2007/03/13
インターナショナル47
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ ┏━━━━━━━━━━━━━━━┓ 【月刊ニュースレター:メール版】 イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル ┗━━━━━━━━━━━━━━━┛ メール版第47号(通巻171号) 2007年3月13日発行 発行所:MELT ホームページアドレス http://www014.upp.so-net.ne.jp/tor-ks/ Eメールアドレス melt-ks@jn3.so-net.ne.jp ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ わたしたちはいま、大きな時代の転換点に生きているのではないでしょうか? だから今とは、人間の自立と自律や民衆の自治という新しい民主主義のあり方 と、旧い代行民主主義の葛藤の時代でもあるのでしょう。 次々と起きるいろいろな事件や社会現象の分析をとおして、そんな問題を考 えてみたい人たちのためのメールマガジンです。 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 今号の内容: 1:運動と組織のありかた(労働組合): 【寄稿】◎勝ったぞ!郵政4.28裁判◎ ありったけの愛と感謝を送りたい −28年間争議の総仕上げを、キッチリとやりとげたい− 名古屋哲一(郵政4.28ネット 免職者) 2:私たちの時代とは(世界): 混乱を助長する米軍増派とブッシュ政権の危険な賭け −「イラク研究グループ」提言にそった米軍の撤退を− 3:教育と文化・社会:【映画寸評】 ●周防正行監督作品それでもボクはやっていない』 冤罪を再生産する司法官僚機構の罪 ー周防作品の新しい力強さー ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1:【寄稿】◎勝ったぞ!郵政4.28裁判◎ ありったけの愛と感謝を送りたい −28年間争議の総仕上げを、キッチリとやりとげたい− 名古屋哲一(郵政4.28ネット 免職者) * さる2月13日、1979年4月に郵政省(当時)が行った懲戒免職処分をめぐる裁 判で、最高裁は被告・郵政公社の上訴を不受理とする決定を行い、処分撤回と 職場復帰を求めてきた原告側が「逆転勝訴」した、04年6月の東京高裁判決が確 定した。 免職者の名古屋さんから、勝訴確定の報告と支援者へのお礼とあわせて、28 年間の闘いをふり返る手記が寄せられたので掲載する。なお見出しと小見出し は、編集部で付けたものである。 ▼ムチャクチャ上訴が不受理に 1979年4月28日、郵政省は「前代未聞」といえるメチャクチャ大量処分をだし た。そして今年2007年2月13日、最高裁第三小法廷(那須弘平裁判長)は、5人 の裁判官全員一致で「郵政4・28処分はメチャクチャ不当処分だ」との決定を下 した。 郵政省から総務省=郵政事業庁を経て業務を受け継ぎ、本年10月に民営分社 化される日本郵政公社は、「命令と服従」体質も4・28処分責任も受け継いだ。 それで、04年6月30日の東京高裁判決「4・28処分の取消し・無効=原告7人全員 の地位確認(原職復帰)」に対して、「上告受理の申立(重大な判例違反、法 解釈の逸脱)」というムチャをしていた。 通常は「(憲法違反の)上告」も一緒にするのだが、「国家公務員の争議権 剥奪は憲法違反」等の論点では、高裁判決が当局側に軍配を上げていたので 「上告」は無しだった。 「重大な判例違反、法解釈の逸脱」での上訴がムチャなのは、何せ「前代未 聞」の新処分政策だったので、判例の「前例」となるものを探し出すのはほと んど不可能だったからだ。それで「前例」となるはずのない判例を「前例」だ と言い張る、ヒッチャカメッチャカな「法解釈逸脱」等を自らがして上訴理由 を書き上げたのだが、それはいくら何でも論理矛盾がひどすぎた。 今回の最高裁による「不受理」決定は、メチャクチャもムチャもヒッチャカ メッチャカも、それが国家による行為であってさえ、それを「メチャクチャで ムチャでヒッチャカメッチャカだ」と主張し続ける者がある場合は、通用しな いことを示したのだ。 共に主張し続けてくれた全国の仲間たちに、心からありがとう! この勝利 は支援してくれた皆さん全員の勝利だ。こんなに嬉しいことはそう滅多にある ものではない。 そして、四半世紀を越えて支え連帯してくれた実に多くの人たち、喜びを分 かち合える仲間がこんなにも多くいることは、断じて滅多にあるものではない。 ▼郵政「新方式」と国鉄「新々方式」 28年前、全国の郵便局で「差別は許さない」と2ヶ月間も闘った全逓反マル生 越年闘争、これに対する58人の免職等8183人への政治的な4・28報復処分、そし て全逓(04年6月よりJPU)本部による変節・裏切りと91年免職者の組合追放、 このことに負けず4・28反処分闘争は自立自闘の歩みを続けてこれた。 