoneoの会、又は、
みずほ銀行池袋支店、普通口座、2419782 (有)ネットワークフィルムズ
(銀行振込の場合は、その由を visualtrax@jcom.home.ne.jp 伏屋宛にお知らせく
ださい。)
以上、neoneoの継続ため、よろしくお願い致します。



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┃07┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
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●『湯の里ひじおり』を初監督した渡辺智史さんにとって、編集は難関だったよう
だ。当初は自ら編集に乗り出したものの、納得したものが得られない。完成期限が
迫るなか、原一男の『ゆきゆきて、神軍』や数多くの劇映画を編集されているベテ
ランの鍋島惇さんを迎えて、打開を図ることとなった。本文には、編集中の鍋島さ
んの直言が綴ってある。その一言一言は鋭く、渡辺さんの胸に痛く突き刺さる。し
かし、言葉は長い経験に裏打ちされていて、編集の真髄に迫る。

ともすれば自らの非力を晒すことになり、書きづらいにも拘わらず、渡辺さんは編
集の細部を率直に綴っている。ぜひ読んでいただきたい。

ところで、東京上映の最終日、私は東西線に乗車したものの途中で車両事故に遭遇
し、電車は立ち往生。長時間を車内に閉じ込められたまま、時間は刻々と過ぎ、つ
いには、上映に間に合わなくなってしまった。渡辺さんの初監督作品だけにせっか
くの機会を逸したことは残念だったが、幸いにも、上映は盛況だったようだ。

●水野祥子さんのアニエス・ヴァルダについてのエッセイ。ヴァルダについては不
案内な私だが、水野さんの流麗な叙述によってヴァルダの魅力や多彩な活動を知ら
されると、見逃したことが口惜しい。今後こそは、という気持ちにさせられる。

●田井肇さんの文章には、いつも映画の矜持といったことが念頭にあり、私は襟を
正して読むことになる。今回の原稿も然り。田井さんは20年にわたり大分市でミニ
シアターを運営している。作品と興業とのバランスを考慮しなければならない仕事
柄からすればなおさらのこと、「『いい作品を出せば客が入る時代』なんてものが、
いったいいつあったのだろう」という問いかけは重い。今日も「映画館がやるべき
こと」を模索し続ける田井さんに心からのエールを送りたい。

●猛暑が続いたかと思うと、梅雨を思わせる日が続き、いつもより天気予報が気に
なる。昔はこんなことはなかった、と思うのは、年を取ったせいなのか。8月にな
り、猛暑がぶり返すことになるでしょう。くれぐれもご自愛ください。
さて次回(8月15日)は休刊になります。9月1日号から再開します。



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■責任編集:伏屋 博雄
■編集デザイン:能川 悦子
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