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2008/06/09

秘伝-通算229号  「『私がない』悩み」

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  ┃ [プロ編集者による] 文章上達<秘伝>スクール
  ┃ http://www.hiden.jp/
  ┃
  ┃ 通算229号  「『私がない』悩み」
  ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……・・ ・


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  ┃<文章秘伝>ニュース┃
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【小説は[目に見えないもの]】

最近、僕は日本人は物に即してしかモノを考えられないのではないか、という
疑いにとらわれています。西洋の抽象的な思考が立体だとすると、日本人の多
くは本質的な概念を理解せず、何か平面的な思考を継ぎ合わせて間に合わせて
いるような気がします。
言葉を変えると、日本では[目に見えないもの]を言葉で明示的に扱う技術や
思想が発達していないのです。
それは欠点というより、特質なのですが、社会、経済などのシステムはどんど
ん西洋化していくわけですから、そこにいろいろ宿題が溜まっていくような気
がするのです。
小説も[目に見えないもの]です。目に見えているものは「本」です。あるい
は「文字」です。一編の小説そのものを目で見ることはできません。
小説を書くということは、目に見えない世界でモノを作る作業です。
文字を並べることではありません。

【小説はラーメンと同じ】

今回のQ&Aで、小説を目に見えるもので置き換えたいと思いました。
ラーメン。小説を作るのはラーメンを作るのと同じだということです。
しかし、Q&Aの中では、十分に展開できなかったので(最近書きたいことが多
く、展開するとどんどん長くなってしまうのです)、ここで書きましょう。
ラーメンを作るには、まずラーメンが好きでなくてはいけません。人の小説を
たくさん読んでいるほうがいい。しかも、グルメなほうがいいです。
まずいラーメンでも平気な、味のわからない人のラーメンは、期待できません。

次にたくさんのラーメンを食べた結果、自分の理想の味を作りたくなった、と
いうのが立志としてはベストです。
どこかの店の味を真似したい、というのは、アマチュアの動機としては十分で
すが、プロになる意欲がある人の志としてはやや不十分です。

自分の作りたい味が決まったら、素材探しです。ダシや具や麺について、いろ
いろなうんちくを読んだりテレビで見たことがあるでしょう。
具は、取材や資料、体験などのネタ、麺は文章力、スープは作家の人生経験や
人間洞察にあてはめてもいいでしょう。
日本中から最高の素材を求めなければいけません。

こういう要素を集めてきても、それぞれに魅力があるだけでなく、バランスよ
く一つに融合しなければおいしいラーメンになりません。そのような部分でま
たいろいろ苦闘する場合があります。
それから、試食。誰かに食べてもらって意見を聞き、有意義な意見はフィード
バックして調整する作業をしなければなりません。

このようにすればおいしいラーメンはできます。
しかし、プロとして開業する、ということになると、資金集めから、店舗や什
器のイメージ作り、ネーミング、立地、宣伝など、また別の次元の作業が無数
にあります。
この開業の部分は、煩雑になるので比喩にしませんが、プロを目指すなら、た
だおいしいラーメンを作るだけでは終わらないのは、じつは小説でも同じです。

【やることはたくさんある】

この比喩を、小説を書くことはいかに大変であるか、と読む人もいるでしょう。
しかし、一方でこのように分解すれば、具体的な努力目標がいくらでもある、
ということも想像がつくでしょう。
ラーメン作りを研究するとき、そのプロセスも楽しむものでしょう?
小説についても、もっと総合的に考えて書くことを楽しんでほしいのです。
小説は[目に見えないもの]ですから、[目に見えないもの]が具体的に見え
た人だけが前進します。努力せずに結果だけを求められても、何もでません。

【というわけで…】

(…って宣伝のために上記のことを書いたわけでもありませんが)
掌編小説ゼミ、今月は27日(金)です。テーマ自由の1400字程度の小説を書い
てご参加ください。お待ちしています。

