絵のない画集  RSSを登録する

「絵画鑑賞の本質は、その自由性にある」とむかしの人は言ったそうです。好きな絵を好きなように面白くみることを目指して、古今東西の絵画を紹介しています。このメルマガを読んで、あなたが素敵な絵に出会っていただければさいわいです。

最新号をメルマガでお届けします    
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。
2009/06/15

絵のない画集 第439回 三岸節子 静物

 絵のない画集 第439回  2009年6月15日号

  美術館の楽しみは、絵を見てその世界にひたることは
 もちろんですが、もうひとつには絵を見ている人を見ら
 れる、ということがあります。面白い、と言っては失礼
 ですが、見ていると、いろいろな鑑賞の仕方があるもの
 だと思います。ある人は、絵の前に来ると、顔がくっつ
 くほどに近付いていきます。またある人は、一枚の絵の
 前でしばらくじっとして動かなくなります。それをいつ
 までも見ているこちらの方が、かなりヘン、と言われそ
 うですが・・・

   さて、今回の作品は・・・
 ──────────────────────── 
     三岸節子 静物
 ────────────────────────

  欧米では、カラになった酒ビンを魂のヌケガラと言う
 そうだが、この四角のビンがそのようだ。
  肩を張って、正四角形の姿を見せているが、中身は、
 無さそう。まっ白でカラッポに見える。
  その隣には、丸い壺が寄りそうように立っている。
  こうして見ていると、まるでおまえと俺の姿ではない
 か。

  放蕩無頼のこんな男に、何十年もの間、よく付いてこ
 られた。エライ、と言おうか、馬鹿と言おうか。
  おれは、この酒ビンと同じに、中身がない。たましい
 はもぬけのカラだ。しかし、困ったことに、酒はいくら
 でもつぎ込める。きりがなく飲める。飲んで酔えば、好
 き勝手のし放題。ヌケガラだといいながら、おとなしく
 ない。
  ひとは俺をやっぱり、人間のヌケガラだと言うだろう。
  とっくの昔に、親の残した財産を使いつくした。名前
 や仕事とも、おさらばした。

  そんな俺と、どうしていつまでも一緒にいられるのか。
  そんなこと、聞く方がアホか。生活の苦労のうえに、
 よけいなことまで考えさせないでちょうだい、と言いた
 くなるだろう、おまえは。

  見てごらん、俺の酒ビンの肩越しに明かりが見える。
 そのうしろの方も、明るんできた。朝だ。
  おれたちの一番いい生き方は、毎日、朝をむかえるこ
 と。生きていられることがうれしいだとか、反対に、ま
 だ生きていかなければならないのが苦しい、だとか、夢
 だ、希望だとか、そんなことはどうでもいい。
  しいて言えば、朝の光に出会うこと、そうしてひとり
 でに、生きていること。

       *  *  *

 1963年作
 東京国立近代美術館所蔵
http://search.artmuseums.go.jp/gazou.php?id=4722&edaban=1

 三岸節子(みぎし せつこ)
 1905年生、1999年没

────────────────────────── 

  次回は、

 『小絲源太郎 遠雷』

  を予定しています。 

─────────────────────────── 

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。
 読者のみなさんの存在が、なによりの励みです。
 これからもよろしくお願いいたします。

 お好きな絵や、面白いと思われる絵などありましたら、
 こちらから、お知らせ下さい。
 よろしければ取りあげさせていただきます。
 http://form.mag2.com/thaitraete
 (まぐまぐさん提供のメッセージフォームを使っています。
 メールアドレスは不要です)

  
 絵のない画集は、『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ から 
 発行しています。 

  購読の解除は、 
  http://www.mag2.com/m/0000108215.htm 
 または、 
  http://hw001.gate01.com/kko-ran/enonai/ 
 から、お願いします。 

-----------------------------
最新号をメルマガでお届け
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。

最近の記事

上へ戻る