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2009/03/16

ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo 120-1号 2009.3.15

 
 
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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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  ┗━┛ ☆━┛ ┗━☆    120-1号  2009.3.15

∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 ■ドキュメンタリー映画のかたち
     『長江にいきる 秉愛(ビンアイ)の物語』
     フォン・イェン(馮艶)監督インタビュー(2008年12月16日) (1)
     聞き手:萩野 亮
 †02 ■自作を語る
     『未来世紀ニシナリ』  田中 幸夫
    ■自作を語る
     『サワー・ストロベリーズ〜知られざる日本の外国人労働者〜』
       ティルマン・ケーニヒ & ダニエル・クレーマース
 †03 ■ワールドワイドNOW ≪ベルリン発≫
     感動する映画とはなにか?
      2009年のベルリン国際映画祭 〜映画を通して人を見る〜
        梶村 昌世

※120-2号へ

     ◇────────────────────────◆◇◆    


 †04 ■neoneo坐 3月後半の上映プログラム
 †05 ■広場
      ■『シャル・ウィ・シング?』の上映 3/24  渋谷アップリンク
      ■佐藤真追悼上映会 (4作品一挙公開)
         3/28&3/29 天神庵(千葉県松戸市)
       『まひるのほし』『花子』『阿賀に生きる』『阿賀の記憶』
      ■コミュニティアート映像祭in早稲田'09
       「早稲田×映画×家族のゆくえ」 4/11 早稲田大学
      ■優れたドキュメンタリー映画を観る会vol.23
        特集「見よ、この人を!」 4/25〜5/2 下高井戸シネマ
         (4/24(金)午後7時より前夜祭)
      ■「自作を語る」などの原稿募集!
      ■上映の告知の有料化とカンパのお願い
 †06 ■編集後記 伏屋 博雄


    ★バックナンバー閲覧はこちらまで
     まぐまぐ配信   http://blog.mag2.com/m/log/0000116642/ 
     melma!配信   http://www.melma.com/backnumber_98339/ 



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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■『長江にいきる 秉愛(ビンアイ)の物語』 
┃ ┃フォン・イェン(馮艶)監督インタビュー(取材:2008年12月16日) (1)
┃ ┃■聞き手:萩野 亮(構成・採録)
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三峡ダム建設による移住計画に立ち向かうひとりの女性の生に向き合った、フォ
ン・イェン監督作『長江にいきる 秉愛の物語』のロードショー上映が、渋谷・ユー
ロスペースで始まっている。初日の最終回にわたしも駆けつけたが、さまざまの世
代の観客で席は埋められていた。何か新しいことがはじまる予感がして、胸がしず
かに高鳴った。思えばこの映画と出会ったのは、一昨年の山形国際ドキュメンタ
リー映画祭でのことだった。市内に滞在しながら映画を見ては仲間と語らう幸せを
味わうなか、「アジア千波万波」にすばらしい作品が現れたといううわさを聞きつ
けた。いま正直に回想すれば、まったくチェックしていなかった『秉愛』(ビンア
イ)という映画だった。ほどなく小川紳介賞を受賞し、最終日に受賞作品として見
ることのできたこのフィルムに、そして「肝っ玉おっかあ」秉愛に、すっかり引き
込まれたことを覚えている。今回の上映を機に来日されたフォン・イェン監督に
インタビューを行なう幸せを得て、『長江にいきる』を中心にお話を伺った。
(萩野 亮)

●『長江にいきる 秉愛の物語』はいかに誕生したか?

――今回の『長江にいきる』という作品の前に、『長江の夢』(97)という作品が
あります。何人かの女性に取材されているわけですが、その『長江の夢』にも登場
していた秉愛という女性に、あらためて今回の作品で向き合われた経緯についてま
ずお伺いします。

最初の作品では女性たちの家族を描いていて、そのなかに秉愛の家族もいました。
97年まで撮影したのだけれど、なんというか、ダムの建設によって人々の人生はど
のように変えられていったのか、というのがメインテーマでした。彼らはどんな反
応を示すのかというのがメインテーマだったのだけれども、2002年に秉愛と再会し
たときに、もちろん彼女の生活は一向に決まらない。どこに移るかが決まっていな
くて、決断が迫られていた。ダムのことがまだ現実に大きな影響を与えているのだ
けれど、彼女は自分の身の上話を語り始めてくれたのです。そのとき、はじめてわ
たしはダムという問題をどうのこうのというよりは、ひとりの女性の人生のほうが
もっと面白い、もっと重要なんだとはじめて気がついたんですね。そのときから四
人の女性に焦点を絞るようになった。これまで取材してきた女性たちから、最初の
『長江の夢』に出ていたおばあさんと美容師、それからそこには出ていなかった秉
愛の親友に、――昔も撮っていたんだけれども、『長江の夢』では使っていなかっ
た秉愛の親友に、目を向けるようになった。それぞれの女性の個人史に興味を持つ
ようになった。それでずっと撮影が続いたんだけれども、四人の女性をうまくまと
めるのはとても大変で、疲れ果て、そのなかから秉愛の部分をとりあえず完成させ
て、自分を慰めようとしたんです(笑)。

