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2008/11/03

ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン neoneo 112号 2008.11.1

 
 
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┃n┣━┫o┣━┫e┣━┓ ★ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジン
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∽∽∽∽∽∽ HEADLINE ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 †01 ■ドキュメンタリー映画のかたち
      (3) 「死を写すもの」としてのポートレート  岡本 和樹
 †02 ■列島通信 ≪大阪発≫
       見ること、見せること  江利川 憲
 †03 ■neoneo坐11月前半の上映プログラム
 †04 ■広場
    ■投稿:アレクサンドル・ソクーロフ監督
     『チェチェンへ アレクサンドラの旅』を見て  岡田 一男
    ■目撃!分析!中国ドキュメンタリー!
      中国のインディーズ、「黄牛田」のメンバー6名が出演
        11/8(土)   横浜ZAIM 2Fホール
    ■「自作を語る」などの原稿募集!
    ■上映の告知の有料化とカンパのお願い
 †05 ■編集後記  伏屋 博雄

    ★バックナンバー閲覧はこちらまで
     まぐまぐ配信   http://blog.mag2.com/m/log/0000116642/ 
     melma!配信   http://www.melma.com/backnumber_98339/ 



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┃01┃□日本のドキュメンタリー映画のかたち
┃ ┃■(3) 「死を写すもの」としてのポートレート
┃ ┃■岡本 和樹
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●『世界の涯て』

この連載の第1回・第2回で示した通り、私は「映画」というフレームを越えるもの
としての、新たな枠組みの表現の在り方を模索している。それは、現代美術がマル
セル・デュシャン以降、タブローの外の作品と観客との関係性を問題にしてきたこ
とと同様である。しかし、一方で、私は正攻法の「インタビュー」という手法にも
拘っている。それは、美術との対比でいうならば、タブローの中の絵画というもの
の本質を見つめる作業と言っても良いだろう。つまり、フレームの中にある映画の
本質の探究である。

現在の私の暫定的な答えとしては、映画の本質は「記録」にしかないと思っている。
中でも、単なる日常の一コマの記録ではなく、虚と実が入り混じる「記念撮影/
ポートレート」の中にこそ、人が生きることの本質が表象されるのではないかと思
っている。誰しもが社会の中で生きる時、つまり他者と向き合う時、その場や相手
によって様々に自分の顔を変容させることで世界と対峙している。そのどれもが虚
像であると同時に実像でもあるのだ。その姿を最も凝縮した形で表象するのが記念
撮影のポートレートだ。被写体は、カメラの中に、鏡を見るように自分自身の姿を
見つめる。そして、この映像を見る他者の存在も意識する。また、同時にこの映像
が未来の自己や他者に見返されることも意識する。そのように見つめ、見つめ返さ
れる、重層的な鏡の中で、自分自身の在るべき姿を演じていく。それは、まさに人
が生きる上で、意識・無意識に関わらず、不断に繰り返している営みそのものなの
だ。その行為を意識的に凝縮したものが、記念撮影のポートレートであろう。

ポートレートによって個人の生の本質を写すことは、同時に、歴史の断片を記述す
ることでもある。私が強く意識している先達に、ドイツの写真家アウグスト・ザン
ダーがいる。彼はワイマール時代から肖像写真を撮り続け、ナチスの台頭期、そし
て戦後に撮られた作品も加え、「20世紀の人間たち」という写真集を発表した。こ
の作品の特筆すべき点は、富裕層の人々ではなく、農夫や職人をはじめとした様々
な階層の無名の人々を記述していった点にある。彼にとっては、無名性の中の様々
な階層の人々のポートレートを記録することが、20世紀という時代を記述すること
だったのだ。そこに写される人々の姿からは、ドイツの現代史が、歴史書に記述さ
れるフィクションとは違い、私たちが生きる現実と地続きの問題として実感される。

上記の二つの点を強く意識し、私はインタビューを行っている。言葉としての物語
や論理が聞きたい訳ではない。そこに、「その人が生きている」という実感を、少
しでも記述できないだろうかということが一番の問題なのだ。そして、それこそが
歴史を記述する唯一の手段だと思っている。

