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ベートーヴェンの音楽を語ります。「不屈の精神力で苦難を克服した超人、偉大なる芸術家」とかいう先入観は捨て、人間味溢れるベートーヴェンの音楽そのものを純粋に楽しみましょう。

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2005/10/02

ベートーヴェン音楽夜話 WoO.39

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【ベートーヴェン音楽夜話】 WoO.39   2005年10月2日(日)

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CONTENTS WoO.39
1.青年期のベートーヴェン(5)
2.皇帝ヨーゼフ二世の死をとむらうカンタータ WoO.87

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1.青年期のベートーヴェン(5)

★皇帝ヨーゼフ二世の死

皇帝ヨーゼフ二世が1990年2月20日に亡くなりました。ヨーゼフ二世はマリア・
テレジアの息子で、当時プロシアのフリードリヒ大王とともに並び称された有
名な啓蒙君主のひとりです。力ではなく法や制度の改正による統治という近代
的政治の基を築いた皇帝でした。音楽に対する理解も深く、国立劇場を作り、
才能のある音楽家には積極的にチャンスを与えました。「フィガロの結婚」な
どモーツァルトの傑作オペラは、ヨーゼフ二世の時代に生まれたものです。

ベートーヴェンが第一回目のウィーン留学の時に出会った人物のうち二人が特
印象に残っていたと語りました。ひとりはモーツァルト。そしてもうひとりが、
皇帝でした。ベートーヴェンの故郷ボンは、ヨーゼフの弟マクシミリアン・フ
ランツが選帝侯として治めていました。フランツも兄の血を受け継いだ穏和な
性格で、文化にも理解がありました。宮廷音楽家の仕事を通じ日常的にフラン
ツと接する機会のあったベートーヴェン。協会や劇場の仕事以外に、社交の場
にもかり出されていたはずです。ベートーヴェンはフランツを心から尊敬して
いたはずです。そして、ウィーンで会った彼の兄皇帝ヨーゼフ。フランツをひ
とまわり大きくしたその人間味に大きく感銘を受けたのでした。

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★ボン大学聴講、シュナイダー教授との出会い

19歳のベートーヴェンは、ワルトシュタイン伯爵のとりはからいにより、ボン
大学の聴講生として勉学に励むチャンスを得ます。大学で、彼はシュナイダー
教授に出会います。シュナイダー教授はギリシャ文学を講ずるとともに、革命
思想を盛り込んだ詩の朗読会、詩集の出版などを通じボン大学学生たちにおお
いに影響を与えました。ベートーヴェンは教授の哲学を聴講しました。教授と
の出会いは、彼の後の物の考え方に大きな影響を与えたのでしょう。大学以外
でも教授と接する機会をもち、文学に対する理解も深めました。シラーの詩
「歓喜」(有名な第九第四楽章の歌詞として使われたものの原形)を知ったの
もこの頃です。

また、「ボンの読書協会」という知識人たちによるグループの一員となります。
現在も続く歴史ある協会で、シュナイダー教授やワルトシュタイン伯爵もメン
バーでした。

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★追悼会企画、そして大作依頼を受ける

ヨーゼフ二世の死去の数日後、協会の会合が開かれ、亡くなった皇帝を悼む会
を行うことが決まります。シュナイダー教授は会合で追悼の言葉を述べた後、
追悼の音楽を演奏したいと提案します。ちょうど若い詩人がヨーゼフ二世の死
を悼む詩を書き上げていたので、その詩を使うことになります。さて、音楽は…、
ということで、協会に属する若い作曲家が望ましいという意見がまとまり、ベ
ートーヴェンが指名されました。

協会の会合が2月28日。追悼会は3月19日。2週間ほどの時間しかありません。
初の大曲に挑むベートーヴェンの気概は相当なものだったでしょうが、なにし
ろ時間がありません。作品は独唱と合唱とオーケストラのための5曲で構成さ
れるものでした。

