2009/06/30
故事成語で見る中国史(32)天衣無縫
故事成語で見る中国史・第32回 日頃、何気なく使っていることわざや言い回しの多くは、 中国の歴史に出典を求める事ができます。 耳馴染んだ言葉がどのような時代背景で生まれたのか? 歴史書の原典をひもときながら詳しく解説します。 現代にも生きている言葉から、中国史を浮かび上がらせてみましょう。 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲ 天衣無縫(てんいむほう) (天人の衣服には人工の縫い目などがない意から) 詩歌などに、技巧をこらしたあとがなく、 いかにも自然で完美であるさまの形容。 また、人柄が天真爛漫でかざりけのないさま。(広辞苑) 用例:「モーツァルトの楽譜には書き直したあとがほとんど無いそうだ」 「それこそまさしく天衣無縫、天上の音楽と言われる所以(ゆえん)だね」 -------------------------------------------------- (出典)『太平広記』 巻六八「女仙十三」所収 「郭翰」より 徐視其衣並無縫。翰問之。 謂翰曰、天衣本非針線為也。 毎去、輒以衣服自随。 (書き下し) 徐(おもむろ)に其の衣を視(み)るに並びに縫(ほう)無し。 翰(かん)之(これ)を問う。翰に謂いて曰く、 天衣本(もと)より針線(しんせん)の為(な)すに非(あら)ざるなり、と。 去る毎(ごと)に、輒(すなわ)ち以て衣服自(おのずか)ら随(したが)う。 (語注) ○縫 :縫い目。 ○翰 :郭翰(かくかん)。人名。 ○針線 :針と糸。 ○輒 :すなわち、そのたびごとに。 (現代語訳) おもむろに(織女の着ている)衣服を見てみると、縫い目が全く見当たらない。 郭翰がその理由を尋ねると、(織女は)「天上の衣服は、 もとより針や糸で作るものではございません」と答えた。 そしてその衣は、(織女が)去るときには自然と身体を覆った。 -------------------------------------------------- (解説) 歴代の王朝にとって、天文を司ること、すなわち自然の理(ことわり)を把握し、 暦(こよみ)を定めて四時(しいじ)の運行を司ることは、最重要課題の一つでした。 政(まつりごと)の正否が自然の運行に反映される、 という儒教の思想が色濃い時期もあり、為政者は 常に天文と向き合わねばなりませんでした。 史書にも古くから天文に関する専門的な記述がなされています。 たとえば、前漢の司馬遷が著した『史記』には、「天官書」という篇があり、 北斗七星や太陽系の惑星をはじめ、様々な星の運行が、 人間の社会に示す意味について詳しく記されています。 『史記』の「天官書」のなかには 牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)の名も見え、 牽牛星は犠牲を為(つかさど)り、織女星は天帝の孫である、と記されています。 牽牛と織女のとりあわせは、古くは『詩経』の「小雅」に見えます。 また、漢代の「古詩十九首」には、牽牛と織女が人格化されて、 天の川を隔てて涙を流している、という歌がおさめられています。(※1) 牽牛と織女にまつわる物語は、 後の後漢の崔寔(さいしょく)『四民月令』や 同じく後漢の応劭(おうしょう)『風俗通義』にも見られ、 数多くの民間伝承や書物で展開を見せることになります。(※2) 互いに想いあいながらも、逢瀬(おうせ)は年に一度しか許されない、 その切ない想いは海を越え、日本でも奈良時代には 七夕(たなばた)の節句に祈りをささげる風習が行われておりました。 ところが本家本元(ほんけほんもと)の中国では、 織女が思いもかけぬ行動に走る物語も生まれました。 一年に一度しか会えぬ寂しさのあまり、 織女が天帝の公認のもと浮気をする、という物語が 『太平広記(たいへいこうき)』に見えます。 『太平広記』は北宋の李ホウ(ホウは「日」へんに「方」、925〜996)らが 太宗の勅命を受けて編纂した書物で、 古書に見える異聞や奇談を集めた類書(百科事典)です。 その『太平広記』巻六八「女仙十三」には、 人間と織女との交情を描いた「郭翰(かくかん)」の話がおさめられており、 そのあらましは以下のようです。 眉目秀麗、弁舌爽やかで、書道の腕もなかなかの郭翰は、 両親を早くに失い、一人暮らしをしていましたが、 ある夏の夜、庭に寝台をしつらえて涼んでいると、 一陣の芳しい香気が立ちこめてきました。 ふと空を見上げると、絶世の美女が二人の美しい侍女を従えて、 ゆらゆらと舞い降りて参ります。そのあまりの美しさに打たれ、 衣服を正し、寝台から下りてひれ伏す郭翰に、 美女は微笑しつつ「私は天上の織女です」と名乗ります。 織女が告げて言うには、夫と久しく会うことができず、憂悶していたところ、 天帝から下界に遊ぶお許しが出たとのこと。 そこで、俗塵から離れて暮らす郭翰のもとを訪れたのであり、 願わくば契りを結びたい、と来意を告げました。 滅相(めっそう)もないと恐れ入る郭翰をよそに、 織女は侍女に命じて室内を清めさせ、寝台を艶やかに飾らせると、 二人は交情細やかに、閨(ねや)を共にします。 それからというもの、織女は夜ごとに訪れて、 夜明けになると雲に乗り帰ってゆきます。 あるとき、郭翰が戯れに尋ねました。 「ご主人の牽郎(けんろう、牽牛)はどちらにいらっしゃるのです、 あなたはお一人でこのようなことをなさって宜しいのですか」 すると織女は悠然として、「天の川で隔てられているのですから、 知られるはずもございません。たとえ知られたとしても、 何も心配することはございません」と応えました。 