――『映画芸術』(425号)のインタビューも読ませてもらったのですが、そのなか
で、ご自身に子供が生まれる前と、そのあとでは秉愛に対する見方が変わったとお
っしゃられています。これは子どもを持つことで同じ母としての秉愛さんに対する
見え方が変わっていったということでしょうか?

そうですね。それまでは、子どもが生まれるまでは、テーマが先行していて、その
テーマに沿って人物を見ていたところがあった。いま新作の編集をしているなかで
昔の映像も見ているんだけれど、そのなかでもすでに彼女は自分の身の上話を語り
かけていたんですね。けれども私がそのとき関心を持っていたのはダムによって翻
弄される彼らの現実だった。彼女の個人史みたいなものに耳を傾けようとしていな
かったから、記録できなかった。本当はカメラに向かって語りかけたものがあった
のに、自分が耳をすませて聞こうとしなかったから記録として残らなかったところ
があるんですね。自分に子どもができて、いろいろな経験をしてゆくなかでその生
活の変化があったから、2002年に彼女ともう一度出会って同じようなことを語り始
めたとき、「ああ、これが面白い、これが自分の本当に求めてきたものなんだ」と
はじめて気がついた。

――その変化というのは、具体的な撮影や編集の仕方にも影響していますか?

まずは、撮影ですね。聞こうと思えばはじめて記録できる。前は、ダムや移住に関
係ある話だったらカメラを向ける、オンにする、それを離れて個人の話になったら
もう、ここは聞くだけでカメラには収めない。だから撮る時点で選択が決まってく
るんですね。

――2002年に再会するまでの六年間、撮影はまったくされていないのでしょうか?

97年の最後の撮影が終わるまで、2002年の2月、もう一度彼女のところに行くまでは
撮っていません。子育てばかりしていました。他の人物を撮ったりはしていました
が、彼女のところへは行っていません。もともと彼女は私のメインキャラクターで
はなかった。

――2002年にふたたび会われたきっかけは何だったのですか?

突然秉愛の息子から一通の手紙が来て、「自分はもうすぐ大学受験なんだけれども、
お母さんが『村外に移住したら十年ある寿命が五年に縮まる』と言っている。けれ
ども移住しなければ十分の一のお金ももらえない。大学にいく望みが叶わないのは
とても困るし、成績も落ちた」と。五年ぶりに手紙が来て、わたしはびっくりして、
『長江の夢』にも出てくるけれど、てっきり彼女の家がもう村に残ることが許され
ていると思っていた。どうしてまた移住の話になっているのか、と思ったのが再会
のきっかけになりました。

――映画の中で六年という時間が経っていて、子どもが急に大きくなっていたのが
感動的だったのですが、ご自身は映画のなかの六年という時間をどのようにご覧に
なっていますか?

その間も休まずにずっと撮っていたらどうなんだろうと、ときどき思うけれど、か
といって、この六年間は空白と思うかというと、そうでもないのですね。わたしが
あくまでここで描いているのは秉愛という人物の肖像であって、時間の報告ではな
い。別に何かが欠けているとか、わざと何かの効果を狙ったわけではない。

――前回の作品である『長江の夢』と今回の『長江に生きる』を見ていますと、監
督の構えているカメラは自然に女性に向いてゆくという感じがします。同じ女性で
ある監督との深い共感のようなものを画面から感じるのですが、男性ではなく女性
を撮るということは、監督にとってどういう行為としてあるのでしょうか?

たまたま私が女性だったりして、本当は男性に対しても誠意を示して近づこうと思
ったら近づけたんだけれども、女性同士だったら撮りやすい面があるんですね。い
ろんな話ができて、撮影以外の楽しさがあるから。女性は撮りやすいから女性にし
たんです。選んだわけではなく。

●さまざまな反響

――この作品は去年の山形国際映画祭で小川紳介賞を受賞されたわけですが、その
際審査員である仲里効さんがコメントで、「ドキュメンタリーの根源的な癒しの力
を感じることができた」というふうにおっしゃられていました。私はこの言葉がこ
の映画についてすごくうまく語っているように思ったのですが、馮監督ご自身はい
かがでしょうか?

