インターナショナル  RSSを登録する

今、時代は大きな転換期にあると思います。この時代の性格と、今後わたしたちに何が問われているかを、世界や日本の主な出来事の分析を通じて考えます。

最新号をメルマガでお届けします    
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。
2007/05/26

インターナショナル49

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
                  ┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
【月刊ニュースレター:メール版】 イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル
                 ┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
 メール版第49号(通巻173号)      2007年5月26日発行
 発行所:MELT
     ホームページアドレス http://www014.upp.so-net.ne.jp/tor-ks/
          Eメールアドレス   melt-ks@jn3.so-net.ne.jp
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
わたしたちはいま、大きな時代の転換点に生きているのではないでしょうか?
だから今とは、人間の自立と自律や民衆の自治という新しい民主主義のあり方
と、旧い代行民主主義の葛藤の時代でもあるのでしょう。 
 次々と起きるいろいろな事件や社会現象の分析をとおして、そんな問題を考
えてみたい人たちのためのメールマガジンです。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
今号の内容:
1:私たちの時代とは(日本):【07年統一地方選挙の結果について】
             退潮つづく自民党はなぜ「強気」なのか
            −自公連立と対峙する「野党連立」の構想−
2:私たちの時代とは(日本):長崎市長射殺事件
             なぜ誰も、テロの責任を取らないのか
             −「テロ抑止」に失敗した官僚たちの無責任−
3:運動と組織のありかた(労働組合):非正規雇用の拡大と労働運動【中】
          「不平等な競争」に参加する「平等な権利」
             −現在にまで貫かれた戦争被害の格差−          
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1:【07年統一地方選挙の結果について】

                退潮つづく自民党はなぜ「強気」なのか

               −自公連立と対峙する「野党連立」の構想−

▼具体的争点の後景化

 今年の統一地方選挙は、4月8日投票の前半戦では東京都など13の知事選挙が、
4月22日投票の後半戦では沖縄と福島の参院補選が最大の話題とされ、この2つ
の選挙結果から、安倍・自民党の「健闘」がクローズアップされた観がある。
とくに都県知事選と参院補選は7月参院選の前哨戦と喧伝され、安倍政権との対
決姿勢を強める小沢・民主党の、「与野党逆転」の可能性ばかりが焦点化され
たと言っていい。
 たしかに今回の都県知事選と参院補選は、夏の参院選の行方を占う選挙には
違いない。だが焦点化されたこれらの選挙からは、地方分権をめぐる「三位一
体の改革」や「平成の大合併」で自治体が直面する課題は、むしろ見えてはこ
ない。
 というよりも、「二大政党制の定着」という恣意的前提に立ち、その二大政
党が対決する典型的な選挙戦、つまり東京都知事選(自・公vs民・社)と、沖
縄(自・公vsオール野党)と福島(自民vs民主)の2つの参院補選を意図的に
焦点化した選挙報道の結果として、地方自治体をめぐる肝心の争点が後景に追
いやられたと言うべきだろう。
 例えば東京都知事選挙は、三選をめざす現職の石原と元宮城県知事の浅野を
かつぐ「与野党激突の首都決戦」とされ、自民党の推薦を辞退した石原の思惑
や、民主党の出馬要請を断りながら「市民派」として立候補した浅野陣営の勝
算など、憶測だらけの「対決の構図」が報じられ、ついには石原の「低姿勢」
や「反省」ばかりが話題となり、石原都政二期8年の功罪という肝心の争点は、
ほとんどかき消されてしまった。
 結果として07年統一地方選挙は、参院選の前哨戦に貶(おとし)められ、地域
間格差の拡大によって生じた「公共サービスの格差」、過疎による自治体財政
の危機やこれと連動した高齢者医療と介護制度の危機など、都市と地方の再分
配の見直しを突き付ける自治体選挙ならではの争点は、財政再建団体となった
夕張市の市長選挙が象徴的に報じられただけで、ほとんど争点化することなく
終わったのである。

