2008/10/25
絵のない画集 第394回 岩佐又兵衛 虎図
絵のない画集 第394回 2008年10月25日号 岩佐又兵衛の父は戦国大名でしたが、親方筋の織田信長に 謀反したため、妻子を処刑されます。この時まだ2歳だっ た又兵衛は、辛くも乳母によって助けられて生き延びまし た。成人後は武士の道を捨て、才能を活かして絵師となり、 信長の次男信雄や豊臣秀吉、松平忠直などをパトロンとし て、京都、福井と移り住み、73歳の年に江戸にて生涯を 終えました。 さて、今回の作品は・・・ ──────────────────────── 岩佐又兵衛 虎図 ──────────────────────── ふつう虎と言えば、どう猛とか凶暴と形容されますが、 この虎はなんとも弱そうです。 四つ足で立っていますが、獲物をねらう素振りはなく、 腰を竹の幹に巻き付けて、何かにおびえているように見え ます。 それにおなかもへっているようです。その証拠に、腹部 の縞模様がへこんでいます。 この時代つまり戦国時代には、虎のテリトリーである、 この竹林にやって来る人間は、戦争で怪我をして死にかかっ た人ばかり。誇り高い虎は、決して死んだ獲物を口にしま せんから、それは食べられないのです。 それにネズミやタヌキなど小動物は、飢えた人間どもが 食べ尽くしてしまいました。 ですから、虎はいつも腹をすかしているのです。 だんだんに毛も抜けて、ツヤもなくなっていきます。 そのうえ、今は怖いものが目の前にあります。 人間たちの殺し合いです。 敗軍の武将が竹林に追いつめられて、足軽や農民によっ て、なぶり殺しにあっています。 武将の命が果てると、今度はその首をめぐっての争いで す。足軽や農民たちが、ほうび目当てで武将の首の奪い合 いをはじめました。 足軽の一人が切り落とした首をさっと横から、農民がさ らっていきます。すると、別の足軽がそれを追いかけて、 農民の足をつかめば、農民は首を別の農民に投げ渡します。 それに向かって、足軽の集団がドット飛びかかれば、農民 は持っていた首を遠くに蹴り上げました。 早い話が、足軽組と農民組に別れての、首をボールに見 立てたラグビーです。 竹の陰に隠れて見ていた虎は、あまりのむごたらしさと、 面白さにあきれて、あんぐりと口を開けて、あごが外れそ うになっています。 * * * 作年不詳 東京国立博物館所蔵 (福井の旧家金谷家に伝来した金谷屏風の一枚です) 辻惟雄・著「岩佐又兵衛―浮世絵をつくった男の謎」に所収 http://www.amazon.co.jp/dp/4166606298/ref=nosim/?tag=enonagash-22 岩佐又兵衛(いわさ またべえ) 天正6年(1578年)生、慶安3年(1650年)没 ────────────────────────── 次回は、 『曽我蕭白 虎図』 を予定しています。 ─────────────────────────── 絵のない画集は、『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ から 発行しています。 購読の解除と登録は、 http://www.mag2.com/m/0000108215.htm または、 http://hw001.gate01.com/kko-ran/enonai/ から、どうぞ。 -----------------------------


