2009/03/13
インターナショナル61
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ ┏━━━━━━━━━━━━━━━┓ 【月刊ニュースレター:メール版】 イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル ┗━━━━━━━━━━━━━━━┛ メール版第61号(通巻185号) 2009年3月13日発行 発行所:MELT ホームページアドレス http://www014.upp.so-net.ne.jp/tor-ks/ Eメールアドレス melt-ks@jn3.so-net.ne.jp ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ わたしたちはいま、大きな時代の転換点に生きているのではないでしょうか? だから今とは、人間の自立と自律や民衆の自治という新しい民主主義のあり方 と、旧い代行民主主義の葛藤の時代でもあるのでしょう。 次々と起きるいろいろな事件や社会現象の分析をとおして、そんな問題を考 えてみたい人たちのためのメールマガジンです。 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 今号の内容: 1:私たちの世界は(日本):●西松建設の「偽装献金」疑惑 憶測を呼ぶ強制捜査と麻生内閣支持率の低迷 −検察官僚の「独断専行」は容認されるのか− 2:運動と組織のありかた(労働):●「派遣村」から見えたこと 生命と衣食住を脅かす人権問題としての失業 −モノ言わぬ労働者群を生んだ労働政策− 3:私たちの世界は(世界):【ガザ侵攻とイスラエル総選挙】 ハマスとの対話を迫る「オスロ合意」の破綻 −82年ベイルートの教訓を生かせるか− ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1:●西松建設の「偽装献金」疑惑 憶測を呼ぶ強制捜査と麻生内閣支持率の低迷 −検察官僚の「独断専行」は容認されるのか− ▼破られた不文律 東京地検特捜部は3月4日、小沢一郎民主党代表の公設秘書・大久保隆規 (たかのり)を政治資金規正法違反容疑で逮捕し、あわせて小沢の資金管理団 体「陸山会」(りくざんかい)など、小沢の関係事務所を家宅捜索した。 事件は、来年度予算が成立する見通しとなり、解散・総選挙をめぐる与野党 の駆け引きが激化し、いわゆる「解散政局」になると見られていた時期だけに、 通常は、選挙に大きな影響を与える強制捜査は手控えられるというこれまでの 「不文律」が覆されたことで、大きな驚きをもって受けとめられた。 案の定、小沢は翌4日の記者会見で、「捜査は不公正で不公平だ」と東京地 検を非難して「違法行為はない」と語気を強め、民主党代表の進退問題でも 「考えていない」と強気の姿勢を貫いた。 ところが麻生自民党も、この「敵失」に乗じて反転攻勢に出るでもなく、奇 妙な平静を装って「捜査の推移を見守る」姿勢に徹したが、その理由は、6日 までには明らかになった。 小沢の秘書が逮捕されたのは、準大手ゼネコン西松建設が、政治資金規正法 で禁止されている企業献金を、元社員を代表名義人にした政治団体を「迂回」 して行い、大久保秘書はこの違法性を認識した上で献金を受け取りながら、政 治資金収支報告書に嘘を記載した「虚偽記載」容疑だが、その西松建設は06年 までの約10年間で、少なくとも与野党の有力議員21人に総額3億8千万円の「企 業献金」を行った疑いのあることが、「改めて報道された」からである。 ▼年末から始まっていた捜査 事件の発端は昨年暮れ、西松建設の関連会社から福島県の建設会社に融資さ れた1億数千万円が、金利も含めてまったく返済されないまま、借入残高の確 認書を毎年とり交わすという不自然な取引が発覚したことだった。 だがこの事件も、西松建設が国内外で総額20億円を超える裏金をつくり、海 外の銀行にプールしていた裏金のうち約1億円を不正に国内に持ち込んだとし て、同社の元海外事業部副事業部長が外国為替及び外国貿易法(外為法)違反 で逮捕され、持ち込まれた1億円の使途を解明しようとする捜査の過程で発覚 したのだ。 福島の建設会社に融資された金は、実際には00年当時、青森県むつ市に計画 されていた核燃料中間貯蔵施設建設事業に関連して、西松建設社東北支店の幹 部に渡たり、まだ計画が未公表の段階で事業用地の先行取得に使われたと見ら れている。この用地は、当時のむつ市長の後援企業が、西松建設OBが経営す る会社から5千万円の融資を受けて取得、同支店幹部の要請で、所有権は東京 都内の建築資材会社に移されたという(朝日:09年1月1日)。 