2009/10/24
【賢者の道】VOL.357
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <賢者の道~Vol.357-In Christ Alone- 2009-10-24> ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■【今週のテーマ】「神殿修理献金と信仰」 ■【聖書】 列王記下12:5~19 ------------------------------------------------------------ ★南ユダの王ヨアシュは祭司ヨヤダの教えを受けて、神の御心に かなう生活をしました。 ------------------------------------------------------------ 私たちも助言をしてくれる賢明な人をもつことは大いなる助けとなり ます。ただ王は思い切った改革をしませんでした。 この失敗が後年、不幸な結果をもたらすことになりました。 雑草を表面だけ刈り取ってもすぐまた伸びてきます。王は生まれつき のままの自分を持ち続けていたのです。 確かに王は主の神殿に対しても熱心で、その熱心は祭司たちを 上回るほどでした。しかしそれも自分の信仰による行いではなく、 言われたことをただ守っていたに過ぎません。 そのような人の信仰の最期がどのようであったかを学び、私たちの 信仰の在り方を考えて見ましょう。 ------------------------------------------------------------ 1.不名誉な王の最期 ------------------------------------------------------------ 祭司ヨヤダが年老いて130歳で長寿を全うして召されるや化けの皮が はがれました。 ユダの高官たちが来て王におべっかを使うと王の心はたちまち彼ら になびき、偶像礼拝をなし、それを責めた祭司ヨヤダの息子ゼカルヤ を石で打ち殺させました。 そのため神は少数のアラムの軍隊を送りエルサレムを攻めユダの 大軍をアラムの手に渡し、重傷を負うのですが、彼らが去ると ヨアシュ王は自分の家来たちによって殺されました(歴代下24章)。 王の生活の形は信仰的でしたが、自分自身を全く変えようとしない 人でした。 私たちの信仰はどうでしょうか? 日々主によって自分を変えられているでしょうか? 形だけの信仰生活を装っているのではないでしょうか? もしそんなことでしたら結局ヨアシュのように心に信仰の平安は なく、本当の友もない者となります。 このような王の信仰態度が、主の神殿の修理において現れました。 どうしてそうなったのでしょうか。 それは神殿修理と敵国アラムの侵攻のときに知ることができます。 ------------------------------------------------------------ 2.神殿修理のための献金 ------------------------------------------------------------ その頃、神殿は悪女アタルヤの支配下においてひどく損なわれて いました(歴代下24:7)。 ヨアシュ王は神殿の修理に関心を持ったのも当然のことですが、 それは神殿が彼を6年の間敵から守る為の隠れ家であったからです。 30歳になった王は熱心に神殿の修理を命じ、祭司たちの奉仕がはか ばかしくないと、「 なぜ、神殿の修理にとりかからないのか。 もうこれ以上、神殿修理の為の献金を他のためにあててはならん。 これからは、神殿の修復だけに使うように」(列王下12:8)と 叱責したことが記されています。 どうして祭司たちは主の神殿の破れを繕わなかったのか。 なぜ十分な献金が集まらなかったのか、詳細は良くわかりませんが、 ただ神から預けられたものを忠実に用いなかったということだけは 確かです。 そしてこのことは私たちの陥りやすい事柄だということです。 預けられた物に対する忠実さを強調したものが主イエスが語られた タラントンの譬(マタイ25:14以下)です。 福音信仰も私たちに預けられているものだからです。従ってパウロは 「福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです」と語って います(1コリ9:16)。 金を預ることをゆだねられた祭司にはそれを正しく用いる責任が 課せられたように、福音信仰を預けられた私たちにも神よりの 務めが課せられています。 祭司たちが神殿修理献金の調達に失敗したのは、その献金を「神殿 の破損を修理するために使われるべき」であったのに流用した為で した(列下12:8)。 そこで祭司たちは、以後、生活費とは別途にし、さらに「金・銀の器、 芯切りばさみ、鉢、ラッパ」などの神殿の聖具、飾具などの購入費用 に当てることをやめ、ただ建物の修理だけにあてるようにしました (列下12:14、15)。 また、アラムのハザエル王が攻めて来ると、ヨアシュ王は主の神殿 と宮殿の宝物庫にあったすべての金を差し出して撤退してもらって います。 神が守って下さるという確信などまるでありません。 神が神殿を修理せよと言うのですから、敵の手にゆだね、壊滅させ るはずもないのですのに、神を信じ切れなかったのです。 ------------------------------------------------------------ ★事が神の民に明らかにされると、彼らのささげる物は大きく 増えてきました。 ------------------------------------------------------------ そこで問題なく仕事に取りかかる事ができました。 私たちは献金の使途についても神の指示に従わねばなりません。 勝手に神のものを用いることは許されません。自分でいくら賢く 振舞っているつもりでもヨアシュ王は何一つ信仰の平安はなく、 本当の友は誰もいなかったのです。 主イエスに心を明け渡しましょう。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 主のみ名を讃美します。 天候に恵まれ教会オータムバザーも無事に済みました。 感謝致します。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 発行者:ジェームス親泊 協 力:おとずれ社 web版: http://homepage2.nifty.com/j-osamu/info.html まぐまぐ(マガジンID:99821) http://www.mag2.com/ melma!(マガジンID:151618) http://www.melma.com/ ご意見ご感想: j-osamu@nifty.com ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


