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2008/07/23

クラン・コラ 2008年07月号 Part 2 of 2 読み物篇

この記事を取り寄せる

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        クラン・コラ Cran Coille:アイルランド音楽の森

          アイリッシュ・ミュージック・メールマガジン

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Editors: おおしまゆたか・洲崎一彦        July 2008        Issue No.166
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                       Part 2 読み物篇

                           CONTENTS

- 「リバーダンス」来日公演の軌跡 …………………… △▼とんがりやま▲▽
- 《A THAW 〜花見月〜》………………………………………… いくしまとおる
- トニー・マクマナスの大阪公演…………………ぶちょー(いくしまとおる)
- fieldセッションの盲点3 ………………………………………field 洲崎一彦
- YouTube 三昧 …………………………………………………………… 中山義雄
- アルタンの三段跳び …………………………………………… おおしまゆたか
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■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■  「リバーダンス」来日公演の軌跡
■ 
■                        △▼とんがりやま▲▽
■──────────────────────────────────

 去る7月13日、大阪・フェスティバルホールで「最後の」リバーダンス来日公
演が大盛況のうちに幕を閉じた(個人的な話で非常に恐縮だが、たまたまわた
しの誕生日だったのが嬉しい)。1999年の初来日以来10年、リバーダンスは都
合5回も日本にやってきたことになる。

 2000年以来久しぶりに見に来た、という知人のハーパーが「ずいぶん様変わ
りしたねえ」とびっくりしていた。99年、00年あたりはミュージシャンのライ
ンナップも豪華で、「ダンスだけじゃなく音楽も見どころ」などと言われてい
たものだったが、今回ミュージシャンはわずか4人(99年は11人)。なるほど、
確かにこの10年で大きく変わった点も少なくない。

 ということで、日本におけるリバーダンス公演の足跡を、軽く書き残してお
きたい。
 
【初来日公演】
1999年3月/東京・大阪/計16公演
 当時のアイリッシュ音楽ファンにとって「待ちに待った」としか言いようの
なかった、記念すべき初来日公演。客席に熱心なアイリッシュ・マニアが多い
日とそうでない日とで、会場の雰囲気がガラッと変わったのが面白かった。
 
【Riverdance 2000(ミレニアム)】
2000年11月〜12月/東京・福岡・名古屋・大阪/計30公演
 この年の1月には「Lord of the Dance」初来日公演などもあり、リバーダン
スも負けじと拡大路線に走っていた。このときの大阪千秋楽は異常なくらい盛
り上がって、個人的にはもっとも強く印象に残っている。

【Riverdance 2003】
2003年10月〜12月/名古屋・大阪・東京・仙台・広島・福岡/計43公演
 コンパクト化路線へ転換した最初の日本公演。今から思えば、それは単なる
コンパクト化ではなく、もっと根本的な方向転換だった。

 リバーダンスは同年6月にダブリンで行われた「Special Olympics」開会式
への参加を果たすのだが、94年のユーロビジョン歌謡祭で誕生し「他のイベン
トへの余興」としてアイルランドという国を盛大にプレゼンテーションする役
割を担わされたリバーダンスは、これでいったん大団円を迎えることになる。
これ以降のリバーダンスは純粋に「ショウビジネスとしてのダンス・エンター
テインメント」であって、この後現在に至るまでの5年間は、リバーダンスか
ら「アイルランド臭さ」を取り除いてゆく5年間でもあったように思う。これ
以降、ミュージシャンの数が徐々に減る。

【Riverdance the 10th Anniversary 2005】
2005年10月〜11月/東京・大阪・仙台・福岡・名古屋・広島/計54公演
 上に書いたように、「Riverdance というイベント」にとって本当のターニン
グポイントは2003年であって2005年ではないとわたしは思うのだ。にもかかわ
らずこの年の公演に「10周年」と大々的に銘打たれたのは、まあつまりは宣伝
文句の一種かと。ただし、それ以外にアピールするポイントがなかったわけで
もなく、日本公演的には日本人ダンサーTAKAさんの出演という非常に大きな話
題があった。