このような意識で、インタビュー映画『世界の涯て』を撮った。このような偉そう
なコンセプトも、正直なところ撮影当時から考えていた訳ではない。完成した後で、
なぜこのような撮り方をし、編集をしたのかを、自分自身で問い直し、論理化して
いっただけだ。しかし思い返せば、『帰郷』を作ったきっかけも、小川紳介監督の
『1000年刻みの日時計』のラストシーンの村人たちが記念撮影として自分の名前を
次々に言っていくシーンに衝撃を受けたからであった。あのシーンに「歴史」の全
てが映っていると思った。「百年の孤独」が牧野村物語として語られていると思っ
た。私が映画に拘り続けているのは、おそらくこの記念撮影という点においてなの
だ。

映像記録は残酷なものだ。表象された全てのものは、既にこの世に存在しない。数
秒前の自分さえも、現在の自分自身ではない。しかし、記録は残り続ける。たとえ
私が死んでも、変わらずに存在したものの姿を映し続ける。かつて、フィルムには
物質としての実感があった。時間の経過とともに、風化という時の痕跡が残されて
いった。しかし、現在は映像記録すらもが情報となっていく。その映像は色褪せる
ことがない。原色のイメージ。情報のイメージの群れ。排泄されるその量に支配さ
れ、日々は積み重ねられる。降り積もる塵芥の中で、画一化され、掻き消されるの
は個人の歴史だ。だが、稀少性を愛でることはノスタルジィでしかない。記録とい
う過去の屍の中で、飽和した私が掴むものは、歴史の再構築でしかない。あらゆる
記録は死を写している。私達はそこから何を読み返すことがあろうか。記録/歴史
が示している唯一のものは、現在進行形の私自身の死だけなのだ。(つづく)


■岡本 和樹(おかもと・かずき)
現在:写真映画『ヤーチャイカ』(監督:覚和歌子:谷川俊太郎)のメイキングド
キュメンタリー制作中。年内完成予定。最近は、映画制作だけではなく、写真撮影
や小説執筆を始める。



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┃02┃□列島通信 ≪大阪発≫
┃ ┃■見ること、見せること
┃ ┃■江利川 憲
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10月、関西では京都映画祭、新開地映画祭があり、神戸100年映画祭が始まり、わが
シネ・ヌーヴォでは特集上映「今村昌平の世界」が始まった。これがすこぶる面白
い。その他、ロードショー作品もチェックしていけば、見たい映画が目白押しで、
時間がいくらあっても足りないぐらいだ。つまり<見ること>を主体に考えれば、
けっこう充実していると思える。

その一方で、<見せること>はなかなか難しい。私が関わっているNPO法人コミュニ
ティシネマ大阪と大阪歴史博物館の主催で、10月18日に「映画連続講座vol.6」の
2回目として、映画監督の原田徹氏を講師にお招きして「アクション映画の秘密を語
る」というお話をしていただき、翌19日には「サウンド・オン・フィルム特別上映
会」として1921年作『路上の霊魂』生演奏付き上映会を開催した。

前者は、参考上映作品として『県警対組織暴力』(75年、深作欣二監督)を見てい
ただき、その後に、深作監督と長く仕事をされた原田監督のお話をうかがったのだ
が、アクション映画づくりの大変さが実感される、興味深い内容だった。後者の
「サウンド・オン・フィルム」というのは、サイレント時代の傑作や忘れられた作
品を<新たな音楽>とともに甦らせるという企画で、当日もピアノ、フルート、ヴ
ァイオリン、ギター、パーカッションなど、6人の演奏家が生で独自の音楽を付けて
いった。弁士は付かない。サイレントの『路上の霊魂』(村田実監督)は、現存す
る最古の劇映画といわれ、歴史的・資料的価値の高い作品である。
趣はまったく異なる催しだったが、それぞれに好企画だったと思う。しかし、観客
数はそこそこで、<見せること>の難しさを改めて思った。

