2009/05/25
絵のない画集 第435回 磯辺行久 作品60-16
絵のない画集 第435回 2009年5月25日号 晴れた日、野山に出ると、そこは緑の爆発状態です。 いろいろな形の葉っぱから、酸素が噴出しているので しょう、目には見えませんが。葉の色の緑も木によっ てさまざまです。でも、木の名前はほとんどわかりま せん。どうせ人間の都合でつけたものだから、と言っ てあまり気にしない様にしていますが、やはりくやし いので、むかし浮気っぽい男のことを「キが多い」の シャレで材木屋なんて言ったなぁ、なんて言ってごま かしています。 さて、今回の作品は・・・ ──────────────────────── 磯辺行久 作品60−16 ──────────────────────── あなたに、青春の忘れ物があるとすれば、その在り 場所はここだ。 コンクリートの壁に取り付けられた鉄の扉の中。 緑色の扉は、両側に引かれて開くようになっている。 扉の引き手の位置から見て、扉の高さが結構あるこ とがわかる。 明るい若草色で塗られているが、色のかすれやはが れのせいで、鉄の扉がいっそう重たく見える。 青春に思い出はない。 思い出という言葉には、ひとと共有する楽しさや、 あまさがある。苦味があるとしても、それはほろ苦い。 楽しさもあまさもほろ苦さも、ひとはみずから望ん で、思い起こし味わうものだ。 青春には、能動的に思い起こすようなものはない。 だから、青春には思い出はない。 あなたの青春とそれ以後を隔てるのは、なにか。 それは、自らの生の終りに対する意識のあり方だ。 青春の時には、だれも自分の生に終りがあることを 意識しない。わかろうとしない、と言ってもいい。 あなたが、生の終りを、たしかに自分に起こること だと、理解できる時、あなたの青春は終る。 それは年令によるものではない。 青春には思い出はない。わすれものがあるだけだ。 捨てられた記憶。捨てたことさえ忘れている。 捨てた理由も思い出せない。 雨上がりの、空にまだ雲の残る光の中で、この扉の 前に来て、あなたは、今日、その引き手を引くがいい。 わずかに開いて、かろやかな青い色がのぞいている、 扉のなかに、あなたはなにを忘れてきたのだろう。 * * * 1960年作 国立国際美術館所蔵 http://search.artmuseums.go.jp/gazou.php?id=50028&edaban=1 磯辺行久(いそべ ゆきひさ) 1936年生 ────────────────────────── 次回は、 『熊谷守一 岩殿山』 を予定しています。 ─────────────────────────── いつもお読みいただき、ありがとうございます。 読者のみなさんの存在が、なによりの励みです。 これからもよろしくお願いいたします。 お好きな絵や、面白いと思われる絵などありましたら、 こちらから、お知らせ下さい。 http://form.mag2.com/thaitraete よろしければ取りあげさせていただこうと思います。 絵のない画集は、『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ から 発行しています。 購読の登録と解除は、 http://www.mag2.com/m/0000108215.htm または、川谷香蘭のホームページ、 http://hw001.gate01.com/kko-ran/enonai/ から、お願いします。