▼自民党の衰退と争点の観念化

 だが、肝心な争点が後景に追いやられたのは、マスメディアの恣意的な選挙
報道のせいばかりとは言えない。
 もちろんマスメディアには、「世論のミスリード」の責任はある。「郵政民
営化選挙」と同じようにである。しかし注目すべきなのは、「争点の観念化」
とでも言うべき対決の構図の変化にある。
 現実の社会的必要に応える具体的政策を競うのではなく、改憲とか教育制度
改革とか、いわゆる戦後政治の理念を根本的に変えることが「改革」の継続で
あり、それこそが最大の政治課題だとする「改革派」の論調が日本政治を広く
覆っている事態が、自治体選挙の争点を後景化させ、与野党の観念的対決と政
権の行方がクローズアップされた本当の要因だと考えられる。
 共産党から民主党まで、野党各党が掲げた格差是正も、社会保障拡充の具体
的要求を掲げる以上に、新自由主義批判や日本的互助の美徳を語ることで、む
しろ争点の観念化を助長した。
 もちろんこうした争点の観念化は、「美しい国」と言った観念論を振り回す
安倍政権が仕掛けたことだし、「参院選で改憲を争点にする」と言う安倍の宣
言は、この事態に拍車をかけてもいる。だが争点の観念化のより本質的な背景
には、「どぶ板選挙」と呼ばれた戦後保守政治の伝統的手法、つまり地域社会
の経済的要求を吸い上げた地域ボスが、国や自治体から「資金を引っぱって来
る」政治の衰退がある。
 戦後半世紀にわたって、自民党の政権独占を可能にしてきた公的資金による
支持基盤の扶養は、国家と自治体の財政難のために困難となり、自民党支持率
の長期低落を招くことになったが、それは包括政党・自民党に変質を迫るもの
でもあった。
 そして、こうした「旧い」自民党支持基盤の衰退は、今回の統一地方選挙の
結果にもはっきりと現れていた。
                           *
 統一地方選挙前半戦の中で、44道府県議会選挙と15の政令指定都市議会選挙
を見ると、前回2003年との比較で自民党は、県議選の議席数で97、得票率で0.5
%減少し、逆に民主党は議席数で170、得票率も7.2%増加した。また指定都市
議会の選挙では、自民党は議席数を24増やしたものの、得票率では1.4%減らし
ており、議席増も、定数が全体で152議席増えたおかげに過ぎない。他方の民主
党は、議席数で68、得票率でも5.7%増加しており、自民党は、民主党に完敗し
たと言える。
 では後半戦はどうか?
 後半戦の市区町村首長と議会選挙は、その数だけで895にものぼり、全体を分
析することはできないが、全国310の市議会議員選挙だけ見ても、民主党は374
人を当選させ、全当選者に占める民主党当選者が、前回の2.8%から4.7%と倍
増したのに対して、自民党の当選者の割合は7.9%から7.5%に僅かながら減少
し、87年の統一地方選挙から5回連続の当選者減となった。
 にもかかわらず、自民党が「健闘」し安倍の「求心力が回復」したとの評価
は、どこまら生まれたのだろうか。

▼組織選挙プラス「理念型党首」

 それは沖縄という「革新派の牙城」で、オール野党共闘の知事選と今回の補
選という2回の「1人区」選挙に連勝した自民党が、安倍を看板にした選挙戦
に自信を深めつつあるということである。
 今夏参院選の勝敗を別ける「1人区」選挙のモデルとして、自公の全面協力
による組織選挙に、「安倍人気」で無党派票の取り込みが加われば十分に勝て
るというのが、自民党執行部の総括である。
 とかく「選挙に弱い」イメージのあった安倍が、沖縄に直接2回も乗り込んで
応援した上での勝利は、安倍が総裁になって以降の党内不協和音を沈静化させ
ることになったし、知事選と補選の連勝という高揚感が、この多分に主観的な
自信となっただろうことは十分に推察できる。
 だがそれでも、これを「主観的過信」として切り捨てるのは禁物である。と
いうのも小泉政権の5年間は、前述した戦後保守政治の伝統的手法が「守旧派」
として排撃され、代わって「構造改革」なる理念が選択肢として提示される
「自民党の変質」が進展したのであり、その意味で安倍の「改憲」という理念
的選択肢の提示は、変質した自民党の現実に合致するからである。
 もちろん安倍による理念の提示は、沖縄の地元ゼネコンと創価学会という、
旧態依然の利益誘導型組織選挙に補完されてはじめて効果があったという意味
では、「自民党をぶっ壊す」と言った理念で圧勝した小泉の参院選には遠く及
ばない。だがこの点では、安倍政権との対決姿勢を強めている小沢・民主党の
方が、依然として理念型とは言えない組織選挙でしか闘えなかったことの方が、
より重要であろう。
 民主党の小沢党首は、沖縄補選の敗戦について「力負け」と総括したが、そ
れは民主党の組織力の弱さ、つまり民主党の社会的基盤が脆弱で「風だのみ」
に依存するひ弱さに対する、的を得た指摘ではある。
 現に民主党は、この統一地方選で議席を急増させたとはいえ、44道府県議会
議の議席数では、自民党の1465議席に対して476議席と3分の1に過ぎず、後半
戦の市議会選挙でも第1党の公明党が974議席、つづく共産党が772議席、3位
自民党の598議席に次ぐ第4位、374議席に甘んじている。しかも市議会の隠れ
た「第1党」は、定数8025議席中5080議席を占める「無所属」であり、その大
半は地元利益と一体化した風見鶏、要は「強い方に付く」勢力であろう。
 ここで問題なのは、自民党が衰退しつづける組織的支持基盤を補うように、
小泉と安倍といった「理念型総裁の支持率」に依拠した集票機能を模索してき
たのに対して、民主党の側には、党として政治理念を明確にすることで寄り合
い所帯が空中分解する懸念があるとして、これに対する警戒感が強いという現
実があることなのだ。
 「風だのみ」の民主党が、理念を押し出せずにその可能性を自ら閉ざし、文
字通り敵失による「風」しか期待できない状況に陥ったのに対して、逆に自民
党が、衰退する組織力を補う理念や党首の人気で選挙を闘い、しかもこれがあ
る程度功奏したことが、自民党の自信回復の背景なのである。
                                 *
 こうして、参院選の前哨戦と言われた07年統一地方選挙の結末は、参院選で
の「自民党の善戦」を示唆するものとなった。
 もちろん、小泉人気で大勝した01年参院選獲得議席の改選である以上、自民
党が議席を減らすのはほぼ確実であろう。しかしそれでもなお自・公両連立与
党が、参議院の過半数を維持するであろう可能性が、まさに野党各党の主体的
混迷の結果として強まったと言えるだろう。