私もすごく感動して、この賞だけでもすごく感動しているのに、本当に運命的な出
会い、――私が93年に山形に行って、小川プロの映画を見て、しかも小川紳介の本
(※「映画を穫る」筑摩書房、絶版)を翻訳して(※台湾で「小川紳介的世界」と
して出版された)、自分の人生がこんなに変わるなんてまったく思ってもいなかっ
たし、まさにそういう最初に感動した監督の名前を冠した賞をもらえるなんて本当
に思ってもいなかったという感動と、その「癒し」という言葉にすごく感動したと
いうのがあります。中国の底辺に生きる人たちを撮る映画は少なくないんだけれど
も、『秉愛』という映画ができて、中国の国内で上映した反響としては、みんなす
ごく秉愛から力をもらったという風にいうの。だいたい底辺の人たちを描いた作品
は、同情心をかきたてたり、あるいは不合理なものに対する腹立ちとかを引き起こ
しやすいんだけれども、『秉愛』という映画を見るときに、みんな秉愛に圧倒され
て、すごく裕福な生活をした人たちも秉愛に救われた部分があったというのが、私
は私に対する慰めのように感じた。自分が本当に伝えたいのは人間のこんな姿なん
だと。だから観客がすごくよく見てくれて、すごくよく理解してくれたことに、感
動しています。

――中国の観客にはどういった人が多いのでしょうか?

いろんな人がいました。ドキュメンタリーに興味を持つ人や、ドキュメンタリーを
撮っている人たち、あとは学生たち。いまのところメインはそういった人たちです
けど、というのもまだ劇場公開はできないから、ほとんど小さな民間の映画祭で、
そこに来るのは本当に映画が好きな人たちとドキュメンタリーを作っている人たち、
大学での上映に来る大学生たちですね。あとはバーとか、場所を借りて定期的にや
るところ。大体こんなところに限られています、いまは。

――中国での一般公開の見通しは?

ないですね。不可能です。まず撮ることと上映することにはすべて国の許可が要り
ます。撮ることに関しては、国は事実上コントロールできない。というのは、みん
なDVを使って撮っているから、コントロールしようがない。だから上映だけは映画
館に通知が来るから、もう、だめですね。でも自主上映はできる。

――国が上映を禁止するというというのはテーマによるものですか?

そうではなくて、自主制作自体が許されていない。すべて撮影から、最初に許可を
取って始めないといけないんです。完成したものを、また許可を取って初めて上映
ができる。

●カメラを介した対話――「癒し」の空間

――「癒し」という話題に戻ります。いまお話いただいたのは上映された後の、観
客とのコミュニケーションが双方にとっての「癒し」になっているということだっ
たと思うんですが、私は映画の中でも「癒し」の空間があるような気がします。こ
の映画は親密な空間についての映画なのではないかと思うのですが、秉愛という女
性を中心にした家族との大事な空間と、それを脅かそうとする権力があって、その
一方で監督とカメラを通じて対話する別の親密な空間があると思ったんです。すご
く長い取材期間のあいだに徐々に距離がつめられていって、互いになくてはならな
い存在に映画の空間自体がなっているというように感じて、そこにこの映画の「癒
し」を見たんです。

そんなに立派にまとめていただいて(笑)。私も小川さんの本を翻訳しながら、自
分はまったくの素人だけど、この本から得たいちばん大きなことは、時間をかけて、
相手を尊重するということ。もちろん原一男さんのような好きな映画作家もいるん
だけれども、自分の取りたい方法は、もっとこっち、小川紳介に近いんじゃないか。
精神的にリラックスできるというのがあるので、秉愛と付き合うときには、もちろ
ん彼女は私よりももっと純粋な気持ちで自分の友人として付き合ってくれるんだけ
れども、こっちはまだ多少、――多少じゃない、自分はまだ作品作りの目的があっ
て彼女に接してゆくんだけれども、本当にお互いに知り合って長く重ねていくにつ
れていろんなこと、たとえば幹部が翌日来るという日に、――二回三回も幹部が来
るんですね、二回目に幹部が入ってくるのを撮ることができて、次はもう撮れない
だろうと。最後に幹部からまた通知が来て、いついつに下見に来る、山の上に行く
というのが前の日にわかって、私がカメラを準備しているときに、秉愛が黒いテー
プを持ってきたりとか一緒に準備していて、どう撮ればいいだろうかと。彼女は撮
れないかもしれないんだけれども、このカメラと私がいるだけで、何か彼女にとっ
てある種の精神的な支えになっていた。いつもは「撮らないで」とかいうのに、そ
の日は助けてくれたんですね。自分がいっしょにそこにいるということが、お互い
に支えあっているというのは、すごくそのときは感動したし、彼女にとって私も
多少は役に立っているんだなあと、はじめて思った(笑)。

