2009/06/30
絵のない画集 第442回 泰テルヲ 夜勤の帰り
絵のない画集 第442回 2009年6月30日号 6月1日は鮎漁の解禁日でした。河原では、浅瀬に入って 釣り糸を飛ばす人たちが見られます。少年の頃には早朝、 学校に行くまえに近くの川で、毛針を流して鮎を引っ掛け たものでしたが、それ以来、とんとご無沙汰です。むだな 殺生は止めたよ、と、だれから聞かれるわけでもないのに、 言い訳するのは、たんに面倒くさいだけですが。 さて、今回の作品は・・・ ──────────────────────── 泰テルヲ 夜勤の帰り ──────────────────────── 父は製鋼労働者だった。くず鉄を電気炉で溶かして、 鋳型で成型する工場で働いていた。くず鉄は、巨大な電 磁石で集められ、炉口まで運んで投入される。父はその 電磁石を動かすクレーン車を運転していた。 電気炉は一度温めると停止しないため、仕事は、終夜 終日連続だった。勤務は三交代制で、日勤は朝8時から 4時、次が4時から夜中の12時、夜勤はそれから朝8 時まで。順次5日間ごとにローテーションする。 この絵の夜勤明けは、朝と言っても、日の出のずっと 前のようだ。事務所の窓の明かりだけが、ある。そこだ けに暖かさと人間的な情感が残っているかのようだ。 薄明と言える光もまだまったくなくて、壁だけがかす かに白い。 仕事が終わったのだ。ひとびとは、工場から吐き出さ れたように、歩いていく。どこか行こうという自分の意 志や体力は、もう残っていないのか。機械仕掛けのよう な歩き方で工場から離れていく。 住まいに帰って睡眠をとるのだろうが、それも次の夜 勤のためだと思うと、うれしくもない。 三交代で働く父は無口な男だった。仕事や友だちつき あいのことを妻や子どもにすることは、ほとんどない。 休みの時は、パチンコか競輪競馬ですごす。ささやかな こずかいの中で遊び、生活に響くようなことはなかった。 そんな無趣味無教養な父を、思春期の子は軽々しく見 がちだったが、規則正しくはたらく姿は、自然にあたま に刷り込まれていたのだろう。息子は、二十歳になり学 校を卒業して働きだすことに、一抹の疑問も抱かなかっ たのだから。 父は、三十年間、三交代で働き続けた。 * * * 1911年作 京都国立近代美術館所蔵 http://search.artmuseums.go.jp/gazou.php?id=150731&edaban=1 秦テルヲ(はだ てるお) 1887年生、1945年没 ────────────────────────── 次回は、 『脇田和 貝殻と鳥』 を予定しています。 ─────────────────────────── いつもお読みいただき、ありがとうございます。 読者のみなさんの存在が、なによりの励みです。 これからもよろしくお願いいたします。 お好きな絵や、面白いと思われる絵などありましたら、 こちらから、お知らせ下さい。 よろしければ取りあげさせていただきます。 http://form.mag2.com/thaitraete (まぐまぐさん提供のメッセージフォームを使っています。 メールアドレスは不要です) 絵のない画集は、『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ から 発行しています。 購読の解除は、 http://www.mag2.com/m/0000108215.htm または、 http://hw001.gate01.com/kko-ran/enonai/ から、お願いします。 -----------------------------