この二週間、ベートーヴェンが紙と格闘した光景を想像するだけで、楽しくな
ります。20歳前後の若い音楽家が、大作にいどむチャンスを与えられたのです。
相当気合いを入れて作曲を続けていたでしょう。寝る間も惜しみ続けたのでは
ないでしょうか。

しかし、集会直前の3月17日、協会には当日の演奏が不可能であるとの報告が
届きます。「種々様々な理由により…」と明確にされていませんが、ようは、
作曲が間に合わなかったらしいのです。

理由については、セイヤーの研究書には、木管と金管パートが難しすぎたので
はないか、そしてなによりも遅筆なベートーヴェンには、日常の仕事をこなし
ながらの作業は、荷が重かったからではないか、という推測が記述されていま
す。

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★恵まれない公演チャンス

結局この作品は会に間に合わず陽の目を見ることはないままとなりました。し
かし、会に間に合わなかったとはいえ、ベートーヴェンは密かに作品を完成さ
せていました。ハイドンがボンを訪れた際に、彼に見せたと想像される記録が
残っていること。また、メルゲントハイムというボンから30キロほど離れた町
選定侯フランツと共にベートーヴェンを含むオーケストラが出張した際、カン
タータのリハーサルを行ったと、友人のヴェーゲラーが語っています。

ヴェーゲラーも、ジムロックも、管楽器のパートが難しすぎて演奏がとりやめ
になり、演奏は実現しなかったと言っていますから、さて、ベートーヴェンは
どんな音楽を書いたのでしょうか、興味があります。ベートーヴェンはいつの
日か、彼の処女大作が演奏されることを信じて、たびたび改訂をしていたので
しょう。しかし、彼の生前この作品は演奏されず、その存在すらも世間に認知
されないまま、時が過ぎていきました。

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★奇蹟は訪れる

生前演奏はおろか出版もされなかった「ヨーゼフ二世の死をとむらうカンター
タ」の写譜稿が、楽譜収集マニアであった男爵の遺産の中から発見され、後に
ピアニストで作曲家フンメルの手に渡ります。彼の死後また他の人物の手に渡
り、ウィーン国立図書館の保管されるようになりました。どういう経緯によっ
て、男爵がこれを入手したか、そして、数人の手元を経由し、最後にたどりつ
いたところがウィーンというのも運命的なものを感じます。

ウィーンでこの楽譜を確認したのはブラームスでした。ブラームスは音楽評論
家である友人のハンスリックと共に、その楽譜のいわば鑑定を頼まれたのです。
彼は「たとえ、譜面の最初のページに名前が記載されていなくとも、これはま
ぎれもなくベートーヴェンの作品である」と感動の言葉を手紙で述べています。

1884年11月23日、「皇帝ヨーゼフ二世の死をとむらうカンタータ」はウィーン
楽友協会で初演されます。その後、他の都市でも演奏されることとなります。
ベートーヴェンの死後約半世紀以上、完成から90年の時を経て、彼の処女大作
はようやく陽の目を見たのです。

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2.皇帝ヨーゼフ二世の死をとむらうカンタータ WoO.87
  〜ソプラノ、バス独唱、混声四部合唱、管弦楽のための〜
【作曲】1790年
【初演】1884年11月、ウィーン
【出版】1888年 ライプツィヒ、ブライトコップフ&ヘルテル社
【献呈】なし
【編成】独唱(ソプラノ、バス)、混声四部合唱、フルート2、オーボエ2、
    クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、弦5部

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【第一曲】合唱と独唱 〜死よ、荒廃の夜を通してうめけ ラルゴ ハ短調

弦楽器が低音でユニゾン。哀しい響きの管楽器。この冒頭のオーケストラの響
きに聞き覚えがあります。そう、歌劇「フィデリオ」第二幕で幕が開く前、こ
のおどろおどろしい雰囲気の音楽が鳴り響きます。牢獄の闇の中にいるフロレ
スタンの無念の心を表し実に効果的に使用されています。

