2009/04/20
絵のない画集 第428回 浅野弥衛 作品
絵のない画集 第428回 2009年4月20日号 ここしばらく、フランス19世紀後半の作品が続いたので、 ちょっと離れてみようと思います。基本的には、思いつく まま、出会うまま、がモットーのメルマガですが、今回か らは国内美術館で見られる作品をいわゆるひとつのアンカー、 錨にしてみるつもりです。もちろん、例によって、川谷の ことですので、「つもり」はマージャンだけにしてよ、と 言われそうですが・・・ さて、今回の作品は・・・ ──────────────────────── 浅野弥衛 作品 ──────────────────────── これは手紙ですかね。 まぁ、そんなものでしょう。 とすると、だれがだれにあてたものかな。 多分、読まれることがない相手あてに・・・ 書いたのは、あなたでしょう。 わたしが?だれに? いま老年のあなたが、十代のあなたあてに・・・ たしかに、それでは読まれるはずがない。 タイムマシンでもなければ、とどけることさえ出来ない もの。 話がもどって申し訳ないが、どうしてこれが手紙、だと いうのか、説明させてください。 つまり、殴り書きやメモのたぐいではなく、だれかが、 だれかに意志を伝えようとしているのだと、いうのは、 この画面で上下左右の余白を。きちんと取っていることが 証拠なのです。 見て下さい、画面の四辺は線引きして、端からしかるべ き幅を取っている。 その内部に書かれているのが、手紙なのです。 でも、契約書や役所に出す文書もそういう形態になって いるのでは。 そんな文書のことはやめて下さい、契約書や役所なんて! それじゃ、どんなことを書いたのですかね、わたしは? それは、ひとめでわかるじゃありませんか。 いきおい、ということですよ。 生きる力、それは腕にある、ということですよ。 あたまやこころではなく、ということですか。 ひとはその腕で生きる、ですか。腕のいきおいで生きて いく・・・ そうです、まず手で筆を取れ、そして描け、腕を動かせ。 くよくよしたり、明日のことをあれこれ考えるのは、そ のあとでいくらでもできる・・・ たのもしい助言です。青春のひとにふさわしい言葉だ! * * * 1978年作 三重県立美術館所蔵 画像は美術館のホームページにあります: 作者別一覧 「あ行」→ 浅野弥衛 「作品 1978(昭和53)年 油彩・キャンバス 65.5×91.0」 http://www.pref.mie.jp/bijutsu/HP/jp/index_collect.htm 1978年の「作品」は二つありますが、大きさで区別 できます。 浅野弥衛 (あさの やえ) 1914年生、1996年没 ────────────────────────── 次回は、 『元永定正 作品』 を予定しています。 ─────────────────────────── いつもお読みいただき、ありがとうございます。 読者のみなさんの存在が、なによりの励みです。 これからもよろしくお願いいたします。 お好きな絵や、面白いと思われる絵などありましたら、 こちらから、お知らせ下さい。 よろしければ取りあげさせていただきます。 (まぐまぐさん提供のメッセージフォームを使っています) http://form.mag2.com/thaitraete 絵のない画集は、『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ から 発行しています。 購読の解除は、 http://www.mag2.com/m/0000108215.htm または、 http://hw001.gate01.com/kko-ran/enonai/ から、お願いします。 -----------------------------



