故事成語で見る中国史(20)矛盾
故事成語で見る中国史・第20回
日頃、何気なく使っていることわざや言い回しの多くは、
中国の歴史に出典を求める事ができます。
耳馴染んだ言葉がどのような時代背景で生まれたのか?
歴史書の原典をひもときながら詳しく解説します。
現代にも生きている言葉から、中国史を浮かび上がらせてみましょう。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
矛盾(むじゅん)
事の前後のととのわないこと。
つじつまの合わないこと。
自家撞着(じかどうちゃく)。(広辞苑)
用例:「君の言っていることは、矛盾しているよ」
--------------------------------------------------
(出典)【韓非子・難一篇】より
楚人有鬻楯與矛者。譽之曰、吾楯之堅、莫能陷也。
又譽其矛曰、吾矛之利、於物無不陷也。
或曰、以子之矛、陷子之楯何如。其人弗能應也。
夫不可陷之楯、與無不陷之矛、不可同世而立。
今堯舜之不可両譽、矛楯之説也。
(書き下し)
楚人(そひと)に楯(たて)と矛(ほこ)とを鬻(ひさ)ぐ者有り。
之(これ)を譽(ほ)めて曰く、吾が楯(たて)の堅きこと、
能(よ)く陷(とほ)すもの莫(な)きなり、と。
又(また)其の矛(ほこ)を譽(ほ)めて曰く、吾が矛の利(と)きこと、
物に於(おい)て陷(とほ)さざる無きなり、と。
或(ある)ひと曰く、子の矛を以て、子の楯を陷(とほ)さば何如(いかん)、と。
其の人、應(こた)ふること能(あた)はざるなり。
夫れ陷(とほ)すべからざるの楯は、陷(とほ)らざる無きの矛とは、
世を同じくして立つ可からず。
(語注)
○鬻(ひさ)ぐ:売る、あきなう。
○楯:たて。敵の攻撃を防ぐ道具。盾とも書く。
○矛:ほこ。長い柄(え)の先に両刃の剣をつけた、槍のような武器。
○利:刃物などが鋭いさま。
(現代語訳)
楚の人に、楯(たて)と矛(ほこ)とを売る者がいた。
その売り物の楯をほめて言うには、「私のこの楯は堅いので、
これをつらぬくことができるものなどございません」。
そしてまた、同じく売り物の矛をほめて言うには、
「私のこの矛は切れ味鋭く、どんなものでも突き通すことができるのです」と。
それを聞いていたある人が、「では、あなたの矛で、
あなたの楯をつらぬいたらどうなるのかね?」とたずねたところ、
その人は何とも応えることができなかった。
そもそもつらぬくことのできない楯と、何でもつらぬける矛とは、
同時に存在することなどできないものだ。
--------------------------------------------------
(解説)
紀元前500年前後、春秋時代と呼ばれる時代に、
儒教の始祖と言える孔子(こうし)は、魯の国の大臣となり、
自らの思想を政治の場で実践しようとしました。
孔子は「仁(思いやり・同情の心)」に重きをおき、
人の上に立つ者の徳によって民衆を教化する政治、
すなわち「徳治」を目指します。
しかし、春秋時代から戦国時代にかけての現実はというと、
鉄器の普及によって農具が改良されて、生産力が飛躍的に向上し、
そして手工業の発達に伴って商業が発展するにつれて、
貨幣経済が波及する中で都市も発達するという活況を呈してゆきます。
道徳という表看板だけを頼りにしていては
他国とわたりあえる時代ではなくなりつつありました。
とは言うものの、孔子の教えを継承する儒家の勢力はやはり強く、
戦国時代にも、数多くの優れた学者が輩出(はいしゅつ)されました。
その代表格の一人が孟子(もうし)です。
孟子は、孔子の教えを敷衍(ふえん)しつつ、
人間が本来もって生まれた性質は善なるものであり、
その善き性質を伸ばしてやるように導けばよい、という
「性善説(せいぜんせつ)」に立脚して自説を開陳し、高い名声を得ました。
孟子と同じく儒家の門下でありながら、
「性善説」と対(つい)をなす説を唱えたのが、
荀子(じゅんし)です。荀子は、孟子とは異なり、
人間の本来の性質は悪しきものである、と考えました。
それならば、悪しきものに染まりやすい民衆を
どうすれば正しい方向に導けるかというと、厳格な礼儀を普及させ、
