ベートーヴェン音楽夜話 WoO.36
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【ベートーヴェン音楽夜話】 WoO.36 2005年3月9日(水)
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後期弦楽四重奏は本当に難解か
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クラシック音楽の中でもとりわけ敬遠されがちな運命にある室内楽。交響曲、
管弦楽曲などは比較的万人に愛される派手さがあるのですが、室内楽の場合、
あまりに地味な印象があって、陽があたりません。室内楽というと、渋いと
かいう先入観が強いようです。
本誌はベートーヴェンの音楽をとりあげるマガジンです。今月で二年経過する
のにわずかまだ36号と、当初の目標からはほど遠い状態になってしまいました
けれど、ベートーヴェンの音楽は、どういう音楽か?という観点で書く姿勢は
変わりありません。
時系列に彼の音楽を取りあげることにしていましたので、どうしても室内楽が
多くなります。ベートーヴェン作品1から20までは、ピアノ三重奏、ピアノ
ソナタ、チェロソナタ、ピアノ二重奏、弦楽三重奏、ヴァイオリンソナタ、ピ
アノと木管のための五重奏、ホルンソナタ、弦楽四重奏、と室内楽のオンパ
レードです。作品20番は、七重奏という珍しい編成による、これまた室内
楽。ベートーヴェン初期の作品はいわば小さな部屋で、少人数の聴衆を対象と
した音楽が主体であった、ととらえて間違いないのではないでしょうか。
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でも、ベートーヴェンは今どんな音楽が好まれているでしょう。こういう問い
に対し、誰もが当然のように答えるのは交響曲ですね。去年行ったアンケート
であらためて知らされたことは、ベートーヴェン・ファンは、やはり交響曲
ファンが圧倒的に多いということ。ベートーヴェンといえば交響曲、となるわ
けです。逆にベートーヴェン嫌いな人は?ベートーヴェンの交響曲が嫌いな人
がこれまた圧倒的に多いのではないかと想像します。好き嫌いの基準が交響曲
にあるという事実こそ、彼が交響曲作曲家と認知されている証拠かもしれませ
ん。
しかし、皆さんご承知の通り、ベートーヴェンには交響曲作曲家としての顔以
外にふたつの顔があります。まずピアノ・ソナタ。驚異のピアニストとして
ウィーンの楽壇に旋風を巻き起こした彼です。ピアノ曲における想像力は抜き
んでていて数々の傑作を生み出します。32 曲のピアノソナタは、ピアノソナ
タの新約聖書とさえ呼ばれています。
そして、なんといっても弦楽四重奏曲。第1番から第16 番と、第13 番から独
立させた「大フーガ」、合計17 曲の作品は、ハイドン、モーツァルトを継承
し、いや、ベートーヴェンの独創性を加味した最高峰としてこのジャンルに君
臨しています。
ブラームスは交響曲と同様、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を強く意識する余
り、多くの作品をボツにし、3曲のみを公表するに止まりました(もっともこ
の三曲が凄い作品でして、結果的に三曲でも充分存在感を示したといえま
す)。
作曲家たちだけではありません。評論やちょっとした軽い音楽の読み物でも、
弦楽四重奏曲こそが、彼の精神の高さを表している、崇高な音楽を究めた最高
峰、など美辞麗句が目白押しです。聞く側には敷居がきわめて高くなってい
て、ふだんは手の届かない、いえ、手を出すべきではない遠い存在の
音楽のような印象があります。
ということで、いつの間にかベートーヴェンの弦楽四重奏曲は、ごく限られた
層のための鍵付きのガラスケースに保管された宝物にされてしまいました。弦
楽四重奏が難解な音楽という上っ面の評判ばかり先行しているのも困ったもの
です。難解だ、難解だと、何回も言われ続ければ、「ああ、難しいんだ」と最
初から拒絶する、あるいは聞くのをあきらめるでしょう。こういう風潮に惑わ
され、私も弦楽四重奏曲は崇高で手の届かない音楽だと思っていました。手の
届かないものに人間は憧れるけど、敷居が高いと注目度合いは小さくなりま
す。
でも、私は疑問に思うのです。
そもそも、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲って、そんなに難解なのでしょう
か?