全国からの支援の手、捨てる神あれば拾う神あり、だ。ボクたち4・28ネット は、免職者全員の統一と職場復帰を目指して活動を続けた。今日の最高裁勝利 は、郵政当局=政府自民党の敗北であると同時に、JPU本部=堕落した労働組合 の敗北でもある。 * 4・28処分は、政府自民党が音頭をとっての当時の新処分政策だった。「全国 闘争を指導した役員には軽い、指導された現場組合員には重い首切り処分」で 現場組合員に恐怖をまき散らした。 このあまりにものメチャクチャさ一点により、江見弘武・東京高裁裁判長は、 「重大且つ明白に」不法な「処分裁量権の逸脱」と判決を書いたのだった。さ らに、提訴時効無しの「処分の無効確認訴訟」も認め、原告以外の免職者にも 「再提訴=職場復帰」の道を開いた。 江見裁判長が善人なのかというと、全くそうではない。越年闘争に至った、 郵政当局による17年間ものマル生差別=全逓労組ツブシの不当労働行為=200人 もの組合員を自死に追いやった人権否定=命令と服従の職場支配には目もくれ ない。彼は、やはりメチャクチャな国鉄1047人首切り新々方式作り(国鉄改革 法第23条)に加わった裁判官であり、善人ではなく悪人として名を馳せている。 鉄建公団訴訟原告団や全動労争議団などによる「江見裁判長糾弾」キャンペ ーンが、彼を追い詰めた。追い詰められた彼にすれば、「国鉄からJRへと別組 織にする際の首切りは合法」との国労ツブシの新々首切りメチャクチャ方式の 方が、全逓ツブシの4・28新メチャクチャ方式よりも優れている、労働法体系逸 脱に関して言い逃れがしやすい優位性を持つと、叫びたかったのかもしれない。 日本中を巻き込んだ総評最後の全国的大衆闘争でもあった全逓反マル生越年 闘争、これ以降大労組による大闘争はなく、従って4・28新方式の首切りもない のに比して、江見裁判長ご自慢の新々首切り方式は、1987年国鉄分割民営化以 降、民間でのリストラなどにも応用され大流行だ。 しかし今、安全問題・過疎地切捨て・赤字問題等々、分割民営化の矛盾は噴 出し、国鉄闘争が江見的新々首切り方式に対峙し続けている。そして郵政では、 不着郵便・過疎地切捨て・莫大資産横取り合戦等々、民営分社化の矛盾が既に 噴出し、この惨状を招くとっかかりとなった4・28新首切り方式は、今回の最高 裁決定で葬られた。 国家が発明したメチャクチャ新首切り方式と新々首切り方式の2つの内、既 に1つは頓挫した。 * 同じ国家による不当労働行為首切りでも、4・28処分は戦後55年体制下で発動 され、国鉄1047名解雇は、新自由主義グローバリズム時代の幕開けも兼ねて発 動された。 そして今、新自由主義の矛盾がそこここで噴き出している時にだされた最高 裁勝利決定は、客観的に、弱肉強食の新自由主義へ一撃を与えるものとしての 意味をもつ。国鉄闘争のみならず、ナショナルセンター所属の別を越えてのす べての労働者・・・・ワーキングプアとか不払い残業代法案とかセーフティー ネット崩壊とかにより、生存権さえも脅かされる至ったすべての労働者の「NO !」が、この一撃に込められている。 4・28政治処分は、労戦再編(全逓ツブシ〜国労ツブシ〜総評ツブシ)という 国家の思惑によるもので、それは政界再編を経て、現在の新自由主義・改憲・ 格差社会へと至った。 それにしても、「権利の全逓」から「連合全逓(JPU)」へと変質し免職者を 切り捨てた本部の誤りと卑劣さ(98年、最高裁は「組合員資格剥奪は違法」と の決定を下し、全逓本部は赤っ恥をかき、今また全郵政の求めに応じて「謝罪 文」とも言える赤っ恥回答をして、10月郵政民営化前までに二組合併を実現す ると猛進している)、2000年四党合意問題で1047名を切り捨てようとした国労 本部の誤りと卑劣さ・・・・あまりにも情けなく衰退した戦後労働運動とは何 だったのか、深刻な総括論議が求められている。 ▼免職者を追放した全逓の変貌 1970年代初頭の官公労を襲ったマル生(合理化・生産運動のための組合ツブ シ・差別攻撃)で、全電通は「敗北」、国労は「勝利(現場協議制度などによ り職場主導権を保持したが、その成果を地域民間労働者へ波及させることなく、 1973年ストでの上尾暴動に見舞われた)」、全逓は「半分勝利半分敗北」をし た。いずれも企業内労働組合の弱点を抱えたままだった。 決着がつかなかった全逓は、その後も職場闘争が日常化し続行されていき、 活動家も育成され続けた。全逓は「東京タワー」と比喩され、下はしっかりし ているが上は左右にぐらぐら揺れ動いていた。それ故に、4.28処分は、しっか りしている現場を集中狙い打ちにしたのだった。 4・28処分からわずか半年後、全逓本部・民同は「10・28労資協調確認」を当 局と結び、マル生容認へ転じてしまった。 それから半年後には「4・28免職者の再配置(強制配転)」を打ち出し、 4・28係争事案はまだ維持しつつも反処分闘争の解体へ向け突っ走りだした。 「再配置」に最後まで反対し続けたボクには、本部から「自宅待機命令」や 「犠牲者救済制度による生活給は打ち切り」などのイジメがなされた。