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2008/06/03

「落語に見るオモシロ江戸風俗」 ●三方一両損

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━━ら━く━ご━と━お━え━ど━の━━━━━━━━━━━━━━━━━

 3分で読める! 「落語に見るオモシロ江戸風俗」

   平成弐拾戊子年水無月参日 其の弐佰弐號 (2008/06/03 No202)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━お━━し━ろ━ば━な━し━━

 江戸の町奉行の中でも 名奉行と言えば
    当然 この方?

●三方一両損
                                                                   
 三両と印形、書き付けの入った財布を拾った白壁町の左官の金太郎。書き
付けらか、落とし主が神田竪大工町の大工熊五郎だとわかり、財布を届けて
やることに・・・・

金太郎「財布を落とした間抜けな野郎の家はここか。イワシの塩焼きで一杯
   やってやがら。呑むんなら、もっとさっぱりしたモンで呑め。」
熊五郎「誰だ、用があるならこっちへ入れ。」
金「おめえ、今日、柳原で財布を落としたろう。」
熊「どこで落としたかわかってりゃあ、自分ですぐに拾うじゃねぇか。」
金「俺が拾ったんだ。さあ、中をあらためて受け取れ。」
熊「なるほど、俺の財布だ。印形と書き付けは、大事なものだから、もらっ
 ておくが、銭はいったん俺のふところから出たもんだ。銭は俺のもんじゃ
 ねぇから、持って行け。」
金「手前の銭なんざもらっていくほど、弱い尻はねえんだ。」
熊「なんだと、この野郎、まごまごしてると、ひっぱたくぞ。」
金「殴れるもんなら殴ってみろ。」
熊「よーし、おえつらえなら!」

 とうとう、二人で取っ組み合いの喧嘩。熊五郎の大家が止めに入り、熊公
の様な乱暴者は、南町奉行大岡越前様に訴えて、お白洲の上であやまらせる
からと、金太郎を帰らせる。自分の長屋へ帰った金太郎、話しを聞いた自分
の大家から、向こうが訴えるのを待っている事はない、こっちから訴えろ、
と言われ、願書をしたためた為、双方から南町奉行所へ訴えが出た。やがて、
奉行所からお呼び出し。双方、大家が付き添って、ずらりとお白洲へ並ぶ。

越前守「神田竪大工町大工、熊五郎。その方、いんぬる日、柳原において、
   金子三両、印形、書き付け取り落とし、これなる白壁町左官、金太郎
   なるものが拾いとり、その方宅へ届けつかわしたるところ、金子は受
   け取らず、乱暴にも金太郎を打ち打擲(ちょうちゃく)に及んだと言
   う願書の趣であるが、それに相違ないか。」
熊「落っこったぐらいはわかってますがね、江戸っ子ですから、後ろを振り
 返ったり、拾ったりすりゃ、みっともねぇことをしやがると思われるから、
 さっぱりして良い心持ちだと、家へ帰ってイワシの塩焼きで一杯やってる
 と、この野郎が、お節介にも財布を届けに来やがった。『印形と書き付け
 は、もらっておくが、銭はいったん俺のふところから出たもんだ。銭は俺
 のもんじゃねぇから、持って行け。』って言ったんですが、こいつがどう
 しても、持って行かねぇんで。こいつの身のためを思って親切に『持って
 行かねぇと、ひっぱたくぞ。』と言ってやると、『殴れるもんなら殴って
 みろ。』と言いますから、当人がそう言うものを、また殴らないのも角が
 立つだろうと思いまして、ポカリと・・・」

越「面白い事を申すやつじゃ・・・さて、左官金太郎、その方、何ゆえ、そ
 のみぎり、熊五郎より、金子を受け取らぬのじゃ。」
金「お奉行さん、見損なっちゃいけねぇぜ。そんな金を猫ばばするような、
 そんなさもしい了見なら、あっしは今時分、棟梁になってるよ。人間は金
 を残すような目にはあいたくねぇ、どうか出世するような災難に遭いたく
 ねぇと思えばこそ、毎朝、金比羅様にお灯明をあげて・・・」

越「両人とも、金子は受け取らぬと申すのじゃな。なれば、この三両は、越
 前が預かりおく。ついては、その方どもの正直にめで、両人にあらためて、
 二両ずつ、褒美をつかわすが、この儀は受け取れるか。よし、両人に褒美
 をつかわせ、双方とも受けてくれたか。このたびの調べ、三方一両損と申
 す。熊五郎、その方、金太郎が届けしおり、受け取りおかば三両になる。
 金太郎も、そのおりもらいおかば三両になる。しかるに越前、これに一両
 を足し、双方に二両ずつつかわす。いずれも一両ずつの損と相成る、あい
 わかったか。・・・だいぶ調べに時を経たようじゃ、両人空腹に相成った
 であろう、これ、両人に膳部を取らせ。」
金「へぇ、ここでご馳走になるんですかい?熊五郎、見ろよ、鯛だぜ、お前、
 この前イワシの塩焼きで一杯やってたろう、たまには、こういうもので酒
 を呑め。」
熊「こりゃ、うめえや。これから腹が減ったら、二人でちょくちょく喧嘩し
 て、ここへ来よう。」
越「これこれ、両人。いかに空腹だとて、腹も身の内じゃ、あまり食すなよ。」
金「なぁに、多かあ(大岡)食わねぇ。」
熊「たった一膳(越前)。」



●能書き

 一連の「大岡裁き」と呼ばれる「名裁判」が講釈となり、講釈から落語に
移されたものです。元ネタは、京都所司代を親子二代に渡って勤めた、板倉
勝重(1545〜1624)・重宗(1586〜1656)の名判決を収めた「板倉政要」にある
のですが、講釈で「大岡政談」として、大岡越前守が裁いた事になり、江戸
時代から口演されている噺です。

