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2008/09/20

絵のない画集 第387回 ポッテル 雄牛

 絵のない画集 第387回  2008年9月20日号

 パウルス・ポッテルは、画家の父から手ほどきを受け、
 若くしてデルフトの画家職人組合員に選ばれました。
 初めの頃は他の画家と同じに、聖書を画題にして描い
 ていましたが、「カナーンの地に入るアブラハム」で
 は「主人公よりも、彼が引き連れている牛の群れの方
 がりっぱだ」と言われ、それからは牛の絵を多く描き、
 「牛のポッテル」と呼ばれるようになりました。

  さて、今回の作品は・・・
 ──────────────────────── 
    ポッテル 雄牛
 ────────────────────────

  横向きの雄牛が、画面の真ん中に立っている。
  その姿はまさに威風堂々。
  顔をこちらに向けて、短い角を左右に水平に突き出し
 て、カッコいい。
  からだ全体は明るい茶色だが、おなかにはたてに白い
 模様が入っている。見ようによっては、アメリカ大陸を
 たてに伸ばしたような形に見えなくもない。

  雄牛のおしりの下には、牧場が遠くまで広がっている。
  頭がわには木が立っていて、牧人のおじいさんがその
 かげから、牛をのぞいている。雄牛の威厳に負けた、と
 言うような表情をしている、と言えなくもない。
  木の根本には、もう一頭、顔のまっ白な牛がこちらを
 向いて、足をきちんと折りたたんで坐っている。
  牛のそばには、羊の親子が小さくなって坐っており、
 横にはヤギが一匹、牛と顔を並べてたっている。

  木と牧人と羊たちが、画面の左側に押しやられ気味の
 構図は、少し不可解と言えなくもない。
  画家にとっては、雄牛を中央におくことが、まず第一
 だったのだろうか。

  雄牛の体つきは、ほんとうに堂々といるが、それだけ
 ではない。
  その顔をよくみると、なんだか悲しそう。
  その悲しさは自分のことではなく、見ているこちらへ
 の慈悲だろうか。慈愛のまなざしである。
  女性からは、癒し系、と言って好かれそうだが、わる
 く言えば、すばしっこさや目端が利くと言ったところは
 まったくないので、非金融系で経済には恵まれまい。
  だから、一緒になりたいと思うひとは、いないかも知
 れない。
  残念なことだ。

  しかし、そんなことはどうでもいいのだ。
  雄牛を見ていると、まじめな、真摯な気持ちになる。
  なにか善いことをひとつでもしなければいけない、と
 いう気になる。
  ありがたいことだ。  

     *  *  *

 1647年作
 マウリッツハイス美術館所蔵
 " The Bull "
http://tinyurl.com/625m2c
http://www.wga.hu/art/p/potter/y_bull.jpg

 パウルス・ポッテル(Paulus Potter)
 1625年11月20日生、1654年1月17日没

 ────────────────────────── 

  次回は、

  『ファブリティウス ごしきひわ』

  を予定しています。 

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