当初 「再配置」賛成者は、支部の全員だけでなく地区本部役員の一部まで含め誰も いなかったのだが、全逓一家主義による「職場八分」態勢が瞬く間に拡がって いった。 「犠牲者救済制度」は両刃の剣だった。この決定権を握る本部は、免職者の 生殺与奪の権を握り続けた。国労闘争団が、早くから自主生産・村起こしなど の自立的活動を始めたのとは異なった。 合理化施策に協力する全逓本部と現場との攻防は10年近く続いたが、一般組 合員よりも現場活動家の変わり身の方が早く「物言えば唇寒し」の職場が出現 し、当局をバックボーンとする本部の勝利となった。1989年「連合全逓」とな り、90年に「自民党のボス金丸氏と社会党のボス田辺氏とのボス交が成立した から4・28提訴を取り下げろ。郵政省採用試験に受験すれば受かることになって いる」と免職者に指令、この嘘と騙しにホッカムリしたまま、91年6月、免職者 の全逓からの首切りを行ったのだった。 しっかりしていたはずの下部も、「職場では社会党、家(地域)に帰れば自 民党」といわれる実態も見られた。 組合組織は、組合員一人一人の自立・要求を基礎にした団結というよりも、 幹部請負のピラミッド型だった。現場首切りの4.28処分によってのみ現場は縮 みこんだわけではない。現場組合員には、どこからも別の選択肢・指針が提示 されなかった。伝家の宝刀「年賀飛ばし」の反マル生越年闘争でも成果を得れ なかった情況、これに対し「来年も今年を上回る越年闘争」との想いだけで、 他の戦略構想を打ち出せなかったボクら活動家集団の限界もあったのだ。 ▼自立自闘支えた支援の広がり 4・28闘争は恵まれた争議だ。信頼・安心の支援が常にいた。敵の全国性に対 して「伝送便(郵政全協)」運動など味方の全国性が作られていた。 郵政当局が、あまりにものムチャを休むことなく続けているために、郵政職 場で争議・係争事件が絶えることはなかった。全逓からの免職者首切り直後に 結成された郵政全労協(現郵政ユニオン)は、非常勤・下請け労働者の組織化 や、公共性を破壊する民営化に抗して対案戦略を対置するなど、「権利の全逓」 でも踏み込むことのなかった課題に挑戦し、国際連帯・社会的労働運動にも取 り組んでいる。 「修善寺大会を見ろ。少数派組合へと転落した国労みたいにはなるな」とい う全逓本部のオルグに対して、「修善寺大会を見ろ。変節漢を少数派へ追い込 んだ国労みたいに闘おう」とオルグしたボクらの仲間、総じてボクらは正しい 方針で歩むことができた。人の冷たさに対して、人の暖かさを対置し続けるこ とができた。 反処分活動を続け拡げられることができたのは、「内ゲバ主義」勢力と強固 な一線を画した方針に因るところも大きい。「裁判に関することのみは原告団 一致で統一して、運動はそれぞれの独自性を尊重して別個に」という原則を、 打破させなかった。最も幅広い統一戦線を志向するためには、最狭の統一戦線 でも破壊してしまう「内ゲバ主義」を一掃せねばならない。 国家機関に対する勝利、しかも国と大労組コミでの弾圧に抗しての勝利。ど んなに酷い仕打ちをしても自立自闘を続けることに、敵は驚き、格差社会の矛 盾噴出と10月郵政民営化を目前に、不本意でも終結を急がざるを得なかったの かもしれない。 闘争継続を可能にしたのは、郵政ユニオンや独立労組や反全逓本部などの現 場の仲間、「全国労組連」「10月会議」など全労協結成に向け潮流を越え協力 し合った人々、このなかで結実した「在ってよかった」全労協など地域の仲間、 国鉄闘争や東京総行動や労働情報等々、これらの人々は、4.28処分が目論んだ 労戦再編からすれば「在ってはならない」人々だった。寄ってたかって、不法 国家の蛮行と連合路線の愚かさを笑いものにしてやったのだ。 同様に、人の暖かさと民主主義感覚とをもつ実に多様な人々が費やしてくれ た28年という時間と労苦。「赤羽局共に闘う会」「4.28守る会」「京都ガンバ ロー会」等をはじめ以前の「八王子N君を守る会」など各地での「支える会」 運動、今は亡き友も含む友人・知人たちや親愛なる家族たち、ミニコミ各紙に 加えビデオ「郵政クビ切り物語」制作やホームページなど新しいメディア媒体 を駆使してくれたレイバーネット等の仲間たち、諸党派・市民団体・ピースサ イクルを含む諸運動、署名活動や連続講座、全国行脚連鎖集会等に取り組んで くれた人々、さらに物販活動を支えてくれた仲間・購入者・そして業者さん等 々、数え上げたらきりがない。 「権利という言葉はもう使わないでくれ」という全逓本部からの要請を一蹴 した4・28全逓弁護団の多数の弁護士さん、そして、全逓からの首切り後ほぼ 連戦連勝を続けてくれた6人の新弁護団。 すべての人々に、ありったけの愛と感謝を送りたい。そしてこの勝利が、国 鉄闘争をはじめ今後の様々な運動に貢献できるものになればと願っている。 * 3月7日現在、「争議解決交渉」へ向けて準備中だ。郵政公社東京支局が、2月 26日に、職場復帰に関しての「説明会」を一回だけ開いた。