▼「統一候補」と「連立政権」

 その上でだが、小泉から安倍が受け継いだこの「理念的選択」の選挙が、戦
後日本の利益誘導型選挙からの転換だと考えるのは、早計に過ぎる。前述のよ
うにそれは、なお旧態依然たる利益誘導型組織選挙に補完されてはじめて、一
定の効果が期待できるに過ぎないからである。
 つまり統一地方選挙で自民党が展開した選挙戦術は、マスメディアのミスリ
ードに助けられて「理念的選択」まがいの外観を持ったのが実態であり、テレ
ビを駆使したイメージ選挙に他ならないのだ。
 実際に、日本の選挙が利益誘導型から政治理念にもとづく選択型へと変わる
には、選挙運動員が、マニフェストや公約である諸政策の内容を、個々の有権
者に説明する機会が保証されなければならない。ということは、戸別訪問も、
不特定多数者への政策チラシの配布も、果てはインターネットを使った政策宣
伝すらできない現行の公職選挙法の下では、日本の選挙が「理念選択型」に変
化するのは不可能であろう。
 そうであればこそ、阿部政権に対決しようとする民主党や野党各党は、小沢
の体現する旧来型の組織選挙以上に、自民党の「理念まがい」に対抗する「理
念とイメージ」を、大胆に構想する必要に迫られているとは言えないだろうか。
                             *
 それにはまず、小選挙区制という現行制度が「二大政党制を人為的に作り出
す」という固定観念を、わたしたち自身の側でも払拭する必要があろう。
 たしかに小選挙区制は、二大政党を人為的作り出しはするが、同時に自民・
公明連立政権の実例が示すように、それは「連立する二大勢力」が対峙する構
造に置き換えることも可能だということである。
 つまり、民主・共産・社民が一定の政策協定を締結し、3党「連立」によっ
て自民・公明の「連立政権」に対抗すると言った「イメージ」を有権者に訴え
るような、大胆な発想の転換の必要である。
 こうした発想の転換にとって最大の障害であった改憲に関する態度は、阿部
政権による民主党への最後通牒、つまり国民投票法案の与党単独強硬採決によ
って、むしろ合意の可能性が生まれてもいる。それは「改憲論議の仕切り直し」
という一点で、3野党の合意を形成できる可能性である。
 もちん、参院選挙に向かうこの3党の現実は、政策協定とか連立には程遠い
「主体強化論」が幅をきかせ、護憲を信条とする保守リベラル派や自公連立に
不満を抱く自民党支持層を含めて、野党勢力は分断されたままである。当面の
可能性として追求された、いわゆる「市民派」と社民党の連携や「9条改憲反
対」の一点で共産、社民、市民派が共闘する「統一候補」擁立運動も、共産党
と社民党の主体強化論によって阻まれた。
 だが参院選での自民党の「健闘」が現実となったとき、こうした統一候補や
連立政権の発想は、改めて検討される必要があるのではないだろうか。
(5/18:きうち・たかし)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2:●長崎市長射殺事件
       なぜ誰も、テロの責任を取らないのか
      −「テロ抑止」に失敗した官僚たちの無責任−
           HP:インターナショナル【気になった出来事】より

▼軽薄な殺人の動機

 4月17日夜、長崎の伊藤一長市長が、暴力団山口組系「水心会」幹部・城尾
哲弥に銃撃され、翌18日未明、搬送先の長崎大学付属病院で死亡した。
 殺された伊藤市長は、4月15日に告示された市長選挙に四選をめざして立候
補していたが、遊説から選挙事務所に戻ったところを襲われて背後から2発の
銃弾を受け、病院についた時には、すでに心肺停止の危篤状態だった。
                           *
 何よりもまず遺族の方々に心からお悔やみを申し上げ、伊藤一長市長のご冥
福をお祈りしたい。そしてつきなみな台詞だが、私はこのテロに激しい憤りを
禁じ得ない。殺された伊藤市長は自民党員として長崎市議会と長崎県議会の議
員を歴任し、だからまた私とは多くの政治的見解の相違があったとしてもであ
る。
 なぜなら今回のような問答無用のテロは、暴力を行使する「強者」が、あら
ゆる問題において最終的決定権を独占する「恐怖による支配」という野蛮の体
現だからである。これは「民主主義の否定」とか「言論の封殺」とか、常套句
で表現される一般的な非難を越えて、「恐怖による支配」という邪悪な欲求に
対する最大の嫌悪と怒りとで、厳しく弾劾されるべき事件なのだ。
 と同時に私は、伊藤市長を射殺した城尾が、長崎市の公的融資や道路行政に
不満を抱いていたと言った、あまりに軽薄な「殺人の動機」に強い疑念を抱か
ずにはいられない。あるいは17年前の本島・元長崎市長銃撃事件と重ね合わせ、
核兵器廃絶や平和主義に対する「思想的反感」を動機と見なす解説も、安易に
過ぎるように思われる。
 何よりもヤクザ者は、銭かねをめぐるトラブルとその銭かねを稼ぐ道具であ
る「面子」や「代紋」のためには殺人も厭わないが、公権力を代表する人物を
「義憤」によって殺すなどという、「非合理的な精神」を持ち合わせてはいな
い。彼らは、思想的右翼とは根本的に違うのだ。
 だから私が、事件の一報に接して最初に思い出したのは、2002年10月25日の
石井紘基・民主党衆院議員の刺殺事件だった。