――それは映画のクライマックスの場面の前日ということですね。

そうです。彼女は私の三脚を持って山に登っていった。いまはまったく取材とは関
係なくて、撮影はすべて終わったから、『秉愛』という作品が完成した時点で重荷
を下ろしたように、秉愛と何でも話せるようになった。秉愛に怒ることがやっとで
きるようになった(笑)。ドキュメンタリーが本当にお互いを癒すことができたら、
いちばんいいですね、怒ったりすることや、けんかしたりすることも含めて。

―カメラで映像が撮れるか撮れないかということはもう抜きにして、そのカメラの
存在自体が互いの支えになっていたわけですね。

はじめてその日は、いま意識的に思えば、反対しなかった。いつも畑に行くときと
か、「もう置いといて手伝ってくださいよ」とかいって、重労働はさせてくれない
んだけれど、種蒔きとかを手伝う。カメラがないほうが私はもっと集中して話を聞
くことができると彼女は思っているからね(笑)。

             (つづく)

☆『長江にいきる 秉愛(ビンアイ)の物語』
(中国、2008年、DVカム、117分、原題:秉愛)
監督:フォン・イェン(馮艶)、音響設計:菊池信之、
配給:ドキュメンタリー・ドリームセンター
ホームページ: http://www.bingai.net 

☆上映:3/7(土)〜3/27(金) 渋谷・ユーロスペース
TEL:03-3461-0211  http://www.eurospace.co.jp 
トークイベントは下記のとおりです。
●3/18(水)18:30の回上映後
藤岡朝子さん(山形国際ドキュメンタリー映画祭ディレクター/
ドキュメンタリー・ドリームセンター代表)
●3/20(金・祝)16:00の回上映後
野中章弘さん(ジャーナリスト/アジアプレス・インターナショナル代表)


■フォン・イェン(馮艶)
1962年天津生まれ。天津の大学で日本文学を学んだ後、1988年から13年間日本に滞
在し、京都大学大学院で農業経済学を研究。1994年、映像ジャーナリストの集団ア
ジアプレス・インターナショナルに入り、写真とビデオ制作を学び、ドキュメンタ
リーを作り始める。2002年に帰国し、現在は北京・天津を生活の拠点とする。現在
三峡移民を描く一連の作品群の集大成となる『長江の女たち』(仮題)の編集中。



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┃02┃□自作を語る
┃ ┃■『未来世紀ニシナリ』
┃ ┃■田中 幸夫
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2008年6月、1週間に亘る西成暴動の最中『未来世紀ニシナリ』のプレミア上映が大
阪で行われました。以後、大阪・京都での公開を経て2009年3月21日から4月にかけ
て東京渋谷UPLINKXでの上映が始まります。この間、映画のテーマ“格差・貧困・排
除”の姿は、さらに露骨な形で露出しています。

さて、この映画の制作の動機ですが…。
それは、西成に日本最大の被差別部落が存在していたからです。日本最大のドヤ
街・釜ヶ崎や悪所の面影を残す飛田遊郭など、マイナスイメージに塗り固められた
ような西成を見に行きたい。見に行くということは、私にとって作ることと同義で
す。しかし、不幸のオンパレードのような負のイメージを増殖させるだけの映画に
はしたくない。逆にマイナスの札を集めたらプラスに転じるような、という視点で
調べ始めました。そこで発見した切り口が“町づくり”でした。百年に亘り蓄積さ
れた格差と社会矛盾が凝縮する西成は、弱者を吸い寄せ続ける強い磁場をもつが故
に、どこよりも社会運動が似合う町でもありました。そして、最先端の社会運動の
萌芽がそこにはありました。それは世界に通底するテーマでもありました。

その1:孤独死の臭いを撮る一年半に亘る撮影中、死と出会う予感はありました。死
は此処では日常だからです。しかし、それにしても、真夏の孤独死、1週間後の発見、
目玉まで溶けた遺体の搬送、見送る関係者…。どこまで撮るか。どこまで撮ったか。
それは、今でも結論の出せない問題として残っています。この3月に完成する生と死
をテーマにした長編ドキュメンタリー『日本の忘れ物〜塩飽諸島本島ものがたり
〜』は、私の中で『未来世紀ニシナリ』を引き継ぐ作品となっています。

