2009/03/01
風次郎の「八ヶ岳山麓通信」Column『東京ジョイライフ』No103懐旧の王国、中欧を訪ねてウィーン滞在―2―
皆様こんにちは! 2月の27日、東京に今年初めての雪が降った。昼前の1時間ばかりボタン雪にな って、街を歩いていた私は古い昔の冬への懐かしさをたどるような気持ちで眺めてい た。雪を見たのは一時でしかなかった。 翌日、富士見へ行ったので、知人にの話をすると、今年は彼の地も雪が降らず、暖 かい冬だそうだ。里は建物の北日陰に少しの雪を見るのみで、道路は乾いている。 冬は雪があってのもの、というのは情緒だけのことではない。3月に入ると、農作 業が始まるが、山にもたらされた雪はその年の作柄に大きな影響を及ぼすのである。 これも地球温暖化の故なのかもしれない。 ―――――――――――― 11月に旅した中欧4か国を巡る旅の記録をお届けしております。お楽しみくださ い。 (従来の『八ヶ岳山麓通信』、『風次郎の世界旅』を購読の皆様にも統合版として Column『東京ジョイライフ』をお届けいたしております。なにとぞ今後ともよ ろしくお願いいたします。) メールマガジン「風次郎のColumn『東京ジョイライフ』」は、 発刊ごとに下記の副題をつけております。 1.『東京楽歩』――東京多摩、国立の住まいを基点に繰り広げる都会の生活エンタ ーテイメント。 2.『八ヶ岳山麓通信』――信州八ヶ岳山麓、富士見高原のアトリエでの自然に親し み風情を綴るミニエッセイ 3.『風次郎の世界旅』――長男家族の居るニューヨークや、趣味で出かける世界旅 の紀行記録エッセイ。 これらの作品はホームページ『風次郎のTokyoJoyLife』 http://sky.geocities.jp/tkfuujiro/ にまとめて掲載いたしますので、写真や音楽と合わせてお楽しみください。 今後ともよろしくお願いいたします。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ Column『東京ジョイライフ』No103 2009.3.1 With onecut picture and BGM http://sky.geocities.jp/tkfuujiro/hyousi.htm ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 風次郎の世界旅 2008秋 懐旧の王国、中欧を訪ねて (10)ウィーン滞在―2― 〔BGMつきホームページは下記〕 http://members.jcom.home.ne.jp/fuujiro2/0811cyuou10.htm バスに乗って南駅とリンクの間にある「ベルヴェデーレ宮殿」へ行った。 ベルヴェデーレはイタリア語「美しい眺め」の意味だそうである。この宮殿はハプ スブルグ家によって造られたのものではない。レオポルト1世から続くハプスブルグ 家3代の皇帝に仕え、オスマンからオーストリアを防衛した実力者オイゲン公によっ て建てられたものである。大将軍(大貴族)は王様並みの宮殿を持つことができたと いうことだろう。 18世紀バロック様式の噴水を配した庭園が文字通り美しかった。その池に、すっ かり晴れて広がった青空が映り、白く左右対称に両翼を広げた迎賓用の上宮、住居用 の下宮両建物が、池を挟んで清楚に整然と輝いていた。両建物とも美術館になってお りバロックから19,20世紀の彫刻や絵画を展示しているとのことだったが時間が なく絵画鑑賞を割愛したのが残念だった。 そこからウィーン名物のトラムに乗って市街地の中心オペラ座(オーパー駅)まで 行くことになった。赤と白に塗られた可愛い1両かまたは2両連結の路面電車が市内 にいっぱい走っていて、これを使った観光はさぞ楽しいだろうなと思って乗った。も っとすいているだろうと思っていたが、車内は昼間の山手線ぐらい(座った客と立っ た客が同じくらい)の混みようで、地元の人が多いようだった。