クラシック音楽夜話 Op.207 ベートーヴェン弦楽四重奏第9番
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クラシック音楽夜話 Op.207 2007年9月24日(日)
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風になりたい
(今年もそーっと6周年記念号)
Op.207 CONTENTS━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1.ショートストーリー 夢〜第三夜「あっ、そー」
2.ベートーヴェン 弦楽四重奏曲 ハ長調 第9番 op.59-1
《ラズモフスキー第3番》
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1.ショートストーリー 夢〜第三夜「あっ、そー」
時は○○年。秋の紅葉パーティ。著名人が集まり歓談中である。主宰者である
会長老紳士のもとへ次々と来賓が挨拶に向かっている。
「信州からやってまいりました、牛飯太郎でございます。今度、新しい新幹線弁
当をお持ちしましたのでご賞味ください。」
「あっ、そー。評判はどうですか」
「おかげさまで好評でございます。軟らかい信州牛肉と半熟卵のバランスが絶
妙とのことで」
「あっ、そー。名物になると良いですね」
遠くから黒服のSPらしき男が走ってくる。
「た、大変です!会長の奥様の大切なドラヤキを無断で食べた犬がおります。
たった今、携帯電話で白状しました」
「あっ、そー。なら、私の分もお食べ、と、いっておあげ」
「このたびノーブル人類皆兄弟賞を創設した大根畑言左右衛門です。私の夢は
全世界を音楽で幸福にすることです」
「あっ、そー。それはいいことです。創設ご苦労でしたね」
「少しキャラがたちすぎて、妨害にあったのですが、秋葉の若人が応援してく
れて、なんとか創設にこぎつけました」
「あっ、そー。これからも若人に指示され続ける賞にしてください」
「今度テレビドラマの主役をはることになりました阿部寛一です。もうチャン
スはないとあきらめていたのですがおかげさまで」
「あ、そー。最近お見かけしませんでしたね」
「皆がどーしても、っておっしゃるものですから。お膳立てをしてくれるなら、
まあ、しょうがない、出てみるか、と」
「あ、そー。でも、時には自ら飛び出していくことも大切ですよ」
「……」
歓談する相手もまばらになった。椅子に座った紳士は遠くに広がる青空をじっ
と眺めている。横にいる側近がたずねてきた。
「会長、会長の夢は何ですか?」
「夢ですか。夢ねぇ。もうこの年になると、考えることもありませんね」
「あっ、そーですか。おっと、真似してすみません(笑)」
「しいていえば、風になることでしょうか」
「風とは、ロマンチックですね。風になり空を飛ぶのですね。いいですね」
「でも、人間は、いや、生き物だけでなく、万物はいつかは風になるのですよ」
「あっ、そうですね。おっと、またもや失礼」
「ところで、風というものは数えられるんでしたっけ…」
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2.ベートーヴェン 弦楽四重奏曲 ハ長調 第9番 op.59-1
《ラズモフスキー第3番》
★ちょっと待て、喜びは1分30秒後にやってくる〜第1楽章
憂鬱で暗く不安定な和音である。この序奏部を聴くと、
「あ、ああ、あの、失礼しました。出直してきます」と言い残して立ち去る(
CDのSTOPボタンを押す)人も多いだろう。ああ…怖い。モーツァルト「弦楽
四重奏曲《不協和音》」冒頭も怖いが、このベートーヴェン「弦楽四重奏曲第
9番《ラズモフスキー第3番》」冒頭は筋金入りだ。
でも。でも、だ。1分30秒間だけ我慢してほしいのである。お湯を入れふたを
してからカップヌードルができるまでの3分間を我慢できるあなたなら、なん
てことない、たった半分ではないか。おどろおどろしい音楽の後に、「ありゃ
ま?」と耳を疑う心地よい和音と快活で楽しげなメロディが聞こえてくるのだ
から。
楽しげな音楽の前に、興味深い導入部がある。それは「あっ、そう」というリ
ズムで始まる。正確に言うと、「あ」と「そう」の間に休符、つまり一瞬の静
寂がある。休符が適度な緊張感を生み音楽を引き締めている。続いてヴァイオ
リンが少し長めのソロを奏でる。このフレーズ、息が長く、仮に歌手や木管金
管のように息を使い鳴らす楽器なら「勘弁してくれ!」と吐き捨てたくなる
「しつこさ」である(たった4小節なのだが本当に長く感じるのだ)。再び全
楽器により「あっ、そう」。またもやヴァイオリンのくどい言い回しのソロフ
レーズ。
三度目の「あっ、そう」で全員一丸となり、「楽しげ」な音楽が始まる。「楽
しげ」なんて言葉では言い表せない。「嬉しくって嬉しくってたまらなーい!」、
って感じ。新垣結衣ちゃんが清涼飲料水のCMで、プールサイドで飛び上がる
シーンを思い浮かべよう。音は上下に駆け回り、ヴァイオリン、ヴィオラ、チ
ェロ奏者たちが腕を組んで飛びはねて踊らんばかりの光景が目に浮かぶ。音は
自在に走り回り、飛び跳ね、ときにはくど目のソロを奏で、四つの楽器が会話
する様をじっくりと聴こう。
(註:演奏しながら腕を組み踊るという芸当は、相当年季の入った曲芸師でも
かなり難しい。だから、こんな光景をイメージできるのは、私のような変人以
外にいないと思われるので、あくまで言葉のアヤです、はい)
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★本当のプロのための弦楽四重奏曲を!