それによってあるべき規格に当てはまるようにしなければならない、と説きました。
人間の本性を信用せず、礼儀による教化の必要性を説く荀子の考え方は、
「性悪説(せいあくせつ)」と呼ばれます。
同じく儒家の出でありながら、対照的な思想を形成した孟子と荀子ですが、
戦国時代末期、その荀子の弟子に韓非子(かんぴし)という人物が現れます。
韓非子は韓という国の王族の一人として生まれましたが、
その高い見識を自国の政治に活かす機会を得られず、
かえって敵国の秦がその思想を取り入れて、強大化したという
巡り合わせを生きた思想家です。(※1)
韓非子は、荀子の「性悪説」を、さらに先鋭化した形で展開しました。
すなわち、本来悪しき性質をもつ人間の集団である民衆を導くには、
礼儀だけではまだ十分ではなく、法律によって厳重に統治すべきである、
というものでした。かくて韓非子は、儒家の荀子の門より出でながら、
法家(ほうか)とよばれる思想の集大成を成し遂げます。
儒家の流れより出た韓非子の思想には、当然儒家の影響も見られますが、
同時に外から見つめる醒めた視点も持ち合わせていました。
たとえば、儒家が聖天子と仰ぐ、古代のほとんど伝説上の帝王に
堯(ぎょう)、舜(しゅん)、禹(う)という三人の人物がいます。
この三人は、天下をよく治め、自分の子ではなく有能な後継者を抜擢し、
禅譲(ぜんじょう)という形式で位を譲った比類無き人格者として、
理想的な君主像とされる人物たちです。
堯(ぎょう)が天子の位にある頃、その部下たる舜(しゅん)は
民間を視察して歩きました。ある時は漁民の争いを調停し、
またある時は土器の製法を改良してやるなど、
様々な分野で社会の改善に取り組み、民衆の教化に努めたとされます。
このエピソードは、儒家にとっては、舜の能力の高さを示すと同時に、
その舜を抜擢した堯の人選をも讃える美談として語り継がれていますが、
韓非子の目は、そこに欺瞞(ぎまん)を感じていました。
というのも、堯(ぎょう)は聖人であったというが、本当の聖人であったならば、
儒家の考えによれば、その彼が天子の位にあって目を光らせていたのなら、
それだけでも民衆は十分教化されていたはずである。
しかるに、堯の部下の舜が視察してまわった際、社会にはまだ
調停や改善せねばならない不都合が数多くあったというのはおかしな話で、
それは実は、天子の堯の徳が十分ではなかったことの証明になってしまうのだ、
と韓非子は指摘します。
儒家が疑いもなく聖人と仰いだ堯と舜ですが、
この二人を同時に褒め称えることは、実は論理的に無理がある、
という指摘をした後で、韓非子は次のようなエピソードを述べています。
楚(そ)の人で、楯(たて)と矛(ほこ)とを売っている者がいました。
その男は、自分の売り物の楯(たて)をほめて、
「私のこの楯は堅いので、これをつらぬくことができるものなどございません」
と言いました。そしてまた、同じく彼の売り物である矛(ほこ)をほめて言うには、
「私のこの矛は切れ味鋭く、どんなものでも突き通すことができるのです」。
それを聞いていたある人が、「では、あなたの矛で、
あなたの楯をつらぬいたらどうなるのかね?」とたずねたところ、
その人は何とも応えることができませんでした。
韓非子はこのエピソードの後に、
「そもそもつらぬくことのできない楯と、何でもつらぬける矛とは、
同時に存在することなどできないものだ。
今、堯(ぎょう)と舜(しゅん)は、ともに古代の聖天子とされるが、
本来はその二人を同時にほめることはできないのは、
この矛楯(たてとほこ、むじゅん)の話と同じことである」と述べています。
韓非子の述べたこの逸話から、論理的につじつまがあっていないことを
「矛盾(むじゅん)」と言うようになりました。
既成の権威に対しても、敢然と疑問のまなざしを向ける韓非子は、
当時絶対的であった君主の権限も、
法の支配下に置かれるべきであると考えました。
これもまた、儒家の思想から逸脱する大胆な発想でありました。
儒家より出て、儒家にとどまらずに、
時にはその思想を否定すらしつつ法家の思想を大成した韓非子。
韓の国の王族として生まれながら、愛する祖国・韓に於いては力をふるえず、
敵国と言える秦の国ではじめてその思想の新価が発揮されたという点ともあわせて、