車窓から街の様子を 眺めるだけでなく、すれ違う他のトラムに注意してみたが、やはり相応の混雑である。 路面電車のもつ庶民ムードはなんともいえない親しみ感がある。 ウイーンはこのトラムと路線バスも赤と白の清楚なトーン、それに地下鉄が加わっ て公共交通網が充実しているようだ。しかも乗車券が共通で1時間以内の乗換えなら フリーだとのこと。街の中のいたるところにあるTabak-Traficの看板を掲げたタバコ 屋で扱っているので、とても便利である。私は翌朝一人で街に出てきたがTabakは早 朝からネオンで示されており、これならどこでも買えて安心だと思った。また大方は この街に長く住んでいるおじさんおばさんが店番をしているので、ドイツ語は難しい が切符を買いながらの触れ合いは楽しかった。 オーパーでトラムを降りてオペラ座を目の当たりにした。オペラ座では夜のバレー 公演「オネーギン」を観ることになっている。 オーパーの交差点は緑地公園のように続くリング通りとシュテファン寺院へ向かう ケルントナー通りが交わる大きな交差点である。そこからは自由時間ということであ ったが、集合場所にすぐ近くのカールスプラッツ交差点角にある「WALTZ(ワルツ)」 という土産品店が指定されたので、まずはそこまで皆で歩いていった。 「ワルツ」は日本人も大勢働いている、バラエティーな商品を揃えた感じのいい店 だった。女性たちはすぐに買い物を始めたが、とりあえず買ったものを預けて、私た ち4人のグループは街へ出ることにした。 最初に昼食をすることにし、折角のウイーンだからと、カフェに入ることにした。 オーパーの交差点を渡って、オペラ座のすぐ裏手が有名なホテルザッカーでそこに 「ザッカーカフェ」があったが、さすがに人待ちがあるほどの混雑振りだったので、 それではと同じブロックを少し左へ廻って銘店「カフェモーツアルト」へ行った。そ こもかなりの混雑だったが、中に入ってウェイターに4人の席を頼むと、運よく窓際 が空いてソファーを確保できた。 ウェイターは英語が使えたがボーイはだめだった。しかし、さすがに人気カフェだ けあって客あしらいが丁寧で気持ちよかった。窓から王宮の一角が見え、カフェとの 間は小さな広場になっていた。この広場にはモーツアルトの像が建っていたのであり 、それがちょうどこのカフェの前にあったのだが、それは今王宮の庭園に移転してい る。 皆でサラダとビーフのサンドイッチをとり、ウインナコーヒーで食べた。勿論お勧 めのデザートは甘いりんごパイのケーキが出た。記念?に全部平らげた。内心はケー キの甘さにうんざりした。 昼を済ませて、先ずウィーンきっての国際色豊かな通りと言われているケルントナ ー通りを聖シュテファン寺院へ歩いた。 高級ホテルがいくつも並んでいたうえに、何と大蔵省がこういうところにあるのに気 づいた。 道路に面した場所は、世界のブランド品を掲げる店とともにワゴンや屋台で埋って いて、大道芸人も出ての昼の賑わいは大変なものだ。写真のセミプロHさんはパント マイムの芸人を捕まえて盛んにシャターを切っていたし、Mさんは街の名所を描いて 並べている学生風の男に取り入っていた。 聖シュテファン寺院は塔に工事の足場が組まれており、壮大な全容を見ることがで きなかったのが残念だったが、136mのゴシックの尖塔、独特のモザイクで飾った カテドラルの大屋根や壁は、くすんで黒味を帯び、凄みがあった。全体はロマネスク で建てられゴシック様式に改装されたという。ウィーンの代名詞と言われるだけあっ て正面広場には国際色豊かな人々が、高い尖塔を見上げる姿が広がっていた。 私たちはカテドラルに入った。 ここがハプスブルグ家歴代皇帝の葬儀の場であり、地下にはカタコンベもあるとい う。席にしばらく座って荘厳な雰囲気を味わった。祭壇の歯痛で苦しんでいる表情を した「歯痛のキリストの像」がユニークであったが、やはりどこの聖堂でもつくられ ている色鮮やかなステンドグラスからもたらされる静かな光を、私はキリスト教の教 える静かな心かと受け止めて見回していた。 