▼石井紘基議員の刺殺事件

 昨年11月15日、最高裁が上告を棄却し、石井議員を刺殺した伊藤白水(自称
「守皇塾」塾長)の無期懲役が確定したが、最高裁の棄却決定は「動機の解明
は困難」とした、真相解明を棚上げにした事件の幕引であった。
 もっとも「故・石井こうき事件の真相究明プロジェクト」は、現在も懸賞金
付きで情報提供を求めるホームページを運営しており、官僚天国と政治利権を
告発しつづけてきた石井議員が刺殺された事件の真相究明を、来年の彼の七回
忌まで継続するとしている。
(http://homepage1.nifty.com/kito/ishii/index.htm)
                         *
 実は、石井議員を刺殺した伊藤も、金の無心を断られたなど「個人的怨恨」
が動機だったと供述しているのだ。伊藤市長を射殺した城尾の「軽薄な動機」
は、「あの石井議員殺しと同じじゃないか」と、直感させるに十分だったので
ある。
 さらに城尾は、テレビ朝日の「報道ステーション」宛てに大量の資料を送り
付け、市長射殺の動機が「長崎市とのトラブル」だと印象づけようとしており、
いかにも出来過ぎである。しかも城尾のこうした行為を受けて、朝日新聞は事
件が「行政対象暴力」であると示唆する記事を掲げ(4月19日朝刊2面の「時時
刻刻」)、長崎県警も早々に「背後関係のない単独犯行」と言った非公式見解
を流布し、城尾の所属する「水心会」も、18日には解散届けなるものを警察に
提出する手際の良さである。これら一連の動きには、事件の背景解明をミスリ
ードしようとする悪意すら感じられる。
 それは石井議員が刺殺された直後に、犯人の伊藤白水と石井議員との「個人
的付き合い」が捜査関係者によってまことしやかに流布され、自民党内では
「あんな奴(伊藤白水)と付き合っていたのか」と言った、石井議員への誹謗
すらささやかれた事態を思い起こさせる行為でもある。
 現職の国会議員が、後述するような世間の耳目を集める様々な疑惑を告発し
ている最中に刺殺されたり、現職の市長が、こともあろうに選挙運動中に射殺
されるといった重大事犯の動機を、個人的怨恨や「行政対象暴力」として片付
けることができるのは、おそらく欧米諸国では信じられない事態であり、少な
くとも国家公安委員長や警察庁長官が辞任に追い込まれて当然の大事件なのだ。
 では、石井議員が殺された背景には、いったい何があったのか。
 彼が殺される10カ月ほど前の02年1月、『日本が自滅する日』(PHP出版)と
いう石井議員の著書が出版された。それは石井議員の丹念な調査活動にもとづ
いた、中央省庁と特殊法人に蔓延する「官僚天国」の利権と腐敗を告発する著
作であり、この出版を契機に石井議員の言動はマスコミの注目を集め、読売、
朝日、毎日、東京の新聞各紙やフジ、ゲンダイなど夕刊タブロイド紙のほか、
週刊誌などでも取り上げられるようになった。
(http://esashib.hp.infoseek.co.jp/isiikoki10.htm)
 石井議員の、国家官僚機構の不正や堕落を追求・告発する活動は、96年に
『官僚天国・日本破産』(松文館)を出版して以来、彼のライフワークとでも
言うべき活動だったが、それは当時、道路公団民営化推進委員会で強硬派委員
として名を馳せた、作家の猪瀬直樹氏にも強い影響を与えたと言われる。
 02年1月に前掲書を出版した後の石井議員の告発活動は、道路公団の不透明な
発注の実態から北方四島支援をめぐる鈴木宗男議員の贈収賄疑惑、航空自衛隊
機入札をめぐる検査院報告改ざん疑惑、そして外務省次官経験者の高額退職金
公表要求など、注目を集めていた特殊法人の利権の追及にとどまらず、財政の
「聖域」である防衛庁会計をめぐる疑惑や、「伏魔殿」と言われた外務省の不
正や疑惑にまでメスを入れるものであり、外務次官の高額退職金問題では、外
務省が公表に応じざるを得なかったのである。
 そして10月、石井議員は白昼の自宅前で、「個人的怨恨」で彼を付け狙って
いた「あんな奴」の凶刃に倒れた。しかも4年を費やした裁判は犯行の動機を解
明することもなく、現職代議士殺人犯に「無期懲役」を宣告しただけであり、
事件の責任を取って辞任した閣僚もいなかったのである。
 もちろん石井議員が所属していた民主党は、彼が残した膨大な調査資料の解
明と事件の真相究明のために、江田五月参議院議員を委員長とする「資料調査
解明委員会」を設置したが、その後、故人が残した資料に基づいて新たな疑惑
の追求が行われた事実は、現在も開設されている石井議員のホームページにも
記載されてはいない。
(http://www014.upp.so-net.ne.jp/ISHIIKOKI/2-01.htm)
 たしかに、こうした石井議員の活動と刺殺事件の因果関係は、彼の遺族や支
持者、そして彼の活動を知る人々の推測の域を出ない。だが《個人的恨みで現
職代議士を刺殺した殺人犯が無期懲役になり、事件の責任を取った政治家は誰
もいなかった》という、不条理な事実だけは残ったのだ。