op.18「6つの弦楽四重奏曲」でそこそこ成功したにもかかわらず、ベートー
ヴェンは「何か足りない」と思っていた。まず、彼自身の弦楽四重奏曲作曲技
術に対する不満があった。ベートーヴェンは晩年「あの頃、私は(弦楽四重奏
曲の書き方が)なんて下手くそだったのだろうか」と未熟さを嘆いていた。こ
れら6曲はなかなかの傑作だ。それぞれ色彩も曲想の趣向も違いヴァラエティ
に富んでいて楽しい。しかし、残念ながら私的サロンでごく内輪の聴衆を相手
に聴かせる音楽の域を脱していない。いわば聴き心地の良い音楽だった。
彼の心の中の野望は「プロのための新しい弦楽四重奏曲」を書くことだった。
演奏者の技術が高度になり、聴衆の耳も肥え、時代は新しい弦楽四重奏曲を求
めている、と考えた。この時タイミング良くロシア大使であったラズモフスキー
伯爵から作曲依頼があった。伯爵はお抱えのシュパンツィヒ弦楽四重奏団の公
開演奏会向けの作品を求めたのである。特定の演奏者を(しかもプロ!)想定
した好条件での作曲である。こうして生まれたのが「ラズモフスキー弦楽四重
奏曲」(op.59-1、2、3)である。op.18に比べ飛躍的に高度な演奏技術が求
められる。難しい。聞き比べてみると数小節で違いがわかるだろう。音の厚み
が全く違う。また長大さも特徴で、特に第1番と3番は演奏時間が40分強と、
交響曲並である(5番『運命』よりも長い!)。渾身の作品の完成であった。
ところが、難解すぎてあまり一般受けしなかったらしい。
しかし、難解なのは、19世紀初頭の聴衆の耳には、という意味であって、21
世紀の聴衆には別に難しくもなんともない。私たちははるかに難解、あるいは
五感が耐えきれぬ、神経を逆なでする音楽を聴いている。それらに比べればむ
しろ耳心地よいといえるだろう。
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★大人気の第2楽章〜彷徨い歩く怖い音楽
話がDAN DAN難しくなってきた。これでは私の「クラシック音楽夜話」ではな
くなるので、従来の書き方へと戻そう。
難解と評された《ラズモフスキー弦楽四重奏曲》だが、三曲セットのうち、
第3番だけは例外的に好評だった。長大さと難易度は1番、2番にひけをとら
ないが、比較的わかりやすい構成で音楽がまとまっていたからかもしれない。
第一楽章冒頭の雰囲気についてはすでに書いた。夏のお化け屋敷。そして…、
ほとばしる青春、灼熱の太陽の砂浜と海。重要なのは「あ、そう」という奇妙
なリズム。
第3番の人気は第2楽章の存在によるところが大きい。この楽章はピアノ用と
2つのギター用編曲バージョンが出版されよく売れた。怖さでは第1楽章冒頭
1分30秒に負けていない。いや、負けていないどころか、10分間も彷徨うよ
うな音楽に翻弄され続ける。ボディブローのように効く…。まあ、そこが病み
つきになるのだが。怖さを演出するのはチェロのピチカート。ボン、ボン、と
腹の底に響く恐ろしい音。そして、出口のない森の中を歩き回るようなメロディ。
哀愁帯びた旋律はどこか異国情緒にあふれており、それが当時の人の心をつか
んだ要因だろう。21世紀の私たちの心もしっかりとつかんでいる。
第2楽章は映画「敬愛なるベートーヴェン」のワンシーンで効果的に使わ
れている。愛想がつき離れていったアンナ・ホルツ(女性写譜師)をベー
トーヴェンが迎えに行く場面。粗雑で自己中心的な彼がアンナに詫び、土
下座して(といっても和風土下座ではないが…)「戻ってきてくれ」と頼
むのである。音楽は雪の降るウィーンの町並みのシーンで流れる。グレー
と雪の白の色彩がベートーヴェンの心の揺れを、音楽と共に見事に表現し
ている(11月にDVDが発売されます)。
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★気品溢れる第3楽章
第3楽章はうって変わり耳心地の良いメヌエット。第2楽章メロディの変形で
もあるが、おどろおどろしい旋律が、このように上品なワルツに変身するのが
面白い。トリオからのリズムは、ベートーヴェン音楽について世に言われる、
運命の動機「タタタター、タタタター」に似ている。まあ、単に似ているとい
うだけであって根拠はないし、そもそも「運命の動機」自体も後の研究家によ
る命名だから、ベートーヴェンが意識していたかどうかも怪しい。ただ、私は