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★先入観をリセットして聞く
あなたの周囲にある、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲に関して上に書いたよう
な、ショーケースに飾る、あるいは、音楽の前にひれ伏す、またはヨン様なら
ぬB様のように奉る傾向の文章、解説書などを、どこかにほっぽり投げて下さ
い。燃やす必要はありませんけど、しばらく読んではいけません。
そして、あなたの記憶にあるこれら音楽に関する美辞麗句はすべてリセットし
てみましょう。何も知らない、予備知識のない方が音楽と純粋に向き合えるの
です。
そして、私は無謀な提案をします。
難解の極み、といわれている後期の作品(第12 番〜 16 番)を最初に聞いて
みましょう。「畏れ多い」などと思う必要はなく、「いきなり」聞く、そこが
重要です。
例えば、第16 番。聞けば、たちどころに親しみを覚えること請け合いです。
この作品については「クラシック音楽夜話」草創期に既に取りあげています。
草創期にいきなり最後の弦楽四重奏曲ですから、自分でも「大丈夫だろう
か?」と思いました。そこが味噌なんですね。先入観抜き出構えずに聞いてみ
ると、随分軽いタッチで、片意地はらず聞ける作品なのです。
第12 番などは、情熱的な全楽器による強奏の和音に圧倒されるけれど、あと
は明るくて快活な音楽が続き、印象的なメロディが心地よいです。海原をボー
トでスイスイ言っているような爽快感があります。
第14 番は、第一楽章が難関であることは認めましょう。いきなり観念的フー
ガですし、音楽としては、弾くも聞くもそうとう難しい部類です。和声の緻密
な動きについていくにかなり聞く経験が要求されるからです。けど、その後に
待っている第二楽章の甘い旋律が楽しめるなら、後はたやすく全曲にその耳を
委ねられそうです。
第15 番は、第一楽章のヴァイオリンに泣き、第三楽章でベートーヴェン自ら
が譜面に記したように、心と体が癒され神への感謝したい気持になれるでしょ
う。他の楽章も親しみやすい音楽の連続で、楽曲の一体感を楽しめばいいので
す。
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★まず第13 番を聞いてみよう
さて、そこで、第13番を聞いて欲しいのです。なぜなら、難しさとは無縁の最
たる作品が第13番だからです。ホント、私は、初めて聞いた時耳を疑いまし
た。「誰が弦楽四重奏曲は難解で近寄りがたいと言ったのだ!えっ?」と一人
でぷんぷん怒りたくなりました。最近は聞く度に微笑み、次第に笑いはじめて
います。このまま放っておくと、ゲラゲラとではなく、高笑いしそうで、自重
しなければなりません。
この曲は初演時、op.133 となっている大フーガが第6楽章となっていまし
た。けど、あまりに長いこと、いや、長さよりも、そのあまりの異質さに非難
ごうごう。大フーガを別の作品として独立させ、渋々ベートーヴェンは(渋々
か否かは定かではないが…)、1826 年に第6 楽章を新たに書きました。事実
上ベートーヴェン最後の作品です。
晩年のベートーヴェンの人生はかなり悲惨で、甥のカールに翻弄され、ひとり
残った下の弟とも不和が続き、金銭的にも惨めな状態でした。苦悩の人生を
送ったベートーヴェンと呼ばれるのは、この時期のことを言い表しているので
しょう。そんな悲劇的境遇のはずなのに、この最後の作品第6楽章は、人を煙
にまく、人をおちょくったような音楽なのです。
には、おどけた雰囲気を少し真面目に転じようとする懸命の努力が感じられる
(笑)。けれど、誰が犯人かはわかりませんが、いつの間にどこかおどけた様
相に戻ってしまうんです。真面目な顔をしてジョークを飛ばす役者のようで、
この部分、演奏者たちはどんな表情で演奏するのでしょう。一度見てみたい。
エンターテインナーに徹する演奏家たちをとことん楽しんでください。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲が難解だとか、精神の究みだとか言う人に感化
され、このジャンルを拒絶しているクラシックファンはまず13 番を聞いてほ
しいです。この曲に込められているのは崇高な精神でも難解な思想でもありま
