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ベートーヴェンの音楽を語ります。「不屈の精神力で苦難を克服した超人、偉大なる芸術家」とかいう先入観は捨て、人間味溢れるベートーヴェンの音楽そのものを純粋に楽しみましょう。

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2007/07/22

ベートーヴェン音楽夜話 WoO.44

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【ベートーヴェン音楽夜話】 WoO.44  2007年7月22日(日)

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CONTENTS WoO.44

ピアノ・ソナタ 第16番 ト長調 op.31-1

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ピアノ・ソナタ 第16番 ト長調 op.31-1

【作曲】1803年4月
【初演】不明
【出版】チューリヒのジャンジョルジュ・ネーゲリ社(1803年4月)/ボンの
ジムロック社(1803年6月)
【演奏時間】約25分
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ピアノ・ソナタ第16番は1803年4月に出版されました。作曲を始めたのは
1802年秋以降。あの『ハイリゲンシュタットの遺書』を書いた直後のこと
です。遺書についてはまた改めて述べますが、いうまでもなく、ベートーヴ
ェンが聴覚の衰えに絶望し、死をも意識した、精神的にも大変な時期でした。

しかし、この前後におけるベートーヴェンの作品には、遺書に書かれていたよ
うな絶望感が全く感じられません。むしろ創作が乗りに乗ってきてますます充
実しているのです。次の作品リストを見れば一目瞭然です。

※以下、1802年創作作品をピックアップしたリスト
op.30-1 ヴァイオリン・ソナタ第6番
op.30-2 ヴァイオリン・ソナタ第7番
op.30-3 ヴァイオリン・ソナタ第8番
op.31-1 ピアノ・ソナタ第16番
op.31-2 ピアノ・ソナタ第17番《テンペスト》
op.31-3 ピアノ・ソナタ第18番
op.33 ピアノのための7つのバガテル
op.34 ピアノのための創作主題による6つの変奏曲
op.35 ピアノのための《プロメテウスの創造物》の主題による
     15の変奏曲とフーガ
op.36 交響曲第2番

ニックネーム付ソナタ《テンペスト》以外は、一般ファンの認知度は低いかも
しれません。しかし、いずれもかなりの力作であり、「傑作の森」と呼ばれる
op50〜60番台にかけての作品群を予感させます。下品な表現ですが、私はこ
のリストを見ているだけでヨダレが出てきます、聴きたくて聴きたくて。

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ベートーヴェンは耳が聞こえなくなる自分の運命を呪い絶望的な気持ちになり
ました。が、手紙(遺書?)を書いているうちに、絶望感が悔しさに変わっい
きました。悔しさはやがて怒りとなり、最後には「こんなことで死んでたまる
か!」という叫びになるのです。ベートーヴェンを語るとき「彼は不屈の精神
力で絶望感を乗り越えた」という表現が出てきます。確かにその通りなのです
が、美しく気高い精神的勝利というよりも、むしろ「開き直り」に近かったの
ではないかと、私は考えることにしています。その方がずっと人間らしいし、
現に彼は喜怒哀楽が激しい、生身の人間だったのですから。

手紙を書いたことがきっかけとなり、ついにベートーヴェンは作曲家として一
生生きていくと決意を固めました。手紙は投函されることんなく、生涯封印さ
れたのです。

ピアノ・ソナタの話題に戻りましょう。
このソナタには珍しくも特定の献呈者がありません。これだけでなくセットで
出版された第17番《テンペスト》も献呈者がないのです。ベートーヴェンは会
心の作品は必ず大切な方へ献呈しています。適当な人物がその時期たまたまい
なかったのか、はじめから自分のために書いたからか、精神的にいろいろなこ
とがあり、献呈なんてことを考えられなかったのか、いずれも定かでありませ
ん。

ベートーヴェンはチューリヒのネーゲリ社の出版用に3つのソナタを書くと約
束しました。2曲しか間に合わず16番と17番のセットとして発売されるので
すが、同時期ベートーヴェンの弟カスパールはライプチヒの出版社にも売り込
みをしていました。二人は作品の出版をめぐり口論、時には殴り合いの喧嘩を
したと、リースの証言があります。

また、属啓成氏の「ベートーヴェン」作品編にはこのソナタについて重要な2
点のことが書かれています。作品を書くきっかけは、ある女性から「もっと大
胆で異端的ソナタ」の作曲を頼まれたこと。当時のベートーヴェン自身もそれ
までの作品に不満な点があり、独自の新しいものを書きたい、という考えを持
っていたこと。確かに以前の曲と聞き比べると、一風変わった雰囲気の音楽に
変化しているのがわかります。

結局カスパールの売り込みの方を断り、というより仲違いしてベートーヴェン
は当初の予定通りチューリヒの出版社へ楽譜を直送するのですが、出来上がっ
た楽譜はベートーヴェンの怒りを買うものでした。ところどころに間違いを見
つただけでなく、第一楽章途中に出版社が勝手な判断で加えた4小節があった
からです。激怒したベートーヴェンは同曲の改訂版をボンの出版社から発行さ
せました。なるほど、だからわずか3ヶ月違いで、ダブルで出版されていたの
ですね。