その2:下宿“カンパネルラ”の住人を撮る
小型ビデオカメラの特性を生かす接近戦の要諦、それは「カメラはマイク」に尽き
ると思います。撮ること以上に、よく聴くこと。至極当たり前のことを否応なく再
認識させられました。三畳一間のドヤ住まいから、風呂も台所もある下宿での共同
生活。東京から流れてきたという元ヤクザは、カメラに顔を曝すことを躊躇しなが
らも、過去と現在と未来を語ってくれました。映画では最初、彼のタバコを持つ手
しか写っていません。しかし、徐々に顔が現れ始めます。モザイク処理はしないこ
とに決めていました。接近戦を通して一瞬結ばれる関係性の構築こそ、安易な画面
処理の非人間性から逃れる唯一の道ではないかと考えたからです。元ヤクザは結局、
家賃を滞納したまま蒸発します。それでも彼らを支援する“くらし応援室”の大家
は、床を雑巾で磨きながらカメラに向かって言い放ちます。「なんとか出口のある
町にしていきたいと思ってますんで」その笑顔こそ『未来世紀ニシナリ』のテーマ
でした。

その3:ニシナリでロンドンで、溜息を撮る

社会運動には、大きく方向を見定める鳥瞰的な立場と、現場にどっぷり浸かる虫瞰
的な立場、どちらも必要不可欠です。映画の主役とも云うべき二人の男。方や西成
で、方やロンドンで、インタビューの後、申し合わせたように深い溜息をつきまし
た。それは人間の持つどうしようもなさへの諦観と、それでも人間の持つ叡智を信
じるというアンビバレント(二律背反)な感情の現われでした。

その4:豚の貯金箱を挟んだ三人を撮る
一年半の撮影中、私が最も興奮しながら撮った場面は、17分の長いシーンになりま
した。遁走を繰り返す青年と、彼を諭す二人の支援者。青年の豚の貯金箱をめぐっ
て、三者三様の心の動きがテーブルを挟んで繰り広げられます。
そこに私は、人間社会の原型を発見した思いに駆られたのです。撮っている最中、
映画の芯に向き合えている自分自身を実感していました。
(上記の文章は「映画撮影」180号より一部転載しました。)

☆『未来世紀ニシナリ』
2007/DV/日本語版(68分)・英語版(53分)
監督:田中幸夫 山田哲夫、プロデューサー:北川修二 酒井邦一、
撮影:田中幸夫 北川希 籔田政和、編集:田中幸夫
英国撮影・英語版制作マネージャー:溝口尚美
選曲・整音:吉田一郎、制作:株式会社フルーク 風楽創作事務所
2007年度キネマ旬報文化映画ベストテン第3位
芸術文化振興基金助成作品

☆2009年3月21日(土)より、東京渋谷アップリンクにて上映
11:00〜アップリンクX 12:30〜アップリンク・ファクトリー
予告篇: http://www.youtube.com/watch?v=dPqMy6L9C1g 


■田中幸夫(たなか・ゆきお)
1952年生まれ。1989年風楽創作事務所を設立。関西を拠点に、マイノリティに取材
したテレビ番組・ドキュメンタリー映画の制作を続ける。主な作品『叫びとささや
き』『部落の心を伝えたい』『在日コリアンの肖像』『歌いたい歌がある〜朴保
〜』『グローカルに生きるシリーズ アメリカ編・インド編』



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┃ ┃□自作を語る
┃ ┃■『サワー・ストロベリーズ〜知られざる日本の外国人労働者〜』
┃ ┃■ティルマン・ケーニヒ & ダニエル・クレーマース
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『サワー・ストロベリーズ〜知られざる日本の外国人労働者〜』は、2008年に日本
で撮影された独日合作のドキュメンタリー映画です。日本で自らの人権のために戦
う外国人労働者たちが、その体験を語っています。
本作品で監督をつとめた私たちは、ドイツの大学で日本学を専攻し移民問題研究に
携わりました。ここに、本作品の原点があるといえるでしょう。

旧西ドイツでは1950年代の半ばから、経済成長期の産業界において“出稼ぎ労働
者”(ゲスト・ワーカー)と呼ばれる外国人が求められるようになりました。“出
稼ぎ”のはずでしたが、彼らは仕事がなくなった後もドイツに残り、家族を呼び寄
せました。現在この移住者たちは、ドイツ総住民の重要な構成要員となっています。
しかし政策面では移民の統合への取り組みは遅く、国が政策を検討し始めたのは70
年代に入ってからのことでした。このときの対応の遅さは、現在にまでひびいてい
ます。

今日の日本でも“外国人労働者と統合”は、日々、現実的なテーマとなっています。
そこでダニエル・クレーマースの修士論文を基に、日本の外国人労働者についての
映画を制作することにしました。08年3月に3人編成の撮影チームは、就労目的で来
日した外国人を探し始めました。なかでも、その多くが苛酷な生活・労働条件下に
あると言われている日系人と研修生に焦点を絞りました。

