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2012/05/01

生き生きくらぶ/断捨離

         □□□□□‐‐‐ikiikiclub mail magazine‐‐‐□□□□□

              2012.5.1.第141号

            「生き生きくらぶ」事務局
         東京都小金井市貫井北町5丁目26番22号
                  http://www1.ocn.ne.jp/~ikiikicl/
        編集発行人:「生き生きくらぶ」代表 上田 亨

     □□□□□‐‐‐ikiikiclub mail magazine‐‐‐□□□□□

               はなみずきの季節となりました!
 青い空、のどかな日の光、さやさやと薫風が頬をなでる5月となりました。街路
樹のはなみずきがピンクや白の花を咲かせています。100年前、日米友好の証し
として、日本は米国に桜を送り、米国はお返しとしてはなみずきを日本に送ってく
れました。今では、はなみずきは日本の街にすっかり溶け込んでいます。

 最近の政治の混迷ぶりにはうんざりです。1000兆円もの借金がたまり、貿易
収支は年間で4兆円もの大赤字というのに、国会は駆け引きの応酬ばかりで、何も
決められない政治が続いています。
 日本とよく似た政治状況にあるのがイタリアです。公的債務残高のCDP比が、
世界で最悪は日本で2.2倍、イタリアが2位で1.3倍と続きます。ところがそ
のイタリアで異変が起きています。

 「政治家ではない首相」であるマリオ・モンティ氏が登場し、選挙で選ばれた人
が一人もいない専門家内閣を率いて懸案を次々と片付けているからです。辛口で知
られる塩野七生さんは当初は酷評していましたが、今ではすっかり好評価に変わっ
ています。
 この半年、消費税などの増税、年金受給年齢の引き上げ、既得権益に切り込む競
争促進など、痛みを伴う政策を次々と実現したからです。仕上げは正社員の解雇条
件を緩める労働市場改革で内閣の命運をかけるそうです。
 モンティ政権は来春の選挙までの期間限定内閣ですがあまりの活躍ぶりに選挙が
怖い既成政党が歩み寄り、議員定数の削減を含む議会の自己改革に乗り出したそう
です。

 まるで「決められない」日本の政治の処方箋を見ているような感じがします。日
本国憲法は、首相は国会議員、閣僚の過半数も国会議員と定めているので非政治家
内閣は期待できません。
 日本が「決められる政治」に脱皮するのに、既成政党による政界再編で行くのか
、大阪維新の会のような第三極が登場するのか分かりません。ただ、日本丸が沈み
かけている今日、破滅を避ける唯一の道は痛みを伴う改革のニーズと内容を国民に
語り、勇気を持って実行して行ける政治家の登場です。

 このネットひろばが多くの中高年の語らい、労い合い、交流、支援の輪拡大に役
立つことを期待しております。

          第141号の目次

    ■1 断捨離 
    ■2  命をかけて
    ■3 気ままに自己流川柳
    ■4  春の宴
    ■5 読者コーナー
   
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

◆1:        断捨離         
                        
                      ( 神奈川県横浜市 山尾正斌 )
 長年生きてくると、身の回りにいろいろなモノが堆積してきて、住まいが次第に
手狭になる。極端な言い方をすれば、今の我が家は、居間を除けば他はすべて納戸
に近い。
 娘と倅が巣立ったあとの部屋は久しく模様替えをしていない。彼らが残していっ
た収納家具には私たち夫婦のものが収まってしまったし、天袋には雛人形や五月人
形をはじめ、彼らの子供時代から青春期に至るアルバムなどが場所を占領したまま
である。 
 毎年、年末が近づくたびに夫婦で「不要なものを早く整理しなくては」と言いつ
つ、何となく先送りになってきた。

 私の本棚に至ってはまさにその典型で、現役時代に手当たり次第に購っては読ん
だ書籍が棚に前後二列に重なって収まっている。当時、必要に迫られて購読した専
門書をはじめ常識を拡げようとして読んだノウハウものや啓発書が大部分である。
 文学書や流行小説などは殆どない。だから本棚にはいまだに熱力学や材料力学、
微分積分学の本が仰々しい背表紙をみせて収まっている。昔エキスパートだったと
いう矜持が災いしているわけではないのだが、思い切って捨て去る勇気を持ち合わ
せていない。