聖堂からもう一度ケルントナー通りを通って、こんどは王宮へ向かった。王宮はミ ヒャエラー宮といわれる。正面門前の広場にはローマ時代の水道遺跡があったが、何 となくずさんな管理のままで大事にされていないように見えた。 王宮は、宮殿の中央が通り抜けられるようになっていて(ミヒャエル門)、建物を 過ぎると、中庭をはさんで宝物館、礼拝堂、国立博物館などの施設があった。右手の 皇帝の住居に使われていた部分は、人気の王女エリザベートことシシーの博物館にな っていたが月曜日で休館だった。 さらにその先は緑地を囲むヘルデン広場が開けていた。広場はちょうど左手新王宮 の前庭に当たる設計である。新宮殿も民族博物館になって開放されている。その向こ うはリンク通りを隔てて自然史博物館、美術史博物館、レオポルド美術館と続き、王 宮施設の建物群は総じて市民の博物館に利用されている印象を受けた。 芸術の都ウィーンはそのレベルの高さも、注目度もヨーロッパの中心としてハプス ブルグ遺産の上に横たわっているといった感じである。 リンク通りへ出てから新王宮の裏手にある王宮庭園に入った。そこで私たちは、先 に昼食をとったカフェモーツアルトの前の広場に、かってあったモーツアルトの立像 を眺め、記念の写真を撮った。西側のオペラ座側通りには文豪ゲーテの像も立ってい た。市内のあちこちにたくさんの芸術家たちの像が建てられていることで、訪ね入る 人々は自然に芸術への親しみを誘われるような気がする。 もう一度帰国する前の買い物を、と言う女性群の気持ちを大事にして、一緒に「ワ ルツ」に戻ったので、私は交差点を渡ってカールスプラッツの駅のあたりを歩くこと にした。 「ワルツ」の前はフリードリッヒ通り、その交差点の向こう側がカールス広場の緑 地帯で交差点寄りにオットー、ワーグナーの作品である地下鉄のカールスプラッツ駅 舎があった。壁ばかりでなくアーチ型にした飾り屋根の縁取りにも華やかな金箔の模 様を施したおしゃれなもので、格好なカフェに使われている。建物は対にもうひとつ あってそちらはワーグナー博物館になっていた。 ヴィーンツァイル通りとの5叉路になっているので、路面電車はその脇をカーブして ロートリンガー通りの方に乗降ホームが設けられていた。広場を一周し、ウィーン工 科大学とここも工事中のサンピエトロ寺院に似たカールス教会を眺めて「ワルツ」へ 戻った。 彼女たちの買い物は限がないようであったが、夕方の準備もあるのでとオーパーか ら地下鉄でマイドリングハウプトシュトラーゼ駅へ戻りホテルルネサンスへ歩いた。 さていよいよウイーンも最後のイベントだ。オペラ座のバレー鑑賞で最後を飾る。 わがツアーメンバーの女性群も着飾って勢ぞろいし、市内へ向かうバスの人となっ た。5時を廻っていたから沿道の建物は既に灯りに輝いて、次第に慣れてきたと言え 彫の深い壁が、ウィーンの華やかさを余すところなく見せてくれる。20分ほど地下 鉄の走る運河沿いの道路を走ってオペラ座に着いた。 入場の前に近くのケルントナー通りにある『WIENER WALD(ウィーンの森)』という レストランで夕食会が行われた。 白い建物の丸く張り出したポーチに丸い球状の照明をつけたお洒落な入り口のある レストランであった。ステップを上がりながら、つくづくと女性は着飾ったほうが良 いと思った。それだけで会場が豪華に和む。 赤いテーブルクロスが白壁にしっくりと馴染んで、部屋のレイアウトも清楚な雰囲 気のレストランであった。 上品な、少しボリュームのありすぎるヴィナーシュニッツェル(薄く仕上げた仔牛 のカツレツ)を十分味わうことができた。少しすっぱいスープはちょっと馴染めず、 私は、はなと一緒にワインを戴いた。 このツアーグループではこれが最後の晩餐だった。集団で移動する大家族のような 慣れた触れ合いをしばし楽しんだ。 オペラ座の開演は8時であった。