質問にも答えられ ない、説明になっていない「説明会」だった。「明白且つ重大な」違法行為を 28年間も続け苦痛を強い続けたのに謝罪はナシ、復帰後の賃金もバックペイも 「計算中で金額は解らない」などムチャな内容のまま、「3月1日復帰日」なの で「翌2月27日に各局総務課長に連絡し打合せをすること」「出勤日などは所属 局において指示する」とのたまうのだ。 ボクは「まず、本社交渉をするのが先決」と復帰手続きを保留中だが、他の 6人の免職者は「3月1日復帰手続き」を済ませ、3月1日から出勤の人、3月中旬 から出勤の人、まず3ヶ月の介護休暇をとる人、体力や勤務地などの問題で既に 退職手続きをした人が3人となっている。28年間は、各自の生活環境を激変させ ている。しかし当然のことながら、誰も「謝罪無し」などに納得はしていない。 28年間争議の最後の総仕上げを、キッチリとやりたい。3月30日東京総行動で も郵政公社への申し入れ行動にノミネートしているし、既に西日本で計画され ている「全国連鎖お礼報告集会」等々、楽しい活動もやりきらなければ損だ。 そういうわけで、今後ともしばらくお付き合いをお願い致します。 【3月7日記】 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 2: 混乱を助長する米軍増派とブッシュ政権の危険な賭け −「イラク研究グループ」提言にそった米軍の撤退を− ▼3つ目の「新しい敵」 アメリカのブッシュ大統領は1月10日、約2万1千人の米軍をイラクに増派する 「新戦略」を発表した。 首都バグダッドに陸軍5個旅団約1万4千人を、反米武装闘争で有名になったフ ァルージャのある西部アンバール県には海兵隊2個大隊約4千人を増派し、「権 限委譲チーム」を中心にイラク政府軍による治安維持活動を支援し、「11月ま でにイラク全土でイラク政府が治安責任を負う」目標を達成する、と言うのが その骨子である。 この増派計画は、「イラク研究グループ」が昨年12月6日にイラク政策の変更 を求めた提言、すなわち18カ月以内の米軍戦闘部隊の段階的撤退や、シリア、 イラン両国を巻き込んだイラクの復興と安定化の環境づくり等々の提言に背を 向けるものである。しかも「一時的増派」による治安回復は昨年夏にもバグダ ッドで試みられたが、米軍が制圧に成功しても、撤退すれば元のもくあみにな ったという失敗の経緯もある。その限りで「新戦略」は、何の目新しさもない。 しかしひとつだけ、注目すべき新しい要素が加わえられた。 それは、これまで一貫して治安悪化の要因として非難してきた「アルカイー ダなど国際テロ組織」と「旧フセイン政権支持者」つまり「スンニ派武装勢力」 に加えて、「イランに支援された過激なシーア派分子が特攻攻撃を行うように なった」と指摘、これを「新たな敵」に加えたことである。 そしてこの、イラク治安情勢に関する新しい認識は、1月23日の一般教書演説 でも改めて確認された。演説でブッシュは、「イランに支えられたシーア過激 派、アルカイーダ、旧イラク政権の支援者」の3つの過激派を敵と宣言したの である。 * イラク占領4年目になってなお、戦線の縮小ではなく拡大に踏み切らざるを得 なかったことは、イラク占領政策の破綻を象徴するものである。しかも新たに 「シーア過激派」を敵に加えたことは、イラクの米軍が2正面作戦から、さら に困難な3正面作戦に直面するという以上に、イラク情勢を一段と不安定化さ せる道にブッシュ政権が踏み込んだことを意味している。 ▼フセイン処刑とシーア過激派 今回の2万人程度の増派は、純軍事的には「焼け石に水」である。ボスニア・ ヘルツェゴビナなど過去の内戦の経験則からは、いわゆる「宗派間抗争」を食 い止めるには人口40〜50人に兵士1人が必要だとされているからであり、人口 500〜700万人と言われるバグダッドに換算すれば、数十万人の兵力が必要とさ れるからだ。 したがってバグダッドに増派される米軍1万4千人は、特定地域に重点配備さ れることは明らかであり、その特定地域が、シーア派とスンニ派の報復テロの 応酬が激化している首都東部の貧困層居住地区・サドルシティーであることも 確実である。 以上ことから、ブッシュの言う「イランに支えられたシーア過激派」を、具 体的に特定することができる。 * ところでサドルシティーは、フセイン政権によるイラクの近代化政策に伴っ て、貧しい南部農村地帯からバグダッドに出稼ぎにきた労働者が集住したこと からそう呼ばれるようになったらしいのだが、それは南部農村地帯で大きな影 響力を持ったシーア派イスラム運動の開祖、ムハンマド・バーキル・サドルの 名に由来していた。 バーキル・サドルは、現イラク政権の主流与党であるダアワ党の創設者であ り、フセインによるシーア派弾圧によって1980年に殺されたが、そのダアワ党 は湾岸戦争直後の91年3月、イラク全土を席巻した「反フセイン暴動」の中心的 勢力であった。この限りで、ダアワ党を中軸としたシーア派連合を基盤とする 現マーリキー政権は、「脱フセインのイラク」を体現している。 