日本国の研究 不安との訣別/再生のカルテ  RSSを登録する

編集長猪瀬直樹。混迷する現代の諸問題への処方箋を経済を中心に提示します。コンセプトはジャーナリズムと歴史的視点の新しい融合。30歳代の現場人間による寄稿、座談会、書評等で構成しています。

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2001/05/09

●MM日本国の研究 01/05/09 No.027 水曜論説●

                   2001年05月09日発行 第27号 論説
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 ■■■    日本国の研究           
 ■■■    不安との訣別/再生のカルテ
 ■■■                       編集長 猪瀬直樹
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━━━━━目次━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

論説
1 経済観測:第1回 景気変調の背景にあるIT革命とマインド萎縮
                         富士総合研究所シニア・エコノミスト  飯塚尚己

2 日本のセーフティネット2 ――厚生年金は危機か?――
                国立社会保障・人口問題研究所 山本克也

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 毎週水曜日にお届けする論説では、「日本国」の現状を正しく認識し、再生
のためのカルテを提供すべく歴史的視点とジャーナリズムとの新しい融合をめ
ざす。日本の抱えている問題は深く、また広い。取り上げるべき問題は多いが、
現代の日本を理解するのに経済の視点は欠かせない。論説の多くは経済を中心
とするが、政治、社会、教育、文化など日本社会の諸相に鋭く切り込んでいく。

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「経済観測:第1回 景気変調の背景にあるIT革命とマインド萎縮」
             富士総合研究所シニア・エコノミスト  飯塚尚己

●景気は昨年末より調整局面に

 わが国の景気が調整局面に入ったことは、いまや誰の目にも明らかである。
昨年末からの輸出急減の影響により、年明け後の鉱工業生産は前期比マイナス
3・7%の大幅な減少となった。短期の景気サイクルを規定する在庫循環も、
足もとの景気がすでに調整局面入りしたことを示唆している。6月中旬に公表
が予定されている年初1−3月期の実質経済成長率も、各種経済統計から判断
するとほとんどゼロ%成長に近い数字となった模様である。1999年5月に始ま
った景気回復がいつピークをつけたのか、その答えは政府による景気基準日付
の設定を待たなければならないが、足もとの景気実態を踏まえれば昨年11〜12
月をピークとして日本経済は調整局面に入ったと考えるのが妥当であろう。

 もっとも、足もとの景気停滞がこのまま設備調整や消費失速を伴う本格的な
景気後退へとつながっていくのかと問われれば、その判断は時期尚早だと答え
たい。そう考える理由は、年明けからの景気失速には多分に“オーバーシュー
ト”的な要素が含まれていることである。

●IT革命が増幅させている在庫・生産調整

 まずもって指摘したいのは、昨年末からの生産調整がIT革命の影響で必要
以上に増幅されている可能性である。

 IT革命が普及したニューエコノミーでは、在庫管理技術の向上や経済情報
の迅速な浸透により「景気循環の主犯」たる在庫循環が消滅するとの見方があ
る。しかし、かねてよりこうした見方は全く逆だと考えている。インターネッ
ト等により経済・経営情報が大量かつ迅速に飛び交うなかでは、いったん景気
リスクが高まった折には全ての企業がいっせいに生産縮小を始め、また景気回
復期待が高まった折には同じくいっせいに生産拡大に動くと考えられる。こう
した企業の同時的な生産縮小・拡大というビヘイビアは、マクロ経済全体でみ
れば短期的な生産変動・在庫変動をむしろ増幅すると考えるのが自然であろう。

 周知の通り、昨年末より米国経済は予想以上に急速な冷え込みをみせ、また
米国景気失速の悪影響は瞬く間にわが国を含めた世界経済に広まった。この背
景には、前述のような情報通信技術の発展を受けた企業行動の変化があるよう
に思われる。そして、こうした仮説が正しいとすれば、生産回復もまた予想以
上のスピードとスケールで生じてくるとの予測が成り立つ。足もとの世界同時
的不況の発端となった米国経済においては、過剰在庫削減のための生産調整が
最終段階を迎えつつあり、また金融緩和の効果により家計の住宅投資や非IT
産業の設備投資の持ち直しているなど、景気底入れの兆しがすでに現れはじめ
ている。先の文脈で考えると、米国経済の回復を発端として世界経済の好循環
が予想以上に早く動きはじめ、わが国の生産調整も輸出回復を起点として早期
に終了することも期待できるのである。