▼治安責任者は更迭されるべきだ

 長崎の伊藤市長が、なぜ理不尽に殺されなければならなかったのか、詳しい
状況が伝えられていない現時点では、何とも言いようがない。
 だがこうして5年前の現職代議士刺殺事件を振り返ってみると、伊藤市長射殺
事件の背後に「深刻な何か」が潜んでいるのではないかと考えるのは、私だけ
ではないだろう。そして誤解を恐れずに私見を述べれば、「米国の核政策を名
指しで批判できる市長は、そうはいない」と言う、元べ平連(ベトナムに平和
を市民連合)の小中陽太郎氏のコメントに、ひとつのヒントがあるように思え
る。
 ときあたかも、在日米軍再編や弾道ミサイル防衛(BMD)など、巨大な利権を
ともなった防衛政策の大転換が推進されようとしている中で、保守系の政治家
として核廃絶と平和主義を訴えつづける伊藤市長の言動に危機感をいだいた勢
力が、御し易いヤクザ者を焚き付け、凶行に走らせた可能性である。被爆地・
長崎を代表する保守系政治家であればこそ、思想・信条を越えた最も広範な反
核運動の旗手となりうる可能性は、戦後左翼運動の解体状況という時代だから
こそ、「脅威」となることがある。
 だが反対に、そうした「深刻な何か」が無いのだとすれば、石井議員刺殺事
件の「不条理な結末」が、「軽薄な動機」による城尾の凶行を誘発した可能性
がある。なによりも石井議員刺殺事件の不条理な幕引は、わずか5カ月前の出来
事なのだ。
 断っておくが、私は石井議員を刺殺した犯人を「死刑にすべきだった」と言
いたいのではない。むしろこうした重大なテロ行為に対して、政府と行政官僚
たちが自らの責任を明確にした断固たる対応をしていない事にこそ、「テロの
抑止」に失敗した核心問題があることを明確にしたいだけである。
 治安責任者の更迭は、平和ボケのぬるま湯にどっぷりと浸かって利権漁りに
精をだす官僚機構の堕落と弛緩を正し、テロに対する行政府の強い決意と姿勢
とを明確にするためには、避けてはならないことなのだ。
 と同時に、こうしたテロが「民主主義と言論の自由への重大な挑戦」として
受け止める民主党、共産党、社民党などの各政党は、超党派で現地警察署長、
国家公安委員長、警察庁長官ら治安責任者の罷免を要求し、民主主義と言論の
自由の擁護のための大衆的なデモンストレーションを公然と呼びかけるべきで
はないだろか。
 そう、こうした具体的な行動こそが、無残に殺された伊藤市長と石井議員の
無念にこたえ、その意志を引き継ぐ第一歩になるのである。
(4/19:いつき・かおる)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
3:●非正規雇用の拡大と労働運動【中】

       「不平等な競争」に参加する「平等な権利」

        −現在にまで貫かれた戦争被害の格差−

  5月6日深夜、フランスの大統領選挙はサルコジ氏の勝利で終わった。争点の
1つは雇用問題で、サルコジ氏は「より働けば、より稼げる」のスローガンを
掲げ、「改革派の女性」ロワイヤル氏をかわした。5月8日の『朝日新聞』は、
現地の声を紹介している。「彼女は失業者と生活保護で暮らす人に語りかけた。
でもサルコジ氏は低賃金で働く者に語りかけた」。
  出口調査にもとづいた報道は、働き盛りで安定した職に就いた人が多い35歳
〜59歳ではロワイヤル氏がやや優性か互角。だが不安定な雇用にさらされ、現
状脱出を望む25歳〜34歳と、治安の悪化に不安を抱く60歳以上の高齢層がどっ
とサルコジ氏に流れたことを紹介している。
  サルコジ氏は、低賃金の若年労働者からも支持をえた。社会の底辺階層に置
かれている労働者は、必ずしも「改革派」に投票しなかった。失業者と生活保
護で暮らす人と、低賃金労働者とでは「期待」が違っている。
  一言で「格差是正」とスローガンを掲げても、問われているのはその内容で
ある。