そしてこの一連の西松建設の裏金事件に関連して、地検特捜部が捜査した関 係先に、今回、企業献金を隠すためのダミー団体と言われる2つの政治団体、 「新政治問題研究会」(95年設立、06年解散)と「未来産業研究会」(98年設 立、06年解散)とが含まれていた。 しかもすでにこの時点で、この2つの政治団体の献金先として小沢・民主党 代表のや自民党・二階経産相、そして当時は自民党所属議員だった亀井静香ら、 21人の国会議員の名前が上がってもいた。したがって今回の政治資金規正法違 反事件は、昨年の暮れから東京地検特捜部が捜査を進めていた事案であり、小 沢や二階ら、名前の上がっていた議員たちがそうした事情を知らないはずはな い。 それでも、前述のように「政局がらみ」ではないかとの憶測を呼んだのは、 強制捜査のタイミングもさることながら、地検特捜部に「前科」があるからで ある。それは03年、社民党の辻元議員が「秘書給与の詐取」で逮捕・起訴され た一方、田中真紀子ら与党議員の同様の疑惑は立件されなかった事件である。 さらに6日には、警察庁長官時代に、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に 圧力を加える「政治捜査」を公言した漆間(うるま)官房副長官が、「捜査は 自民党議員には及ばない」と発言したことが暴露され、民主党幹部が「国策捜 査だ」と口走ったのも、まったく根拠が無いとは言えないことも明らかになっ た。 ▼それでも不人気な麻生内閣 だが西松建設の「偽装企業献金」が、自民、民主両党の有力議員に広く行わ れていたことが明らかな以上、政治不信が高まるのは確実だか、選挙で、自民 ・民主両党の勝敗に大きな影響を与えるとは考えられない。もちろん党首秘書 の逮捕という連日の報道は、それ自身が相乗効果を生んで民主党へのダメージ になる。とは言え麻生首相はじめ自民党幹部たちが、この「敵失」に乗じて解 散・総選挙に打って出るのも考えにくい。スキャンダル合戦の選挙が、自民有 利とは限らないからだ。 こうした推測は、事件直後の世論調査(6日〜8日)でも裏付けられた。 読売新聞の調査では、民主党の支持率は23.8%(前回28.3%)に下落したが、 自民党も24.1%(同26.8%)に下落、内閣支持率も17.4%(同19.1%)と続落 し、誰が次期首相にふさわしいかでは、小沢が35%(同40%)に下落し麻生は 26%(同24%)に微増した。また朝日の調査では、民主党支持率36%(同42%) に対して自民党支持は24%(同22%)、内閣支持率は14%(同13%)とやや回 復、次期首相についても、小沢が32%(同45%)で麻生は22%(同19%)と麻 生自民党が多少回復はしたが、なお民主党と小沢を下回る結果になったのであ る。 * だがその上で、指摘しておかなければならない問題がある。それは警察や検 察の恣意的解釈を許す公職選挙法の曖昧さと、検察による突然の「ルール変更」 を容認するマスメディアの対応である。 だいたい警察や検察はこれまで、労働組合などの団体献金には厳しく対処す る一方で、偽装企業献金は事実上野放しにしてきたと言って過言ではない。今 回に限らず、企業による「迂回献金」はこれまで「見逃されてきた」のが現実 であり、これを今になって「違法」として摘発するのは、試合中のルール変更 と同じだろう。それは本来、法的不備が明らかになった時点で、法律なり省令 を改訂して違法行為を明示すべき事なのだ。 こうした官僚機構の「独断専行」は、官僚側が「政府・与党にだけ事前告知 する」ことなどで容認されてきたのだが、それこそが自民党の長期政権と官僚 機構の癒着の産物であり、これを指摘しないマスメディアもまた「官僚主導政 治」を容認しているとしか言いようがない。 長期政権と官僚機構の癒着を断ち切るためにも、やはり一度は、自民党政権 を清算すべきなのだ。(3/9:ふじき・れい) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 2:●「派遣村」から見えたこと 生命と衣食住を脅かす人権問題としての失業 −モノ言わぬ労働者群を生んだ労働政策− 昨年末、突然契約解除された派遣労働者を取り上げたテレビは、バックミュ ージックにショパンの「木枯らし」を流していた。しかしこの曲は、窓外の光 景を描いたもの。 2008年年末から新年5日まで、行政機関の窓口が閉鎖されている期間中の緊 急避難策として、日比谷公園の「派遣テント村」は開設された。