この箇所を聴くたび、不思議と懐かしい思いでいっぱいになる。「ああ、ベー
トーヴェンだ…」と。
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★終始動き回る小動物〜スピーディなフーガの醍醐味第4楽章
第3楽章が中途半端な終わり方をすると思えば、間をおかず第4楽章へと突入。
ヴィオラ先導で第二ヴァイオリン、チェロ、そして第一ヴァイオリンが順に奏
でるフーガ。それも小刻みなリズムで終始忙しく駆け回っている。『クワルテ
ットの楽しみ』(エンスト・ハイメラン/ブルーノ・アウリッヒ著/中野吉郎
訳)で「多くの人(奏者のこと)が、自分の能力を超えているから勉強の必要
さえない、といっているもの」と記述されているように、大変難しい技術を要
求される楽章といえそうだ。聴く方も大変だ。小刻みの音をすべて聞き取ろう
とするとその緊張感は計り知れないし、かといって流して聴くにはもったいな
い。一瞬の中断はあるものの、終始音は走り回る。まるで小動物の動きに似て
いて気が休まる暇がない。まあ、そこがこの曲の魅力でもあるし、聴けば聴く
ほど好きになる。怖いユーレイも最後には小動物に木っ端微塵にされ、興奮の
嵐の中、爽快な気分にさせてくれるのである。
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★私の聴いたCD
CE25-5646
アルバン・ベルク四重奏団
ベートーヴェン
弦楽四重奏曲第9番 ハ長調 op.59-3《ラズモフスキー第3番》
弦楽四重奏曲第11番 ヘ短調 op.98《セリオーソ》
BEE-1025
メロス弦楽四重奏団
ベートーヴェン
弦楽四重奏曲第8番 ホ短調 op.59-2《ラズモフスキー第2番》
弦楽四重奏曲第9番 ハ長調 op.59-3《ラズモフスキー第3番》
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【今週のPODCAST】
ー最新配信番組ー
◆8月12日配信
プーランクの室内楽曲
◆8月4日配信
ブラームス弦楽五重奏曲第1番第1楽章(途中まで)※音量小さい
ブラームス弦楽五重奏曲第1番第3楽章 ※音量大きい
※iPODやiTUNESをご利用でない方も、次のURLでお楽しみいただけます。
ぜひどうぞ。
http://musiker21.seesaa.net
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【私の聴いたCDや本】
http://www.musiker21.com/cdinfo.html
※本誌で取り上げた作品のCDや書籍などを掲載しています。
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【あとがき】
7年目に突入です。これからもよろしくお願いいたします。
「クラシック音楽夜話」創刊以来最長のブランクとなりました。皆様お久しぶ
りです。もう配信はないだろう、と思った方も少なくないかもしれません。配信
できなかったのは様々な要因はあるのですが、とにかく苦しい50日間でした。
書くのも大変ですが書けないのも苦しいものです。
それにしても暑い夏、そして残暑でした。体調のせいにするのは不満ですが、
事実頭がぼーっとして何も考えることはできない日々でした。途中胃腸も変調
をきたしましたし。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
50日間の間世間ではいろいろなことがありましたね。少し時事問題もショート
ストーリーに盛り込んでみました。「千の風になって」のミリオン達成。すご
いですね。いまだにオリコン20位以内に入っているのですから一過性の人気で
はなさそうです。こういうまともな歌唱法がもっと認知されるのを期待してい
ます。
気がつけばもう10月になるのですね。音楽鑑賞にはもってこいの季節がやって
きます。お気に入りの音楽を聴き季節を満喫しましょう。
では、op.208で、またお目にかかりましょう。
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構成・文:musiker
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