 今、本棚の中身でよく利用し入れ替わるのは下段のA4が入る部分だけである。
地域ボランティアや、退職後趣味で始めた料理、仲間とのゴルフの資料など、現役
時代の価値基準からすれば、二の次三の次だったものばかりだ。本棚の他の大部分
はただ場所を占領しているだけ、そんな状況がここ何年も変わっていない。
 食器棚も状況は似ている。平素夫婦が使うのはごく限られた器や皿でしかないの
に、両親が健在であったころの食器や慶弔のたびに増えてしまった手つかずの新し
い食器が収まった部分は、ほとんど入れ替わったことが無い。

 年に数度、娘や倅が孫連れでやってくると、平素は二人だけの食器がいきなり十
人分になるから、めったやたらに整理もできない。戸棚やシンクの下の収納場所も
鍋釜薬缶などで満杯である。
 いっそ大きな地震でも来てどんぶりや皿が割れてしまえば、スッキリするように
思うのだが、それを期待するのも乱暴すぎる。

 最近、京都の姪や大宮の従妹とのメールのやり取りの際、彼女らは期せずして
「そろそろ断捨離して身の回りをスッキリさせたい」などと似たようなことを言う
のを聞いた(読んだ)。
 断捨離とは聞き慣れない言葉だが、何時だったかNHKのクローズアップ現代で
も取り上げていたから、そういい加減な流行り言葉でもないらしい。

 手許のどの辞書にも出ていないのでインターネットで調べてみた。「断」とは入
ってくる余計なものを絶つ、「捨」とは身の回りの不要なものを捨てる、「離」と
はモノへの執着から離れるということらしく、もともとはヨガの「行」として伝え
られているものだとか。
 最近流行りの整理術の要領として誰かさんが提唱しているとの解説もあったが、
それらの解説記事自体に「広告的要素が強い」と付記されていたから、言葉にまだ
十分な権威づけができているわけでもないようだ。過去に「折伏」という言葉や行
為が有名になった時期があった。

 藤原弘達が創価学会の布教を批判して、その反論のなかで使った。折伏とはもと
もと禅宗の修行過程のひとつで「摂受」という修行の対極にある。折伏だけが過度
に流行るのは不釣り合いなことであった。
 断捨離などと何となく宗教色のする言葉を聞くと、気のせいか何かのすり替えで
語られているようにも思える。そんなこんなを考えながら、今の自分の生き方に思
いを馳せた。

 「断」は私としてはできれば避けたい。つまりいったんはなんでも受け入れてみ
たいと思う。好奇心に唆(そそのか)されるままに、新しいモノは手に入れてみた
いし、新しい情報にも喰い付いてみたい。まだ行ったことのない所には事情が許す
限り旅してみたい。
 好奇心を満たすために何ごとも進んで受け入れ、外界との接触を常に保つことは
殊に老齢に達した私には必要不可欠のことだと思う。頭の若さを維持するのに、新
しいモノも情報も感動も、無くてはならないものだと自戒しているからだ。

「捨」については、かの解説に異存はない。長年の間に身の回りに堆積した「垢」
とまでは言わないが、今後も使うアテが無いものは狭い我が家の大敵である。バッ
サバッサとやってのけたいのだが、前述のように執着や横着が邪魔してなかなか実
行段階に至らない。 
 ひとは「離」と一絡げ(ひとからげ)にしないと捨を実現できないようだ。私も
「執着心を捨てられるか」と問われれば、ハイと答える自信はない。執着心から解
放されるのは容易なことでなかろう。

 カネ・モノ・地位・面子、どれも墓場にまで持ち込めるわけがないのだが、生き
ている限り、おいそれとは諦めきれない。それができれば、良寛がそうであったよ
うに、爽やかな気持ちで身過ぎ、世過ぎができるのであろうが、私も悲しいほど凡
人である。
 もっとも、記憶に関してだけは「捨・離」を心掛けなくとも、執着心にも自分の
意思におかまいなく、どんどん失われ、離れてゆく。