期間中、天気 には恵まれたが底冷えがした。 サブプライム問題の影響を受け、製造業界で生産調整が始まった影響を真っ 先に受けたのが、派遣労働者だった。突然雇用契約の中途解約を通告されたり 期間満了で解雇され、同時に住居を追い出された。 なぜ彼らは、解雇に素直に応じたのか。 契約の解除されしを告ぐる息子の 顔に羞らいの色あるが哀し (『朝日歌壇』09年1月12日より) 派遣労働者の職場は「よその会社」。そのため遠慮しながら、不満を言わず に働くという。派遣先との関係は「引いている」のだという。だから解雇を言 われても「引く」。派遣労働者である自分の責任で、やむをえないと受けとめ るという。 納得いかないと声を上げるには、時間的にも経済的にもゆとりがない。それ よりも、次の仕事を探すのが先と判断をする。しかし状況は追いつめられる。 派遣労働者の問題は、契約が物扱いだ、雇用責任が曖昧だというような法律 問題が本質ではない。生活維持のための労働の尊厳と人権否定、物言わぬ労働 者群を作り出す労務管理が可能な状態を作り出しているということにこそ、問 題の本質である。 正規労働者で組織されている労働組合が、組織率アップのために非正規労働 者の組織化をスローガンに掲げても成功しない理由が、ここにあることに気付 いていない。 ▼住宅確保は「自己責任」か 今回明らかになったのが、労働者の住宅問題である。 日産をリストラになり流れ来たる ブラジル人と隣りて眠る (『朝日歌壇』09年1月19日より) 行政改革が叫ばれたとき、担当大臣の石原伸晃は、具体的に何から始めるの かとの記者からの質問に、「たとえば住宅金融公庫や雇用能力開発機構とか」 と答えた。いずれも労働者の生活に影響を及ぼす部署。 これらの部署の一部の問題点をクローズアップさせる裏で、労働者の住宅問 題や職業訓練の切り捨てが促進されていった。同時期に論議が開始されたのが、 かつて炭鉱閉鎖で大量に失業者が出た時に住居を保証するために建てられた雇 用促進住宅廃止問題で、現在は2021年の全廃が決定されている。 住宅金融公庫は、労働者が住宅を入手しようとする時、便宜を図るものであ った。廃止後は、労働者が住宅を入手するには、建設・不動産業界と金融業界 に相当の金額を支払うことを余儀なくされた。労働者の衣食住の確保を「自己 責任」と位置づけ、建設・不動産業界と金融業界の自由市場へと誘導すること になったのだ。 住宅問題の「自己責任」は、阪神淡路大震災においてもそうだった。その結 果、住民の格差は拡大した。一方、建設業界にとってはチャンスが降ってきた。 残るもの切られ去るもの言(こと)言わず 見守る守衛も無言にて立つ (『朝日歌壇』09年1月19より) 「自己責任」=セルフ・ヘルプという思想は、アメリカが、自立した個人に よる建国を目指していた19世紀末に登場した。産業、企業、労働市場において も、個人対個人の自由取引が理想とされた。労働契約も自由契約で、その結果、 労働者の団結権の抑圧にもつながった。 100年後、グローバリゼーションが拡大すると「自己責任」の思想が再登場し、 世界を席捲していった。結果は様々に格差を拡大させ、労働者や市民の横の繋 がりは崩壊させられた。派遣労働者は、その中に存在させられた。「二度目は 悲劇として」。 サブプライムローンとは、アメリカでの低所得者層向けの住宅等への融資を 指す。信用力が低いので高い金利で貸し付ける、このハイリスク・ハイリター ンのつまずきが金融危機を招いた。 アメリカでの住宅問題の「自己責任」論に端を発した問題が、日本の派遣労 働者の住居を奪うに至った。浮かびあがってくるのは、金融資本に翻弄された 労働者の住宅問題。はたして労働者にとって、いかなる状況でも衣食住が「自 己責任」ということなら、国家は存在意義が問われることになる。 今後も予想される事態で住宅問題を解決するためには、まず労働者に対して 安い家賃での住居の保証を行わなければならない。そのためには、労働者の住 宅問題を利潤追求優先の国土交通省の管轄から、生活保障のための厚生労働省 の政策として位置付けなければならない。雇用促進住宅の機能は縮小ではなく 拡大させ、民間の空室を雇用促進住宅として借り上げ、低家賃で貸与されるよ うな政策が取られなければならない。 ▼お粗末な日本の公的職業訓練 失業保険は、対象者、給付期間の延長に加え、増額しなければならない。な ぜなら、解雇後も税金、社会保険料等を支払わなければならないのだから。 現在、資金がない労働者が職業訓練を受けるには、公的職業訓練校か雇用保 険受給中に民間の委託訓練校しかない。その期間は3か月から1年。