絵のない画集 第388回 ファブリティウス ごしきひわ
絵のない画集 第388回 2008年9月25日号
レンブラントの弟子として名をあげたカレル・ファブリ
ティウスは、アムステルダムからデルフトに活躍の場を移
した数年後、デルフト武器庫の火薬爆発により倒壊した家
の下敷きとなって一命を落とします。彼の死と共に、多く
の作品もまた、失われてしましました。その後、ある文人
が彼の画業を讃えて、こんなふうにうたいました――
しかし、彼は炎の中から不死鳥となってよみがえる
見よ、その絵筆は、
あのフェルメールに受け継がれているではないか
さて、今回の作品は・・・
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ファブリティウス ごしきひわ(五色鶸)
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デルフトとハーグの間の街道筋に旅籠「空飛ぶ風車」亭が
ありました。
1654年秋の夕暮れ、突然の激しい雨風に、宿の亭主が
店を閉めようとしたところ、一人の男が駆け込んで来ます。
「ああ、ひどい天気になったもんだ。ご亭主、体が濡れて
寒いので、熱い飲み物とあったかい飯をくれぬか」
「ようがすよ、ちょっとお待ちを」
熱いワインと、ほかほかのじゃがいもが出されると、男は
がつがつ、ぐいぐいと飲み食いし、一息ついて言いました。
「ご亭主よ、今夜のうちにデルフトの町まで行くつもりだっ
たが、この雨風ではそれもかなわぬようじゃ。こちらで一晩、
泊めていただけようかの」
「もちろん、ようがすよ、うちはそれが商売で」
「それではよろしくたのむ。そこで、ちくと言いにくいこと
じゃが、今夜のうちにデルフトの家まで帰るつもりでいたの
で、持ち合わせが少ない。支払に足らぬ分は、しばし借りと
いうことにしてもらいたいのだが」
「わかりやした、そういうご事情なら、不足分はまたのお越
しの時で結構で」
強欲とはほど遠い、気の良い亭主です。
明けて次の日は、夕べとはうってかわって良い天気。
朝ごはんをさっと済ました男は、
「それでは、ご亭主、お世話になった。このまま去りゆくの
では、いささか心残りがする。わたしは絵を描くのが仕事な
ので、借金の証文がわりに、ひとつこの食堂の壁に絵を描か
せていただこう」
ヘンな絵でも描かれたら面倒だな、でもすぐに漆喰を塗っ
て消せばいいか、などと亭主が思っている間に、男は筆と
絵の具を出して、描き始めます。
絵は、雀ほどの大きさの小鳥です。顔が茶色で、羽がとこ
ろどころ黄色です。その鳥が、巣箱の前の止まり木にいます。
この程度の大きさなら、消すのに苦労をしないや、と亭主
が思っていると、世話になった、それでは失礼、と言って、
男は行ってしまいました。
すぐにでも、塗り消そうと思っていた亭主ですが、少しの
あいだ眺めていると、小鳥のとまっている半円形の止まり木
と巣箱が、平らな壁から飛び出ているように見えてきます。
いちど、そのように見え出すと、そのあとは目に入るたび
に本当の巣箱や止まり木があるように見えます。
そのうえ、小鳥も生きているようです。
小鳥の四角い茶色の顔を見ているうちに、亭主は小鳥がか
わいくなって、頭をなでてやろうと、指をのばします。でも、
指が触れるのは、絵の具を塗った壁でした。
ある日のこと、亭主が食堂に入ってみると、その小鳥が見
当たりません。巣箱と止まり木だけになっています。
あれま、おかしなこともあるもんだ。かわいい小鳥はどこ
行った、と亭主が途方に暮れていると、ちちちっと鳴き声が
します。
と、どこからか小鳥が飛んできて止まり木に止まります。
指を伸ばしてみますが、触れるのは小鳥の毛ではなく、
やっぱり壁の絵の具です。
こんなことが何度かあった後のある日、先だっての絵描き
が、ちょうど通りがかったので、と借金を返しにやってきま
した。
亭主は待っていましたとばかりに、男に言います。
「りっぱな絵描きさん、あなたの絵はたいしたもんだ。小鳥
が生きているよう。飛んで行っちまうんだ。お金なんかどう
でもいいよう、お願いだから、小鳥が飛んでいってしまわな
いようにしてくださいな」
それを聞くと男は、おやすいご用、と、すぐに小さい筆を
取りだして、鎖紐を描きました。小鳥の足首に付けた鎖の端
は、大きな輪っかで止まり木に付けました。
それで、小鳥は飛び立つことがなくなって、亭主は安心し
ました。小鳥は、ひまわりの種をもらってうれしそうに鳴き
ました。
その次の日、デルフトからの便りがあって、おととい武器
庫の大爆発があって人死にが出たと言うこと。その中には、
高名な画家のファブリティウスもいたそうな・・・
それを聞いた亭主は一瞬、それはあの画家のことか、と思
いましたが、小鳥の鎖を描き加えてくれたのは、爆発のあっ
たという日の次の日だったので、きっと違う絵描きのことだ
ろう、と考えました。
しかし、亭主は気がついていなかったのです、昨日「空飛
ぶ風車」亭に来た画家は、鎖紐を描き加えたあと、絵の下に
サインを入れていたのです、C .FABRITIVSと。
* * *
1654年作
マウリッツハイス美術館所蔵
" The Goldfinch "
http://www.mauritshuis.nl/index.aspx?chapterid=2340&contentid=17233&SchilderijTop10SsOtName=Inventarisatienummer&SchilderijTop10SsOv=605
カレル・ファブリティウス(Carel Fabritius)
1622年生、1654年10月12日没
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次回は、
『モーヴ 羊たちの帰還、ラーレンにて』
を予定しています。
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