 単なる老化現象の表れで歳のせいだと思いたいが、探し物が増え、分かっている
のに人の名前が口に出て来なくなり、曜日の感覚が日に日に薄れて行く。最近の私
は「ボケとりゃせん あの・その・このが ふえただけ」という川柳を地で行く毎
日を過ごしている。
 とは言うものの、狭い我が家を快適に過ごすために、世の慣用句とは逆に「入る
を制して出ずるを図る」を旨としなければならない。さもないと我が家は、遠から
ず唯一の快適な生活空間「居間」もが納戸化するハメになる。

 「首都圏は近々震度7の地震に曝される」そうだが、防災専門家は「家具の転倒
から身を守るため寝室にだけは家具を置くな」などと言う。今の我が家にとっては
まさに絵空事に近い。
 断捨離などと多少胡散臭い「流行り」に追随するのは心情的に面白くないが、ま
ずは横着をして先送りしたい自分の気持ちを抑え込んで、果敢に我が家の断捨離を
断行すべき時期にきているようである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

◆2:        命をかけて 

                                   ( 千葉県船橋市 井上 進 )
 最近、政治家が「政治生命をかけて、命をかけて」という言葉を安易に使ってい
ることに腹立たしさを覚える。「命」というものはそんな生易しいものではない。
戦時中もやはり「命」をかけて戦ってくると戦地に赴きながら、あたら惜しい命を
むざむざと捨ててしまった。
 その代わりに世の中が平和になったかというとさに非ず、世界の各地で戦争は続
いている。表面的には現れないが地下で、闇の中で戦争は進行している。

 自然界の動植物は短い生命をそれこそ命をかけて生きている。彼らこそ「命をか
けて」という言葉に値する 世界各地の偏狭な村でも命をかけている人は多い。北
朝鮮でも、シリアなどでも一般国民は命をかけて毎日を暮している。命をかけて逃
亡している。
 昨年の被災地でも多くの人が命をかけて高台などへ避難したが、途中津波にまき
こまれて亡くなった方も多い。我々の世代でも空襲を恐れ、命を懸けて田舎などへ
避難した。これらの「命をかけて」と政治家の言う「命をかけて」には重みがまる
で違う。

 「命」というものを考える時、人は何を思うだろうか。親兄弟・知人らが病床に
ある時、命永らえることを希望的観測で看取っているが「死」は避けられないこと
が多い。何とか生きたい、生きさせたいと思うのが人情かもしれないがそうでない
こともある。
 それは尊厳死である。安楽死とは違う。後者はより殺人に近いが前者は本人・家
族の希望で無駄な延命措置を拒否してやすらかに旅立つことを願うものである。

 私も3年前より尊厳死協会に入会している。「尊厳死の宣言書」を書き延命措置
をしないように伝えており、家族にも話している。葬式も妻子・孫のみで行い、兄
弟・知人にも知らせないで散骨にしてほしいとも話している。
 だが法律的にはまだ尊厳死は認められておらず、あくまでも医者と患者側の合意
契約のもとになされている。医者も覚悟は要る。だが年々同意してくれている医者
は増えている。

 ビジネスを考えれば、病院側は出来るだけの治療をして金にするということを優
先するのと、犯罪に加担と言われることを恐れているのである。その場になれば、
家族も同意したものの、慌てて出来るだけの治療を願う場合も多く難しいものらし
い。
 人間の四大苦は生老病死である。生きることも苦であり、いわんや病気になれば
死を選ぶのも人間の権利のように思える。望むことは、苦しまないで、親族や友人
・知人にお礼を申しあげながら「有難う」と言って旅立つことが出来たら、もうそ
れ以上のことはないということだ。これが尊厳死協会会員の考え方である。

 死は必ず訪れるものだから、逆にそれまでの一日一日を有意義に、楽しく送りた
い。そう考えると死の近づいた瞬間までが人生で一番楽しい時間かもしれない。今
ある苦しみもあとわずかで終わるのだと考えれば少しは気も楽になるのではなかろ
うか。
 いろいろな趣味の会合でも年寄りが多いが皆な生き生きしている。それは「今」
を楽しんでいるからである。尊厳死とまでも考えず、自然死の状態が一番良いのだ
がそういうラッキーなことは少ない。

 病気でなく事故死の方が楽かもしれないがやはりこれは全うな死に方ではなかろ
う。今後、日本において緩和ケアやホスピスがもっと増えてくれば、逆に医療費も
減るのではないか、医療財政にも効果があるのではないかと思う。
 病院が足りない、医師・看護師が足りない、というが、無駄な治療をやめて本当
の医療(患者を診るということ)を徹底すれば良いように思うが素人考えであろう
か。
 政治家の発言に腹立たしくなり、本当の「命」と「死」というものを考えてみた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