だがシーア派連合体である「統一イラク連合」は、本紙153号に掲載したイラ ク国民議会選挙の分析でも指摘したように、16もの政党・団体の寄せ集め選挙 共闘組織であり、その内部には世俗派と理念派の対立がはらまれている。なか でも占領軍にとって厄介な存在は、バーキル・サドルと同じサドル家の出身で あるムクタダ・サドル師が率いる「サドル派」と、その民兵組織である「マフ ディ軍」である。 サドル派は03年のイラク占領直後から、外国軍の撤退や早期の直接選挙実施 を求めて占領軍と衝突を繰り返してきたが、05年1月の国民議会選挙への参加を 契機に「イスラム主義政党」として存在感を増し、新憲法下で実施された12月 の国民議会選挙では、「統一イラク連合」が獲得した128議席中30議席を占め、 新政府で6人の閣僚を擁する有力な勢力となったからである。 そして実はサドルシティーは、宗派間の分断と対立の進展によって、首都バ グダッドにおける「サドル派の拠点」となった。そこに「シーア過激派」を 「新たな敵」と見なす米軍が重点配備されるということは、ブッシュ政権が、 サドル派とマフディ軍を「イランに支えられたシーア過激派」として攻撃する という宣言なのだ。 そしてもちろんサドル派の方も、米軍との全面衝突を避けるために、マフディ 軍の主要司令官にシリア、レバノン、イランへの一時避難を命じている。 こうしたブッシュの選択が、サドル派の支持によって成立したマーリキー政 権に深刻な動揺をもたらすことになるのは当然だが、その問題を論じる前に、 どうしてもフセイン前大統領の死刑執行について触れておかなければならない。 というもの昨年12月30日、フセインが処刑された際の映像が隠し録りされて 報道されたが、そこにはバーキル・サドルとムクタダ・サドルを称賛する処刑 立ち会い人の言動が映っていたからである。 この映像は、「イラクの民主化」を唱えてきたブッシュ政権と、「国民的和 解」を説くマーリキー政権に大きな衝撃を与えた。なぜならブッシュ政権は、 報復的な刑罰を禁じる「欧米的な近代刑事裁判」を「民主化されたイラク政府」 に期待してきたし、マーリキー政権もまたスンニ派武装勢力の活動を押さえ込 むために、「思想、信条、信仰の自由」を保証する「欧米的な近代民主主義」 を看板にして、スンニ世俗派との交渉と和解を試みてきたからである。 ところが報道された映像は、「シーア派政権によるスンニ派前大統領の処刑」 という報復の構図を強く印象づけ、宗派間対立の火に油を注ぐことになった。 こうしてフセイン処刑から12日後の1月10日、ブッシュ大統領はサドル派を統 制できないマーリキー政権に業を煮やしたように、米軍増派を発表したのである。 ▼占領政策が生んだ宗派間対立 ブッシュ政権が、「イラク情勢を一段と不安定化させる道に踏み込んだ」と 最初に述べたのは、「新しい敵」とされたサドル派が、現マーリキー政権の有 力な支持基盤に他ならないからである。 だが最も肝心なことは、ブッシュ政権のイラク情勢の認識が、「イラクは宗 派と民族を寄せ集めたモザイク国家だ」という、占領政策を破綻させた根本的 な誤りを今もなお修正できず、「敵の増殖」を自ら招いていることなのである。 この「モザイク国家イラク」という固定観念が、現実のイラクとはいかに乖 離した欧米諸国の主観的産物であるかは、本紙144号掲載の「イラク占領統治の 破綻が暴く/一元的世界支配の野望の破産」を参照して戴きたいが、この固定 観念こそが、むしろ今日の宗派間対立の激化を招いた決定的な要因と言って過 言ではない。 * ブッシュ政権によるイラク占領政策は、フセイン政権による弾圧を逃れて亡 命中のシーア派銀行家、アフマド・チャビラを軸に反体制派を取り込もうとす るものだったが、それは一貫して、この固定観念に基づいた「宗派と民族の人 口比」を過度に重視するものだったと言えよう。しかもその「人口比」は、過 去半世紀にもわたって正確な民族別、宗派別の人口統計の調査すらなかった以 上、全くの憶測にもとづく「人口比」に過ぎなかったのである ところが占領後、連合国暫定当局(CPA)が任命した統治評議会は、文字通り の意味でこの「人口比」を反映する形で構成された。ここに、憶測に基づいた 「宗派的、民族的枠組み」に沿った、恣意的な権力構成の最初の土台が据えら れたのである。 だがこの状況を効果的に利用した勢力もあった。クルド民主党(KDP)とクル ド愛国同盟(PUK)という2つのクルド民族組織である。KDPとPUKは、武力衝突 も含む激しい抗争を棚上げにして、イラク北部のキルクーク油田を「民族的に 支配する」という共通の利益のために、北部における自治政府の樹立と連邦制 を要求する政治ブロック、「クルド同盟」を形成して選挙に臨んだのだ。 当然ながら、南部バスラの油田地帯に宗派的基盤をもつシーア派諸勢力は、 「石油収入の宗派的支配」の要求でこれに対抗した。かくて、シーア派の大同 団結を意図してシスターニ師が呼びかけた「統一イラク連合」は、「宗派によ るパイ(π)の囲い込み」という新たな求心力を得る一方で、イラク国家の分 裂を招くかもしれない自治政府と連邦制に同調し始めるのである。 