韓非子自身の思索も人生もまた、まさしく
渦巻くような「矛盾(むじゅん)」の中にあったと言えるかも知れません。
-----------------------------------------------
(※1)当メルマガ第8回「逆鱗(げきりん)」参照。
--------------------------------------------------
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
発行者だより φ(.. )
自然界では、環境に対してより矛盾の少ない者が
淘汰の中で生き残ってゆけることになります。
ひるがえって人間の営みを顧みれば、
ささやかな対人関係から地球規模の環境破壊まで
様々な矛盾を抱えて四苦八苦。
自ら矛盾を生み出しては、また自ら必死で解消しようとしているのも、
滑稽な矛盾と言えるかも知れません。
そうしてみると、自然界ではあり得ないような「矛盾」の渦中を生きるということこそ
人間らしさの一端であるとも言えるような、言えないような・・・
発行がまた半年ぶりになってしまいました(泣)
「気息奄々(きそくえんえん)」、すなわち「虫の息」という言葉が
胸中をよぎりますが、淘汰されぬようまた次回も発行する所存です。
晩秋初冬、寒風の候ですが、皆様もご自愛ください。
それでは、また☆(2003.11.30)
次回予告 「四面楚歌(しめんそか)」
既刊案内
白眼視/竹馬の友/破竹の勢い/朝令暮改/梁上の君子/白眉/塞翁が馬/
逆鱗/背水の陣/李下に冠を正さず/傍若無人/蛇足/馬耳東風/髀肉の嘆/
登龍門/大器晩成/呉下の阿蒙/五里霧中/推敲/酒は百薬の長
--------------------------------------------------
バック・ナンバーはこちらからご覧になれます。
http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000073501
年表風にまとめたものは、こちらからご覧になれます。
http://www23.tok2.com/home/rainy/chugokugaku-seigo.htm
発行者:バルカ barcarolle73@hotmail.com
ご意見、ご感想等ございましたら、こちらまで宜しくお願い致します。
尚、文章の無断転載等はご遠慮下さい。
当メルマガの登録・解除は、以下のサイトにてお願い致します。
melma!(メルマ)
http://www.melma.com/mag/86/m00043686/
まぐまぐ
http://www.mag2.com/m/0000073501.htm
ご購読ありがとうございます☆
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


![転職なら[en]社会人の転職情報!転職成功者続出 転職なら[en]社会人の転職情報!転職成功者続出](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/sya.gif)
![派遣のお仕事探しなら[en]派遣のお仕事情報 派遣のお仕事探しなら[en]派遣のお仕事情報](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/haken.gif)
![アルバイト探しは[en]本気のアルバイト アルバイト探しは[en]本気のアルバイト](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/baito.gif)
![就職サイトは[en]学生の就職情報 就職サイトは[en]学生の就職情報](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/gakusei.gif)
![転職なら[en]転職コンサルタントキャリアを活かした転職に! 転職なら[en]転職コンサルタントキャリアを活かした転職に!](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/consul.gif)