2009/08/05
絵のない画集 第449回 和田三造 海
絵のない画集 第449回 2009年8月5日号 海ではなんどか死にかけたことがあります。少年の頃、 何を思ったのか衝動的に、港の岸壁から夜の海に飛び込 み、入り江の湾口を反対側まで泳いだことがありました。 目標地の灯りが見えなくなったり、水流で沖に運ばれそ うになったり・・・無事たどり着いても、だれもほめて はくれません。もっと小さいとき、台風の近づくなか、 堤防の下の砂浜で遊んでいたら、突然大きな波が押し寄 せてきて、あっという間に波にのまれました。さいわい、 堤防の真上にいた祖父が、とっさにシャツをつかんでく れたので、海の中までさらわれずにすみました。 さて、今回の作品は・・・ ──────────────────────── 和田三造 海 ──────────────────────── 海原の波のうねりが、たぎりみなぎり、かたまり凝集し、 巨大なエネルギーとなって、海面から突き出た岩にぶちあ たる。 岩よ、くだけろ、とばかりに波濤が押し寄せる。しかし、 割れて砕けて裂けて散るのは、波の方だ。 散り果てる波は、怒りに白く泡立つが、無数の水泡は、 瞬時に消え、泡の中の空気は、空に行き、水は海に帰る。 波と岩礁のぶつかり合いは、いつまでも果てしなく繰り 返される。 それは人類についてみれば、人間同士の肉体交合の繰り 返しを思い起こさせもする。 あるいは、愛や憎しみの激情のぶつかり合いとその果て、 また暴力の反復の歴史か・・・しかし。 そうした観念を、海に見るのはむなしい。 人間の世界をさまざまに解釈しようとする言葉を、海の 情景と動きに見るのは間違いだ。 そこから、自分の感覚や思考に役立つアナロジーを得よ うとするのは、むだなことだ。 海は、ただひたすら眺めればよい。ぼんやりと、たより ない思いでいてもいい。 無限に繰り返す波の運動と不動の岩のかたまりを、目に するだけでいい。 それからなにかを学ぶ必要はない。 どこからか海の声が聞こえるーー われて砕けてさけて散るのは、おまえの言葉だ、と。 たしかにそのとおりだ。 海によって、自分の無知と無能を知らされるのは、快感 だとさえ言える。 * * * 作年不詳 石橋美術館所蔵 画像はこちら: http://hw001.gate01.com/kko-ran/enonai/pic/wadasanzo-.jpg *ブリヂストン美術館「うみのいろ うみのかたち」展にて、 展示されています。(2009.7.11〜2009.10.25) http://www.bridgestone-museum.gr.jp/exhibit/index.php?id=76 和田三造(わだ さんぞう) 1883年生、1967年没 ────────────────────────── 次回は、 『パウル・クレー 島』 を予定しています。 ─────────────────────────── いつもお読みいただき、ありがとうございます。 メッセージフォームから7月30日付で、2通のお便りを いただき感謝しております。 リクエストいただきましたホックニーとピロスマニは、 近々取りあげようと思っています。 これからもよろしくお願いいたします。 メッセージフォームはこちらです: http://form.mag2.com/thaitraete これは、まぐまぐさん提供のものです。メールアドレスや 送信者情報は、投稿内容に書き込まない限り、こちらでは知 り得ませんので、ご安心下さい。(PCのOSやブラウザの 種類によっては、使えないかも知れませんが。) このメルマガにリプライしていただいても、川谷宛にメー ルが届きますが、その場合は読者の方のメールアドレスが 使われます。 ---------------------------- 絵のない画集は、『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ から 発行しています。 購読の解除は、 http://www.mag2.com/m/0000108215.htm または、 http://hw001.gate01.com/kko-ran/enonai/ から、お願いします。 -----------------------------



