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2008/07/20

週刊 お奨め本 第299号『そろそろ旅に』

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週刊 お奨め本
2008年7月20日発行 第299号
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『そろそろ旅に』 松井今朝子
¥1,800+税 講談社 2008/3/26発行
ISBN978-4-06-214133-8
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この世をば どりゃお暇(いとま)と線香の
 煙と共に灰(はい)さようなら

人を食った狂歌を辞世に遺した、永遠の旅人、十返舎一九。
武士の身分を捨て、町人となり、浄瑠璃を書いたり戯作を書いたり、大坂に居つ
くと思えば江戸に出て、腰の定まらぬその一生。

生まれは駿府、父は同心。幼いころに母を亡くし、後妻が腹違いの弟を産んでか
ら居心地が変わった。
駿府の奉行は、江戸から旗本が赴任する。配下の与力や同心は地元の武士が務め
る。重田与七郎十七歳の折、赴任してきた奉行は小田切という。同心見習いを願
い出て槍を披露した与七郎は小田切の目に止まり、江戸からの家来と同様に処遇
された。
しかし、小田切はほんの数年で駿府を去る。つまり現代の警察組織で、キャリア
が転々と任地を変えていくようなもんですかね。残された与七郎は、家督を弟に
譲って小田切を追うことを決意する。狭い駿府の埒を出て、広い江戸の馬場でな
ら、思うように駆けられるのではないかと思ったのだ。
そして与七郎は旅に出た。

まず江戸へ。
ところが小田切はすでにつぎの任地大坂へと赴任した後だった。小田切を追って、
東へ歩いた道を西へ変え、大坂へ。
ようやく再会を果たした小田切に召し抱えられ、安定した身分を得たと思えば、
大坂は米騒動の只中だった。
質素倹約を通達され、米の買占めをした商人は処罰され、騒動は落着を見たが、
同時に世間は堅苦しくなっていく。岡場所どころか、芝居町通いすら儘ならぬ中、
与七郎は奉行所に居場所をなくしていく。そして材木問屋の入り婿となるのだ
が…。

どこに居ても、どこへ行っても、心は旅に出ている。
ひとつところに落ち着かぬ人というのはいるものだ。

> 「太吉、俺はもうここにいるのが辛い。そろそろ旅に出よう」(269頁)

大坂では浄瑠璃に筆を執り、江戸に出てからは絵双紙の戯作者となった。どちら
も稿料が支払われることは稀で、暮らしを立てる別の道が必要だ。
江戸においては、大先輩の山東京伝の口利きで、質屋の婿に納まった。けれど…。

身の落ち着かぬ与七郎こと、十返舎一九の心の象徴に、松井今朝子は「太吉」と
いう男を置いた。
与七郎の幼なじみで、常に影のように与七郎の身近にいる。駿河を出るときも、
江戸から大坂へ向かうときも、大坂で婿入りしてからも、江戸でも当然のように
そばにいる。ひょろりと背の高い与七郎と、ずんぐりした太吉。「なんでじゃ」と
与七郎にいい続け、家来なのに遠慮もない。
与七郎自身の投影、本音を語る、もう一人の自分。

> 所詮ここは旅先ではないかという思いがある。旅先では何があろうと恥にはな
> らない。ならば一生、こんな風に旅をしていられないものだろうか……。
> (12頁)

> 「身どもでも、作者になれるのか」
> 「左様。なれましょう。道を外れることができれば、作者なぞだれでもなれまする」(略)
> 道を外れたら、作者なぞだれでもなれるというのは本当だとしても、道を外れ
> て生きることこそが、だれでもできるわざではないのである。(略)
> しかし、この世の決まりごとなぞ所詮どうでもよいと心底から思えたら、人は
> おのずと道を外れてしまう。それはそれで、人は幸せではなかろうか、という
> 気もしないではなかった。(130頁)

江戸に出てからは、戯作者間の付き合いや、出版事情なども描かれ、これも興味
深い。特に滝沢馬琴の偏屈ぶり。人嫌いで、およそ誰のことでも悪く書きのこし
た馬琴の日記に、一九は珍しくも誉め言葉に書かれる。

永遠の旅人、十返舎一九。その半生。
面白うございました。


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