▼戦争被害「格差」の継続

  日本の格差社会は、いつから発生したのだろうか。
  昨年、佐藤純弥監督の映画『男たちの大和』が公開された。第二次世界大戦
末期、広島・宇品港から沖縄への航海中、米軍の攻撃をうけて沈没させられた
軍艦「大和」の史実が描かれている。最初から無謀とわかっている作戦で、多
数の若い兵士が国家・軍の命令で殺されていった。
  戦地の息子からの送金で狭い田んぼを買った三反百姓の母親が、田の草取り
をしているシーンがある。そこに息子の死亡が、息子の同僚から伝えられる。
夫を亡くし、働き手の息子を失った母親はどのような戦後を送ったのだろうか。
戦争で親・兄弟を失った農民、労働者は沢山いた。
                          *
  岩手県の、夫を戦争で殺された妻から聞き書きをした『あの人は帰ってこな
かった』(菊池敬一・大牟羅良編・岩波新書1964年刊)のなかで、伊藤俊江さ
んが語っている。
  「死ぬベと、思ったことも何回もあったナス。小さい4人の子供達にまで這う
ようにして稼がせて、・・・・
  いつだったか、暗くなってから4人のワラシたち並べて、『おまえたち、みん
な一緒によ、仲良く死んでしまわねェか。そうすればこんな苦労することも無
ェんだし、とうさんのところさ皆して行くにいいんだじェ』ってだました(な
だめすかした)ことあったナス。そうしたら、小さいやつら黙って泣いてばか
りいたったけども、一番年とった卯吉(夫の弟、当時8歳)、『おらあ、なん
ぼ(いくら)稼いでもいいから死にたくないモ。田の草取りでも、草刈でもも
っともっと稼ぐから死にたくないモ。』って言ったモ。・・・
 康幸(長男)、ろくに学校さも行けないでしまったけども、勉強は割合出来
よかったもんだから、中学校卒業する時先生に高校さやったらどうだっていわ
れたったども、どうして高校さやれるべスヤ。・・・
 可哀想だったンス。夜、寝言にまで友人と高校さはいることの話してるの聞
くと、とうさんさえ生きて帰って来ていてくれたら、この子供達――と思って
ナス。それでも康幸、オレには一言もその話出さねェでナス。それがまた余計
可哀想だったナス。そしてオレには、『大工になる』とばかりいってくれたっ
たモ。・・・
  康幸は自分は高校さはいれなかったども、弟にははいったほうがいいんだっ
て、大工して助けたりして康範バ高校卒業させてくれたノス。昨年卒業して東
京さ就職に発つ時、やっとここまで来たな、と思ったら、涙でてナス。」
  小原ミチさんが語っている。
 「人の話で、戦争遺族に役場から金下りるようになるということ聞いたので、
恥ずかしい話だども、何ともしようがなくてすぐに役場さ行って聞いて見たっ
たナス。そうしたれば、国では早く金下げてェんだが、アメリカの許しを受け
ねェば下げられねェから、もう3年待ってけろ、という話だったモ。
 その3年待ったンス。
 なんぼ待ったか、ほんに、ほかの人にはわからなかんべナス。・・・
 3年目、その3年目にちゃんと話通り国から金下りたったナス。ほんとうに金
くれて下さったモ。未亡人さ1万円、親さ5千円で、1万5千円下がったモ。」
  遺族年金が支給されることが決まったのは、1952年のサンフランシスコ講和
条約発効と同時である。この軍人恩給・遺族年金は、軍隊における階級によっ
て「格差」がある。
  安全なところで「殺せ」と指揮をとっていた高級将校は高く、「殺した、殺
された」側は低い。高級将校や官僚の2世・3世が、今、政界や経済界で指揮を
とっている。
  夫を、息子たちを奪われた生活が苦しい遺族にとって、遺族年金は本当にあ
りがたかったという。しかしそれで、残された家族が保障されるということは
なかった。
  戦争行為が貧富の格差を拡大した。この大きく違う「与えられた運命」が、
戦後の「格差社会」の出発点だった。そして、政府の、「格差」が大きい軍人
恩給・遺族年金以外の戦後補償の立ち遅れは、戦争の爪跡を放置し続けさせた。