【Riverdance 2008】
2008年5月〜7月/仙台・東京・名古屋・新潟・富山・福岡・倉敷・大阪/計65
公演
 曰く「最後の来日」。コンパクト化もずいぶんこなれてきて、最初にも書い
たがミュージシャンはとうとう4人にまで減った。当初の「ダンスと音楽が対
等に渡り合う」舞台からすれば、なんと遠くまで来てしまったことか。その結
果、単に音楽の比重が減っただけでなく、このショウが本来持っていた「アイ
リッシュネス」のようなものがすっかり洗い落とされたようにも感じた。楽曲
や振付は何も変わっていないにもかかわらず、である。

 その分、より「普通のダンス・ミュージカル」らしくなったわけで、そのせ
いかどうか、前回公演あたりから観客の層も大きく変化を見せ始めた気がする。
わたし個人のただの印象にすぎないが、今回は特に観客の年齢層が上がり、幕
間には先週見た芝居や来月行くバレエ公演の話があちこちで聞かれ、ごくごく
普通の舞台ファンが多かったように思った(初来日時の客席にはフィドルケー
スを抱えた若い連中が大勢いたものだが)。また、終演後には「初めて来たけ
ど面白かったね」という会話を、ロビーで何度も耳にした。
 
 * * *
 
 ユーロビジョン歌謡祭出演が1994年4月。
 初来日公演はその5年後の、1999年3月。
 Special Olympics 開会式出演が2003年6月。
 そして5年後の2008年5月、「最後の」来日公演。
 
 現在のリバーダンスは、アイルランド伝統音楽ファンにとっては見るべきと
ころがほとんどない舞台に変貌したが、しかしその分まったく新しい観客を獲
得できる余地はまだまだあるんじゃないかな、というのが、千秋楽を見届けた
わたしの感想である。

 「2003年がリバーダンスという物語の終わり」説に立つわたしとしては「そ
の5年後に最後の来日」というのは実にしっくりくるのだが、興業的にはどう
なんだろう。ロックやポップス業界で「もう来ない」といいながらその後何度
も来日している例はたくさんある筈で、今後も「カネになる限りは」誰かが招
聘する可能性はゼロではないだろう。さて、リバーダンスの場合はどうなりま
すやら。


<とんがりやま:長いようで短いようで、やっぱり長い10年間でした>

                 *****

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■  《A THAW 〜花見月〜》
■ 
■                           いくしまとおる
■──────────────────────────────────

 先日発売された、フィドル磯村実穂氏とピアノ沢村淳子氏のデュオによるア
ルバム《A THAW 〜花見月〜》。非常に素晴らしい作品です。是非ともみなさん
御一聴下さい。

 《A THAW 〜花見月〜》を聴いていると、いろいろなことが頭をよぎってゆく。

 「ぶちょー」いくしま、本職はギターであるが、かなりの「フィドル・クレ
イジー」である。入り口はドニゴールだった。

 フィドル・ミュージックを聴く時は、フィドルの音ばかり聴いている。伴奏
のギターがどれだけ素晴らしくても、ギターの音はほとんど聴いていない。そ
のことは「ぶちょー」のギターが上達しない一因になっている。ただし自分で
はフィドルは弾かない。弾いてもいいが、弾くと空気が大きくゆがむ。

 「フィドル」の故郷はドニゴールにあり、とカタく信じている。根拠無し、
思い入れのみ有り。ドニゴールを旅立った「フィドル」は大西洋の荒波に揺ら
れながら、ハイランド、シェットランド、ケープブレトンなどなどに足跡を残
していったはず。

 「ぶちょー」自身も、あたかもその足跡をたどるがごとく、ドニゴール発大
西洋一帯行き、の旅に乗り出していった。

 ハイランドのフィドルを聴く時、「ぶちょー」の頭脳スクリーンには決まっ
てある情景が映し出される。ややあやふやではあるが、頭脳中のスクリーンに
しては鮮明な情景だ。まずそこには海がある。空は残念ながら晴天ではない。
山本 ”あっしー”篤画伯が描く、あたかもケルトの螺旋のような雲が広がって
いる。空と海の境は認められない。さらには岸辺と海との境もよくわからない。
まさに渾然一体。どうやらドニゴールの風景がベースにあるようだが、その確
証もない。そこが「ティル・ナ・ノグ」だったら素敵かもしれないが、きっと
そうでもない。「サウダーデ」という言葉が似合いそうだが、残念ながらそこ
はガリシアではない。もっとも、そこが何処かということはどうでもいいのか
もしれない。大切なことはその情景からどんな感情が産み出されているのか。
悪い感情ではないことは確かである。その情景が浮かんだ時、間違いなく僕は
ポジティブな気分になっている。