せん。自由で豊かで、暖かな心なのですから。
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【第一楽章】 アダージョ・マ・ノン・トロッポ〜アレグロ
重厚な前奏部の響きから難解な短調のメロディを予想すると、意外にも長調の
ゆったりとしたメロディに驚かされます。低音楽器が主導する叙情的な調べ。
そしてヴァイオリンから始まるエコーのような効果。小刻みな音の動きが活き
活きと泳ぎ回ります。中間部のヴィオラやチェロがソロを歌う部分のハーモニ
ーが不思議な色彩を醸しだし、これが本当に二百年近く前の音楽なのだろうか
と、耳を疑うほどな新鮮さ。
【第二楽章】プレスト
わずか2分余りの短い楽章。せわしない音型が面白くたまりません。せっかち
な人間が独りよがりで静かに騒いでいるような感じでしょうか。ヴァイオリン
ソロが秀逸で楽しいです。ハンガリーやチェコの臭いのする
【第三楽章】アンダンテ・コン・モート・マ・ノン・トロッポ
この楽章も冒頭だけ聞くと、難解な音楽が始まる予感。ところが、きわめての
どかなメロディが始まります。面白いのは伴奏を担当する楽器たちの音の動き。
美しく伸びやかなヴァイオリンの調べだけに耳を奪われていてはいけません。
チェロのアルペジオがいい味を出しています。
【第四楽章】アラ・ダンツァ・テデスカ(アレグロ・アッサイ)
揺れるような舞曲風な音楽の動きで、風にゆれる草のように、なめらかに耳を
楽しませてくれます。途中は変奏曲風な展開となり、ヴァラエティに富んだ表
情になります。この楽章も3分弱。
【第五楽章】カヴァティーナ(アダージョ・モルト・エクスプレッシーヴォ)
シンプルな動きのアダージョ。各楽器が奏でるたっぷりとした音色ひとつひと
つがメロディであると同時に和音の構成音でもあります。冬将軍の到来のよう
な厳しい音型で突然始まる中間部。けれどヴィオラのためらいがちなメロディ
に再びうっとりさせられるのは、寒い夜ストーブの前でうたた寝をしてしまい、
夢から覚めた時の暖かさのよう。音楽は再び冒頭の静へと戻っていきます。
【第六楽章】フィナーレ(アレグロ)
途中から始まったような変な音型が妙にコミカルで、可笑しい。合間合間には、
おどけた雰囲気を少し真面目に転じようとする懸命の努力が感じられる(笑)。
けれど、誰が犯人かはわかりませんが、いつの間にどこかおどけた様相に戻っ
てしまうんです。真面目な顔をしてジョークを飛ばす役者のようで、この部分、
演奏者たちはどんな表情で演奏するのでしょう。一度見てみたい。エンターテ
インナーに徹する演奏家たちをとことん楽しんでください。
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【あとがき】
またもや二ヶ月のご無沙汰です。
本当は、「ピアノ協奏曲第五番」《皇帝》についてと、ベートーヴェンの日課
について書くつもりだったのですが、あれこれ考えているともっと時間がかか
りそうなので、反則ですが、年末に「クラシック音楽夜話」に掲載した弦楽四
重奏の話題を少しアレンジしてお届けします。ホームページにもこの文は掲載
してありますので、お読みいただいた方もおられるでしょうが、アクセス数を
調べると、たぶん大部分の本誌読者はご覧になっておられないであろうと判断
し、今号で取りあげることにしました。
弦楽三重奏曲、歌劇など話題はいろいろあるけれど、去年暮れから最も心奪わ
れているのが弦楽四重奏、特に後期の作品です。なにせ、全作品のスコアまで
入手したんです。もうビョーキですな。
二周年とは名ばかりの配信状況はなんとか4月から改善の方向で進めます。
配信の隙間を埋める意味で、「ベートーヴェン音楽夜話」のblogを始める計画
もあります。コメント、トラックバック等も可能としたベートーヴェンのみ話
題のコアなサイトです。いかがでしょうか?
WoO.37、話題は少し早いけれど「ピアノ協奏曲第5番」。では、それまでごき
げんよう。
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【ベートーヴェン音楽夜話】
発行・執筆:musiker http://www.musiker21.com
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