05年1月の制憲議会選挙以降、憲法草案に連邦制を盛り込むか否かをめぐる攻 防が最大の焦点になったのは、より多くの石油収入を得たいクルドとシーア派 勢力に対して、石油収入の分配で極めて不利にならざるを得ない中西部スンニ 派部族出身の憲法制定委員が激しく抵抗し、宗派間の相互不信と対立が急速に 高まったからであった。 ところがこの宗派間対立の背景にも、「宗派と民族の人口比」によって歪め られた憲法制定委員会の構成があったのである。というのも05年6月末、1月選 挙で選ばれた議員55人で構成された同委員会の定員が70人に増員され、「議員 外のスンニ派委員」15人と「スンニ派専門家」10人が、新たにこれに加わえら れたからである。 「・・・スンニ派の有力部族は、ボイコットを貫くことで選挙結果に対する 事実上の拒否権を主張し、この拒否権を盾に選挙に参加したのと同じ結果を手 にしようとしている、と推測するのは的外れではないだろう。世俗派であり、 だからまたフセイン政権の官僚機構の担い手を多く輩出してきたスンニ派部族 の面目躍如と言った観さえある」(本紙153号)。 もちろん憲法制定委員会にスンニ派を取り込むことは、政治的組織化に関心 の薄かったスンニ派部族が、選挙のボイコットで失った社会的地位を武装勢力 の統制と引き換えに回復させる懐柔策であり、ブッシュ政権ばかりか、欧米諸 国政府の期待にも応える「超法規的措置」であった。 「だが仮にこうしたスンニ派勢力の戦略が功奏するなら、ブッシュ政権が強 行したイラクの選挙は、単なるセレモニーであったことが暴露されるだけであ る」(前掲本紙)。選挙の正統性を歪めたブッシュ政権と欧米諸国政府のイラ ク安定化の期待は、程なく現実によって裏切られた。 名目的とはいえ、フセインの独裁を支えた旧バース党員を多く抱えるスンニ 派の政治的復権が明白になる度合いに応じて、スンニ派に対する襲撃が増加し たからである。憲法制定委員会に追加的に参加したスンニ派委員の一人は、就 任後わずか3週間で何者かに殺害され、新憲法承認の国民投票が行われた10月に は、フセイン前大統領の弁護団が次々と襲撃されたのである。 この抗争の背景は、石油収入の「宗派と民族ごとの囲い込み」という利権争 奪戦だったが、同時に政治的見解の相違や地域的要求の差異を「宗派と民族の 違い」へと収斂して固定化する、「政治の宗派化」に拍車をかけたのである。 国内の支持基盤が脆弱な亡命政治家たちほど、この傾向に追従したのは必然的 であった。 そう!いまイラクで頻発する宗派間対立の激化は、現実とは乖離したイラク 社会の固定観念に囚われたブッシュ政権の、誤った占領政策の帰結なのである。 ▼シーア派が独占した治安機関 だがこうした宗派間の対立が、報復テロの応酬にまで発展して急速な治安悪 化をもたらすまでになったのは、イラクの治安機関がシーア派民兵組織によっ て担われることになったからである。 スンニ派武装勢力がシーア派地域でテロに訴えるのは、シーア派民兵組織が 看板を掛け替えただけの「治安機関」が、前述のスンニ派要人の襲撃などに関 与してきたからに他ならない。 しかも宗派間の相互不信と直結した治安機関に対する不信、とくにスンニ派 勢力が抱く不信は、マフディ軍やイラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)の 民兵組織である「バドル軍団」など、シーア派民兵組織が「公権力としての暴 力装置」を独占する一方、スンニ派民兵組織は「反米武装勢力」として取締の 対象にされるという、スンニ派の政治参加を阻害する占領軍とマーリキー政権 の対応が助長したのである。 05年11月に発覚した、スンニ派拘束者に対する警察による虐待と拷問は、民 兵組織が担う治安機関の危うさを最もよく象徴していただけでなく、移行政府 のジャファリ首相自らが事件を認め、国際機関の調査を要求するスンニ派政党 に事実調査を約束せざるを得なかったように、亡命政治家たちもまた宗派と民 兵組織におもねり、民兵組織の「暴走」を制御できない事態が蔓延しつつある ことを示唆していた。 そして06年2月、サマーワのシーア派モスクが何者かによって爆破された事件 を契機にして、スンニ・シーア両派の報復テロの応酬が激化した。だがより重 要なのは、この2月以降増加傾向にあったテロによる死者数が、マーリキー政権 が成立した5月には一旦は収まりをみせ、その後7月から爆発的に増加したこと だと指摘するのは、イラク研究家の酒井啓子・東京外国語大学大学院教授であ る(月刊『世界』07年3月号)。 きっかけは7月1日、シーア派住民70人以上が死亡する爆発事件と、スンニ派 の「イラク合意戦線」幹部が誘拐される事件とがサドルシティーで同時に発生 し、サドル派とイラク合意戦線との間で報復合戦が激化したことである。と同 時に7月7日、米軍がイラク軍とともにサドルシティーへの攻撃を強行したこと である。 