日本の外国人労働者は、どんな問題に立ち向かわねばならないのか、助けてくれる
人はいるのか、政治・経済はどのように対処しているのかー。これらの疑問を解明
するために日系人、中国人研修生、欧米出身の日本国籍取得者や、移民問題の識者、
また政治・経済界の関係者など様々な立場の人にインタビューを行いました。本作
品は、08年3月時点の状況を描き出したものです。

今日の世界的経済危機は、日本における仕事の需要をも急減させることでしょう。
それでも外国人労働者の移住と彼らの統合は、今、日本社会が取り組むべき問題で
はないでしょうか。かつてドイツが犯したような過ちを、日本が避けたいのであれ
ばー。本作品は、外国人労働者が置かれている状況を、より多くの人に知ってもら
うために貢献したいという思いから生まれました。ひとりでも多くの方に、見てい
ただけることを願っています。  (本文訳:鈴木智)

●上映スケジュール
3月21日(土)17:00〜 秋葉原 セカンドハーベスト・ジャパン
  http://www.2hj.org 
3月22日(土)つくば市内 上映場所と時刻(夜)未定
 詳細はメールでお問い合わせ下さい。 debito@debito.org 
3月23日(月)19:00〜 新橋 NUGW(全国一般労働組合全国協議会)事務所
  http://nambufwc.org 
3月24日(火)19:30〜 高田馬場 ベンズ・カフェ  http://www.benscafe.com 
3月25日(水)18:00〜 名古屋大学工学部研究科2号館332教室
3月26日(木)13:00〜15:00 滋賀大学(外国人留学生対象コースの一環。
 一般参加も可。詳細は同
 大学アスピノール教授まで: aspinall_robert@hotmail.com 
3月26日(木)19:30〜 大阪・梅田 The Blarney Stone
  http://www.the-blarney-stone.com 
3月28日(土)13:00〜日本語版 15:00〜英語版
 岡山 日本全国語学学会(JALT)岡山支部 表町サンカクAビル
  http://jalt.org/events/okayama-chapter/09-03-28 
3月31日(火)14:00〜 熊本学園大学14号館1階1411教室

各上映会とも入場料は無料ですが、自主制作映画のため、おひとり500円のカンパに
ご賛同いただければ幸いです。
予告編: http://www.vimeo.com/2276295 
お問い合わせ: cinemabstruso.japan@gmail.com 

■ティルマン・ケーニヒ
ドイツ在住の映画監督。1979年旧東ドイツ生まれ。大学で社会学と日本学を専攻。
大学在学中に自主制作映画チームCinemabstrusoを設立。卒業までに8作品を制作、
ドイツ国内の映画祭に多数参加。映画制作技術のワークショップや自主制作映画上
映会の企画や開催でも活躍。家族は妻と3人の子供。

■ダニエル・クレーマース
1979年東京生まれ。大学で日本学、ジャーナリズム学、政治学を専攻。2004〜05年
早稲田大学に留学。留学中に本作品のアイデアとなった外国人の労働組合運動等を
知り、修士論文を執筆。現在ドイツ・ハレ市のマルティン・ルター大学博士課程在
学中。



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┃03┃□ワールドワイドNOW ≪ベルリン発≫
┃ ┃■感動する映画とはなにか?
┃ ┃2009年のベルリン国際映画祭 〜映画を通して人を見る〜
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■梶村 昌世
●ベルリンは世界を圧縮している毎年2月にベルリン国際映画祭が開催される。ベネ
チアとカンヌと共に大三映画祭と呼ばれる「ベルリナーレ」の時期には、都心が映
画祭色に染まる。中心的な開催地のポツダム広場には映画祭のポスターが全面的に
貼られ、世界中から来る映画関係者や報道陣は映画祭のバッグをさげて映画館から
映画館、記者会見や関連イベントに急ぐ。メイン会場の前には野外スクリーンが設
けられ、記者会見などのライブストリーミングが流れる。新聞や雑誌は「ベルリ
ナーレ」の特集や別冊を組み、スターたちはレッドカーペットを歩み、ベルリン市
民は根気よくチケット購入の列に並び、積極的に何本もの映画を観る。
ベルリン国際映画祭のプログラムは幅広く、コンペティション部門の他にインディ
ペンデント、アートハウス系の映画を集めるパノラマ部門(この部門はゲイ・レズ
ビアンの映画にも力を入れている)、若い映画監督や実験的な映画も含むフォーラ
ム部門(この部門は毎年アジア映画も多く取り上げる)、ドイツ映画、子供映画、
短編映画、オマージュ、 レトロスペクティブ(今年のテーマは70ミリ映画、フィル
ムファンは目の保養だった)などと様々な部門があり、その他に若い映画作家たち
が集うタレントキャンパス、映画の売買、ピッチなどが行われるヨーロッピアン・
フィルムマーケットも開催され、その他数多い関連イベントで映画祭の十日間は活
気に溢れる。最も来客数(40万人以上)が多いベルリン国際映画祭は今年第59回目
を迎えた。
1951年に「自由な世界のショーウィンドー」をモットーに東ドイツに囲まれている
西ベルリンでアメリカのイニシアティブにより設立、冷戦のため当初は社会主義の
国の映画は参加が許されなかった。
1970年の映画祭はベトナム戦争を題材にしたドイツ映画『o.k.』を巡って中止にな
った。翌年から社会性と政治性の高いフォーラム部門が映画祭の一部となり、それ
以来ベルリナーレ全体が政映性のあるプロフィールを持つようになる。現在中心的
開催地となっているポツダム広場は、戦前は世界で最も活気がある密度の高い場所
だったが、ベルリンの東西分裂のために冷戦時代は無人土地と化し、1989年の壁の
崩壊後には膨大な再建築が行われ、2000年よりベルリン国際映画祭がポツダム広場
に引っ越した。このようにベルリン国際映画祭はベルリンの歴史、20世紀後半の歴
史が強く反映されている映画祭だと言える。

