2009/05/16
★SLN-108 裁判員制度のスタートに思う★
★SLN−108 裁判員制度のスタートに思う★ 読者のみなさん,こんにちは。 新さっぽろリーガルネットの進藤です。 裁判員制度がいよいよ来週21日からスタートします。いろいろな議論が ありますが、少なくとも、法律を国民一人一人に身近にさせる効果はあるの ではないでしょうか。最初は混乱もあるでしょうが、長い眼で見ると必要な ことかも知れません。 私は交通事故の損害賠償に関する仕事をしていますが、まれに死亡事故を 扱うことがあります。“死人に口なし”と言われますが、事故原因等は生存 した一方の主張のみとなります。自分にとって不利になるようなことは、あ えて言わないものですので、死亡した人の過失が高めに落着く傾向にありま す。 あるいは、無責事故といって、100%死亡した被害者の責任で発生した 事故は、相手車輌の自賠責保険の支払の対象にすらなりません。また、死亡 事故は賠償額が高額となるため、僅かな過失の増減でも影響が大きくなりま す。 このような場合、検察庁で調書を読み込み、現地を確認し、事故状況図を 念入りに確認して、少しでも依頼者側に有利になるように仕事をすることに なります。 さて、裁判員に選ばれたら、裁判官と一緒に、刑事事件の公判に立ち会い、 判決まで関与することになります。公判では、証拠書類を取り調べるほか、 証人や被告人に対する質問が行われます。裁判員から、証人等に質問するこ ともできます。 証拠を全て調べたら、事実を認定し、被告人が有罪か無罪か、を判断し、 有罪だとしたらどんな刑にするべきかを、裁判官と一緒に議論し、決定する ことになります。この場合、議論を尽くしても、意見の全員一致が得られな いと、評決は、多数決により行われます。 有罪か無罪か、有罪の場合の刑に関する裁判員の意見は、裁判官と同じ重 みを持つことになるのですからその責任は重大です。 交通事故による死亡事故のお話をしましたが、“死人に口なし”と同じよ うに被害者の一方的な主張を元に出された1審の痴漢事件の有罪判決を覆す 最高裁の痴漢冤罪事件の判決が先月14日にありました。 判決には、事件の詳細(被害者の一方的な主張)が記述されていますので 是非一度読んでみることをお勧めします。マスコミの報道では、事件が事件 だけに、詳細を報道しずらいこともあり、全体が見えてきません。 判決の大事なところを抜粋すると 「5 そこで検討すると,被告人は,捜査段階から一貫して犯行を否認して おり,本件公訴事実を基礎付ける証拠としては、Aの供述があるのみであっ て,物的証拠等の客観的証拠は存しない(被告人の手指に付着していた繊維 の鑑定が行われたが、Aの下着に由来するものであるかどうかは不明であっ た。)。被告人は,本件当時60歳であったが,前科,前歴はなく,この種 の犯行を行うような性向をうかがわせる事情も記録上は見当たらない。した がって,Aの供述の信用性判断は特に慎重に行う必要があるのであるが、(1) Aが述べる痴漢被害は,相当に執ようかつ強度なものであるにもかかわらず, Aは,車内で積極的な回避行動を執っていないこと,(2)そのことと前記2 (2)のAのした被告人に対する積極的な糾弾行為とは必ずしもそぐわないよ うに思われること,また,(3)Aが、成城学園前駅でいったん下車しながら、 車両を替えることなく,再び被告人のそばに乗車しているのは不自然である こと(原判決も「いささか不自然」とは述べている。)などを勘案すると, 同駅までにAが受けたという痴漢被害に関する供述の信用性にはなお疑いを いれる余地がある。そうすると,その後にAが受けたという公訴事実記載の 痴漢被害に関する供述の信用性についても疑いをいれる余地があることは否 定し難いのであって、Aの供述の信用性を全面的に肯定した第1審判決及び 原判決の判断は,必要とされる慎重さを欠くものというべきであり,これを 是認することができない。被告人が公訴事実記載の犯行を行ったと断定する については,なお合理的な疑いが残るというべきである。 第3 結論 以上のとおり,被告人に強制わいせつ罪の成立を認めた第1審判決及びこ れを維持した原判決には,判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり, これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。 そして、既に第1審及び原審において検察官による立証は尽くされている ので,当審において自判するのが相当であるところ、本件公訴事実について は犯罪の証明が十分でないとして、被告人に無罪を言渡しすべきである。」 以上が判決から引用したこの裁判のポイントとなるところです。 この事件を知って思い出したことがあります。以前、私が勤めていたCV Sでの出来事です。私は当時経営指導員をしていました。