あらかじめ添乗員からプログラムの解説が渡され ていただしものは、チャイコフスキーのバレー「エフゲニ、オネーギン」、原作はロ シアの田舎暮らしの地主の娘(タチャーナ)と都会の女心をもてあそぶ貴族男(オネ ーギン)の恋物語である。が、真髄は純粋素朴なロシア魂を描いたプーシキンの韻文 で書かれた傑作といわれるもので、チャイコフスキーはこれをオペラ化したのである 。今回はウィーン国立バレーの公演であた。 館内に入ると黒いコートを着た紳士然とした男性の案内人が、仰々しく5階の指定 席まで案内してくれた。職員は胸に名札をつけ、皆親切でマナー抜群であった。 折角のオペラ座で5階ではちょっと情けないと思いつつも、ツアー団体での手配と 会場が人で埋まってくると、オーケストラボックスも良く見え、全体に遮るところが 無くてまずまずだったと思う。私はただただ世界の音楽芸術の殿堂であるところの雰 囲気に浸ることで満足した。 行きのオーストリア航空の座席に、「一望千里」という日本語版の、旅行者には大 変魅力的な冊子が配布されていた。その巻頭に30ページにわたってこのオペラ座の 紹介がなされていたので、私は都合よくいろいろな前知識を得る事ができた。 大戦で爆撃され10年の歳月をかけて、国民ばかりでなく世界のファンが待ち望ん だ再興が成ったこと、名指揮者カラヤンのスター歌手起用が、世界3大歌劇場の地位 へ導いたこと、現在、日本の小沢征爾が音楽監督に就任していること、舞台と舞台裏 は合わせると1100平方メートルもあり、オーケストラピットも110人まで演奏 できるとか、舞踏会には舞台の高さまで上げられるなど設備のこと、また表で活躍す る人達だけでなく、歌劇団やオーケストラの編成の成り立ちなど、その冊子を手にし ながら確かめることができてとても助かった。 2幕3場のバレーは盛大な拍手と観客の歓呼で指揮者が10回も登壇し、最後は楽 団の全員が立って喝采を浴びて終わりを遂げた。皆満足して帰路に着いた。ウイーン の旅のラストナイトにふさわしいイベントであった。 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 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深大寺だるま市 出来事 嘉永 7年(1854)幕府、ペリーと日米和親条約に調印 安政 7年(1860)桜田門外の変 大正11年(1922)全国水平社が結成される 昭和 6年(1931)「星条旗よ永遠なれ」米国歌になる 昭和 8年(1933)三陸海岸に津波、死者約3千人 昭和22年(1947)物価統制令施行 昭和34年(1959)米、初の月ロケット打ち上げ 誕生日 弘化 4年(1847)アレクサンダー・グラハム・ベル 慶応 3年(1868)アラン 明治12年(1879)正宗白鳥 命日 慶長 4年(1599)前田利家(62) 3月 4日(水) 行事 サッシの日 ミシンの日 円の日(1869年円貨制定) 出来事 明治13年(1880)初めて新聞に写真掲載「NYデイリー・グラフィック」 昭和26年(1951)第1回アジア競技大会(ニューデリー) 昭和29年(1954)関門トンネル貫通式 昭和42年(1967)初の外人関取が誕生(高見山大五郎) 誕生日 明治11年(1878)有島武郎 命日 昭和 5年(1930)デイヴィット・H・ロレンス(44) 3月 5日(木) 行事 鹿児島県阿久根市 えびす祭り 鹿児島県吉田村 花尾神社春祭り 福岡・豊前 厳島神社百手祭 スチューワデスの日 出来事 明和 8年(1771)杉田玄白ら「解体新書」の翻訳に着手 明治 5年(1872)わが国初の博覧会(湯島聖堂) 明治41年(1908)我国初の美人コンテスト「全国美人写真審査」 昭和 6年(1931)我国初のスチューワデス「エア・ガール」 昭和41年(1966)英BOACボーイング707富士山付近で空中分解 全員(124人)死亡 誕生日 大正 5年(1916)会田雄二 命日 昭和28年(1953)スターリン(73) 3月 6日(金) 