◆3:          気ままに自己流川柳

             ( 神奈川県横浜市  木戸 篤 )
 この一ヶ月、白モクレン、コブシ、桜、チューリップ、八重桜、つつじ、ハナミ
ズキが次々と咲き、美しい花の季節となりました。

<自然・風景>
 春嵐 突然生まれ 荒れ狂う
    (4月3日、春の嵐が急に大きくなり、列島を縦断して荒れ狂いました)
 赤と白 花壇一杯 チューリップ
   (4月4日、鶴見図書館前のチューリップが満開に咲いていました)
 ひよどりも 雀も鳩も 花見かな
   (満開の桜の枝に、鳩、ひよどり、雀が一緒に止まっていました)
 見上げれば ケヤキのこずえ 新芽ふく
   (桜満開の後、ケヤキの枝に新緑の葉がついていました)
 紅さして 恥じらうような 八重桜
   (4月13日、近所の八重桜が咲き始めました)
 桜散り 待っていたのか ハナミズキ
   (4月19日、会社のまわりの白いハナミズキが咲き始めました)
 薄紅の ぼたん一杯 八重桜
   (4月22日、近所の八重桜が満開になっていました)
  
<政治・原発>
 民主党 増税総会 揉み合いに
   (3月28日未明、議論打ち切り・執行部一任で揉み合いになりました)
 筋通す 竹富町に 拍手する
   (集団自決をめぐる政府見解の豹変に抗して、カンパで教科書購入)
 リハビリに 冬の季節が また来たか
   (この4月から、2週ごとに整形外科医面談が必要になりました) 

<健康・文化・スポーツ>
 チューリップ 花壇に座り ストレッチ
   (花壇の20数センチの高さの場所で、ストレッチしました)
 研鑽を 重ねた上の 音色かな
   (奥多摩湖の尺八合宿で聴いた宮田耕八朗師匠の音色が最高でした)

<その他>
 仲間内 つい飲み過ぎて 顔お岩
   (油断して酒を飲み過ぎ、帰り道に転んで左目が腫れ上がりました)
 姉さんら 歳吹き飛ばす 道掃除
   (月2回陸橋を掃除しているお姉さん方は、80、88、89歳だと)
 頑張れば あの追分が 吹けるかも
   (江差追分の尺八の名人に、丁寧な指導をうけました)

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

◆4:         春の宴    

          ( 東京都小金井市  上田 亨 )
 今年は寒い日が続き、やっと春が来た感じがする。気温がゆるみ、地上のすべて
のものが一斉に沸き立つような春の活気が今、広がっている。花が咲き、草が萌え
木々が緑の芽をのぞかせている。
 街を行く人の数も増えてきた。春は明るい希望に満ち、心を弾ませて新しい人生
のスタートを切る新入生、新入社員の季節でもある。

1 花を愛でる
 私が散歩コースにしている野川沿いの桜が開花したのは4月4日である。開花し
た桜の木は2日後に満開となった。桜並木全体が満開となったのはそれから4日後
である。沿道にはレンギョウ、雪柳、こぶしの花も咲き誇り、彩りを添えている。
 あちこちで何人もの人が春の盛りの光景をカメラに収めている。子ども達はせせ
らぎに入り、水遊びに興じている。桜が散り始めると道路や川床はまっ白に染まっ
た。桜の花びらは花筏となって水面でゆれながら下流に向かっている。

 もう一つの散歩コースである東京学芸大学の構内のソメイヨシノも同時期に満開
となった。ツツジや菜の花も咲き乱れていた。桜の木の下で学生達が弁当をひろげ
花見を楽しむ。グランドやテニスコートでは新入部員を勧誘すべく、さまざまなイ
ベントが催されている。
 構内にそそり立つケヤキ、樫の木、銀杏も桜の満開に合わせて芽吹き、数日で緑
一色となった。ただ、残念だったのは農場にあった、赤い花をつけた梅の古木が春
の嵐で倒され、ほどなく薪となったことである。