執拗に「死よ(Tod)」という言葉を繰り返す合唱の和音が泣けるんですね。マ
イナーコードを単純に使っているだけなのですが、ユニゾンの弦楽器と合わせ、
悲愴感が漂っています。フルートの音色も哀しげです。また、合唱も美しい。

「岩よ、再び泣くがよい!」ソプラノとバスが静かに語り始める。裏でむせび
鳴くように不安定な音程の弦楽器。この部分は、モーツァルトの「レクイエム」
第7曲「ラクリモーサ」の冒頭を思い出します。

「ヨーゼフ」と何度も呼び繰り返す合唱。でも、ソロがむなしく「死んだのだ」
と語ると、あきらめたかのように合唱も「死んだのだ」と受ける。このあたり
の演出は舞台の光景がイメージされ、歌劇のようにも聞こえてきます。

歌は最後まで嘆き悲しみながらも、あきらめたかのように、長調で結びます。
木管楽器が余韻のメロディを残し第一曲が終わるのです。
 
【第二曲】レチタティーヴォ 〜狂信という名の怪物が プレスト

予断を許さない緊迫感たっぷりの弦楽器。特に低音楽器の迫力は半端ではあり
ません。私が短調か長調かわからない、とblogで書いた前奏。ここ大好きです。

レチタティーヴォということで、ほとんどバリトンの語りです。
「狂信という名の怪物が、地獄の深みからはい出て、
大地と太陽の間にひろがり、闇夜をもたらした」
という内容。まさにこれはオペラですね。

【第三曲】アリア 〜するとヨーゼフが神力を身につけて アレグロ・マエス
     トーソ ニ長調

光りのようなヴァイオリンに乗って、いよいよヨーゼフの登場です。
メチャメチャにされたこの世に、ヨーゼフが現れ、彼が怪物の頭を踏みつけた、
というのです。

朗々と歌うバリトンが素晴らしい。オケの相方とのコンビネーションも抜群で
す。歌は二度繰り返され、最後は短調が長調に転じで終結。

【第四曲】合唱付アリア 〜すると人間は光の中へと昇り アンダンテ・コン・
     モート ヘ長調

美しいオーボエのソロで始まるおだやかな歌。この曲も「フィデリオ」のクラ
イマックスにフロレスタンとレオノーレが解放された喜びを歌うアリアに転用
されています。

ヨーゼフが怪物を退治した結果、人間は光の中へとのぼり、地球がなお一層の
喜びで太陽をめぐり、そして太陽は神性の光で暖めた…、

という幻想的で美しい情景を、ソプラノが最初歌い上げ、リフレインで合唱が
加わります。合唱が加わってきた時は、思わず心が震え本当に感動します。
いつも私はこの部分で、ゾクゾクっとしています。