行事 福井・敦賀 気比神社お誓祭 鹿児島神社 鈴懸馬 出来事 明治30年(1897)映画、日本で初公開(神田「錦輝館」) 昭和 5年(1930)冷凍食品が初登場(米ゼネラルフーズ) ジャンヌダルクの日(1492) 誕生日 文明 7年(1475)ミケランジェロ 明治45年(1912)都留重人 命日 明治33年(1900)ゴットブリート・ダイムラー(65) 昭和 7年(1932)ギョン・スーザ(77) 昭和23年(1948)菊池寛(59) 昭和48年(1973)パール・バック(80) 3月 7日(土) 行事 鳥取・倉吉 長谷寺観音会式 消防記念日(1948消防組織法) 出来事 元弘 1年(1332)後醍醐天皇、隠岐に流される 大正15年(1926)ニューヨーク、ロンドン、初の無線電話通信 に成功 昭和23年(1948)新警察制度が発足 昭和24年(1949)ドッジライン公表 昭和 2年(1927)丹後大地震 京都府下で死者3589人 誕生日 慶長13年(1608)中江藤樹 命日 推古36年( 628)推古天皇(75) 3月 8日(日) 行事 ミツバチの日 カット(散髪)の日(1999赤ちゃん筆センターが制定) 出来事 明治36年(1903)万世橋(東京神田)開通式 明治43年(1910)国際婦人デー記念日 昭和10年(1935)忠犬ハチ公死す享年13歳 昭和22年(1947)国際通貨基金(IMF)が業務開始 誕生日 大正 8年(1919)水上 勉 命日 3月 9日(月) 行事 茨城 鹿島神宮祭頭祭 レコード針の日 出来事 大正 7年(1918)ソ連政府がペトログラードからモスクワへ 昭和 8年(1933)ルーズベルトのニューディール法が可決(米議会) 昭和26年(1951)三原山が爆発 昭和33年(1958)関門トンネル開通(世界初海底トンネル) 誕生日 明治21年(1888)梅原龍三郎 命日 元亀 3年(1572)塚原ト伝(82) 3月10日(火) 行事 平和の日(東京都) 砂糖の日(語呂あわせ) 塩竃神社帆手祭 出来事 和銅 3年( 710)藤原京から平城京に遷都 明和 8年(1771)琉球諸島に大地震・大津波12000人が遭難 明治 6年(1873)郵便料金が一律になる 昭和29年(1945)東京に大空襲 昭和40年(1965)富士山頂気象レーダーが稼動 昭和50年(1975)山陽新幹線、岡山ー博多が開業(全通) 昭和60年(1985)青函海底トンネル貫通(着工より21年) 誕生日 文政 7年(1824)大村益次郎 命日 寛永15年(1637)本田正純(73) 3月11日(水) 行事 パンダ発見の日 出来事 天正10年(1582)甲斐武田滅亡す 大正11年(1922)日本庭球協会、設立 昭和46年(1971)第一銀行と日本勧業銀行の合併を発表 誕生日 文安 1年(1444)ボッテチェリー 命日 文政 5年(1822)上杉治憲(鷹山)(72) 昭和30年(1955)アレクサンダー・フレミング(73)(ペニシリン発見) 3月12日(木) 行事 財布の日(語呂あわせ) 出来事 昭和10年(1935)東京ーベルリン、ロンドン間無線電話開通 昭和44年(1969)東京に大雪(積雪30cm) 誕生日 大正14年(1925)江崎玲於奈 命日 大正14年(1925)孫文(57) 3月13日(金) 行事 奈良 春日祭 サンドイッチの日(2個の3が1を挟んでいる) 出来事 文久 3年(1863)近藤勇ら新撰組を結成 平成 2年(1990)ゴルバチョフ、ソ連大統領に 誕生日 明治16年(1883)高村光太郎 命日 建久 3年(1192)後白河天皇(66) 天正 6年(1578)上杉謙信(48) 3月14日(土) 行事 ホワイトデー 出来事 延暦19年( 800)富士山が噴火 慶応 4年(1868)五箇条の御誓文 明治 5年(1872)石見・浜田地方に大地震死者600人、5000戸全壊 明治 6年(1873)外国人との結婚が解禁になる 昭和28年(1953)吉田茂バカヤロー解散 