 小金井公園には人混みを避け、平日の朝早く車ででかけた。1700本の桜があ
るそうだ。桜の園では満開のソメイヨシノの天井が大きく広がっていた。機関車展
示場近くに立つカンヒザクラのピンクも印象的だった。
 4月20日過ぎに半年ぶりに山中湖を訪れたが桜は冬眠していた。隣の河口湖で
は三分咲きの桜の間から山腹から頂までが真っ白に染め上った富士山の偉容を望む
ことができた。甲府盆地の一角にある桃源郷では桃が満開で、丘全体がピンク色に
包まれていた。

2 家内の古希を祝う
 4月生まれの家内はこのほど古希を迎えた。息子達に2回祝って貰った。家内は
健康であることに感謝するとともに、息子達の優しい心遣いに喜びもひとしおだっ
た。まずは3月20日に長男と次男一家に新宿のWホテルの1Fにある魚料理専門
のレストランでご馳走してもらった。
 100席近い客席の中央に生簀(いけす)があり、いろんな魚が泳いでいる。釣
り上げた魚はその場で料理してもらえる。長男と家内は鯛を釣り、孫の祐輝はオコ
ゼを釣った。鯛は刺身や煮物、お吸い物に、オコゼは唐揚げにしてもらった。おい
しかった。最後に息子達から花束と春物のスーツ、ネックレスが家内に贈られた。

 続いて4月8日に三男一家と、はとバスを利用し、靖国神社と国会議事堂を見物
した。靖国神社は参拝客と花見客でごった返していた。参拝後、国会議事堂に直行
する。国会議事堂を訪れるのは初めである。
 17年の歳月をかけて1936年に完成したそうである。施設は中央塔と衆議院
と参議院からなる。中央塔は大広間があり、3F迄が吹き抜けになっている。TV
中継でお馴染の衆議院本会議場や委員会室、天皇の控え室である御休所等を見学す
る。最後に玄関前庭で記念写真を撮り、全都道府県の県木を植樹した林を抜ける。

 バスを降りた後、皇居前の和田倉噴水公園を経て、大手門から東御苑に入る。本
丸跡、二の丸庭園、梅林坂を見物後、平川門より出る。地下鉄で中野に移動し、高
層ビルの20Fにあるレストランで会食する。会食には長男もかけつけた。
 食事をしながら近況を語り合った。瑞希は6年生を送る卒業式で、オーディショ
ンに基ずき、ピアノ伴奏役に選ばれ、無事大役を果たしたという。真琴(9歳)は日
本棋院で1級に認定された。3年前に16級から始め、順当な進級ぶりである。
 孫の明るいニュースは貴重な祝儀である。最後に三男が家内に花束を贈呈し、他
のお客さんも一緒になって「ハッピーバースデー トゥユー」を合唱した。

3 シャンソンの夕べを楽しむ
 私が毎月、足を運んでいる四谷のシャンソンのお店「ヌーヴェル・アバンセ」の
開設25周年コンサートが先般、四谷区民ホールで催された。店主アバンセ池田が
企画し、35名の出演者、7名のミュージシャンをはじめ、音響・照明のスタッフ
等総勢62名が参加した。観客も800名近くに及んだ。

 プログラム:
  1部;オープニング、シャンソン(ラ・ボエーム)、ラテン・ファド、パント
     マイム・シャンソン、シャンソン(自由)
  2部;カンツォーネ、ジャズ、シャンソン(高野圭吾)、フィナーレ

 シャンソン仲間が多数出演するので、私も観客の一人として参加した。出演者の
年齢構成は50歳~70歳であるが、舞台上ではライトを浴び、メイクアップとド
レスアップて30歳は若く見えた。また、単に歌うだけでなく、踊り、語り、パン
トマイム、芝居を組み合わせての演出がとてもよかった。
 前面の大型スクリーンには、歌の内容に合わせてヨーロッパ各地の街の風景が映
し出され、雰囲気が伝わってきた。バックの演奏はピアノ、ベース、ヴァイオリン、
パーカッション、フルートと豪華だった。春の夕べを存分に楽しませてくれた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

◆5:  読者コーナー
 読者からの便りを下記URLの読者一言欄に掲載しております。ご覧ください。
          http://www1.ocn.ne.jp/~ikiikicl/dokusha.htm

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