また一方で、「いま映画を撮ってるんですけど、一般のお客さんに見てもらうには
どうすればいいんですか」という相談を受けることもある。これも難しい問題で、
実際には狭き門と言うしかない。
そんな折、事務所の近くに「天劇キネマトロン」(大阪市北区中崎西)という《シ
ネマギャラリー》が出来たことを知り、行ってみた。なんと、無料で映画を見るこ
とができる。『ウェルカムホーム曇天カフェ』(07年、森下淳士監督)という劇映
画をDVDで上映していた。正直に言って、可もなく不可もなしという感想だが、決し
てどうしようもないレベルの作品ではない。客席数は10ほど(30席まで増やせる)。
隣がバーになっていて、そこが運営しているようだ。帰りに話を聞いてみた。

今年6月のオープンで、これまでに12作品ほどを上映しているという。《自主映画を
上映する文化を育てるため》(同ホームページより)という目的で、「上映した
い」という希望があれば、一応の審査のうえ、基本的には上映するとのこと。映画
製作者側は無料というわけにはいかないが、料金表を見ると、格安であることは間
違いない。遮音の問題や、たいして興味もなさそうな(?)隣のバーの客が出たり
入ったりするなど、改善すべき点はいくつもありそうだが、新しい試みとして注目
したい。
ということで、映画を見る・見せる・創る、のそれぞれがうまく回っていくことが
望ましい、などと考えている秋の夜であります。


■江利川 憲(えりかわ・けん)
元「映画新聞」スタッフ。現「シネ・ヌーヴォ」(大阪市西区の映画館)取締役、
NPO法人「コミュニティシネマ大阪」理事、フリー編集者。最近の仕事に『「プガ
ジャ」の時代』(大阪府立文化情報センター編、ブレーンセンター刊)がある。
個人ブログは「ケセラセラ通信」  http://www014.upp.so-net.ne.jp/eriken/ 



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┃03┃□neoneo坐11月前半の上映プログラム
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会場はいずれも神田・小川町のスペースneo(都営新宿線小川町駅B5出口より徒歩1
分JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分)です。詳細と地図はneoneo坐のHPをご覧下さい。
  http://www.neoneoza.com/

■「知られざる短篇映画を見てみる」上映会
「短篇調査団」

毎月第2・第4水曜/20:00〜21:40 終映予定
16mm上映 会費500円(作品資料付き/映画は鑑賞無料)
追加情報はblog版短篇調査団へ

●お知らせ

これまで多くの作品を貸し出してくださった東京都立日比谷図書館が、2009年4月
1日から休館し、16ミリフィルムは都立多摩図書館(立川市)に移管されるとの発表
がありました(2008年10月15日)。16ミリフィルムの貸出自体は2009年4月以降も可
能とのことですが、neoneo坐で従来のように頻繁に上映することは難しくなりそう
です。
そこで「短篇調査団」およびneoneo坐での16ミリフィルム上映会は、来年3月までを
目途に「今のうちに見たいものを見ていく」方向で企画しようと思います。皆さま
からのリクエストもお聞かせいただければと考えております。今後とも宜しくお願
い申し上げます。

■見ざる言わざる着飾る4本立(計100分)
(78) おしゃれの巻...2008年11月12日(水)20:00〜
『くらしを衣裳で残す―水島家の明治・大正・昭和―』
1989年/22分/カラー
制作:桜映画社/企画:水島衣裳雑貨資料研究室/監督:大島善助・原村政樹
脚本:大島善助・福間順子/撮影:村山和雄・木村光男/音楽:角田敦
ナレーション:杉田郁子
■六本木のマンションの一室にある、夥しい衣裳の数々。衣替え等の風習を厳格に
守ってきた船場の商家の一人娘・水島千代さんの祖母の代からの衣裳と生活雑貨で
ある。明治からの使った人の息づかいの伝わる服飾文化史。

『生活をひらく化学繊維』
1968年/28分/カラー、制作:日本映画新社/企画:日本化学繊維協会
プロデューサー:岡田弘/脚本・監督:大沼鉄郎/撮影:川村浩士
■現代の生活に欠くことのできない化学繊維は、単に衣服に使用されるばかりでな
く、意外なところに、様々な形で使われ役立っている。肩のこらないコミカルなタ
ッチで楽しくみせてくれる化学繊維百科。