*参加者にゼミの様子のマンガを書いてもらいました!
http://www.hiden.jp/gallery/manga.html

*詳しくはこちら
http://www.hiden.jp/2008/03/semi_2008.php


【言葉のクロッキー】

文章の基礎体力をつけたい方はこちら!
http://croquis.hiden.jp/




では、Q&Aです。
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「『私がない』悩み」




●質問●
 
はじめまして。
「想像力を鍛える」の回で、私と同い年の女性が悩みを寄せていらっしゃいま
した。
私も、質問者の女性の方と同じ32歳です。
夫と4歳になる子どもがおり、自宅の近くで姑が暮らしています。
毎日家事におわれつつ、勝手に噴出してくる想像の世界に手をこまねいていま
す。
実は、彼女の悩みと反対のことで私は毎日悩んでいます。
 
私の脳内に広がる「空想の世界」は
子どもと遊ぶ時、車を運転する時、食事を作っているとき、家族と過ごしてい
る時、一人で過ごしている時……など
時も所も構わず勝手にやってきます。
そして(ここからはイメージで申し訳ないのですが)ふわふわとした混沌とし
た世界から浮かび上がってきた
登場人物たちが勝手に動き出し、彼らと物語の中を冒険していると、あっとい
う間に時間が過ぎていきます。
そして、無性にパソコンに向かって彼らの訴える言葉・住んでいる世界を書き
写したくなるのです。
ところがここからが問題なのです。
私はものすごい飽き性で、一つのことをやり遂げることができません。
生きること・だんなを愛すること・子育てを放棄しないことがよくもまあ5年
間も続いているものだ、と思ってしまう程です。
ですから、パソコンに向かって文章を書いてみよう、としても「どうせ最後ま
で書きとおせないだろう」という気持ちが出てきます。
ストッパーを自らかけて、なかなかスタートラインにたつことが出来なくなっ
てしまいます。
飽き性でなければ「表現したいのだから、表現しよう!」と腹を括って執筆に
取り掛かることができます。
しかし、どうせ最後まで仕上げることは出来ないのです。
最後まで仕上げない小説は小説ではないうえ、自分の不甲斐なさを目の当たり
にして劣等感の貯金をつくるだけです。
なので、パソコンを押入れの中にしまいこんで出せないようにしたり
忙しくなれば空想の世界も離れていくだろう、とボランテイアに登録したりし
ました。
それでも書きたい気持ちは日々募るばかりです。
結局書きたい、どうせ書けないだろう、という綱引きが延々と続き、
不眠になったり・食事の量が増減したりして、精神的にきつい日々が続くよう
になりました。
 
おもえば32歳にもなって空想の世界に耽るのもおかしな話です。
かわいい子どもがいて、やさしいだんなもいて、幸せな毎日なのにどうして今
を生きる現実をありがたく受けとろうとせず
空想の世界に逃げてそれを表現しようと思ってしまうのか……自分というもの
がわかりません。
色々と自己分析をしてみましたがこの癖と衝動を抑えることはできません。
自分の姿を客観的に見ることには限界があるということに気がつき、
村松さんに教えていただければありがたいとおもいメールを送信しました。
よろしくお願いいたします。


●答●

小説を書く、という作業は、99パーセントまでが目に見えない部分での作業で
す。
だから、たいへん高尚なものとして祭り上げられるかと思うと、ひどく甘く見
られる。そういう両極の中で、さまざまな人の思惑や妄想が渦巻いて混乱して
いるのです。
たしかに、文学の世界は多様で奥が深い。
しかし、その奥深さとこの混乱は別のことです。

事態はもっと単純なのであって、小説は、書くか書かないか、書いたものが面
白いか面白くないか、なのです。

どうも見えない世界は勝手な思いこみが入りやすいので、ここでは目に見える
ものの比喩で語りましょう。
小説をラーメン作りに置き換えて翻訳します。

そうすると、今回の質問は「毎日ラーメンのことばかり考えて作りたいと思う
が、自分は飽きっぽいのでどうせ作ることができない。作りたいのに作れない
ので夜も眠れないほど悩んでいる」ということになります。