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【第1楽章】アレグロ・コン・ブリオ
ころげ落ちるような音型で始まると、なんだか不安定なリズムの和音が続きま
す。微妙に音がズレていてエコーのような効果。感じ方によっては「めまい」
してしまうかも。故園田高広さんのホームページにこの作品についての記載が
あるのですが、第一楽章を聴いたある女性が「最初から最後まで両手がそろう
ことがなかった」というコメントを寄せたとか。笑ってしまうけれど、確かに
初めて聴いた時私も不思議な気持ちでした。左手は八分音符でベース音を続け、
一方の右手は常に16分音符分先にずれてリズムを取るのです。こういう説明で
は「いったいなんのこっちゃ?」とイメージがわかないかもしれません。興味
のある方は楽譜店で実際の楽譜を見てください。これはまさにベートーヴェン
が得意とする音楽的悪戯です。弾き手を悩ませ、聴き手を煙に巻く、という。
悪戯ばかりでなく、普通のフレーズもあります(笑)。が油断しているうちに
ちょくちょくズレのフレーズが出てきてハラハラさせられ、最後はあっけない
フィナーレ。

★こちらでMIDI音源が聴けます。
http://www.lvbeethoven.com/Oeuvres/Music-Midi-Mp3-Sonatas-Piano.html
※16番は第1楽章のみ

【第2楽章】アダージョ・グラチオーゾ
第2楽章はリズム的な悪戯はせず、オーソドックスな音楽。幻想曲風緩徐楽章
と表す解説もあります。確かにトリルたっぷりのメロディ。協奏曲風アドリブ
的な細かい音型、きわめて機械的なアルペジオなど、確かに幻想的ではありま
す。ロマンチックでもある。でもロマンチックさに気を取られてはいけません。
同じ雰囲気の曲が細かく変化している点に注目しましょう。メロディは自由に
踊り出し、アルペジオは単音が複数音構成に変わり、調を変え、右手から左手
にメロディをバトンタッチ、等々、よく聴くとさまざまな趣向が凝らされてい
ます。ベートーヴェンは即興演奏の名人でしたが、実際の即興演奏はこんな風
に行われていたのではないか、と想像させてくれるんですね。おだやかな音楽
がめまぐるしく変化する。ポーカーフェースで、それでいて、心の中では「次
はこう弾くぞ、聴衆は驚いてくれるかな?」とワクワクドキドキしながら演奏
するベートーヴェン。演奏者対聴衆の静かなバトルのようで面白い楽章です。

【第3楽章】ロンド
この楽章も終楽章にふさわしくない(笑)一見静かな雰囲気の音楽ですが、味
わい深い趣向が凝らされており飽きさせません。ごく普通のリズム、ごく普通
のメロディ。時々変拍子にも聞こえるのが不思議。もっとも注目すべきは、メ
ロディを担当する片手と対抗するように、三連符のサブメロディが常に鍵盤上
を駆け回るところでしょう。メインとサブのメロディは分散和音を間に加えつ
つ終始めまぐるしく動くのです。このなんともいえない効果が、グイグイと効
いてくるんですね。冒頭で述べたとおり一見静かな雰囲気の音楽は、力強さを
増し、まるで小川が少しずつ水を増し大河になるみたいです。最後は、アダー
ジョとプレスト、ppとffが交差し、そっけなく終わります。

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【私が聴いたCD】

POCL-4731/4
ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ全集(CD4)
バックハウス(ウィルヘルム)
ソナタ 第13番 変ホ長調 op.27-1
ソナタ 第14番 嬰ハ短調 op.27-2《月光》
ソナタ 第15番 ニ長調 op.28《田園》
ソナタ 第16番 ト長調 op.31-1

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【あとがき】

もうすぐ半年ぶりになろうという5ヶ月と3週間ぶりの配信になってしまいま
した。皆様大変お待たせしました。

ヴァイオリン・ソナタ第8番は少し後に語ることにして、今回は同時期のピア
ノ・ソナタを取り上げました。誌面でも書いたとおり、ヨダレが落ちそうな曲
揃いの作品30番台です。ピアノ・ソナタは次の「テンペスト」が素晴らしいの
はもちろん、無題の第18番は、16番とは違ったベートーヴェンの茶目っ気が
感じられる隠れた傑作です。バックハウスがライブで取り上げていて、こちら
も全集とは違う味わいがあります。

あと、忘れていけないのは、やはりop.35の変奏曲。「プロメテウスの創造物」
の終曲をテーマに変奏曲としてまとめた作品です。「交響曲第3番」の終楽章
も同じテーマを使っているためよく「エロイカ変奏曲」と呼ばれていますが、
元はプロメテウスが先なので、「プロメテウス変奏曲」と呼ぶのが正しいとい
う説もあります。聴くぶんには別にどちらでもいいのですが。これ素晴らしい
変奏曲です。聴けば、きっと「交響曲第3番」第4楽章の印象も変わるでしょう。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
WoO.45は8月にお届けいたしますので、どうかお楽しみに。
では、お元気で。

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【ベートーヴェン音楽夜話】
発行・執筆:musiker
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