『洗う―洗濯の理論―』
1984年/20分/カラー、制作:岩波映画製作所/企画:ライオン家庭科学研究所
プロデューサー:陣内直行/脚本・監督:四宮鉄男/撮影:増川勇治
■私たちは毎日、沢山の衣服を洗っている。この洗うという日常的な仕事も、科学
の目で探ると実に複雑なメカニズムをもっている。洗うことのメカニズムを解き明
かす最新の理論と実験を通じて、洗濯の理論の知識と理解を深める。

『東京の衣生活―かっこいい男・洋服―』
1965年頃/30分/白黒/制作:NET/企画:東京都教育庁
■日本のモードの最先端をゆく東京に住む私達は、どのような衣生活をしていくか。
自分をよく見出して適切な衣生活を考えよう。

料金:会費500円(作品資料付き/映画は鑑賞無料)
※7月より会費制(500円)として、ご来場の皆様に作品資料をお渡しする形に改め
させていただきます。
お問合せ:清水 E-mail: shimizu4310@bridge.ocn.ne.jp 



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┃04┃□広場
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■投稿:アレクサンドル・ソクーロフ監督『チェチェンへ アレクサンドラの旅』
を見て

■岡田 一男

パンドラの配給により年末年始、渋谷のユーロスペースで上映される、アレクサン
ドル・ソクーロフ監督の『チェチェンへ アレクサンドラの旅』を試写会で拝見し
た。その感銘を書き始める前に、PC上のグーグル・マップの地図検索でチェチェン
の首都、グローズヌイ南東のハンカラ基地のあたりを出してみた。そこが、この作
品の舞台だからである。

衛星写真と地図を重ねて出すと、随分ズレが目立つが、広大なハンカラ基地の位置
関係は良く判る。首都グローズヌイの南7Kmほどの郊外を、南ロシアの中心都市、ロ
ストフ・ナ・ドヌーとアゼルバイジャンの首都バクーを結ぶ幹線道路M-29号線が東
西に走っている。その道路の北側、グローズヌイから東に向かって、チェチェン第2
の都市、グーデルメスに向かう鉄道線路との間に、かつては、ソ連軍外郭団体DOSAA
F(陸海空軍支援義勇協会)の訓練飛行場があった。この飛行場跡地が、第2次チェ
チェン戦争にあたって、ロシア合同軍司令部の置かれる主要基地になったのだ。

合同軍とは正式には、「北コーカサス対テロ作戦合同グループ」と呼ばれ、国防省
(MO)傘下のロシア連邦軍や陸軍参謀本部諜報局(GRU)特殊部隊、空挺軍部隊
(VDV)、ロシア連邦内務省(MVD)の内務省軍(VV)やロシア全域の地方警察から派
遣されたOMON=特別任務民警部隊、連邦保安庁(FSB)特殊部隊、海軍歩兵部隊、国
境警備軍部隊などなど、実にさまざまな兵種を一元的な指揮下に収めて、効果的な
用兵を行おうというものである。グーグル・マップの衛星写真は、いつごろ撮られ
たものかは不明だが、滑走路上には、沢山の戦闘・攻撃ヘリコプターMi-24がならび、
駐車スペースには、主人公アレクサンドラの孫、大尉デニスらが使っているBTR
(ベーテーエル)と略称される装甲兵員輸送車が夥しい数並んでいるのがわかる。
この大基地に駐屯する合同軍の総員数は公開されていないが、優に数万、おそらく
は10万を超す。
であるから、基地内には、きちんとした恒久建築物もすくなくなく、かなりインフ
ラも優れたものになっている。ロシア語でシロビキと通称される軍治安関係省庁お
よびその関係者は、ここに必要な全ての機能を集中させているのだ。筆者が、何故
に、こうした詳しい状況を書き連ねるかといえば、それは、ソクーロフ監督が、実
に注意深く、撮影対象を選び抜いて、この作品を構成しているかを見て欲しいから
なのである。