小説の話であれば、なにやら深遠な感じがしますが、ラーメンの話にすれば、
読者の皆さんにもすぐ答がわかるでしょう。
「作りたいなら作ればいいじゃない」
「作れないならあきらめればいいじゃない」
そうバカバカしい気持ちで答えるでしょう。
答はどちらかしかありません。

しかし、質問者の方は、「作ろうと思っても作れない」「どうせ作れないけど、
あきらめられない」と、自分で両方の出口をふさいでいます。

両方の出口をふさいでおいて、「自分は何を考えているのでしょう?」「どう
したらいいのでしょう?」ということを尋ねているわけです。
しかし、どうするか、といういちばん芯の意志の部分は自分で決めなければい
けません。

質問の形式からしてすでに答があることを否定しているのです。
正しい質問形式は、
「怠け者だけどもラーメンを作りたい。どうすればいいか?」
です。
そういう形であれば、いくつかの答があります。

「すっぱりと諦めたいけれども、どうすればいいか?」という設問でもいいで
しょう。
そこには、私の意志があります。

意志というのは、どういうものか、というと、簡単にいうと、RPGゲームのこ
とを考えればわかりやすいのです。主人公に、あるとき、強力な目的(使命)
が与えられます。
その目的を果たすためには、主人公は幾多の困難を乗り越えなければなりませ
ん。
最初、主人公には意志だけがあって、たいへん小さな力しかありません。しか
し、最初の困難もまた小さなものです。とりあえず行動し、試行錯誤していく
うちに能力があがり、道具や仲間も集まって、どう行動するかについて、重要
なヒントを与えてくれる人も現れます。
目的に向かううちに障害もより大きく困難なものになりますが、それを乗り越
えていく道はつねに用意されています。
そのような長い道のりを辿って、主人公は目的を果たします。

RPGは、聖杯探求の物語に原型があるともいわれています。意志とその実現の
プロセスを物語の原型とするのです。

ということは、最初の「意志」というものがなければお話は始まらない、とい
うことです。もし、主人公がミッションを与えられても、いつまでも行動せず
にうんうんと悩んでいたら、それは物語を形成しません。
そして、そのキャラクターは、主人公であることをやめて存在しなくなります。

つまり、意志という観点で見ると、何がしたいという意志が欠けた「どうした
らいいのでしょう?」という質問は、「私って誰なの?」という質問に等しい
のです。

「私が誰か」は本人が知らない以上、僕は知りません。
本人も他人も知らない「私」は、誰でもありません。

このような悩みは僕の中では「『私がない』悩み」に分類されます。
この「『私がない』悩み」という現象は、じつは文章に限らず、たいへんに多
いのです。「私がない」という形式で物事に悩んでいる人がたくさんいて、多
くのケースに適用できるので、僕はこの質問を一つの典型的な例として答えて
いるのです。
この悩みの特徴は「私って誰なの?」と問いかけながら、「悩んでいる私」だ
けはしっかりつかんで離さないことです。
本当は「私がない」のであれば、悩む主体もないのだから、のんびりと成り行
きで生きればいいのですけれどもね。

もう一つの特徴は、人の意見に耳を傾けないことです。
一つのよくある例をあげてみましょう。
たとえば、誰が見てもどうしようもない男とつきあっている女性がいます。本
人も彼がどうしようもない人間だということがわかっている。そして、彼がい
かにひどい男かということを友人に延々話して相談しますが、別れるという決
断は決してしないのです。
この場合、正しい質問は
「ひどい男と別れるときはどうすればいいか?」という形になります。
しかし、じつは全然別れる気がない。
そうすると、もう一つの質問形は、
「ひどい男とつきあい続けるにはどうすればいいか? 少しは改心させられな
いか?」ということになるのですが、これはもう無理だということが本人にわ
かっている。だから、いかにそれが絶望的であるかについては熱心に語り続け
るのです。