 話中で、熊五郎の大家が、熊五郎の乱暴を奉行所に訴えますが、この様に
大家が自分の店子を引き連れて訴える事を「召し連れ訴え」と言います。大
家さんは、江戸では「大家と言えば親も同然」とまで言われ、店子に権力を
持ち、町役人でもある大家さんは、当然、奉行所の下級役人とも顔なじみで
すから、召し連れ訴えをすれば、確実にお取り調べとなり、店子に黒の判決
が出ます。

 今回は「大岡裁き事情」について、お話しします。大岡越前守は、江戸中
期の延宝五年(1677)の生まれ。享保二年(1717)、時の将軍・徳川吉宗の大抜
擢により、五〜六十歳にならなければ就任出来なかった江戸町奉行に、四十
一歳と言う若さで就任し、元文元年(1736)まで、十九年間に渡り、江戸南町
奉行の職を勤めました。その公正なお裁きは、いずれも「大岡裁き」として、
今回お届けした「三方一両損」同様、後の世の人に伝えられます。

◎一人の子供に、二人の女性が「自分が母親である」と名乗り出ました。越
前は、お白洲で、二人の自称母親に、子供の手を両方から引っ張る様に命じ
ます。両方から手を引っ張られ、痛がって子供が泣き出すと、一人の女性の
方があわてて、手を離しました。すると越前は「実の子が痛がって泣けば、
それをすぐに止めるのが、真の母親」として、手を離した方の女性が、本当
の母親であると見抜きました。

◎ある村で、盗難事件が発生しました。越前は、村人全員をお白洲に集める
と、鳥カゴを用意し、「この鳥カゴの中にいる鶏は、盗人がカゴにさわると、
鳴くから、村人全員、鳥カゴにさわる様」に命じました。村人が代わる代わ
る、鳥カゴにふれましたが、鶏は一声も鳴きません。村人全員がさわり終わ
ると、「この鳥カゴには、墨が塗ってあり、鳥カゴにふれれば、手に墨が付
いて黒くなる。盗人は、鶏が鳴くのを恐れて、鳥カゴにさわったフリをした
だけで、実際には鳥カゴにはさわっていないであろう。したがって、手に墨
の付いていない者が盗人である」と言って、犯人を検挙しました。

◎ある呉服屋の手代が、風呂敷に木綿の反物を包んで、運搬中、陽気に誘わ
れて、お地蔵様の前で、居眠りをしてしまいました。目が覚めて見ると、反
物がありません。あわてて、お奉行所に訴えると、越前は「人民の安全を司
るお地蔵様が、目の前で起こった盗難事件を見逃すとは、不届きである。そ
の地蔵に縄を掛けて、召し取れ」と命じました。お地蔵様に縄を掛けるなど
は、前代未聞と言うので、大勢の町人が見物に集まり、お奉行所は野次馬で
ごったがえしました。縄を掛けられたお地蔵様に、一通りの審議が済むと、
突然、越前は、奉行所の門を閉め、集まっていた野次馬たちに、「誰の許可
を得て、奉行所へ立ち入った、許し難き事ではあるが、今回だけは、科料
(罰金)で許してつかわす」と言って、野次馬全員から、木綿の反物、一反
ずつを徴収しました。そして、その反物全部を、盗難にあった手代に見せて、
自分が盗まれた反物があるかどうかチェックさせ、盗品の反物を科料として
収めた者を、犯人として割り出しました。これが、今も東京都葛飾区東水元
にある業平山東泉寺南蔵院の「縛られ地蔵」だと言います。

 その他、講釈で有名な「雲霧仁左衛門・木鼠吉五郎・おさらば伝次」を裁
いたのも、吉宗公の御落胤(隠し子)と名乗る「源氏坊天一改行」の偽証を
暴いたのも、大岡越前と言うことになっていて、総計で百以上にもわたる
「大岡裁き」が後生に伝わりますが、実際は、越前の裁きではなく、「反物
の裁き」は中国の「包公案(ほうこうあん)」にある判例ですし、それ以外
も、越前以前の判例を元に作られた、いずれも、史実とは異なる、フィクシ
ョンです。けど、大岡越前守は、町奉行としては、江戸庶民に絶大な人気が
あり、庶民の「お奉行様はこうあってほしい」と言う願望が、多くの「大岡
裁き」を生み出したのでしょうね。



●跋

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 徳川吉宗が、まだ、御三家紀州藩主だった頃、大岡越前は、伊勢山田町奉
行でした。伊勢松坂の百姓が、隣接する山田領内に勝手に入り、山林を伐採
して困る、と言う訴えが出ました。しかし、松坂は、御三家・紀州藩の領内
なので、歴代の山田町奉行は、御三家のご威光をはばかって、明確な判断を
しませんでした。しかし、山田町奉行になった越前は、すぐさま、吟味して、
非のある松坂の百姓三名を処罰しました。これが、紀州藩主だった吉宗の耳
に入り、吉宗は、大岡越前は、権力に屈しない正しい裁きをする者と感心し、
やがて、吉宗が将軍になると、ただちに大岡越前を江戸町奉行に取り立てた
・・・ちょっと、江戸通の方なら、この逸話はご存じだと思います。立派な
大学の先生や、江戸の史学家さんたちが書かれた本でも、大まじめに取り上
げている逸話です。けど、よく考えてください、当時の大岡様は、山田町奉
行。所管の山田領内でのごたごたは裁けますが、所管の違う松坂の領民を裁
いて、処罰する事は出来ないのです。この様な支配が違う土地間のごたごた
は、江戸の評定所(ひょうじょうしょ・現代の最高裁判所?)で裁く事にな
るので、私は、この逸話もフィクションだと思います。

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