2008/02/07
衆議院議員 ふじむら修の『国会ホットレポート』(No.050)
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼ 衆議院議員 ふじむら修の 2008/2/7 発行 『国会ホットレポート』(No.050) △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼ ◆今回のもくじ ◎ 『山本孝史参議院議員逝く』 =-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=- ◎ 『山本孝史参議院議員逝く』 節分も過ぎましたが、むしろ寒さが本格的な毎日、みな様にはいかがお過ご しでしょうか、お伺い申しあげます。 昨年末から「臨時国会」が越年し、すぐに「通常国会」開会、さらに大阪府知事 選挙もお正月選挙でメルマガご無沙汰となりました。本便では、昨年末12月22日に 亡くなった我が同志・山本孝史参議院議員への追悼文を「あしなが育英会」機関 紙に投稿しましたので、みな様にも拝読頂きたく、お送りいたします。 ・・・・・・以下、投稿本文・・・・・・・ 山本孝史さんとの出会いは、1971年2月であった。当時、広島大学2年生の私 は、自動車部次期幹部の立場で「交通遺児」の救済についてお話を伺った。広島 には、山本さんと、玉井義臣さん(当時、交通遺児育英会専務理事)らが来られ、 「交通遺児」が、高校進学もままならず窮地に陥っていることを切切と説かれた。 山本さんのお兄さんが5歳の時に交通事故で亡くなったこともお聞きした。結果と して私達は、自動車部の中に「励ます会」を結成して募金運動など交通遺児救済に 立ち上がる。 それから30数年間、遺児救済運動の同志として同じ職場で働き、その延長上 で93年7月、二人は衆議院選挙に出馬し国会議員となった。 多くの方が、その後のことを記述されているので重複は避けるが、同僚国会 議員として、やはり山本さんの命をかけた「いのちの政策」については私の所見を 記したい。 06年5月22日、参議院本会議での山本さんの代表質問は歴史に残る大演説 と思う。自らガン患者であることを告白し、「ガン対策基本法案」の成立を訴えた。 議場の全ての議員が、息を呑み山本さんに注目した。涙ながらの熱弁は、全ての 国会議員を感動させ、メディアを通して多くの国民に衝撃を与えた。山本さんの必 死、ひたむき、無私の訴えが、ただちにガン対策基本法を成立に導いた。政治家 の本望を遂げられたと感じた。 残された私たちは、山本さんが命を賭して成立させた法律が、必ずや彼の本 意に沿うようあらゆる努力をしなければならないことを肝に銘じたい。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ メルマガの登録解除はこちらから http://www.mag2.com/m/0000104017.htm 過去のメルマガは http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000104017 ────────────────────────────────── このメールマガジンの全文の転載・再配布を歓迎いたします。ただし、一部分を抜 き出し たり、改変しての転載は禁止いたします。読者の皆様から寄せていただい たメールは、 お名前をイニシャルに変えた上で事前の告知なく掲載させていただく 場合がございます。 掲載を望まれない場合は、その旨をご明記願います。よろしく お願いいたします。 Copyright(C)2003 Osamu FUJIMURA All rights reserved. ────────────────────────────────── 発行人: 藤 村 修 http://www.o-fujimura.com/ mailto:cxk01446@nifty.com 衆議院議員 ふじむら修事務所 ◎〒567-0071 大阪府吹田市西の庄町7-20 阪急吹田駅前奥野ビル2階 Tel:06-6337-3694 Fax:06-6337-4354 ◎〒100-8982 東京都千代田区永田町2-1-2 衆議院第ニ議員会館324号室 Tel:03-3508-7074 Fax:03-3591-2608 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