誕生日 文化 1年(1804)ヨハン・シュトラウス 明治12年(1879)アインシュタイン 命日 3月15日(日) 行事 万国博記念日 靴の記念日 涅槃会(釈迦が亡くなった日とされる) 出来事 永世17年(1521)マゼラン、フィリピン諸島を発見 明治23年(1890)琵琶湖疎水が完成 明治28年(1895)平安遷都1100年平安神宮創建 大正 9年(1920)株式市場大暴落 昭和 2年(1927)昭和恐慌はじまる 誕生日 大正 5年(1916)五味川純平 命日 ( 前44)ジュリアス・シーザー 昭和50年(1975)アリストテレス・オナシス(75) 3月16日(月) 行事 十六団子 東北地方(田の神が山から戻ってくる日) 出来事 明治39年(1906)ロールス・ロイス社設立 昭和 9年(1934)我国初の国立公園(瀬戸内・雲仙・霧島) 昭和60年(1985)国際科学技術博覧会「つくば85」開幕 大正 6年(1917)ニコライ2世によるロシア帝政終わる 誕生日 昭和 3年(1928)若乃花幹士 命日 3月17日(火) 行事 静岡県大井八幡宮 田楽奉納祭 長野県穂高神社 奉射祭(びしゃさい) 出来事 (1220)チンギス・ハン、サルマカンド征服 大正 3年(1914)天然色活動写真株式会社が創立される 昭和20年(1945)硫黄島の日本軍が全滅 昭和38年(1963)バリ島のアグン火山が爆発死者約1900人 昭和44年(1969)中央道(調布ー河口湖)開通 昭和63年(1988)東京ドーム完工式(日本初の室内野球場) 誕生日 天保 5年(1834)ダイムラー 大正 6年(1917)ナット・キング・コール 命日 昭和45年(1960)藤原銀次郎(90) 3月18日(水) 行事 浅草観音 示現会 石川県氣多神社 おいで祭り 福島県 会津彼岸獅子 出来事 明治 4年(1871)パリ・コミューン成立宣言 明治14年(1881)自由民権運動員らによる「東洋自由新聞」発行される 大正14年(1925)米で大竜巻(イリノイ州他)830人以上死亡 昭和21年(1946)警視庁、初めて婦警を採用 昭和39年(1964)早川電気、ソニー電卓を発表(1台50万円前後) 昭和40年(1965)人類初の宇宙遊泳(命綱)、ソ連ヴォスホード2号 昭和40年(1965)犬山に明治村開村 昭和59年(1984)江崎グリコ社長誘拐事件 誕生日 天保15年(1844)リムスキー・コルサコフ 命日 養老8年説( 724)柿ノ本人麻呂、小野小町 昭和56年(1981)佐伯孝夫(78) 昭和58年(1983)渋谷天外(76) 3月19日(木) 行事 ミュージックの日 広島県宮島 厳島神社清盛祭 松山 道後温泉祭 アカデミー賞設立記念日 出来事 大和 時代( 667)中大兄皇子大津に遷都、翌年天智天皇に即位 寛永21年(1644)大明帝国が滅亡 (1839)仏ルイ・マンデ・ダゲールにより写真機発明 明治10年(1935)京都ー大坂鉄道が開通 大正 3年(1914)東京駅が竣工(設計・辰野金吾) 昭和25年(1950)世界平和擁護大会(ストックホルム) 昭和31年(1956)大阪府堺市に公団住宅第1号 昭和56年(1981)神戸ポートピア博覧会開幕 誕生日 天保 9年(1838)後藤象二郎 命日 昭和18年(1943)藤島武二(76) 3月20日(金) 行事 高知 お城祭り 電卓の日 出来事 (1815)ナポレオン、パリに入る。