●企業部門に顕著なコンフィデンス・クライシス

 ふたつめのオーバーシュートは、昨年末からの企業マインドの萎縮である。

 企業マインドを表す代表的な指標である日銀短観「業況判断DI(全国企業・
全規模合計)」は、昨年12月調査から今年3月調査にかけて10ポイント近い大
幅な悪化となった。この企業マインドの急速な萎縮が、昨年末からの実体経済
の変調を反映したものであることは疑いない。しかし、同時に、何をやっても
景気回復が続かないという不安や諦め、昨年度末までの底値の見えない株価下
落、そごう経営破綻をきっかけに高まってきた過剰債務問題に対する懸念、さ
らに政治的リーダーシップの不在に対する不信などが、年初の企業マインドを
必要以上に悪化させているという側面も指摘できる。実際、設備過剰感や雇用
過剰感がレベルとして必ずしも高くないなかで、設備投資の先行指標である機
械受注や雇用の先行指標である新規求人が大きく減少しているのは、こうした
様々な不安感・不信感の高まりが企業経営者の意思決定を必要以上に慎重化さ
せている結果と考えられる。不安心理の高まりが企業の期待成長率を低下させ、
先々の設備投資抑制や雇用調整を通じた消費低迷をもたらすという、いわばコ
ンフィデンス・クライシスともいえる状況が生じているわけである。

 こうしたなか注目されるのが、3月来の日銀の量的緩和実施や先般の小泉政
権の発足が、企業のコンフィデンスに働きかける効果である。むろん、金融の
量的緩和が景気回復に実効力をもつか否かは議論の分かれるところであり、ま
た、小泉首相が「断行」を宣言した構造改革が景気に対して少なくとも短期的
にはデフレ圧力をもたらすことは自明である。実際の政策運営にあたっては、
過剰債務業種から新成長産業へと資金や雇用を円滑に移動させる枠組みづくり
や、財政支出の民間需要の呼び水効果をひきあげるべく公共事業費配分を抜本
的に見直すなど、構造改革と景気回復を両立させる工夫が必要となる。こうし
た適切な政策プランとスケジュールの提示は、企業の不安心理の緩和と期待成
長率の向上につながろう。現在「一時停止」状態にある企業の投資計画や採用
計画が再び動きだし、企業セクターが回復力を取り戻すことが期待される。

●「慎重な楽観論」

 以上の景気先行き判断は、米国経済や政策立案に関する楽観論にたったもの
である。米国経済については、企業のIT投資が予想以上に落ち込んでいるこ
とや、雇用減少から足もとで堅調に推移している個人消費が低迷に陥るなどの
景気リスクがある。また国内経済についても、前述のように、設備投資や雇用
の先行指標に翳りがみられることを踏まえれば、民間需要の減速リスクがある
ことも事実である。こうしたなか性急な不良債権処理や財政再建を進めれば、
景気に必要以上のダメージが与えられることになる。

 とはいえ、景気停滞がすでに誰の目にも明らかになった段階で、過度に悲観
的な見通しを唱えても詮無いことである。むしろ、それは企業や家計の不安心
理を必要以上にあおり、景気停滞をますます助長する結果にもつながりかねな
いと考える。筆者としては、当面は「慎重な楽観論」の立場にたち、日本経済
は2001年度前半の軽微な調整局面を経た後に年度後半には再び回復基調を取り
戻すと予測したい。

■著者略歴■
飯塚尚己(いいづかなおき) 富士総合研究所調査研究部シニア・エコノミス
ト。日本経済分析、経済予測を担当。専門はマクロ経済。共著に『2001年日本
経済の進路』(中央公論新社)、『徹底予測日本経済これから10年』(PHP
研究所)、『入門の金融 金利のしくみ』(日本実業出版社)など。

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「日本のセーフティネット2 ――厚生年金は危機か?――」
  国立社会保障・人口問題研究所社会保障基礎理論研究部研究員 山本克也

●破綻しない年金

 前回、厚生年金保険は“破綻”しないと述べた。厚生年金保険だけではなく、
国民年金も国家公務員共済、農林年金も決して破綻はしない。後述するように、
制度を維持・運営するだけならこの作業は容易であり、その意味に限れば公的
年金はいつまでも存続可能なのである。問題は老後生計費のあり方、費用負担
のあり方を踏まえての、年金制度の改革、セーフィティ・ネットシステムの再
構築に関心が寄せられていないことである。制度を維持・運営するだけなら、
既裁定者も含めたうえで、いや既裁定者を含めて年金受給額を削減してこそ財
政状況は好転する。年金額を削減すれば、どのような財政方式であろうと財政
収支をバランスすることは容易である。それこそ、1万円年金、5万円年金と
いう給付水準にしてしまえば、財政収支はたちまち好転する。問題は、これが
“食える水準”の年金であるかどうかである。

●年金研究の問題点

 老後生計費に対する公的な介入の水準をどの程度にするのかという議論をせ
ず、世代間の公平性というメルクマールを金科玉条のごとく用いて、制度を回
すことばかりが主眼となっている見解がいわゆる“近代経済学者”、なかでも
財政学を主専攻とする研究者に多い。上記のように、年金の財政収支を黒字で
推移させることはサルでもできる。現在の高齢者は払い込んだ保険料よりも多
い年金給付を受けているから、これを削減する方向に年金を改革せよという、
ここ数年来、世間に蔓延している例の論調に乗ればよいのである。

