ハードボイルド小説THE GUN HOWLS 第四回配信
THE GUN HOWLS第四回配信(全6回) by みゃもみゃも All rights reserved.
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Chapter Four
ダークブルーのコートに身を包んで、俺はアパートを出た。夜の街中でも意
外に目立つ色だ。同じようなコートを着る人間は、そう多くはないだろう。
奴がなぜこのコートを着てこいと言ったのか、俺はわかっているつもりだっ
た。
そして、それに逆らうつもりも、俺にはなかった。
奴が惜しんでくれなければ、惜しむ者などないこの命だ。
ポケットに手をつっこんだまま、黙々と歩く。いつもならずっしりと重いは
ずの懐に、愛用のガンの感触はない。
最後まで奴を信じていたかった。たとえ裏切られるとしても。
ヴィクター・ウォード。俺がただ一人、心を許した友人。
何もかも、あの女が変えてしまった。
俺の部屋にかかってきた電話。いつだったか俺のあとをつけてきた男。俺は
ウィンとしか名乗らなかったのに、どうやって電話番号を調べたのか。
すべてはあとのまつりだ。
裏通りを抜けて、バーの立ち並ぶ路地へ。何度も通ってきた道だ。奴と会う
たびに。
一つのドアの前で、立ち止まる。何度、このドアをくぐったことだろう。
俺は静かに中へ入った。
奴はカウンターに腰かけ、じっとグラスを見つめていた。
俺はそばまで歩いて行って、立ち止まった。奴は顔をあげた。俺達の目が合っ
た。
二人とも、何も言わなかった。俺は奴のとなりに腰をおろした。
マスターは無言で、俺の前にバーボンを置いた。
俺達はずっと黙ったままだった。何も言うことはなかった。お互いに相手の
ことがわかり過ぎるほどわかっていたからだ。
マスターの氷を砕く音が、単調に響き続けていた。
人気のないウィンの部屋。
いつもなら懐におさまっているはずのダブルイーグルが、テーブルの上で置
きざりにされていた。下に紙がはさんであり、走り書きの文字が読みとれる。
『親愛なるヴィック
どうかこのガンを受けとって、おおいに使ってやってくれ。これが俺の
生きた証だ。
お前がいつかここに来てくれることを願って ウィルソン・コーサー』
長い長い沈黙の時間が過ぎた。奴は深くため息をついた。
「来てくれたんだな」
一言、奴はそう言って、グラスの中身を一気にあおった。俺はかすかにうな
ずいただけだった。
コトリとグラスを置いて、奴は立ち上がった。続いて立ち上がろうとする俺
に、奴は不思議なほどおだやかな声で言った。「ウィン」
俺はとまどった。奴の表情が意味するところを理解できなかったからだ。
「外には、ロウザの手下が待ち構えている。俺が失敗した時のために」淡々と
した声だった。「ウィン、コートを貸してくれ」
俺は驚いて奴の顔を見た。
「ヴィック……」
「お前は来てくれた。それで十分だ」
「だが、」
「コートを貸してくれ」
俺は奴の目を見て、言葉をなくした。生まれて初めて、こんな目を見たと思っ
た。
熱く、強くそれは輝いていた。
夢にうかされたかのように、俺はコートを脱いでいた。
奴はそれを受けとって、店の奥へと消えて行った。
俺は混乱する思いを始末できずに、ぼんやりとカウンターに座っていた。
奴は俺のコートを着て、裏口から出てゆくだろう。外にはロウザの手下が待
ち構えているという。そいつらは俺が一人で逃げてきたと思って、奴を撃つ。
あのダークブルーのコートの、ちょうど心臓のあたりを狙って……
俺は止めるべきだったのだ。
さっきの奴の目を、俺は鮮やかに思い出した。
なぜ奴を行かせてしまったのだ?なぜ俺一人がここにいる?