但し、百日天下 明治 6年(1873)明治天皇が断髪(明治4年断髪公認) 明治15年(1882)上野博物館開館 昭和26年(1951)我国で初めてLPレコードを発売(コロンビア) 昭和31年(1956)能代市大火1482戸焼失 昭和37年(1962)当時日本最長の北陸トンネル(13869m)完工式 平成 7年(1995)地下鉄サリン事件 誕生日 文政11年(1828)イプセン 大正 5年(1926)安野光雄 命日 慶長 9年(1604)黒田如水(59) 昭和52年(1977)照国万蔵(58) 3月21日(土) 行事 弘法大師忌 和泉式部忌 鹿児島県 川内早馬祭り ランドセルの日(3+2+1=6で小学校の修学年数となることから) 出来事 慶長17年(1612)キリシタン禁教令発布 天明 8年(1788)米・ニュー・オーリンズ大火 慶長 8年(1603)徳川家康による二条城完成 明治41年(1908)仏・初の乗客搭乗飛行(乗客は一人) 明治42年(1909)日本初のマラソン大会(神戸・大阪間) 昭和 9年(1934)函館で大火、死者行方不明2716人 昭和10年(1935)ペルシャ、イランと改名 昭和23年(1948)第1回NHKのど自慢全国コンクール 昭和26年(1951)日本初のカラー映画「カルメン故郷に帰る」封切 昭和60年(1985)日本でエイズ患者発生、安部英が発表 平成 2年(1990)ナミビア、南アから独立(アフリカ最後の植民地) 誕生日 貞享 2年(1685)バッハ 天保10年(1839)ムソルグスキー 明治43年(1910)西田修平 命日 承和 2年( 835)空海(61) 昭和46年(1971)深田久弥(68) 3月22日(日) 行事 世界水の日 放送記念日 国連水の日 出来事 明治28年(1895)映画を初めて劇場公開(パリ) 明治 3年(1870)東京府が人力車の営業を許可 大正14年(1925)最初のラジオ仮放送 誕生日 命日 天保 3年(1832)ゲーテ(82) 昭和51年(1976)藤原芳江(77) 3月23日(月) 行事 世界気象デー 1951国連に世界気象機関の置かれた日 出来事 (1756)英で印紙法成立 明治 2年(1869)小学校設置令(京都に上京第27番小学校が開校) 明治20年(1887)所得税法が公布される 誕生日 明治43年(1910)黒澤明 大正 9年(1920)川上哲治 命日 明治23年(1890)唐人お吉(50) 3月24日(火) 行事 マネキンの日(1928日本初のマネキン登場) 出来事 元暦 2年(1185)壇ノ浦の戦い 大治 1年(1126)中尊寺が完成 昭和58年(1983)中国自動車道が全通 平成 7年(1995)無人深海探査機かいこう、水深1万911m 誕生日 昭和 5年(1930)スティーブ・マックイーン 命日 元暦 2年(1185)安徳天皇(8)壇ノ浦で入水 3月25日(水) 行事 京都北野神社 採種御供大祭 電気記念日(1878銀座にアーク灯点灯) 出来事 明治34年(1901)英・マンチェスターでディーゼルエンジン公開 大正 7年(1918)水戸、汽車の火の粉で大火(1100戸焼失) 昭和41年(1966)世界でベトナム戦争反対行動 誕生日 慶応 3年(1867)トスカニーニ 明治 5年(1872)樋口一葉 命日 明応 8年(1499)蓮如(84) 大正 7年(1918)クロード・ドビュッシー(55) 3月26日(木) 行事 岩手・大原 八幡神社 水掛祭り 愛知・豊川 妙厳寺 豊川稲荷初午祭 鎌倉 浄光明寺 火渡り 出来事 元久 2年(1205)「新古今和歌集」(20巻)が完成 慶長14年(1609)伊達政宗、瑞巌寺を再興 昭和28年(1953)ソーク・ワクチン(小児麻痺予防)製造に成功(米) 昭和37年(1962)「富士山頂は国有地でない」判決(名古屋地裁) 平成 5年(1993)モザンピークへ自衛隊PKO派遣決定 誕生日 文政 4年(1821)エンゲル 命日 正保 3年(1646)柳生宗矩(76) 文政10年(1827)ヴェートーヴェン(57) 3月27日(金) 行事 仏壇の日(全日本宗教用具協同組合) さくらの日(3×9=27日本さくらの会) 出来事 元禄 2年(1689)松尾芭蕉「奥の細道」へ出発 明治 5年(1872)神社仏閣の女人禁制が解かれる 昭和 9年(1934)NHK国産テレビの初実験に成功 誕生日 弘 2年(1845)レントゲン 明治 4年(1871)ルオー 明治34年(1901)佐藤栄作 命日 天保 