やがて七夕の日になると織女はぱたりと訪れなくなりましたが、 数日後にまた郭翰のもとに現れました。 郭翰が「ご主人と会えて、楽しかったでしょう」と尋ねると、 織女は笑って、「天上ではあなたの思うようなことは無いのですから、 嫉妬なさらずとも大丈夫なのですよ」と応えます。 郭翰がさらに「どうしてこんなに戻るのが遅かったのですか」と尋ねると、 「下界の五日間が、天上の一夜にあたるのです」とのこと。 そうした郭翰の焼き餅を見透かすかのように、 織女は天上のご馳走を持ってきてくれておりました。 郭翰はふと、織女の美しい衣服に縫い目が全く無いことに気付きます。 そのことを尋ねると、織女が答えて言うには、 「天上の衣は、もとより針や糸を使って縫うものではないのです」 その衣は、織女が帰るときになると、自然に彼女の身体を覆うのでした。 このエピソードから、詩歌などに技巧をこらしたあとがなく、 いかにも自然で完美であるさまや、人柄が天真爛漫でかざりけのないさまを、 天上の衣服には縫い目が無いことに喩(たと)えて 「天衣無縫(てんいむほう)」というようになりました。 さて、幸福な時間を過ごし、天衣無縫を目(ま)の当たりにした 郭翰のその後は、どのようだったのでしょうか。 天帝から許されていた一年という月日が過ぎると、 織女は天上に戻らねばなりません。 最後の夜、二人は手をとりあって涙を流し、 眠らずに別れを惜しむばかりです。 織女は空に舞い上がりながら、何度も振り返っては 手を振り続けましたが、やがて見えなくなってしまいました。 明くる年に、織女の侍女が郭翰のもとを訪れて、 詩のやりとりを仲介してくれましたが、その後は音信不通となりました。 往時、跡継ぎがいないことは、祖先に対する最大の不孝です。 郭翰も程氏の娘を無理に娶(めと)らされましたが、 織女を想い続ける彼の意に適(かな)う女性は、 程氏ならずとも、どこにもおりません。 結局、郭翰は跡継ぎに恵まれず、夫婦仲も悪かったということです。(※3) ところで『太平広記』に見える「郭翰」の話の末尾には、やや唐突に、 郭翰の官職は後に侍御史(じぎょし)に至り、そして亡くなった、 と記されています。 侍御史とは、官吏の違法行為を摘発、尋問する役職です。 破格ではありませんが、官僚としては まずまずの出世であったといえるでしょう。 郭翰の人生は何のために書き残されたのでしょう。 自分のみの真実を掴んだ幸福でしょうか、 幸福は、それが失われる危機を懐胎していることへの警鐘でしょうか、 あるいは道を踏み外した悦楽の戒めでしょうか。 もしかしたら、それらが渾然(こんぜん)としながら生活は続き、 郭翰という男が侍御史としての責務を果たしていた、 という「事実」以外に、何らかの「意味」を求める必要など無い ということを伝えようとしているのかも知れません。 -------------------------------------------------- (※1)『文選』巻二九。「古詩十九首」の成立が 前漢・後漢のどの時期であるかについては、諸説ある。 (※2)小南一郎『中国の神話と物語り』(岩波書店、一九八四年)、 守屋美都雄『中国古歳時記の研究―資料復元を中心として―』 (帝国書院、一九六三年)、 『荊楚歳時記』(平凡社 東洋文庫)「七月」の項の注釈等参照。 (※3)『太平広記』所収「郭翰」は『霊怪集』に拠ると記すが、現在は散佚。 なお、「天衣無縫」の語は『太平御覧』巻六八五所引『神異経』にも見える。 -------------------------------------------------- ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲ 発行者だより φ(.. ) 郭翰と織女の物語を読むうちに、 生誕百年、太宰治のこんな一節をふと思い出しました。 あるのだ、世の中にはあの人たちの思いも及ばぬ 不思議な美しいものが、あるのだ、けれども、 それを一目見たものは、たちまち自分のようにこんな地獄に落ちるのだ、 (「新釈諸国噺」所収「人魚の海」より) さて、地獄に落ちた者は、 「不思議な美しいもの」を見ない方がよかった、 と後悔するのでしょうか・・・ などと余計な詮索(せんさく)もできないほど 目も心も奪われてしまうのが、 「不思議な美しいもの」なのでしょうね。 それでは、また☆(2009.6.30) 次回予告 「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」 既刊案内 白眼視/竹馬の友/破竹の勢い/朝令暮改/梁上の君子/白眉/塞翁が馬/ 逆鱗/背水の陣/李下に冠を正さず/傍若無人/蛇足/馬耳東風/髀肉の嘆/ 登龍門/大器晩成/呉下の阿蒙/五里霧中/推敲/酒は百薬の長/矛盾/ 四面楚歌/敬遠/井の中の蛙/百聞は一見に如かず/古稀/絵に描いた餅/ /苦肉の計/捲土重来/杞憂/青天の霹靂/天衣無縫/ -------------------------------------------------- 発行者:バルカ URL :http://www23.tok2.com/home/rainy/index.htm E-Mail:barcarolle73@hotmail.com 文章の無断転載等はご遠慮下さい。 当メルマガの登録・解除は、以下のサイトにてお願い致します。 まぐまぐ http://www.mag2.com/m/0000073501.htm melma!(メルマ) http://www.melma.com/mag/86/m00043686/ ご購読ありがとうございます☆ ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


