2009/10/10
【賢者の道】VOL.355
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <賢者の道~Vol.355-In Christ Alone- 2009-10-10> ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■【今週のテーマ】「主の召しからの逸脱」 ■【聖書】 列王記下 10:28~36 ------------------------------------------------------------ 北イスラエルのアハブ王家を絶滅するよう神に命じられたイエフは、 その与えられた仕事を手際よく果たしました。 ------------------------------------------------------------ 私たちも主の召しに従い、献身すれば、神がその召しを全うさせて くださり、自分にできるかどうか案ずる必要などありませんし、 案ずること自体神を侮辱するものです。 風のように生き、波のように漂っていれば主が何事かをなしてくださ います。ここで次に学ぶことは、そのような召しと神の指示を逸脱 してしまうことの愚かさです。 ------------------------------------------------------------ 1.使命を自覚したイエフ ------------------------------------------------------------ イエフは預言者エリシャを通して神の計画を知り、ヨラム王とその母 イゼベルを殺し、アハブの70人の子どもたちの首をはね、またサマ リヤへの途上、戦場での傷を負ったヨラム王を見舞いに来ていた ユダのアハズヤ王の身内の者たちをも殺しました。 このようにイエフは預言者エリシャから王になるように油を注がれ、 使命を自覚し、バアル信仰にかかわりを持ったアハブ一族の殲滅の 為に、主に対して熱心で、イエフの宗教改革はまれなまでに徹底 していました。 しかし、列下10:12以下の、その実行の経緯を注意深く見ますと、 アハズヤの身内の者たちを殺すにあたって、主の言葉を口にして いません。 そして、レカブの子ヨナダブに会ったとき、自分の戦車に乗せて、 「どれほど私が神さまに熱心か、とくと見届けてください」と誇って います。 彼は神から命じられた働きが手際よく行ったので気をよくして、 一つ一つ神にうかがうことなく、自分流のやり方で物事を果たして いったのです。 そして、神から命じられもしなかったユダの王の身内の者の殺害を したのではないでしょうか。 「生け捕りにせよ」(列下10:14)と部下に命じたのは、当初、 殺す気がなかったことを意味するのではないでしょうか。 また、イエフはバアルの信者すべてをだまして一箇所に集めて、 レカブ人ヨナダブと一緒に、皆殺しにしました(列下10:18以下)。 これは彼が勝手にこうすることはよいことだと判断したからでした。 イエフは、バアル信仰にかかわりを持ったものを一人も逃さない為 にはこうするほかないと考えたのでしたが、もしこのことも主に うかがっていたならどうだったでしょうか。 これは主のなさり方ではありません。 ダビデ王朝を祝福した神が、ユダの王の一族42人の殺害などしな かったのではないでしょうか。これは明らかな主の召しからの 逸脱でした。 私たちもこのような失敗をしないように注意しなければなりません。 神の名を語って、自分の思いを遂げる勝手な行動を自重しなければ なりません。 私たちの熱心が神の宮を滅ぼすことになることもあるからです。 ------------------------------------------------------------ 2.主の導きを求めて歩む ------------------------------------------------------------ 主からの使命に生きることは大事です。そのためには神の下に立つ ことです。 ところが神の為と言って、礼拝を厳守せず、祈りの祭壇を守らず、 神の宮の維持を怠る人がおります。 仕事をして金を稼ぎ献金するから、神の伝道の為に他での働きに 協力するから許してくださいと、維持すべく与えられた祈りの祭壇 の火を灯すことを怠る人もいます。 しかしこれは主に召された者のありかたとしては正しいものではあり ません。 「正しい」とは、「一」つのところに「止まる」と書きます。 神は召した者を神の計画に従って守るべき場所に配置しました。 そこで何をなすべきか、主に問いつつ導きを求めて歩むことを 望まれています。 自分勝手に判断して、所属部隊を離れ、持ち場を離れて、それが 主のためと言いつつも、その熱心さが神の宮を破壊することも あります。 イエフはバアル信仰に関係した者を粛清しましたが、これによって 人々の心を満たしたのは、バアル信仰の誤りとそれが神の祝福の道 から遠いことであることを認めることではなく、単に独裁者イエフを 恐れることであったのです。 これは神を忘れ、自分の働きに酔った卑しい業であり、神の嫌う ことでした。 主に栄光を帰さない、神を讃美せず、自分の誉れを顕示するだけの ものはむなしい行為です。 ------------------------------------------------------------ イエフは神から「よくやった」とほめられましたが、主の律法に 従って歩もうと努めず、イスラエルに罪を犯させる原因となった 金の子牛像を拝み続けたのでした。 ------------------------------------------------------------ これが国家の衰退の原因となりアラム国の侵略となったのです。 使命を持つだけでなく、私たちは一歩一歩、主のお導きを求め主の 戒めに従って歩みたいものです。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 発行者:ジェームス親泊 協 力:おとずれ社 web版: http://homepage2.nifty.com/j-osamu/info.html まぐまぐ(マガジンID:99821) http://www.mag2.com/ melma!(マガジンID:151618) http://www.melma.com/ ご意見ご感想: j-osamu@nifty.com ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