以降サドルシティーで頻発する三つ巴の衝突は、10月にはマーリキー首相の 反対で中止を余儀なくされたとはいえ、米軍がサドルシティーを一週間も包囲 するまでに緊張が高まり、その後も米軍とサドル派の間で、小規模な衝突や拘 束が繰り返されている。 したがってブッシュ政権のサドル派攻撃の宣言は、06年後半に繰り返された サドル派との衝突に決着をつける強い決意の現れとも言えるが、そのサドル派 を「イランに支えられた勢力」と断定して攻撃するのは、無用な混乱と反感を 助長するだけである。それはスンニ派反米武装勢力を「旧フセイン政権残党」 と一括りにして弾圧し、逆に「スンニ派の反米テロ」を激化させたのと同様の 過ちを繰り返すことであろう。 なぜならサドル派とマフディ軍は、「統一イラク連合」内の主要勢力の中で は、ダアワ党やSCIRIのように国外に亡命していた勢力とは違って、フセイン政 権下のイラク国内で活動をつづけてきた生粋のイラク反体制派だからである。 断っておくが、懸念される事態はサドル派を親イラン派に追いやることでは ない。懸念すべきなのはむしろSCIRIの動向であり、SCIRIとサドル派の衝突で ある。 たしかにSCIRIは、1998年から米政権と公式の関係を持ち、02年のイラク侵攻 時にもいち早く対米協力を表明して占領軍とも良好な関係を維持しているが、 1982年にイラン国内で結成されたSCIRIの民兵組織・バドル軍団は、そのほとん どがイランで訓練を受けたと言われている。つまりSCIRIは、イランと最も親密 なイスラム主義政党なのだ。 現に、移行政府の下でバドル軍団が治安機関の中心的勢力となったとき、「反 イラン感情」を刺激されたイラクのシーア派との衝突が起きたし、「統一イラ ク連合」内の主導権争いで、サドル派がダアワ党を支持してマーリキーを首相 にしたのは、SCIRIのイラン寄りの姿勢をサドル派が警戒したからだとも言われ ている。 つまり「イラン敵視」とサドル派の武装解除を混同することは、SCIRIの「反 米感情」を刺激して「親イラン派」に追いやりかねないし、それがまたマフデ ィ軍対バドル軍団という、シーア派民兵間の衝突を激化させかねないのである。 にもかかわらずブッシュ政権は、何故あえて「親イラン派」のレッテルをサド ル派に貼るのか。 フセイン前大統領の処刑立ち会い人の言動について前述したが、ブッシュ政 権は、この立ち会い人が「イラン人だった」という噂を利用して、イランとの 緊張を意図的に高めようとしているのではないかとの憶測を呼ぶゆえんである。 ▼最悪のシナリオとリアリズムへの回帰 2月19日、ブッシュ政権が、イランの核施設ばかりか、主要な軍事施設も対象 にした大規模な爆撃を行う「非常事態計画」を策定したと報じたのは、イギリ スのBBC放送であった。ブッシュ大統領は同14日、イランの革命防衛隊が供与し た高性能爆弾で米兵が殺傷された「疑惑」に言及していた。 だが他方でブッシュ政権が、イランに対する公然たる攻撃に踏み出す可能性 は、かなり低いと考えるのが一般的である。さしものブッシュ政権も、米軍に よるイランへの攻撃が中東全域に波紋を広げ、予測不能の内乱やテロを呼び起 こすリスクを無視はできないだろうと考えるからである。 だが「イラク研究グループ」という、かなり周到に準備された超党派の「圧 力」にさえ背を向け、イラクへの増派に踏み切ったブッシュ大統領は、はたし て「一般的な考え」に基づいたリスクの中に自制の必要を見いだすだろうか。 そう、米軍によるイラン攻撃という最悪のシナリオも、無いとは断言はできな いのが現実なのだ。 「イラクでの勝利」を頑なに追い求めるブッシュ大統領が固執しているのは、 「敵に最後の一撃を加え」て「名誉ある撤退」をするというシナリオだと言わ れるが、イランへの「大規模爆撃」を強行して一方的な勝利宣言を行い、これ を置き土産にして「名誉ある撤退」を願望するブッシュの幻想こそ、最悪のシ ナリオの根拠なのだ。 現にいまペルシャ湾には、米海軍の空母エンタープライズとアイゼンハワー の2隻に加えて、極東からもステニスが派遣され、イラク戦争開戦直前なみの 3つの空母機動艦隊が配備されている。 それはシーア派民兵の制圧と武装解除という、歩兵部隊による探索と市街戦 が中心にならざるを得ない戦闘にはほとんど不要な、だからまた「イラクに手 を突っ込んで」自国に親和的な勢力を育成しようとしているイランとシリアと いう隣国を、「仮想敵国」として威嚇する目的以外には考えようのない布陣で あろう。 ブッシュ大統領自身もまた、増派を発表した演説の中で、「テロリストと反 乱武装勢力がイラクとの間を往来するのに自らの領土を使わせている」。「イ ランとシリアからの支援の流れを止めるつもりだ。イラクにおけるわれわれの 敵に高度の兵器と軍事訓練を与えるネットワークを探しだし、それらを破壊す るだろう」と述べ、その意図を隠そうともしていない。 