●世代間の格差は問題か

 なるほど、年金だけを取り上げれば負担と給付の関係は世代間でアンバラン
スな状態にあるかもしれない。しかし、保険料率をひとつとってみても、家計
に与える影響の度合いは過去と現在ではかなり違う可能性がありうる。また、
今よりも稚拙なインフラのもとに現在の社会を構築した前世代の寄与分を無視
してよいのであろうか。とくに日本の場合、高度経済成長を契機として、その
前と後では生活水準がまったく異なり、近代経済学者が“大好き”なアメリカ
のそれと同等に考えられるのかという疑問が惹起されよう。もちろん、高齢者
は高齢になってからは経済成長の果実を味わっている。しかし、若年期と老齢
期で“消費の味わい”が同じかどうかで議論はやはり変わってこよう。

 このように、年金をめぐる議論を歪めているひとつの原因は、世代間格差の
問題を大きく取り上げすぎていることである。しかし、不思議なのは、2000年
改正で実施された年金給付額の5%適正化と賃金スライドの凍結は、既裁定者
と新規裁定者の間の格差を拡大するはずだが、このことを批判している者は従
来の社会保障学者のほうが多いいのはどういうことなのであろうか。やはり、
年金をシステム論としてのみ捉え、そこには高齢者の生活があるという意識が
ないのであろう。

●世代内格差

 実際、少子・高齢期の人口構造のもとでは、年金財政を健全化するためには
保険料収入を引き上げる、すなわち若年層に高い保険料率を課すという方法と、
高齢者の年金を引き下げるという方法の両極端がありうる。そして、この間の
どこに軟着陸させるかということが政治決定で決まってくる。したがって、研
究者のなすべきことは、この両極端の間にどのような選択肢があり得るのかを
提示することである。日本の年金制度の問題点は、世代間の格差の問題ではな
く、世代内の格差と被用者年金と企業が密接な関係にありすぎることである。

 世代内の格差とは前回示したように、現行の厚生年金保険では理論値で言え
ば、定額部分と報酬比例部分を合わせた年金額の一番低い者と高い者の格差は
2・6倍となる。世代内の格差について、これを公的な年金制度が助長する現
行制度には問題がある。米国の場合、いわゆる賃金比例部分の年金は賃金に比
例して高くなることはない。むしろ、低賃金の者のほうを手厚く処遇する制度
設計を行っている。公的年金は、老後生計費の世代内格差を少しでも是正する
ように設計されるべきである。

●企業依存からの脱却

 また、被用者年金と企業が密接ということは、保険料が労使折半になってい
ることである。日本の場合、企業年金ではあるが厚生年金基金の代行部分の存
在は、被用者の公的年金と企業の密接な関係を物語っている。本来、公的年金
制度は一企業の経営に左右されてはならない。しかし、継続する不況等の影響
により、保険料負担に耐えられず、事実上、厚生年金保険の適用除外を受ける
中小企業が出はじめている。歴史的に雇用の流動性は大企業に比して中小企業
の方が大きく、厚生年金保険分にかぎれば、勤務先の変更は年金額に影響を与
えなかった。

 しかし、現在の問題点は再雇用の際、厚生年金保険を継続できるかどうか不
明なことである。これは、厚生年金保険という制度に対する信頼性を著しく損
なうことになる。ここには二つの考え方がありうる。ひとつめは、これまでの
経緯、すなわち社会資本整備に対しての公的年金の貢献に対する応分の返礼と
して保険料の労使折半を続けるという考え方と、労使折半を減じ、国庫負担を
入れて厚生年金保険の企業依存度を低めるという考え方である。しかし、厚生
年金保険の加入者の大部分は中小企業に勤続し、かつ、その中小企業の経営は
経済状況に大きく左右されることは明らかであるので、年金財政の収入部門に
国庫負担(現行の企業負担分の半分程度)を入れるべきである。

●最後に

 以上をまとめてみよう。常識的な意味で、厚生年金保険を破綻から救うには、
何らかの方法で保険料収入を増やすか、給付支出を減らすしかない。これを前
提と考えるならば、少なくとも以下の点は考慮に入れるべきである。すなわち、

1 中小企業の厚生年金保険を守る政策の実施
2 公的年金を削減するならば、所得のプロファイル・資産に累進的
  に削減

ということである。

 ただし、公的年金給付が減った場合、高齢者の家計は

1 既裁定者については、既得権を奪われ、さらに、私的な老後準備
  は不可能
2 新規裁定者については、私的部分の事前準備に時間的・資産的な
  意味で格差拡大

という問題点をはらんでいる。また、日本の公的年金は制度の分立というもう
ひとつの問題を抱えている。これらの点は次回に譲ることにする。

(本稿は筆者の所属する機関を代表するものではなく、筆者のみの見解である)

■著者略歴■
山本克也(やまもとかつや) 国立社会保障・人口問題研究所 社会保障基礎
理論研究部研究員。専攻は社会保障。最近の論文に「公的年金制度における情
報公開のあり方について」、「公平性の基準と厚生年金改革の評価」がある。

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