8年(1837)大塩平八郎(45) 大正15年(1926)島木赤彦(49) 3月28日(土) 行事 奈良 薬師寺 お身拭い 福岡 阿蘇神社 泥打祭 シルクロードの日 出来事 嘉永 7年(1854)クリミヤ戦争勃発 明治 9年(1876)廃刀令 昭和45年(1970)トルコ西部で大地震(m7.5)死者2000人 誕生日 昭和17年(1942)北の富士勝昭 命日 昭和 5年(1930)内村鑑三(69) 昭和18年(1943)セルゲイ・ラフマニノフ(69) 昭和44年(1969)ドワイト・D・アイゼンハワー(78) 3月29日(日) 行事 マリモの日 出来事 天和 3年(1683)八百屋お七、鈴が森で火あぶり刑 明治 5年(1872)刺青が禁止される 昭和35年(1960)アジガール(モロッコ)に地震津波、死者約1万人 昭和57年(1982)メキシコ、エルチチョン火山大爆発150人以上死亡 誕生日 命日 明治 5年(1872)ロバート・スコット 3月30日(月) 行事 奈良 薬師寺 花会式 マフィアの日(1282シチリア「晩鐘事件」) 出来事 明治22年(1889)エッフェル塔完成 312m 明治35年(1902)福井市大火3200戸焼失 大正13年(1924)東洋一村山貯水池完成 昭和33年(1958)国立競技場落成 誕生日 弘化 1年(184)ヴェルレーヌ 命日 昭和60年(1985)笠置シズ子(70) 3月31日(火) 行事 エッフェル塔の日 出来事 明治 9年(1876)政府、三井銀行(初の私立銀行)の設立認可を東京府に命じる 明治39年(1906)国鉄(国有鉄道法公布)が誕生 大正 9年(1920)日本作曲家協会、設立(山田耕作など) 昭和22年(1947)教育基本法、学校教育法公布 昭和24年(1949)東京消防庁、119番を始める 昭和62年(1987)国鉄115年の歴史に幕、民営化 誕生日 文禄 5年(1596)デカルト 命日 享保12年(1727)ニュートン(84) 調整 (風次郎) ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ このメールマガジンは、 『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ を利用して発行しています。 購読、解除はこちらお願いします。 http://www.mag2.com/m/0000232615.html ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 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2009/11/08 風次郎の「八ヶ岳山麓通信」風次郎の世界旅トルコ(15)イスタンブール―3―(『東京ジョイライフ』No127)
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2009/11/01 風次郎の「八ヶ岳山麓通信」『東京ジョイライフ』No126風次郎の世界旅トルコ (14)イスタンブール―2―
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2009/10/18 風次郎の「八ヶ岳山麓通信」Column『東京ジョイライフ』No126風次郎の世界旅トルコ(13)イスタンブールへ
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2009/10/11 風次郎の「八ヶ岳山麓通信」『東京ジョイライフ』No125風次郎の世界旅 トルコ(12)カッパドキア―2―
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2009/10/11 風次郎の「八ヶ岳山麓通信」Column『東京ジョイライフ』No125風次郎の世界旅トルコ(12)カッパドキア―2―