だがこうしてブッシュ政権は、固定観念による占領政策の失敗、スンニ派と フセイン支持勢力の混同、そして今回の増派に際して明らかになったシーア派 と親イラン勢力の混同のうえに、イラクにおける混乱と内戦を決して歓迎はし ていないイランとシリアを、「われわれの敵を支援している」と名指しで非難 して敵にまわすという、4つ目の泥沼に足を踏み入れたのである。 これは「一般的」には、収拾不能の混乱状態と呼ぶべきであり、すでにアメ リカ一国の手におえる事態でもない。 ブッシュ政権に残された道は、「イラク研究グループ」提言の実行、つまり 段階的であれ何であれ米軍のイラクからの速やかな撤退を実現するために、イ ラク国内の諸勢力に影響力を行使できる周辺諸国を巻き込んで、内戦状態にあ る宗派間抗争の「休戦」と復興事業に取り組める政治的環境を整える外交的努 力を始める以外にはない。 それは結局「中東版6カ国協議」を追求する、アメリカ的リアリズムに立脚し た外交への回帰でしかないが、イラク民衆とイラク占領軍兵士たちに降りかか る厄災が減少される可能性であれば、積極的に支持されるべきなのである。 (3/4:さとう・ひでみ) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 3:【映画寸評】 ●周防正行監督作品 『それでもボクはやっていない』 冤罪を再生産する司法官僚機構の罪 ー周防作品の新しい力強さー 周防(すおう)正行監督の映画と言えば、すぐに『Shall weダンス?』を思い 出す。今から11年前の1996年に公開された、沈滞いちじるしい当時の日本映画 の中ではまれに見る傑作のひとつだ。 その5年前にも、『シコふんじゃった』という、一般人とはあまりなじみのな い学生相撲の世界を描いた傑作があったが、『Shall weダンス?』も、なじみの 薄い社交ダンスの世界を面白おかしく描き、娯楽とエンターテイメントを融合 した映画の〃復権〃に、いたく関心した。 その周防監督が、11年ぶりに『それでもボクはやっていない』を撮った。描 いた世界は「裁判の被告」であり、これも一般人にはほとんどなじみが無い。 だが前の2作品とは違ってシリアスだ。 なんせテーマは、冤罪事件である。だから周防は、「〃撮らないわけにはい かない〃という使命感を持って作った初めての映画」と自ら評する。 * 周防は、『シコふんじゃった』と『Shall weダンス?』について、学生相撲や 社交ダンスの世界の面白さもさることながら、それに熱中している人々の真剣 さが、他人から見ればおかしくもあり、また魅力的でもあったと語っていた。 そしてたしかに、痴漢に間違われたフリーターの青年、弁護士とその友人たち、 同様に冤罪と苦闘する「冤罪被害者たち」が、偏見に満ちた警察と検事に脅さ れ、判事にまで犯人扱いされる事態に真剣に立ち向かう様子は、〃おかしくも 魅力的〃である。周防映画の面目躍如だ。 そのうえで周防は裁判の様子、より正確には、近代刑訴法に即して「疑わし きは被告人の利益に」を実行する判事と、そうしない判事の二種類の裁判官を、 周防らしい凝りようでリアルに描くことで、「冤罪の構図」を浮き彫りにする。 これが、今回の周防作品に新しく加わった〃力強さ〃だ。 「(判事が)無罪判決を書いても誰も喜ばない。警察も検察も面目を失うだ けだ」という傍聴人のセリフが日本司法制度の度し難い官僚主義を、そして「 法律論としては検察側立証の矛盾を突くだけで十分だが、実際には被告が無実 を証明しなければならない」という役所広司扮する弁護士のセリフが、冤罪の 不条理を鋭く突く。 * 2月には強姦罪で服役した男性が、真犯人の自供で無実であることが判明した が、周防が活写した「司法の官僚主義」が、こんな冤罪事件をいくつも作って きたと考えると、「なじみが無い」では済まされない。(Q) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【お知らせ】07年3月号をお送りします。 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ ┏━━━━━━━━━━━━━━━┓ 【月刊ニュースレター:メール版】イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル ┗━━━━━━━━━━━━━━━┛ メール版第47号(通巻171号)訂正版 2007年3月13日発行 発行所:MELT ホームページアドレス http://www014.upp.so-net.ne.jp/tor-ks/ Eメールアドレス melt-ks@jn3.so-net.ne.jp =================================== このメールマガジンは、『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ を利用して 発行しています。解除は http://www.mag2.com/m/0000089504.htm からでき ます。 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


