2009/11/08
【賢者の道】VOL.359
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <賢者の道~Vol.359-In Christ Alone- 2009-11-8> ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■【今週のテーマ】「信仰の基準を引き下げず」 ■【聖書】 列王記下14:1~7 ------------------------------------------------------------ ★神に選ばれている神の民は、決していい加減な信仰生活を持つ ことがないというのが宗教改革者ジョン・カルヴァンの予定説的 考えでした。 ------------------------------------------------------------ にもかかわらずいい加減な礼拝生活をもつ名ばかりのクリスチャン もいないわけではありません。 神の御業をなす働きの為に召されていながら放棄しているのは神の 悲しみであるばかりか、神の救いの計画の完成を遅らせる原因と もなっています。 いまだに日本に神の国の中に見られる愛の充満が達成できないのは 神の民の働きが失われているからに違いありません。 古代における神の民のありかたを見てどのような信仰に立つべきか を学びたいと思います。 ------------------------------------------------------------ 1.信仰の基準 ------------------------------------------------------------ ユダの王アマツヤ ユダの王アマツヤは、神殿修繕をした父ヨアシュ王 が家臣たちの謀反によって暗殺されるや、25歳で後継者として南ユダ の王に即位しました。 紀元前800年のことです。彼は29年間世を治めました。力をつけると、 父王にそむいた家臣たちを殺しまし、エドムを打って国威を輝かせ ました。 しかしこのことが彼を傲慢にさせ、北イスラエルの王ヨアシュと覇権 を争い敗れ、失意の内に、父ヨアシュのように家臣の謀反により殺さ れました。 アマツヤが、父にそむいた家臣を討ったのは父の恨みを晴らすと いうより、律法を守り自分を整え王国の正義を秩序を確立する為 であったと思われます。 それは申命記24:16に記されているように、「父は子のゆえに死に 定められず、子は父のゆえに死に定められない。人はそれぞれ 自分の罪のゆえに死に定められる」のです。 ですから律法の規定に従って、反逆者の子どもたちの命を助けたの です。 この頃のユダの軍事力は衰えていました。アラムが攻めてきた時、 父ヨアシュは貢物をして引き返させたほどでした。 その昔、紀元前913年に即位したアサ王の時代は58万人の兵士がいま したが(歴代下14:7)、前873年に即位したその子ヨシャファトの 時代は、116万人になり(歴代下17:14以下)、その後、前849年に ヨラム、前842年にアハズヤ、前837年にヨアシュ、前800年アマツヤ が即位しますが、この時代の兵力は30万人に(歴代下25:5)に なっていました。 そのため北イスラエルから傭兵10万を雇っていました。 ところがある預言者が神のお告げ、「イスラエルの兵士を雇い入れ るな。神が共にいない者だからだ。彼らと一緒に戦いに出るなら、 いくら戦っても負ける。神には助ける力もくじく力もあるからだ」 と伝えました。 私たちも信仰の基準を引き下げていい加減な信者の伝道集団となって いる場合があります。 それではいくら戦っても実を結ぶことがないのではないでしょうか。 既に傭兵に支払った前渡金が惜しくなった王に対して、預言者は 「神はそれ以上のものを王にお与えになることができます」と宥めて います。 神は収支を償って余りある事をしてくださるのですから、神の導きに 従うことです。 こうしてアマツヤ王は傭兵を解雇し、純粋なユダ軍だけで塩の谷で エドム軍一万を討ち破りました。 ------------------------------------------------------------ 2.栄光を引き下げる傲慢 ------------------------------------------------------------ アマツヤ王は、自分の力がついてくると傲慢になり、王は偶像の えじきとなりました。 エドム討伐から偶像を持ち帰り、これを神々として祀り、そのまえに 頭を下げたのです。 そこで神は預言者を遣わし警告を発しますが、傲慢になった王は 「殺されたくなければ黙っていろ」と命じました(歴代下25:16)。 この瞬間から、神の霊と導きは離れ、彼は北イスラエル王と縁組を 結ぼうと企てるのですが格が違うと一蹴されると、誇りを傷つけら れ、怒り出し、戦いを挑んで惨敗し、捕えられ、失意の内に後半生 を過ごし、最後は家臣たちの反逆によって殺されました。 王は初め律法の行いを忠実に守り、神に従う人でした。しかし、 エドムを平定してからおかしくなりました。 無用な戦いを北イスラエルに仕掛け、惨敗しました。これは神を 無視し、神第一でなく、自分第一となったからです。 これは北イスラエルのヨアシュ王の子ヤロブイアム二世にしても同様 でした。彼は領土を回復し、人々の目には頼もしい王であったのです が、実は神がイスラエルの苦しみをご覧になり見捨てなかったからで した。 ------------------------------------------------------------ ★主に栄光を帰することの重要性を知らねばなりません。 ------------------------------------------------------------ 誰に信仰の基準を合わせているのでしょうか。 神の栄光を現す信仰生活をしているでしょうか。 勝利の道を行くには主の祭壇の祈りの火を消さないことです。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 発行者:ジェームス親泊 協 力:おとずれ社 web版: http://homepage2.nifty.com/j-osamu/info.html まぐまぐ(マガジンID:99821) http://www.mag2.com/ melma!(マガジンID:151618) http://www.melma.com/ ご意見ご感想: j-osamu@nifty.com ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