ある店で、女子高 校生のバイトが不正をした決定的な瞬間を経営者はみて、そのことを追及し ましたが、頑として不正行為をしたことを認めません。 当時、店内にはビデオもなく、決定的な証拠はありません。結局、そのま まうやむやにせざるを得なくなり、程なくその女子高校生は店を辞めて行き ました。 決定的な場面を、見られているにも関らず、嘘をつき通す人間がこの世に はいるのも事実です。今回の事件で、女子高校生が嘘をついているのかどう かは分かりません。 しかし、裁く側としては、嘘をつき通す人間もいることを前提に、判断す べきだ、ということだと思います。 同じく、経営指導員をしていたときの事例です。小売業というのは万引き による被害がありますが、それ以上に多いのが内部不正といわれるものです。 経営者による管理の問題でもありますが、この内部不正をどうしても認め たがらない経営者がいて苦労したものです。 ある経営者は、毎回の棚卸で平均を相当上回る品減り(簡単にいうと、レ ジを通過せずに商品がなくなること)を出しているにもかかわらず、うちの パートさんに限って、不正をするような人はいない、と頭から決め付けてい ました。 しかし、ある日のこと偶然にも、一番信頼していた開店以来のパートさん が、不正をはたらく現場を見てしまいました。それ以降は、人が変わったよ うに店の管理体制の充実を行っていきました。 言葉を変えれば、この経営者は、自分自身の主観を、これが客観なのだと 思い込んでいた、ということです。 裁判員制度がスタートすると、様々な考えの人が裁判員となります。する といろいろな問題がでてくると思います。 大変恐ろしいことに、今回無罪になった大学教授は、もし、そのまま有罪 となっていたら本人だけでなく、その家族の人生までメチャクチャに打ち砕 いてしまったことでしょう。今後は相当大きな損害賠償請求を相手方にする 可能性もあり、すると相手の女子高校生の人生や家族も地獄へ叩き落すこと にもなりかねません。 この最高裁判決の中で、各裁判官は以下の補足意見を述べています。 「被害者の供述するところはたやすくこれを信用し,被告人の供述するとこ ろは頭から疑ってかかるというようなことがないよう,厳に自戒する必要が ある。」 「文献等に例示される典型的な論理則や経験則に限ることなく,我々が社会 生活の中で体得する広い意味での経験則ないし一般的なものの見方も「論理 則,経験則等」に含まれると解するのが相当である。」 「合議体による裁判の評議においては,このように,意見が二つ又はそれ以 上に分かれて調整がつかない事態も生じうるところであって,その相違は各 裁判官の歩んできた人生体験の中で培ってきたものの見方,考え方,価値観 に由来する部分が多いのであるから,これを解消することも容易ではない。 そこで,問題はこの相違をどう結論に結びつけるかであるが,私は,個人の 裁判官における有罪の心証形成の場合と同様に,「合理的な疑いを超えた証 明」の基準(及び「疑わしきは被告人の利益に」の原則)に十分配慮する必 要があり,少なくとも本件のように合議体における複数の裁判官がAの供述 の信用性に疑いをもち,しかもその疑いが単なる直感や感想を超えて論理的 に筋の通った明確な言葉によって表示されている場合には,有罪に必要な「 合理的な疑いを超えた証明」はなおなされていないものとして処理されるこ とが望ましいと考える(これは,「疑わしきは被告人の利益に」の原則にも 適合する。)。」 難しい言葉で述べられていますが、要するに、【若い女の子が嘘をつくは ずはない】あるいは【大学教授のようなものの中には、まれに性的に変態な 趣味をもつのがいておかしくない】というように頭から決め付けて判決を下 したのではないのか、それではダメだ、といっているのだと思います。 裁判員制度を迎えるに当たって、意識してこれらの補足意見を出したのか も知れませんが、いずれにしても、制度がスタートします。法律が国民一人 一人により身近なものになる可能性がある反面、もっともらしい被害者の一 方的な主張を鵜呑みにして裁くような危険も含んでいます。 私も含め、一般のサラリーマンや主婦は、様々な考えや癖を持つ人間に接 する機会はそれほど多くはありません。それらの経験の範囲内でしか、人を 見ることができない可能性もありますが、このことを十分に自覚して裁判員 制度を迎える必要があると思います。 では皆様,またお会いしましょう! (今回のメルマガは 進藤 洋次 が担当しました。) <本メルマガにおいて,守秘義務上必要な場合は,依頼人の承諾を得て掲 載しています。> SLN → http://www.h7.dion.ne.jp/~sln/ ブログ → http://blogs.dion.ne.jp/npo_sln/ 登録・解除 → http://www.mag2.com/m/0000115599.htm バックナンバー → http://blog.mag2.com/m/log/0000115599 まぐまぐ! → http://www.mag2.com/