▼「正規雇用」に戻れない現実

  戦争で親・兄弟を失った農民、労働者の子供たちは学校を卒業すると「金の
卵」といわれ、就職のために上京、都会の荒波に放り出された。55年には、特
別仕立ての集団就職列車第1号が盛岡駅を発車した。
  日本の雇用状況は「終身雇用」といわれてきた。しかし「金の卵」は決して
そうではなかった。
  東京オリンピック(1964年)直後の、集団就職を受け入れた工場地帯の実態
調査である『川崎市統計書』(43年版=鎌田慧著『ドキュメント労働者』収録
「川崎・鬱屈の女工たち」より)によると、「(東芝)小向工場は戦前、軍の
無線機関係の生産の主力工場だったが、いまは、白黒、カラーTVの受像機、
カメラなどの放送機器、防衛庁関係の無線機からホークまで生産していて、労
働者数は4300人、うち女子が60パーセント。平均年齢は女20.1歳、男26.5歳、
勤続年数は女2.9年、男6.6年」「労働省の『新規学校卒業者の離職状況』によ
れば、66年3月中卒者の男子は3年間で58.6パーセント、女子で49.6パーセント、
高卒男子51.9パーセント、同女子54.1パーセントと、それぞれ半数以上が離職
している」。
  労働条件が劣悪ななかで、若年労働者は定着しなかった。だから恒常的に低
賃金労働者が求人され、職場環境の実態を知らない「金の卵」がターゲットに
なった。
 戦後60年が過ぎたということは、定年退職が60歳とすると、職場から戦争の
影響をうけた労働者が消え、戦後派だけになったということになる。しかしこ
のかつての「金の卵」たちは、退職を間近かにしてバブル崩壊の状況に投げ出
され、リストラの憂き目に会わされたのだった。
                             *
  戦後の鉄鋼の労働現場は、1948年に人夫供給事業が禁止されるまで職夫とか
組人夫と呼ばれる労働者が働いていたが、そのあとは現業員とか職夫と呼ばれ
た直傭(ちょくよう)労働者となった。直傭労働者は増え続けた。職務は本工
と同じの場合が多いが、労働条件は大きく違う。
  日時ははっきりしないが、『鉄鋼』(市川弘勝著・岩波新書、956年刊)に
よれば、九州産労と鉄鋼労連が共同して八幡製鉄の荷役現業労働者について調
査をした結果、前職が工業労働者15.4%で、かつて賃金労働者であったものは
31.6%に達し、さらに「主婦」が25%を占めていたという。そして学歴が高い
ものが比較的多かったと言う。
  その結果から浮かび上がる実態は、一度離職をすると本工にはなりにくいと
いう状況が、すでにこの頃から始まっているということである。そしてその離
職者にはレッドパージ対象者なども含まれている。
 2004年頃から、いわゆる「ニート」が台頭してきていると言われ、不活発な
者たちの代名詞とされている。しかし実際ニートはこの10年増えていない。増
加が著しいのは「就職しようにもできない」若者である。
  一昨年刊行された本田由紀東大助教授著『「ニート」って言うな!』は、現
在の若者労働市場の現状分析をしている。非典型(非正規)労働者が拡大して
いるが、離就時に非典型雇用だった労働者や、典型(正規)労働者から非典型
雇用に転職した労働者は、典型労働者なりにくい状況があるという。
  まさに「ニート」の原型は、すでに終戦直後に作られ、続いている。
  前号で述べた、95年に発表された「新時代の『日本的経営』」のグループ化
は進行し、さらに細分化している。2)「高度専門能力活用型グループ」には
非正規労働者が侵入し、3)「雇用柔軟型グループ」の末端に請負労働者・個
人事業主が加えられ構造は、1)→2)→3)の一方通行で、その逆はかなり
難しいことである。

▼職務職能給とQC・ZD運動

  では鉄鋼現場の本工労働者はどのような職場環境で働かされていたのか。
  50年代から鉄鋼の職場を中心に、アメリカで発展した活動・運動である統計
的品質管理の手法、いわゆるQC(Quality Control=品質管理)活動、ZD
(Zero Defect=無欠陥)運動が導入された。
  アメリカでは会計、人事、法務、調査研究などの基本機能を補佐する職能や
部門であるいわゆるスタッフが創意工夫を積極的に生産過程で生かすためのイ
ンフォーマルな小集団活動だった。適性品質の設定とその維持、効率的検査と
品質保証を目的とした。
  日本に導入された当初も、スタッフである技術者の意識を品質管理に向けさ
せる目的であった。しかしまもなく違うものに変形させられていった。会社主
導のQC運動、ZD運動、改善提案、目標活動、危険予知機訓練などを統合し、
自主管理活動と呼ばれ運動が展開された。
 そして企業の枠を越えた全国的なQCサークル運動として発展し、各会社に
おいては60年代に入り、小集団の集団主義的運動として財務、製造、販売など
の、いわゆるラインの職場末端まで導入されていった。
 職場の問題解決と、インフォーマルな紛争処理の解決としてのグループの役
割が強調された。職場の問題が、労働組合ではなくQCサークルに持ち込まれ
た。同時に水平な監視機能と共同責任として作用し、きわめて過酷な労働強化
と企業への従属を強いられた。サークルの仲間全員で残業をする、遠慮して休
暇は取れない。「やりがい」の競争は賃金に跳ね返った。結局は会社の意図、
目的に自己同一化することが強制された。このようにして1つづつ、ものが言
えない「企業文化」が醸成されていった。
  そして同時期に、職務職能給制度が導入されていった。
  職務給制度は、仕事の範囲、責任、遂行などの知識、技能など、職務遂行能
力を評価基準として労働者の身分を分割する制度で、各職務ごとに本給額を決
定する。さらに各職務ごとに査定幅があり、上級職能への登用をめざして競争
心をあおる狙いがあった。
  しかしその競争心は会社、査定権をもつ上司、推薦をしてくれる直属の上司
への忠誠心を仲間と競わせるものであった。戦後のベビーブームに生まれ、同
期の競争者が多い若年労働者は、自分はより早くいまの職位から飛び出そうと
必死になった。職位と賃金額が自分への客観的な評価となり、労働の目的がそ
れになった。
  対抗する労働組合の活動は阻害物となり、労働者から無視された。さらに戦
後職場の労働者の権利を勝ち取り、労使のルールを確立してきた労働組合から
離れ、会社主導で労使協調の新しい労働組合が結成されていった。労働組合の
違いは忠誠心の違いと受け止められ、評価の大きな判断基準となった。賃金格
差は見せしめとなった。
  労働組合がさらに位置を失ったとき、労働者の権利は無視された。
  そして労働者の人間関係がミクロ化している現在、自主管理活動は個人を対
象にした、目標管理の成果主義制度として導入されている。