 ところが、何故か、その情景はドニゴールのフィドルでは生じてこない。思
うに、ドニゴールのフィドルの音は「情景」なんぞ必要のないほど "At Home" 
な響きを持っているのだろう。確かに、ドニゴールのフィドルを聴いていると
き、僕は "At Home"気分になっている。まさに Homes Of Donegal。 さすれば、
ハイランドの音は"Longing for Home" なのでは。ハイランドのフィドルは 
Home であるドニゴールを望んでいるのでは? さらに、ハイランドは「パイプ
天国」であり、フィドルにとっては極めて過酷な環境だ。この境遇は「フィド
ル天国ドニゴール」を想う気持ちをさらに強めているのでは。

 海の向こうには安住の地がある、が、しかし奮闘するハイランド・フィドル。
もちろん様々なジョークを絡めながら。悲しいことに、そこで安易な方向に流
れないのが、ハイランド・フィドルのハイランド・フィドルたる所以かもしれ
ない。抗い続けるハイランド・フィドル。そしてハイランド・フィドルは僕に
「情景」を提示するのである。

 では、故郷からさらに離れてしまった、"Longing for Home" 度合いがさらに
強いと思われるケープブレトンはどうなのだろう。僕個人的には非常に "At 
Home" な音楽だと思っている。無理に解釈するのなら、きっと長い旅路の末に
「ケープブレトン」という安住の地を見つけたのかもしれない。そこには天敵
「パイプ」はいない。腰を落ち着けられる Home があるからこそ、フィドル天
国を築き上げることができたのだろう。そして Home の音楽であるが故に、僕
には「情景」を提示しない。
 
 こういった事情から、「情景」の要因は「ハイランドだから」と安易に考え
ていた。が、それはどうやら違うらしい。

 前出の《A THAW 〜花見月〜》を聴いた時、ハイランドのフィドルを聴いた時
に浮かぶあの「情景」と同じものが浮かんできたのだ。

 もし、ここでフィドルの磯村実穂氏が、ハイランドを強く意識していたのな
ら、「情景」の答えはいとも容易く解答される。しかし、彼女の意識はケープ
ブレトンに向いているとのこと。ケープブレトンとハイランドは不可分ではあ
るから「情景はハイランドにあり」と結論づけてもいいのかもしれない。

 けど、ここは厳密に考えたい。「情景」の背景は「ハイランド」だけではな
い。
 
 フィドルの磯村実穂氏はかなりの「ケープブレトン・クレイジー」だとのこ
と。僕の「ドニゴール・クレイジー」なんぞ足下にも及ばないくらいと推測さ
れる。そんな彼女の、"Home" である「ケープブレトン」を想う気持ちが「情景」
に繋がったのではないだろうか。そんな彼女の想いをアンプリファイヤする沢
村淳子氏のピアノが「情景」をより鮮明にしていく。

 大切なのは「場所」ではない。「想い」である。ハイランド・フィドルのド
ニゴールへの「想い」、磯村氏のケープブレトンへの「想い」。同じ情景を浮
かび上がらせた以上、その両者に大きな差はない。具体例を一つ。ハイランド・
フィドラー、Duncan Chisholm の〈Moor Of Clunes〉。あの名演を産み出した
ものは、師 Donald Riddel に対する「想い」だと思う。

 磯村氏が望み通りに「ケープブレトン」にたどり着いた時、もしかしたら彼
女のフィドルから「情景」は消えてしまうかもしれない。その代わりに、良質
な "At Home" な音を僕に届けてくれるはず。