しかし一 端解雇・退職に至った事情がある労働者が、これだけの期間でキャリアアップ が充分にできるはずがない。 職業訓練は、期間の問題ではない。どの業種がどのような労働者を求人して いるかを把握し、どのような職能を身に付け磨くかを含めた適応性の検討が必 要だし、新たな技術開発や制度の変化に対応するものでなければならない。 職業訓練などのための公共支出は、GDP比で北欧が2〜3%、大陸ヨーロッパ が1.2〜1.3%、アメリカが0.21%に対して、日本は0.09%でしかない。日本で は、公的職業訓練がほとんど行われていないといっても過言ではない。それで も現在は、さらに縮小の方向で検討が進んでいる。 イギリスなどでの職業訓練は、まずは、労働者の現在の職能レベル、適正、 適応性、自己開発などを細かく分解・分析しながら能力アップをはかる。労働 者の権利と義務などの知識も習得したうえで、労働者と指導者は一緒になって 再就職にはどの業種・職種がふさわしいかを検討し、自信をもって再スタート させる。 再就職のためには、生活苦の状況にある労働者にこそ公的機関での職業訓練 が必要であり、制度を拡充させることは緊急な課題である。さらに企業が雇用 保険に加入していない雇用条件で解雇になった場合には雇用保険受給資格も発 生しない。 ▼失業と自殺−命を奪う負の連鎖 現在の派遣労働者を巡る問題のもうひとつに、自殺問題がある。 昨年9月14日、第4回「WHO世界自殺予防デー」シンポジウムが開催され、N PO法人自殺対策支援センターライフリンクが作成した『自殺実態白書2008』の 分析と、その中から見えてきたものについて報告があった。 管轄警察署ごとの自殺者数が分析されているが、被雇用者(失業者を除く) の多い警察署をリストアップすると(警察署の規模、人口数が違うことを踏ま えなければならないが)、1位が愛知・豊田、2位が山梨・富士吉田(富士山 での自殺者)、3位が福岡・筑紫野の順になっている。 この結果について、首都大学東京の宮台教授が分析・報告したが、特徴とし て、1)工業地帯(隣接)が多い、2)地方都市が多い、3)製造業が多いな どがあげられる。そこの製造業の特徴は、1)国際的競争から長時間労働が多 い、2)24時間交代の深夜労働がある、3)誘致してもらったという地域性が 労働法規を守りにくくしている、4)非正規労働者(特に派遣労働者)が多い、 5)成果主義・ノルマに負われている。 この地域性は、地域ごとの精神障害等の労災申請数でも裏づけられている。 そして労災申請における業種ごとの順位は、製造業がトップになっている。 12月25日、参議院議員会館で「緊急集会“自殺者急増の危機”に立ち向かう」 が、自殺対策を考える議員有志の会と、NPO法人自殺対策支援センター「ラ イフリンク」の主催で開催された。 ライフリンクの調査では、「自殺の危機経路」の「無職者(就業経験あり)」 の事例のなかに、「派遣切り(失業)→生活苦→多重債務→うつ病→自殺」の 連鎖がある。この連鎖を断ち切ることが自殺対策になるが、現在それに対応し ているのは民間団体が中心である。 実際に、「派遣テント村」とその存在のニュースは、多くの自殺をくい止め ることになったとも思われる。 自殺問題を捉える時、「鍵となる3つの数字」のひとつに「98.3」がある。 98年3月、金融不況で貸し渋り・倒産が相次ぐ中で、決算期に自殺者が一挙に 1000人増えた。それ以降毎月1000人づつ増えつづけ、97年と比べて98年は1万 人増えて3万人台に至り、現在も続いている。まさに社会構造が、自殺者を生 み出している。 今年は、この後さらに大量解雇、3月には倒産が続くと予想されている。政 府の対策は急がれなければならない。 しかしこの年末年始の実態についても、現在はわからない。なぜなら警察は、 自殺の実態を翌年度の6月頃に、前年度の通年実態報告としてしか発表しない からだ。対策を取るための資料をどこよりも持っている部署で、深刻性を欠く このような対応をしていることも、これまで自殺対策を遅らせてきた要因のひ とつになっている。 そして「派遣村」と自殺問題に加えて、「秋葉原事件」も忘れてはいけない。 それは、ファクターが逆方向に追いやられただけの問題だからである。 ▼外国人と正規雇用にも広がる解雇 日系のブラジル人らのおしゃべりに 時折「クビ」という日本語混じる (『朝日歌壇』09年2月1日より) 派遣切りは、まだまだ続くことが予想されるが、同じように深刻さを増して いるのが、外国人労働者の問題。 日本人の職業訓練の制度は縮小されても、「外国人研修生」は大量に受け入 れている。日本人には職業訓練は必要ないが、外国人には研修が必要なのか。 