▼「敗者」の「再過熱」

  ちょうど学生運動が隆盛だった頃の60年代後半、国立の東京大学入学生の親
の年収平均が、私立大学の慶応大学のそれを上回ったという調査結果が発表さ
れた。
  55年から10年おきに、全国の20歳から69歳の人を対象に職業キャリア、学歴、
社会的地位、両親の職業や学歴などのデータを集める「社会階層と社会移動の
全国調査」(略称SSM調査)がおこなわれている。
  佐藤俊樹著『不平等社会日本』(中公新書)は、その調査結果を分析・研究し
ているが、学歴は関係ないということではないと結論づける。
 地位や経済的豊かさを得ようとするとき、「戦後の日本では『努力すればナ
ントカなる』部分が拡大し、『努力してもしかたがない』部分が縮小したとの
べた・・・しかし、実績主義の人々は本当に自分の力だけでやってきたのか。
・・・痛烈な反論が、1つは、女性の側からあがるはずである。――スタート
地点が平等だなんてとんでもない。女性が専門職・管理職になるにはさまざま
壁がある。・・・
  男性の実績主義者の社会的地位を手放しで実力だとはいいがたい・・・。む
しろどこかに既得権の匂いがする。」「実績主義には高い学歴の人間が多く、
・・・その父親の学歴も高い。・・・実績主義の人々も別の資産の『相続者』
なのである。」
  「実はこの学歴社会批判、日本の学歴社会、学歴―昇進の選抜システムをさ
さえている重要な装置の一つだからである。その意味では、偏差値批判や学歴
批判派ほとんど『お決まり』の話になっている」
  「選抜システムは、どういうものであれ、必ず重大な問題を一つかかえる。
選抜は少数の『勝者』と多数の『敗者』をつくりだす。『敗者』とされた人々
は、そのままだと、当然やる気をうしなう。その結果、経済的な活力が大きく
殺がれ、社会全体も不安定になる。『努力してもしかたがない』という疑惑に
とりつかれていれば、その危険はいっそう高まる。
 選抜社会をうまく運営していくためには、『敗者』とされた人々が、意欲と
希望と社会への信頼をうしなわないようにしなければならない。・・・そこに
は敗者を『再加熱』するしくみが欠かせない。」
  この問題を、現在各会社が導入している「成果主義」の問題と重ねたらどう
なるだろうか。みな性格、経験、スキル、得手不得手、家族関係など差がある
なかで、ましてや強制的に配置された部署で、「対等」の競争を強いられるこ
とは決してフェアではない。
  「現実は実績主義、理想は努力主義」の中途半端さのなかで、少数の勝者と
多数の敗者の出現が、自己管理の名のもとに自己責任とされている。自己責任
は、労働時間、健康管理などを含む。
  現在の成果主義は、個人の「再加熱」のための手段でしかない。職場の雰囲
気は殺伐とし、露骨な性差別、身分差別、労働組合差別はまだまだ公然と行わ
れている。そのなかで競争に挑戦する権利だけは、常に誰にでも「保証」され
ていることになっている。
 小泉政権の「自己責任」、安倍政権の「再チャレンジ」はこのような中にあ
っては空虚にしか響かない。【つづく】
(5/10:いしだ・けい)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【お知らせ】07年5月号をお送りします。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
                ┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
【月刊ニュースレター:メール版】イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル
                ┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
 メール版第49号(通巻173号)      2007年5月26日発行
 発行所:MELT
    ホームページアドレス http://www014.upp.so-net.ne.jp/tor-ks/
         Eメールアドレス   melt-ks@jn3.so-net.ne.jp
===================================
 このメールマガジンは、『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ を利用して
発行しています。解除は http://www.mag2.com/m/0000089504.htm からでき
ます。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
最新号をメルマガでお届け
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。

最近の記事

上へ戻る