 というわけで、長々とした紹介文になってしまいましたが、フィドル磯村実
穂氏とピアノ沢村淳子氏のデュオによるアルバム《A THAW 〜花見月〜》、ほん
とうに素晴らしい作品です。日本人でもケルト音楽はできるのです。ワタクシ
は非常に勇気づけられました。みなさんも是非御一聴下さい。


 <いくしまとおる:ギタリスト、京都の「fieldアイルランド音楽研究会」名物ぶちょー>
                 *****


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■  トニー・マクマナスの大阪公演
■ 
■                     ぶちょー(いくしまとおる)
■──────────────────────────────────

おりゃあああああ

 トニー・マクマナスの大阪公演、宣言通り行ってきました。
 
 「おおしまゆたか先生」から「リポートを書きなさーい」という有り難い依
頼がある、だろうということは想定内のことではありました。ところで、この
「クラン・コラ」の締め切りは17日前後。で、トニーさんの公演は19日。こりゃー
確実に間に合わんぜよ、来月だぁ、と腹をくくっていた、のですが。

 別ネタで今月分の原稿を書き上げたところ、お知らせメールが。

 「京都が拠点の編集部、祇園祭にてんてこ舞い状態、よって締め切りは先延
ばし!!」

 追い打ちをかけるように愛のメール。

 「トニーさんのライブ、楽しんでこられたと推測されます。よって素晴らし
いレポート期待しております。」

 こういった事情により、今月の「クラン・コラ」は、まさに「空気を読まな
いちょー原稿二本立て」ということに相成りました。二本立てはおそらく「ク
ラン・コラ」史上初!! 視覚的にかなりうるさいかと思いますが、皆様、御
辛抱頂けましたら幸いです。

 今回の登場人物、トニー・マクマナスさん本人。そして天使のぶちょーと悪
魔のぶちょー。

 天使のぶちょーは単なるミーハーである。憧れのトニーさん、ついにトニー
さん、なにわなくとも「生」トニーさん。夕暮れ時、週末の阪急電車、部活帰
りの中学生が大挙占める車内、微妙にそわそわする30代半ばの男。怪しまれな
いように必死に平静を装うとするが、逆にそわそわ。

 会場に入ってもそわそわ。何故かトイレに行く回数が増える。ノドも乾き気
味だが、ここはコンサートホール。ライブハウスのようにドリンクが多数用意
されているわけなどない。ここは大人に我慢する。

 いよいよトニーさん登場。第一印象、

 「うわ歩いている!!」

 非常に大人らしくない第一印象。まずは「コンバンハ」とトニーさん軽く挨
拶。第二印象、

  「うわわ、話している!!」

 やはり、大人とは思えない第二印象。そして、さりげなくギターを弾き始め
たトニーさん。第三印象、んん、記憶にないぞ、いや、印象もなにも感じる余
裕がないほど、「スゴい音」が飛び出してきた。瞬きしたり、呼吸したり、と
いう当たり前の生理的活動を忘れてしまうぐらい、スゴい音。途中の休憩時間
がなければ、ワタクシの眼は確実に「目脂充血流涙」という眼科医にとっては
悩ましい状況に陥っていたかもしれない。

 トニーさんがギターのチューニングを変える。おっ、あのチューニングはも
しや。かつ、カポを2フレットにはめる。おっ、これは間違いない。そう、奏
でられたチューンは〈Bidh Clann Ulaidh (Men of Ulster)〉。フィドラー 
Alasdair Fraser 氏との共演作《RETURN TO KINTAIL》の1曲目。2000年にダブ
リンでこのアルバムを偶然手に入れた僕は、この1曲目のイントロに「ノック
アウト」されてしまた。トニーさんとの出逢いの「イントロ」、それが今まさ
に目の前で弾かれようとしている。うわーどどーしよーどーしよー。「ぽろろ
ろろろんろーんぽーん」うおー、ホンモノだよホンモノ!! まさに鳥肌もの。
この瞬間を10年近く待っていたんだよ、トニーさん。ありがとう来てくれて!!