そうではない。 「外国人研修生」の世界では、最低賃金も保障されない低賃金労働で、労働 条件、人権などはまったく保障されていない強制労働がはびこっている。そし て今、彼らに対する「解雇」も起きている。しかし、要求のための声を上げる 方法すら奪われている。彼らに対する基本的人権を確立させる闘いを、大きく 登場させなけれならない。 正規労働者の大量解雇問題も、時間の問題になっている。現在の「滑り台」 社会は、正規労働者が「滑り落ちる」傾斜も大きくなっている。 解決方法は、生存権、人権の確立、生活権の拡充をし、「落下地点」のセー フティーネットを強化することである。そのセーフティネットは、派遣労働者 も外国人労働者も正規労働者にも共通である。 不当解雇を叫ぶ人あり 黙々と出社する門を隔てて (『朝日歌壇』09年1月19日より) 大量の契約解除は、行政改革・構造改革に後押しされた、労働者を人間と見 ない企業が強行した「人災」だ。それは行政改革・構造改革の帰結である。そ してそれらを支持した者たちの責任でもある。 今回の「派遣テント村」に寄せられた支援は、「村民」が「自己責任」では 解決できない被害者であることが明らかだから、寄せられたのである。 駆け付けたボランティアのすべてが、行政改革・構造改革への反対・批判者 だと言うことはできない。だが生存権を脅かされている労働者の姿を見せられ たとき、その存在を肯定できない人たちだった。そして「村民」は、ちょっと 前まで自分たちの近くにいた人たちだった。 * 「村」で体感したのは、政治の非情さと人々の実行力が持つ可能性だった。 労働者の生活権を共に守ったのは市民。その市民は、「頑張っているのは小 さなユニオン、大きな労働組合が見えない」と語っていた。そのことが、今後 の労働問題にどう影響してくるか。 力が小さい者たちでも、一緒に声を上げた時、困難さは突破できた。議会を 越えて、政治が目の前で動いた。議会や大きな組織に依存しなくても、社会を 動かせる。この実感の共有が、グローバリゼーションに対抗する運動潮流を登 場させる萌芽になることを期待したい。 残念ながら、まだ「大きな」労働組合の姿が見えないが、階層を越えて、市 民と一体となって取り組もうとするのに、躊躇はいらないはずだ。 (2/5:いしだ・けい) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 3:【ガザ侵攻とイスラエル総選挙】 ハマスとの対話を迫る「オスロ合意」の破綻 −82年ベイルートの教訓を生かせるか− ▼過半数を占めた右派 2月10日に行われたイスラエル総選挙は、昨年末のパレスチナ暫定自治区・ ガザに対するイスラエル軍の無差別攻撃という事態を受けて、いわゆる中東和 平の行方を左右する選挙と見なされていた。 12日に発表された最終開票結果では、「リクード」=団結)など右派勢力が 50から65へと議席を増やして定数120議席の過半数を占め、他方、連立与党を含 む中道の右派・左派勢力は70から55へと議席を減らし、「パレスチナ国家との 共存」に消極的な右派が多数派になったことで、和平への道は遠のいたと報じ られている。 しかしことは、そう単純でもない。もちろんリクードなど右派勢力の伸長は、 和平の推進を掲げる欧米諸国の中東政策にとっては打撃であり、当面は、イス ラエルとパレスチナの和平交渉の進展が望めない事態になったのは確かである。 しかし他方では、連立与党の中道右派「カディマ」(=前進)が、1議席減 の28議席に踏みとどまり、12議席から27議席に躍進したリクードを押さえ、か ろうじてだが第1党の座を守ったし、今回の総選挙で最も注目された極右派 「わが家イスラエル」は、4議席増の15議席と第3党に躍進はしたが、イスラ エルの有力紙「ハアレツ」が2月6日に発表した世論調査で予測された18議席 にはとどかなかったなど、イスラエル国内の困惑と動揺も見て取れるからであ る。 総選挙に現れたこの困惑と動揺は、リクードのネタニヤフ党首と、カディマ のリブニ外相が共に「勝利宣言」をするという混沌たる状況をもたらすことに なったが、それはイスラエル国家が直面する、文字通りの手詰まり状況の反映 と言える。 つまり昨年末のイスラエル軍によるガザ侵攻とパレスチナ民衆の無差別殺戮 は、後述のように、1993年の「オスロ合意」にもとづく和平の展望が破産した ことを再度明らかにしたが、同時に、周辺地域に対する軍事侵攻では「テロの 脅威」を取り除けないことも明らかとなり、右派・リクードなどが唱える軍事 力による「テロ組織の根絶」もまた、現実的にはほぼ不可能であることが暴露 されたからである。 