●激しい論争が起きた今年もまた世界情勢、政治的、社会的題材を持つ映画がいく
つも参加した。その中でやはりドキュメンタリー映画は自分の目ではなかなか見ら
れない世界を映画館に運んでくれるという役目を持ち、また私たちを取り巻く現実
とどう向き合うかを考えさせてくれるきっかけとなった。フォーラム部門では新自
由主義について批判的に語る人々を映した『L’encirclement』、反ユダヤ主義とい
う現象に迫るイスラエルの映画『Defamation』など、問題意識の高い政治的ドキュ
メンタリー映画が紹介された。コミュニケーションを重視しているこの部門では、
上映後には通常監督との質疑応答が行われる。それは時には激しい議論ともなる。
例えばPetr Lom監督の『Letters to the President』の上映がそんな場であった。
一般市民がイランの大統領アフマディーネジャードに手紙で相談をするという制度
をテーマに、アフマディーネジャードという人物とイランの市民の姿を見せること
に挑む映画だ。しかし上映前に突然男性がスクリーンの前に飛び出し、反アフマデ
ィーネジャード政権のポスターを開いた。男性はすぐにセキュリティーの人間に映
画館の外へと追いやられたが、外でも表現の自由を訴えていた。ベルリンには政治
亡命をしたイラン人が多く住んでいる。この男性もその一人だったのだろう。この
ようなハプニングで始まった映画の上映後も議論に火がついた。なぜイランの人権
侵害に全く触れないのか、この映画はアフマディーネジャード政権のプロパガンダ
だなどと、批判的な声がいくつもあった。監督は、ブッシュ政権によるイラク戦争
後、イランとの戦争が起こるのではないかと真剣に恐れ、西洋で敵視されているア
フマディーネジャード大統領という人物はいったい誰かと言う映画を作りたかった
と語った。そしてフォーラム部門の選考委員は、西洋のマスコミでは一方的な見せ
方しかされていないイランという国とは違う映像をこの映画は届けてくれると、選
考の理由を述べた。納得できる理由ではあるが、それでもこの映画は観客を動揺さ
せ緊張感が続いた。そしてまたイラン人の女性が声を上げた。カメラを持って今の
イランに行っては、決して人々は真実を語らないと。それでは現政権を支えるだけ
で現実は見えない、心が痛むと言った。監督は誰も傷つけたくないと謝った。
なぜ映画一本でここまで感情が高ぶるのだろうか。この映画はものすごい事実を明
らかにするわけでもなく、カリスマがある政治家だということはわかっても結局ア
フマディーネジャード大統領の「本当の姿」みたいなものを見せてくれるわけでも
なく、イランの市民の心の中を打ち明けてくれるわけでもない。監督は唯一イラン
での撮影が公式許可された外国人で、制限の多い環境の中で5ヶ月間滞在し撮影を重
ねた。ほとんどの時間は撮影の交渉に使い、実際の撮影は期待より少なかったと言
う。
結局中に入っても蚊帳の外だという印象を受ける。それでもなるべく客観的な目線
で映画を作りたかったと監督は語るが、この政治状況の中でアメリカのハーバード
大学で博士号を取得したカナダ育ちのチェコ出身の人がイランで公認撮影をして見
られるものは当然限られている。客観性などはありえない、と発言。