さて、主人公の祖母アレクサンドラは、コーカサスに隣接する南ロシアのスタブロ
ポリ在住という設定である。であるから、チェチェンにやってくるのに空路と言う
ことは考えられない。鉄道か、長距離バスを使うであろう。そして、先述の基地近
くを走る鉄道線路では、一日一便ではあるが、モスクワ=グローズヌイ急行列車も
運行されており、グローズヌイ中央駅の次ぎに停車するのが、ハンカラ駅なのであ
る。だが、アレクサンドラが便乗するのは、兵士たちを運ぶ貨物列車。これも、ま
さに貨物列車でなくては、ならなかったのだ。なぜなら、1944年2月23日の明け方、
世界人民の偉大な領袖、大元帥スターリンの命令により、この地域の当時の名称、
チェチェン・イングーシ・ソビエト社会主義自治共和国に暮らしていたチェチェン
人・イングーシ人は、抵抗して虐殺された者を除いて、ほぼ全員、およそ60万人が、
家畜運搬用の貨車に詰め込まれて、この鉄道を経由し、カザフスタンと中央アジア
に強制移住させられた。突然降って湧いた劣悪な移送環境、その飢えと、寒さと、
伝染病に、まず幼児、女たち、そして老人が犠牲となり、移送時とその後の1年で、
控えめに見ても、およそ3分の1の人命が失われた。貨車での移動という、シチュ
エーションの設定で声高に語られることは無いのだが、かつての異民族に対する取
扱と変わらない仕打ちを、現代のロシア国家は、自国民に強いていることを、この
作品は静かに示しているのだ。

主人公の呼び名が、アレクサンドラ・ニコラエヴナと、監督ソクーロフの名をその
まま女性形にしているように、いわば監督の分身のような存在であり、この作品は、
きわめてドキュメンタリー的なつくりになっている。ある現実を選び取って、構成
することにより、作者の考えや想いを代弁させるという手法だ。ハンカラ基地につ
いたアレクサンドラは、全くの異分子だ。その違和感が導入部の盛り上げに一役買
って見事である。彼女がようやく案内された先は、愛する孫のデニス大尉の泊まっ
ているテントである。これも重要な設定なのだ。案内役買って出た部隊長が語るよ
うに、デニスは優秀なロシア陸軍将校である。だが、彼が戦場任務から戻って寝起
きするのは、実に粗末な大型テント、チェチェン戦争で大量に発生した難民たちが、
イングーシ共和国など隣接地域で収容された難民キャンプのテントと同一規格のテ
ントだ。戦争において横行する黒白二元論に対抗して、このようなシチュエーショ
ンを作家は用意したのだ。

愛する孫と再会したアレクサンドラにとって、軍事基地の違和感は、ついに解消さ
れぬまま、3日が過ぎてしまうが、その緊張を解きほぐす設定が、用意されている。
基地を出て彼女は、息抜きに付近の市場に行ってみようとする。基地警備の若い兵
士たちが、市場に行くなら、たばこや菓子を買ってきてくれとせがむ。文無しなん
だけどと。ここでも、ロシアの軍隊事情を巧に見せる。ロシア軍の兵士の待遇は非
常に悪い。そのため、若い兵士は常に、空き腹を抱えている。待遇の少しマシなの
は、一般徴募兵(スローチニキ)ではなく、契約志願兵(コントラクトニキ)であ
る。その実情を、訪れた市場のチェチェン人の老女に語らせている。「頼んだのは
誰?徴募兵、契約兵、それとも将校? 買う人によって、タバコの値段は、違うの
よ。」