アラブ世界の高まる敵意に包囲された「テロへの不安」と、たび重なる軍事 侵攻と無差別殺戮が呼び起こす「国際的孤立への不安」の間で揺れるイスラエ ルのユダヤ人民衆にとって、和平であれ軍事的制圧であれ、このジレンマを打 開する「現実的展望」が共に限界を露呈した事態は、深刻な困惑と動揺をもた らすに充分である。 ▼労働党とカディマの挫折 1993年のオスロ合意に始まる中東和平、つまり「パレスチナ国家」建設によ るイスラエルとパレスチナの共存という展望が決定的に破産したことを象徴す るのは、労働党の第4党への転落である。 かつてはリクードとの2大政党制の担い手であり、現党首・バラクが首相を 務めた99年から01年にはPLO(パレスチナ自治政府)との和平交渉を精力的に 推進したこの党が、19議席から13議席に後退して極右政党に第3党の座を奪わ れた事実が、オスロ合意の破綻を雄弁に物語っている。 というよりもオスロ合意の破綻は、3年前の06年1月、パレスチナの評議会 選挙で、オスロ合意の当事者であるPLO主流派・ファタハが、ガザを中心に台頭 したハマス(=イスラム抵抗運動)に手痛い敗北を喫し、つづいて3月のイス ラエル総選挙でも、当時のシャロン首相が、リクード党首・ネタニヤフら右派 の「大イスラエル主義」と決別して結成したカディマが、期待されたほどの勝 利を得られなかった時点ですでに明白であった【本紙165号(06年6月)参照】。 その意味でオスロ合意の破綻は、06年7月のレバノン侵攻と今回のガザ侵攻 という、2度にわたる大量破壊と流血をへて「再確認」されたと言うべきなの だ。 必要だったのは、06年のパレスチナ評議会選挙とイスラエル総選挙の結果を 受けてオスロ合意を一旦凍結し、パレスチナの新たな主流派・ハマスとの間で 何らかの対話を始めることだったのである。 ところ、が欧米諸国を中心とする「国際社会」はオスロ合意とファタハとの 和平交渉に固執し、自らがパレスチナに要求した民主的選挙で多数派となった ハマスに「テロ組織」のレッテルを貼り、あげくに交渉を拒絶して経済援助を 停止し、ファタハ治安部隊にガザの軍事的制圧=ハマス弾圧をけしかけ、逆に ガザ全域をハマスが軍事的に制圧する事態を引き起こしたのだ。 その意味で06年以降の破壊と流血に対する重大な責任の一端は、オスロ合意 に固執した欧米諸国にもあるのだ。 他方、イスラエルにおけるカディマの結成は、パレスチナの新たな多数派・ ハマスが、オスロ合意にもとづく和平に反対している現実と、逆にそれに固執 する欧米諸国からは和平推進の圧力が強まることを見越したシャロンらリクー ドの一部勢力が、パレスチナとの「国境」を物理的に画定し、これを既成事実 にしてイスラエルの存立と安全保障を実現する試みだったと言える。 右派の激しい抵抗を押し切ってガザのユダヤ人入植地を放棄する一方で、ヨ ルダン川西岸の入植地を「分離壁」で物理的に囲い込むシャロン元首相の「分 離政策」は、アラブ世界の敵意に包囲されたイスラエル国家が、東欧や旧ソ連 地域から流入する移民を受け入れて「立て籠もる」のに必要な入植地を力ずく で確保し、それ以外の地域に「パレスチナ国家」を建設することは容認してオ スロ合意の形骸化を図る、究極の立て籠もり戦略だったのである。 だがこの中道右派の展望は、前述のように06年のイスラエル総選挙では、リ クードの弱体化には成功しても十分な大衆的支持を得るには至らず、病に倒れ たシャロンの首相代行となったオルメルトは、結局は労働党との連立によって かろうじて政権を維持するにとどまったのである。 ▼和平を踏み潰した「ハト派の戦争」 しかし分離政策の破綻は、意外なところから露呈することになった。 ファタハ支配下のヨルダン川西岸での「テロ」を押さえ込み、入植地撤去で ガザの敵意を緩和するのに成功したかに見えた「立て籠もり戦略」は、北方の レバノンで台頭してきた「ヒズボラ」(=神の党)の活発な抵抗運動によって、 新たな「テロの脅威」に直面したからである。 しかも、カディマ・労働党の連立政権が満を持して始めた06年7月のレバノ ン侵攻作戦は、周到に準備されたヒズボラの反撃を受けて、非武装の民間人死 傷者を別にすれば、ヒズボラ戦闘員の戦死61人に対してイスラエル兵の戦死119 人(AFP通信)という被害を出すのである。それはイスラエル軍の「不敗神話」 を崩壊させ、連立政権は「敗戦責任」を追求される窮地に追い込まれた【本紙 167号(06年8-9月)参照】。 ところがこの敗戦が、昨年末にイスラエル軍がガザへの大規模侵攻に踏み切 る伏線となったのである。 