常に流れるオーボエのソロが光っていますね。この第三曲は、本作品の目玉と
いっても決して大袈裟ではない、傑作でしょう。

【第五曲】レチタティーヴォ 〜彼の王国の憂いから解放され ラルゴ
     イ短調

ヨーゼフが眠りについたことを語るソプラノのレチタティーヴォ。短調の憂い
を帯びたメロディが秀逸です。

王国の憂いから解放された彼は眠っている。夜は静か、ただ墓が呼吸をするよ
うに、私の頬を風がさする。嵐よそっと吹け。ここでヨーゼフが眠っている

という内容。歌詞の内容のように、ただ、静かにソプラノが切なげに、しかし
愛情を込め歌い続けます。

【第六曲】アリア 〜偉大なる忍苦の人は アダージョ・コン・アッフェット
     ホ長調

一転して長調で、弦楽器のリードと木管楽器の彩りが加わります。素晴らしい
ソプラノのアリアで、この曲も本作品の第二の目玉でしょう。

偉大なる忍苦の人はここに平和に眠っている。人類の平和を苦痛をもってめざ
し、それを生涯忘れることのなかった人

という内容。クラリネットとフルートが静かに活躍しています。

【第七曲】合唱と独唱 〜死よ、荒廃の夜を通してうめけ ラルゴ ハ短調

第六曲の最後の一音が長く延び、そのままハ短調へと導かれ、第一曲冒頭と
全く同じ管弦楽が始まります。全く第一曲の繰り返しとみなしてさしつかえ
ありません。最後、木管楽器が足どり重く、テンポを落としてそれぞれ、リ
レーし終わるのが印象的です。

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この曲を聞けるチャンスはベートーヴェンの全集を手に入れるか、海外のamazon
などで、ベートーヴェンの宗教作品あるいは声楽とオーケストラの作品集を探す
しか手だてはありません。公演されることもほとんどありませんが、今年5月に
東京有楽町で行われたフェスティバル「ベートーヴェンと仲間達」で、一度だけ
チャンスがありました。私はこのイベントを楽しみにしていたのですが、残念な
がらチャンスを逸しました。本誌読者の皆様の中に、この作品を聞けた方がおら
れましたら、ぜひご一報ください。

私はベートーヴェン全集に収録されている録音で聞いています。

【私の聞いたCD】

BEE1082
皇帝ヨーゼフ二世の死をとむらうカンタータ WoO.87
Kantate auf Tod Kaiser Joseph II WoO.887

ギゼラ・フェッティング(ソプラノ)
ハイネ=ローレ・クーゼ(ソプラノ)
インゲボルク・シュプリンガー(アルト)
エーベルハルト・ビュヒナー(テノール)
フリードリッヒ・クラウゼヴァルト(バス)
テオ・アダム(バス)
ベルリン放送ソリスト協会
ベルリン放送合唱団
ベルリン放送交響楽団
指揮:ヘルムート・コッホ

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★試聴可能な米amazonのURL

http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/detail/-/B000002ZY0/qid=1128239845/sr=1-6/ref=sr_1_6/103-0255692-6856606?v=glance&s=classical

http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/detail/-/B000001GZM/qid=1128239845/sr=1-4/ref=sr_1_4/103-0255692-6856606?v=glance&s=classical

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【参考書籍】

門馬直美 著 「ベートーヴェン」 春秋社発刊
ベートーヴェン大全集 歌曲・宗教曲・劇音楽 ポリグラム株式会社発刊
セイヤー著 「ベートーヴェンの生涯」Princeton社発刊
Thayer's Life of BEETHOVEN Volume 1 reveised and edited by Elliot Farbes

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【あとがき】

長い期間お待たせしました。
「皇帝ヨーゼフ二世の死をとむらうカンタータ」はボン時代のベートーヴェン
を語る上でのある意味で要といえるでしょう。ということは、本誌にとっても
大切な作品ということで、かなり構えてしまったことを告白します。でも、な
んとか書けてほっとしています。

今回の文章を書く上で、欠かせないのが門馬直美氏著「ベートーヴェン」でし
た。この書物は、ベートーヴェンを伝記的に追っているのではなく、さまざま
なテーマを設定し、ベートーヴェンを多角的に語っています。この本に、ボン
時代のベートーヴェンがいきいきと描かれています。また別の機会に、本の紹
介を改めてするつもりです。

もう10月になってしまいました。さて、今年中にあと何号配信できるか定かで
はありませんが、一つの山を越した気がしますので、少しリラックスし、でき
るだけ書いていきます。よろしくお願いいたします。

では、WoO.40で、お目にかかりましょう。

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【ベートーヴェン音楽夜話】
発行・執筆:musiker
URL:http://www.musiker21.com
★ご意見・感想等はこちら↓
 mailto:yawa-musiker@h9.dion.ne.jp?beethoven_yawa

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