そして、一旦打ち解ければ、「客好き」というチェチェン人の持って生まれついた
気性が顔を出す。戦災の跡を残す廃屋に招き入れられてお茶を共にする。そこで語
られるのは、お互いの孤独。チェチェン人の老女は、多くの親族は戦争で死に、若
い者たちは、遠くの山の中で生死も判らぬとつぶやく。山に入る、森に行くとは、
ロシア側の言うNVF=違法武装集団、チェチェン側の言うムジャヘード=イス
ラーム聖戦士となって、武装抵抗運動に従事することの婉曲な表現である。あっと
いう間に時は過ぎ、アレクサンドラは基地に戻らねばならない。チェチェンの習慣
では、女性の一人歩きは、許されない。少年を一人、見送りにつけられる。柄は大
きいが14-5歳の少年だ。その愁いを含んだ表情が秀逸だ。ロシアではチェチェン人
と見分けるのに、その目元を見るという。近道を案内し、黙々と言いつけられた見
送りを果たす少年が、唐突に口を開く。「いい加減に、私たちのこと自由にして下
さいよ。」アレクサンドラには返す言葉がない。そう、このロシア・チェチェン対
立関係は、420年も続いているのだ。日本では、江戸時代が始まった頃から。

アレクサンドラが帰途につく日、デニス大尉は、5日間続くというザチーストカ(掃
討作戦)に発ってゆく。部下の徴募兵たちに混じって、装甲兵員輸送車の上乗りを
して出撃してゆく。部下たちと生死を共にする模範的な将校だ。掃討作戦とはどん
なものか?通常、一つの集落を包囲して一切の出入りを遮断して、その上で一戸一
戸、すべての家を捜索してゆき、武装抵抗運動との関連をしらみつぶしにあぶりだ
す。10歳以上60歳以下の男子は、基本的に容疑者あつかいとなる。コーカサス一円
は、チェチェンに限らず根強い帯刀帯銃の文化的伝統がある。ソ連崩壊に伴って流
出した莫大な銃砲火器類は、その伝統により民衆の間に吸い込まれ、秘匿されてし
まった。それらを掃討作戦で何とか回収しようというのだ。

その事情を、今年の5月後半、ロシア国防省機関紙「赤い星(クラスナヤ・ズヴェズ
ダ)」のインタビューに、合同軍司令官だったニコライ・シワク将軍は、次のよう
に語っている。「チェチェンの一般住民の大部分は、違法武装集団の支持者か、良
くって中立の立場です。彼らの動静を当局に通報することは、まずありません。違
法武装集団は、客好きという、この土地の習慣をよく心得ていて、住民に対しては、
実に礼儀正しく振る舞っています。寝泊まりさせてもらい、食料の供給を受ければ、
きちんと謝礼を出しますし、(我が軍の兵士のように)略奪はやりませんから、人
望もあることは否定できません。ラムザン・カディロフ大統領をはじめ、地元当局
は、戦災復興に大変な努力をしています。それを認めるのにやぶさかではないので
すが、失業率が60%を超し、職につけても月収が2500ルーブリ(約1万円)という状
況では、不満を持った若者の一部が、違法武装集団に身を投じるのを食い止めるの
は困難でしょう。」チェチェンの安定というのは、膨大な軍事力を背景にした脆弱
なものでありつづけてきたし、これからもそうだろう。オランダの優れた記録映像
作家、ヨス・デ・プッターは、戦間期の1998年に、チェチェン・マフィアの頭目で
あった、ホジ-アフメード・ヌハーエフを扱ったドキュメンタリー「新帝国の創生」
を作っているが、そこには、チェチェンが繁栄を謳歌していた1980年代の初め、モ
スクワ大学に学ぶチェチェン人学生の間で、チェチェン駐屯ソ連軍兵力が30万とい
う数の真否が話題となったことを伝えている。100万人を押さえるのに実に30万の兵
力を要していたのだ。