今から止めに行ったとしても、もう間に合わないだろう。
俺は馬鹿だ。救いようもない馬鹿だ。
ふと顔をあげた。マスターがじっと俺を見ていた。
(追いかけないのか?)目でそう聞いているようだった。少なくとも俺にはそ
う思えた。
(遅すぎる。それに俺はガンを持ってすらいない)
マスターは目をそらさなかった。その目が俺の中の何かを動かした。
そうだ。間に合うかどうかは問題じゃない。
俺は立ち上がった。
今行かなかったら、死ぬまで後悔する。
俺は奴が出て行ったほうへ急いだ。もうためらわなかった。
裏口から外へ出るのは、初めてだった。道は細く、入りくんでいた。このぶ
んだと奴を探すどころか、迷わずに抜けだすことさえ難しそうだ。
ヴィックの奴、どこにいるんだ?もう殺られちまったのか。
銃声が響いた。----近い!
俺はその方向へ向かって走ろうとしたが、道は曲がりくねっていた。しかも
街灯ひとつない。がむしゃらに進もうとして、俺はあやうく目の前の壁にぶつ
かるところだった。そこは行きどまりになっていた。
すばやく向きを変え、自分の通ってきた道と、銃声の聞こえた方向を思い出
す。はやる気持ちをおさえ、なるべく冷静に前へ進む。
と、数十メートル先に、道を横切る人影があった。気配から察するに、二、
三人いるようだ。やつらはあっというまに曲がり角へ消えた。
ロウザの手下か。
追いかけようかとも思ったが、それよりヴィックだ。俺は急いで人影の現れ
たあたりまで走り、やつらが出てきたと思われる方へ進んだ。少しばかり行っ
た所に、男が倒れていた。
……奴だった。
「ヴィック!」俺は奴を抱き起こした。「しっかりしろ!ヴィック!!」
奴は閉ざしていた目を開いて俺を見ると、力なく微笑んだ。体はぐったりと
して、もう身じろぎすらしなかった。「ウィン……」
「しゃべるんじゃない、出血がひどくなる」
奴は俺の言葉にかまわなかった。「俺が死んでも……」「死なせやしない。
大丈夫だ」
だが、奴が助からないことは明らかだった。弾丸は急所をつらぬいている。
強い意志の力のみが、奴の意識をつなぎとめていた。
「ウィン……最後に…これだけ……聞いてくれ」遠のいてゆく意識に必死で
しがみつきながら、奴は言葉をつむぎ出した。腕の中で奴の命が急速に削り
とられてゆくのを、俺は感じていた。「やめろ、ヴィック。お願いだ」「ロ
ウザには…手を出すな……バックには…マフィアが……ついて……
ぐっ……」いやな音がして、奴の口から鮮血があふれた。「ヴィック、やめ
てくれ!もういい……しゃべるな」俺の声はふるえたが、奴はそれでも言葉
を止めようとはしなかった。「ウィン…約束……して…くれ、無茶な…
ことは…する……な……… たとえ…」奴はふたたび血を吐いた。「約…
……束……」
そして、奴の口は言葉を語らなくなった。俺の腕に、ずっしりと重みがか
かった。奴は……死んだのだ。
「畜生……」俺は、歯を食いしばった。悔しかった。奴を抱きかかえている
腕が、けいれんでも起こしたように激しく震えた。
「ロウザ……許さねえ…!」
額を奴の体に押しつけ、俺はいつまでも肩を震わせていた。奴は少しずつ、
だが確実に、冷たくなっていった。
その夜、俺は二度と触れることのないと思っていたガンを、ふたたび握りし
めた。使い慣れた感触が、俺の中の何かを呼び戻してゆくようだ。
ここしばらく、こんな気持ちを忘れていた。
(約束……して…くれ)
最後の最後で、奴との約束を破ることになろうとは。
両腕に、苦しそうに言葉をしぼり出していた奴の息づかいが、まだ残ってい
る。
最終的に、裏切り者は俺のほうだ。
それでも、俺は行かなきゃならない。どうしても行かなければならない時と
いうのが、ある。このプライドにかけても。
俺は一人、愛用のガンに復讐を誓った。
次回に続く
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