これは……、いわゆる愚痴ですね。

出口のない話を延々とし続ける。
こういうことを「悩んでいる」とか、「考えている」とか呼ぶことはやめたほ
うがいいと思うのです。
芯のところに意志や決断がないのに、いくら考えても無駄なのです。
意志からは行動や考えが出ますが、考えから意志はでません。
これはわかってしまえばとても単純なことです。
こういう順番は本当は小中学校でしっかり教えてほしいのです。

では、なぜ人はこのように出口のない悩み方を選ぶのでしょうか?
観察の結果、この件に関して僕はユニークかつ画期的な結論を得たのです。
人は苦痛に直面すると、それに耐えるために体内の機能が脳内麻薬を出すので
す。喧嘩のときにアドレナリンが出るようなものです。
じつは、この微量の麻薬に中毒して、人は苦痛を手放さなくなるのです。
マルキ・ド・サドは「快楽とは薄められた苦痛である」と喝破したそうですが、
これはまさにこの事情を語っています。

質問者の方は、不眠になったり、食欲が増減したりしている。これらも、精神
的な苦痛がホルモンや体調に連動していることを如実に現しています。
しかし、このような苦痛と同時に、それを緩和する麻薬が出ているのです。
心はこういう自分を傷めるような使い方をしてはいけません。
このような「悩み」で、どれほど莫大な日本人の精神エネルギーが空しく浪費
されているか、それを想像すると気が遠くなりそうです。

どうして、このような悩みがいつまでも去らないかというと、行動しないから
です。マラソンをしたい人は、まず家の周りを走ってみるでしょう。
それで意外に走れるとか、全然ダメとか、走っても楽しくないとか、短距離な
らいけるとか、次の考えが浮かぶのです。
いつまでも行動しなければ、ずっと同じ情報量で考え続けるわけですから、自
分で決断しない限り結論は出ないのです。
質問者の方の場合は、僕に質問をするという形で一つ行動を起こしたのですか
ら、次に進めます。しかし、そこで歩みを止めたら、また一見、形は違っても
パターンは同じ悩みにとらわれるでしょう。
やりたいことはまず何かをやってみることです。やってみてわかったことが次
の方向性を生みます。

前回の質問者の方には、僕は「子どもにお話を聞かせてあげなさい」といいま
した。そういう些細なことをするだけで、いろいろなことがわかるのに、自分
のいまの悩みを抱え込んでぐるぐる回りをしている状態のほうが何か高級なこ
とのように思いこみやすいのです。

たとえば、今回の質問には、「自分の想像していることは他人にとっても面白
いか」という疑問が出できません。これは、他人が全く眼中にないか、自分の
想像は面白いに決まっている、という前提があるのです。
これは全く自閉的な状態です。
これは、小説のことを考えている状態ではありません。ただ、自分のことを考
えているのです。そして、その自分というのは、何も決断しないし、行動もし
ない自分のことなのです。

まずこのことを理解することが大切なのです。小説云々というところに過大な
意味を感じても、そこには何もありません。




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●質問募集●

えー、皆様。村松恒平です。
質問は全てウェルカムです。

些細な質問/巨大な質問/マニアックな質問/初歩的過ぎる質問/鋭い質問/
鈍い質問/くだらない質問/実際的質問/哲学的質問/個人的質問/普遍的質問/
珍しい質問/陳腐な質問/具体的な質問/抽象的な質問/短い質問/長ーい質問

などなど、あらゆる質問をお送り下さい。 oshiete@hiden.jp

冒頭に「●質問●」と書いてください。
質問は無料です。送られてきた質問は、無記名とさせていただきます。
都合により、長さ、表現などをアレンジする場合があります。
また村松の著作などに流用させていただく場合があります。
ご承知おきください。

この企画の成否はひとえに質問にかかっております。
よろしくご支援のほどをお願いいたします。

●感想等は、こちらにお送りください。お待ちしております。 fan@hiden.jp

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       文章上達<秘伝>スクール 通算229号 2008/6/9 発行
 講師兼編集責任者:村松恒平
 発行:文章学校 http://www.hiden.jp/
 Copyright (c) 2001-2008 村松恒平 All Rights Reserved. 禁複製。
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