「ありのままのイラン」がこの映画の中にあるはずがないし、この映画がプロパガ
ンダかというのは、観客の視点によって異なることだろう。映画という媒体の限度、
映画を撮る側の立場の認識、そして権力側の力を借りてある政治状況に迫る時に起
こるジレンマを、この映画は見せてくれたという気がする。
ジレンマと言えば、今年のコンペティション部門で歴史的人物を物語の主人公にし
たフィクション映画が2本あった。一本はドイツ映画『John Rabe』、もう一本は陳
凱歌監督の『花の生涯〜梅蘭芳〜』である。ジョン・ラーベは日本軍によって占領
された南京で大勢の中国人の命を救ったドイツ人であり、梅蘭芳は京劇を初めて海
外で披露し、日中戦争中に演じることを断った京劇俳優である。いずれも日本軍に
占領された中で生きてく人の物語である。戦争という状況下でいかに人間性を貫く
かということについて語る映画ではあるが、物語と美しい映像に収められているせ
いか、消費しやすく現実に生きた人たちだという厚みをあまり実感できなかった。
せっかく興味深い人物を描いているのに、逆に彼らの歴史的存在感が薄れ、幻像と
化しているような感覚を覚えた。それでも日本の戦時中の姿が描かれている映画が、
日本ではどのように取り上げられるかは興味深い。

●タブーに迫った想田和弘の『精神』
人間に迫るということが、ドキュメンタリー映画であろうがフィクション映画であ
ろうが、いちばん大きな課題であるようだ。それを静かながら強くやっているのが
想田和弘監督の『精神』である。このドキュメンタリー映画は岡山のある外来の精
神科治療所の数人の患者とそこで働く医師とスタッフのポートレートであり、想田
監督は素朴な撮影スタイルで丁寧に人々を描いている。タブー視したくないと患者
の顔にモザイクをかけず、じっと状況を観察し、人々の話に耳を澄ませる。健常者
と精神病を持つ人の間には大した距離がないことが映画から伝わり、逆に精神病を
嫌がりタブー化する社会が病んでいるのではないかという問いが自分の中で生まれ
る。それでも匿名ではなくフランクにカメラの前で自分の病いを語る患者の勇気に
は圧倒された。日本では初夏より公開が決まっているが、そうすると登場している
人々たちは社会と強く向き合う必要があるだろう。それは危険じゃないかという日
本人の観客の質問に対して監督は覚悟の上で映画を作ったと語る。この映画に登場
してもらうまでに患者の人々と築く信頼関係、何度も登場を迷う患者、一ヶ月間で
撮った素材を10ヶ月間もかけて編集し、そういうプロセスを重ねて来た映画だから
こそ、揺るげないコミュニケーションが起きるのだろう。人を見つめるというやさ
しく強い眼差しがこの映画にはある。
人を丁寧に描いたもう一本のドキュメンタリー映画をこのベルリン国際映画祭で観
た。パノラマ部門の『City of Borders』だ。エルサレムの唯一のゲイ・レスビアン
のバーを拠点に、この映画は5人のポートレートを描く。一人はイスラム教信者であ
り同時にドラッグクイーンであるパレスチナ人の若い男性、彼はこのバーに通うた
めに夜な夜な違法でヨルダン川西岸地区とエルサレムの間の国境を越える。もう一
人は2005年のエルサレムのゲイパレードでオーソドックスなユダヤ教徒に刃物で襲
われたユダヤ人入植者。そして同性愛と民族間の恋愛関係といった二つのタブーを
破る、パレスチナ系イスラエル人の女性とユダヤ系イスラエル人の女性のカップル。
そしてバーの経営者である、エルサレムの唯一のゲイの市議会員。多くの抑圧と矛
盾の中で生きる彼らはバーに集い、自分たちのセクシュアリティをつかの間ながら
自由に堪能し、民族や宗教といった束縛をこえる。しかしバーはやがて閉店となり、
周りの抑圧が高まるためヨルダン川西岸地区のパレスチナ人はアメリカに移住する。
困難な状況の中、自分らしく生きようと励む彼らの姿には感動するものがあった。
結局今回のベルリン国際映画祭で再認識したことは、歴史や政治、社会性や道徳と
言った大きな言葉や思想を振りまいても、りっぱな物語を語られても、そこまで心
に触れないということだった。それより個人が持つ小さな物語たち、一人一人の関
係から生まれる社会への姿勢、そしてそれを映画の中でしっかり見つめる映画作家
と、それをちゃんと受け止める観客がいて初めて映画の存在があるのだと思った。


■梶村 昌世(かじむら・まさよ)
ベルリン国際映画祭ではないが、もう一本見事にそういう人間性について語るドキ
ュメンタリー映画を今年観た。クリシュナ・サラスワティ監督の『Die Legende von
 Shiva und Parvati』(シヴァとパールヴァティーの伝説)という映画だ。日本で
公開されるかは疑問だが、機会があればぜひ観ていただきたい。


   ※120-2号へ




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