2009/06/20
絵のない画集 第440回 小絲源太郎 遠雷
絵のない画集 第440回 2009年6月20日号 昨6月19日は、ブレーズ・パスカルの誕生日でした。 1623年生まれのパスカルは十代の頃から数学や物理 学の分野で画期的な業績をあげましたが、後には、その ような実用の学を軽蔑して宗教的な思索にふけり「人間 は弱い葦だ。しかし考える葦だ。」などと書き残しまし た。別の有名な言葉には「クレオパトラの鼻がもう少し ひくかったなら、世界はいまとは違っていただろう。」 があります。クレ女が不美人だったら、ジュリアス・シ ーザーもその色香に惑わされることがなく、ローマ国と それ以後の歴史が変わっていただろう・・・ということ でしょうか。 さて、今回の作品は・・・ ──────────────────────── 小絲源太郎 遠雷 ──────────────────────── 画面の上下を半分に分けて、中央、水平に道がある。 その手前は、水田。水をいっぱいに張った田んぼは、田 植えの真っ最中である。水面はどんよりとした曇り空を 映して灰色だ。その中でやけに黄色いところがあるが、 そこは雲の切れ間から顔を覗かせた太陽の反映だろうか。 真ん中の道の向こうには、家並みがある。昭和三十年 代半ばでは、農家といえども、もう茅葺きの家は少ない。 二階建ての家も見える。家の並んだ後ろには、左右から せまる丘の切れ間に、広い池が見える。池の向こう側の 土手は、松並木だろうか。すると、さらにその向こうは、 海かも知れない。 空には、大きな雲が重たそうに横たわっている。 少年の日を水田のある土地で過ごした私には、この絵 は郷愁につながる。小学校がまわりを田んぼに囲まれて いて、通学路はあぜ道が少し広げられた道だった。 小さなヘビやトノサマガエルには、毎日出会ったもの だ。田植えの頃には水田に、オタマジャクシが真っ黒に 群がっていた。ふしぎなことに空はいつもくもりだった ような記憶がある。夜になると、家にいてもウシガエル の鳴き声が、モーンモーンゴーゴーと聞こえた。 今その土地には、水田はない。あっても、新しい建造 物に挟まれて、ネコのひたいのように小さい。 建物は住宅や大型店舗で、店舗は広い平地を利用した モールや大型電気店、中古本屋や衣料店、日本全国に展 開される系列店。どこでも同じ名前と構造になっている。 今そこで暮らす少年たちは、放課後、私たちが田んぼ 道で遊んだように、ユニクロやブックオフで過ごすのだ ろうか。そして、大きくなった後、よその土地に行った としても、同じ風景なので、たやすく子供時代を思い出 すことができるのだろうか・・・ 普段は青少年のことなどには無関心な老人だが、この 絵を前にしてそんなふうに、考えてみたのであった。 * * * 1961年作 東京国立近代美術館所蔵 http://search.artmuseums.go.jp/gazou.php?id=4501&edaban=1 小絲源太郎(こいと げんたろう) 1887年生、1978年没 ────────────────────────── 次回は、 『辰野登恵子 Untitled 91-21』 を予定しています。 ─────────────────────────── いつもお読みいただき、ありがとうございます。 読者のみなさんの存在が、なによりの励みです。 これからもよろしくお願いいたします。 お好きな絵や、面白いと思われる絵などありましたら、 こちらから、お知らせ下さい。 よろしければ取りあげさせていただきます。 http://form.mag2.com/thaitraete (まぐまぐさん提供のメッセージフォームを使っています。 メールアドレスは不要です) 絵のない画集は、『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ から 発行しています。 購読の解除は、 http://www.mag2.com/m/0000108215.htm または、 http://hw001.gate01.com/kko-ran/enonai/ から、お願いします。 -----------------------------