なぜならイスラエル軍の「不敗神話」の崩壊は、当然ながらパレスチナの抵 抗運動を鼓舞し、「国際社会」の経済援助の停止と経済封鎖にあえぐガザ地区 でも、「武器密輸の阻止」を口実に繰り返されるイスラエル軍の越境攻撃に対 して、反撃の機運を高めることになったからである。 こうしてカディマ・労働党の連立政権は、分離政策によって緩和したはずの 「テロの脅威」に再び直面したのだが、同時に「ハマス撲滅」と「密輸トンネ ルの破壊」を名分とするガザ侵攻は、レバノンでの敗戦の汚名をそそぎ、「テ ロに対する弱腰」という右派の非難をかわして総選挙での劣勢をはね返す、連 立政権にとって是非とも必要な軍事行動になったのである。 事実ガザで大規模な空爆が始まると、世論調査による労働党の支持率は2倍 に跳ね上がり、連立与党全体の支持率も上昇して、右派の圧勝という総選挙の 予測は一転して接戦の様相を呈し、少なくとも中道右派・カディマと右派・リ クードの間では文字通りの接戦が繰り広げられた。 だが確認しておくべきなのは、この程度の選挙結果でさえ、主要閣僚が「ハ ト派」と呼ばれる中道左派・労働党とカディマの連立政権が、多くの子供を含 む1000人を越えるパレスチナ民衆を殺害し、ガザにあるパレスチナ人難民キャ ンプを瓦礫と化す軍事侵攻を強行することで達成されたことである。欧米のマ スコミも含めて、「〃ハト派の戦争〃が中東和平を踏みつぶした」と皮肉った のも当然であろう。 それは結局、オスロ合意から始まった15年に及ぶ中東和平構想が最終的に瓦 解したことで、イスラエルの和平推進派と「国際社会」の中東政策が再検討を 迫られている現実を暴いたに過ぎない。 ▼「ハマス根絶」という幻想 明らかなことは、ファタハとの交渉に固執してハマスとの対話を拒否し、 「集団懲罰」と称してパレスチナへの経済援助も停止し、加えてガザ地区を巨 大な収容所と化すイスラエルによる経済封鎖を容認する限り、「テロの脅威」 は絶対に無くなりはしないということである。 ハマスとの対話を拒否する「国際社会」とイスラエルは、ハマス憲章に、 「イスラームが消滅させるまで、イスラエルは存続する。聖戦以外に解決の手 段はない」と明記されているのが理由だと主張するが、それはただの口実に過 ぎない。 なぜならイスラームのいかなる穏健派といえども、「イスラーム法の解釈上」 は、イスラエルの存在を認めることはありえないからである。というのはイス ラーム法では、パレスチナ全土は人為的割譲が許されない、神によって寄進さ れたワフク(寄進地)であり、異教徒の侵攻に対するワフクの防衛はイスラー ム信徒の義務だからである。 だがイスラーム法には、ダルーラ(必要)の理論、つまり例外的にだが現実 的な対応を可能にする論理もあるのだ。例えば生存にかかわる飢えに直面した 場合は、イスラーム法で禁じられている豚肉食も許されるといった論理である。 実際にも、聖地・メッカの守護役を自任するサウジアラビヤの王家は、この 論理によって異教徒であるアメリカ軍の駐留を容認しているし、現在はパレス チナ唯一の代表機関であるPLOの「パレスチナ国民憲章」にも、98年に削除され るまではイスラエル敵視条項が明記されていたが、それは93年のオスロ合意の 妨げにはならなかったのだ。 そしてハマスもまた、これまでにも停戦などで現実的な対応を行ってきたの は、周知の事実である。 しかもPLOの結成よりもはるか以前、1927年のムフティー(宗教指導者)の書 簡に始まるとも言われるハマスの長い歴史を見れば、その軍事的根絶などは、 まったくの幻想に過ぎないのも明らかなのだ。 何よりもハマスやレバノンのヒズボラは、テロを主要目的とする「アルカイ ダ」のような組織とは違って、単なる軍事組織ではないのだ。「国際社会」が これを同一視しようとも、アラブ世界に広範な基盤をもつ「イスラーム同胞団」 に連なる彼らは、学校や病院を運営してきた実績をもち、それこそダルーラの 理論にもとづいて西欧的ルールとも妥協を図りつつ、パレスチナ民衆の必要に 応える相互扶助のネットワークを地道に育て上げることで勢力を拡大してきた のであり、軍事部門にどれほどの打撃を与えようとも、この民衆の生活に根付 いたネットワークを壊滅させるのは不可能である。 ハマスが、04年に精神的指導者であるヤシン師と最高指導者のランティース ィー氏を暗殺されてなお06年選挙で評議会の多数派になった事実は、このネッ トワークの強靭さの証明に他ならないし、ファタハが欧米諸国の経済援助への 依存を深め、それを私物化することでパレスチナ民衆の不興を買ったのとは対 照的に、ハマスが、イスラエルの軍事的圧力に抗してパレスチナ民衆の生存権 のために活動してきた証しでもある。 