愛する孫の大尉を見送ったアレクサンドラは、いよいよハンカラを発つ。機関車と
貨車の間に分厚い装甲板で囲まれた銃座を配置した武装列車に乗り込む彼女を、顔
見知りとなったチェチェン女性3人が見送りに来ている。抱き合って再会を約束し合
う彼女たち。それは、1990年代なかば、不幸な戦争が勃発した当初、ロシアとチェ
チェンのお互いに闘う息子たちの母親である女性たちが、手を取り合って戦争反対
を訴えた、チェチェン戦争反対の原風景に繋がっていく。かつてソ連の映画人は、
厳しい検閲のもと、石頭の当局にも通用し、自分たちの良心にも妥協しない、滑り
の良い重層構造の語り口を創り出してきた。ソクーロフ監督の『チェチェンへ ア
レクサンドラの旅』は、その豊かな伝統への回帰を確認させてくれる見事な作品で
ある。今年、8月に勃発したグルジア紛争に見られるロシア当局の硬直化した動きは、
この国が、再びソ連への退行の道を急速に辿っていることを目の当たりにさせた。
しかし、筆者はまだ絶望してはいない。それは、この作品に代表されるような、豊
かなロシアの文化や芸術が、未だ健在だからである。

この一文を書いた後、筆者は、10月頭、開催された第4回モスクワ映像人類学フェス
ティバルに参加するため訪露し、その後続けて実際にチェチェンを訪問した。ソ
クーロフ作品が製作されたのは、たった2年前だが、それからもチェチェンは大きく
変貌していた。数日間の首都、グローズヌイ周辺部滞在中、ロシア兵を見かけたの
は、数ヵ所の検問所で1-2名が、一切の検問をせず、形式的に立哨しているのみであ
った。そして夜間になると、2-30人はいるという、全てのロシア兵が検問所の分厚
いコンクリートブロックのトーチカに引きこもり、その前をフルスピードで車が通
過していた。

そして首都中心部からは、廃墟がことごとく姿を消してしまった。相変わらずロシ
ア連邦政府の戦災復興予算は、いずこかに吸い込まれて、実際にチェチェンにはほ
とんど降りてこないというのだが、さまざまな資金捻出で、首都再建は猛スピード
で進んでいる。その中で人びとは次第に自信を取り戻してきたようだ。今年、6月に
は、第一回チェチェン国際映画祭「ノアの箱船」が開催された。そして、映画祭は
毎年開かれるという。私が、2004年にカザフスタンで、チェチェン人の強制移住と
チェチェン難民を扱ったドキュメンターを撮って、未完成でいるという話しに、文
化省関係者から、是非早く完成させて、次回に出品してくれと頼まれた。

☆『チェチェンへ アレクサンドラの旅』サイト:
  http://www.chechen.jp/index.html 


■岡田 一男(おかだ・かずお)
映像作家。1942年生まれ。1961-66年モスクワの全ソ国立映画大学(VGIK)でミハイ
ル・ロンムに師事して劇映画演出を学ぶ。帰国後は、父、岡田桑三を補佐して東京
シネマ新社で科学映像制作に従事。会社代表、プロデューサー/ディレクターとして、
生命科学、映像人類学、自然誌映像など幅広い分野で作品活動を行いつつ、「チェ
チェンの子どもたち日本委員会(準備会)」の共同代表も務めている。


     ◇────────────────────────◆◇◆    


■シンポジウム『目撃!分析!中国ドキュメンタリー!』開催のお知らせ

90年以降、中国では大きなメディアと異なる個人の眼差しから人々の生を記録しよ
うとする独立(インディペンデント)ドキュメンタリーが生まれ、その流れはビデ
オカメラの普及後、さらに大きくなりながら今へ至ります。当イベントでは、現在
開催中のドキュメンタリー・ドリーム・ショー―山形in東京2008のスペシャル企画
「中国★記録電影」での上映に合わせて来日する中国の独立映像作家集団、黄牛田
(ホアンニュウティエン)電影のメンバー6名をゲストに、カメラを持って“今・こ
の場所”と対峙する時に直面する共通の課題やテーマについて、日中の作家を中心
とした会場参加者と共に考察したいと考えています。多くの方のご参加をお待ちし
ております。

●11月8日(土)
場所:横浜 ZAIM2階(日本大通り駅2番出口徒歩5分)14:00〜
料金:500円(入場料)

○第一部:14時〜レクチャー
「中国独立ドキュメンタリーのバックグラウンドを知ろう」
(ゲスト予定:朱日坤(ジュウ・リークン)氏、インディペンデント映画プロ
デューサー、麻生晴一郎氏(「北京芸術村 抵抗と自由の日々」著者、
ルポライター)