ハマス憲章の一節だけを取り上げ、選挙で多数派となったハマスとの対話を 拒絶するのは、今やまったく非現実的な対応と言わざるを得ないのは明らかで ある。 ▼82年−ベイルートの教訓 こうしてイスラエルと「国際社会」は、中東和平の展望の再構築を迫られる ことになったが、その際に教訓とされるべきは、1982年のレバノン戦争である。 この戦争では、当時レバノンの首都・ベイルートを拠点にしてイスラエルに 対するゲリラ戦を繰り広げていたPLOが、イスラエル軍の激しい攻撃によって ベイルートから海路の脱出を余儀なくされたが、それはイスラエルの側も、PLO の軍事的壊滅を断念することを意味していた。 まさにこの戦争の結果として、つまりイスラエル軍の攻撃に耐えぬき、つい に降伏することなく存続したPLOは、パレスチナ問題の当事者として国際的な 認知を勝ち取り、以降の欧米諸国の中東政策を、イスラエルとPLOとの間で何 らかの協定や交渉を促すものへと変えたのである。 イスラエル軍によって繰り返されるガザ侵攻にもかかわらず、これに耐えて 決して降伏しないハマスは、82年当時のPLOの姿に重なるし、ハマスもまた軍 事的に壊滅させることが不可能な存在であることは、前述のとおりである。 82年の教訓が示しているのは、イスラエルと「国際社会」がハマスをパレス チナ問題の当事者として認知し、何らかの対話を始めることだけが、破産した オスロ合意に代わる新たな「中東和平」の枠組みを見いだすことを可能にする ということである。そしてハマス憲章にある「イスラエル敵視条項」は、PLO 憲章にあった同じような一節と同様に、対話の妨げにはならないだろう。 * もっとも、ハマスとイスラエルの対話がパレスチナ問題の解決に向かう可能 性は、ほとんどない。イスラエル建国を強行したシオニストに追放されたパレ スチナ難民が、国連決議が認めた「帰還権」にもとづいて故郷に帰るには、今 も増えつづける入植地の撤去が不可欠だからである。 だが入植地問題には、ユダヤ人が選挙で多数派を維持しつづけるために、15 年後には現在の20%(130万人)から25%になると予測されるアラブ系人口の 増加に対して、東欧などからの移住を受け入れつづけなければならないという、 「ユダヤ人国家」に特有の背景がある。極右派「わが家イスラエル」が、東欧 や旧ソ連からの移民を支持基盤にして、アラブ系住民の国外追放や市民権剥奪 を訴えて第3党に躍進したのは、その危機感の強さの現れである。 と同時に欧州全域に根強く残るユダヤ人への差別が、イスラエルへの移民を 後押ししつづけている現実があることも、確認しておかなければならない。 こうした問題は、あらゆる「少数民族」への差別を禁止する国際条約の必要 を「国際社会」に突きつけるが、それが実現するまで、パレスチナの流血と破 壊が見過ごされて良いはずもない。 ハマスとイスラエルの対話が、ガザのパレスチナ民衆の「生存する権利」を 保障する停戦と経済封鎖の解除、ならびに「国際社会」によるパレスチナ難民 への経済援助を再開させる可能性があるなら、わたしたちは、それが最も優先 されるべきであることを肝に銘じなければならない。 (2/28:きうち・たかし) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【お知らせ】大変遅くなりましたが、09年1・2月号を配信します。 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ ┏━━━━━━━━━━━━━━━┓ 【月刊ニュースレター:メール版】イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル ┗━━━━━━━━━━━━━━━┛ メール版第61号(通巻185号) 2009年3月13日発行 発行所:MELT ホームページアドレス http://www014.upp.so-net.ne.jp/tor-ks/ Eメールアドレス melt-ks@jn3.so-net.ne.jp =================================== このメールマガジンは、『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ を利用して 発行しています。解除は http://www.mag2.com/m/0000089504.htm からでき ます。 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