○第二部:16時〜ディスカッション&質疑応答
「“今・ここ”へカメラを向ける〜インディペンデント映画を話そう」
(ゲスト予定※敬称略:黄牛田電影、岩淵弘樹、野本大、大澤一生、
藁科直靖、小谷忠典、池田将、川部良太 ほか)

●黄牛田(ホアンニュウティエン)電影メンバーの作品上映についての詳細は、
DDS2008パンフレット及び公式HPをご覧ください。
●インターネット新聞JanJan「映画の森」にて、中国のドキュメンタリー作家の
インタビュー記事を掲載予定。 http://www.janjan/jp/  よりご検索下さい。
●お問い合わせ先(久保田・西岡) amelie0123@hotmail.co.jp 


     ◇────────────────────────◆◇◆    


■訂正

前号(111号)に掲載された水野祥子さんの「ドキュメンタリーの海へ 記録映画作
家・土本典昭との対話」についての書評で、2か所の訂正がありました。

1.1978年→1987年

石坂氏は、 解題代わりにこの本の末尾に添えた、1978年「映画学」第一号に発表さ
れている「繊細なる加担者〜土本典昭論」で、土本氏を「「技法」と「思想」のあ
りように最も自覚的であり続けている作家」と表現している。

2.30年後→20年後

30年後の今日、「ドキュメンタリーの海へ」では、土本氏が『水俣の図』で大障壁
画を一ショットで捉えずに、「歩きながら立ち止まりながら観るというリズム」
(p234)に沿った映像表現を使ったと話しているが、これも対象である絵の鑑賞体
験を映像化するという考えに基づいた試みなのだ。


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┃05┃■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)
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■編集後記 伏屋 博雄(ふせや・ひろお)

●岡本和樹さんの論考は、1回目の映画のフレームの外へと向かう視点を経て、2回
目のアヴァンギャルドを再検討へと展開されてきた。そこには、「常に歴史に記述
されない人々の人生を見つめるという意識」があり、作品『帰郷』が生まれたのも
そこに由来している。そして、「無名性の中の、生きることの根底にある「超現
実」を垣間見せてくれるようなものを少しでも顕在化できないかという思いから作
品を作っている」、と吐露している。今回はポートレートについての検討で、『世
界の涯て』を俎上に、岡本さんの思考は深まる。最近は「映画制作だけではなく、
写真撮影や小説執筆を始め」、活動分野を広めているようだが、たえず理論と実践
を往還している姿勢に注目したい。次号は最終回となり、思考回路は全開するだろ
う。

●江利川憲さんの「見ること、見せること」は身につまされる思いで読んだ。とく
に「見せること」は、どんなに経験を踏んでも、「これ」というものがない。劇場
運営に携わっている方に訊いても、「以前にも増して最近の興業はとんと分からな
い」という返事が返ってくる。「当たる」と思っていても散々な目に会ったり、た
いして期待していなかった作品が「化ける」ことも多いそうだ。こうした事態は、
徒手空拳にあるつくる手にとっても製作資金が回収できなければ、次回作が見込め
ないだけに切実な問題となる。

そんな折、11月3日に武蔵大学(東京・江古田)で「上映」をテーマに話し合いが
持たれることになった。午後1時からの小川紳介の『三里塚 岩山に鉄塔が出来た』
(1時間25分)上映後に行われ、シネ・ヌーヴォの景山理、コミュニティシネマの
岩崎ゆう子両氏と私が参加。私としては、劇場運営に腐心している景山さんの展望
や上映の根を各地に広げようとしている岩崎さんの構想を聞き、糧としたいと思っ
ている。

●ソクーロフの『チェチェンへ アレクサンドラの旅』の映評が岡田一男さんから
寄せられた。チェチェンの地政学的観点から始まって、ソクーロフの作品に込めた
意図を指摘する。チェチェンの辿った過酷な現代史を直視するソクーロフの作家と
しての強固な意志と用意周到な構想力に、私は作品の期待が増した。



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