 終演後、当然のごとくサインをいただく。もちろんダブリンで購入した
《RETURN TO KINTAIL》に。その後質問攻め。でも、きっとあまりの興奮状態ゆ
えに、かつ、もともと何を言っているわからない超絶ブロークンなワタクシの
英語。あまり何も伝わらず、ただ五月蝿かっただけの可能性あり。ごめんなさ
いトニーさん、疲れてはるのに。と、少し反省。

 帰り道はエスカレーターから転がり落ちるのではないかというぐらい、危険
な興奮状態。でも、無事に帰りついた。そのままギターを弾き倒したのは言う
までもない。

 悪魔のぶちょーは意外と冷静です。開演10分前に到着というクールな行動に
始まり、さらには席取りにもその兆候は見受けられます。ギターリストを見た
いなら、客席から見て左側、下手に行くべきです。甲子園球場でいうならライ
トスタンド、THE ALFEE でいうなればサングラス側。ギターを抱えた際、左前
右後の半身になるので、正面よりも下手のほうが演奏者の指使いを真正面に見
ることができるのです。で、会場を見渡すと下手に空席あり。迷わずそこを選
びました。

 DVD やらインターネット等で、トニーさんの映像なら日本一視聴している、
と自負のあるぶちょーのことですから、指使いやら音使いやらでは驚きはしま
せん。オウオウ、映像の通りやんけ、という感じです。

 スゴいと思ったのは「音圧」。これはさすがに映像では味わえません。この
「音圧」を感じるために会場に足を運んだ、と言っても過言ではありません。
この「音圧」の要因は、 PA の具合やら、ギターそのもの鳴りやら、ピックアッ
プの性能やら、そんなハードの問題ではありません。いくらPAやらで増幅して
も、「強さ」は生まれません。間違いなく、トニーさんの「指」が産み出して
います。音に「芯」がある。その「芯」を産み出すポイントをトニーさんは確
実に把握している。そして「強い音」が産まれる。それは基本と言えば基本な
のですが、その基本がきちんとできるというのが、実は一番素晴らしいのです。

 この「音の強さ」が「波」を産み出し心地よい「グルーブ」になる。この辺
りの話を始め出すと止まりませんから今回はこの辺りにしておきます。

 改めて感じたのは、曲のメロディーをとても大事にしている、という点です。
コードなんぞなくてもメロディーがあれば十分なのです。HEATWAVE の山口洋氏
はライブ中よくギターソロで〈Londonderry Air〉を奏でます。いわゆる「ソロ
ギター」的なアプローチではなくメロディー中心なのですが、文句なく十分カッ
コいい。まずはメロディーありきなのです。で、そこ自分なりの味付けをして
いく。その味付けが複雑であって一向に構わない、チューニングをどう変えよ
うと問題ありません。でも、まずはメロディー。じゃないと曲が成り立ちませ
ん。

 終演後、サインをいただきかつ握手をしてもらいました。それは彼の手のサ
イズや握力を確認するためでもあります。手の面積は僕とそんなに変わらない
のですが厚さが断然違う。握力なんぞいわんやをや。でも、音の強さの要因は
「腕力」だけではないはず。どこかに音の「ポイント」があり、それを生かせ
るだけのモノが僕の「筋肉」のどこかに眠っているはず。まずは「筋肉」に問
いかける作業が必要です。

 トニー・マクマナスのライブを見たおおしまゆたかさん曰く、

 「ギターでやると言うだけで、新しいアイリッシュ・ミュージック、スコティッ
シュ・ミュージック、ケルト音楽を生みだせる」

 同じようなことを、胡弓弾きの木場大輔ものたまっていました。ギターには
可能性がある。これはギターリストにとって一番忘れてはいけないことだと思
います。そういう点に関して最近目をそらしてしまっていたのですが、やはり
肝に銘じないとあかん、と思いつつ、帰宅の途につきました。あまりにいろい
ろ考え過ぎてエレベーターから転げ落ちそうになりましたが、無事帰宅。その
ままギターを弾き倒したのは言うまでもありません。

 そんなこんなで梅雨とともに嵐のように通り過ぎていった「私的トニーさん
祭り」。次回はできればフィドラーと一緒に来てほしいと思うのはワガママな
ことでしょうか。彼の「伴奏」こそホントウにスゴいのですよ。


 <いくしまとおる:ギタリスト、京都の「fieldアイルランド音楽研究会」名
物ぶちょー>
                 *****


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■ field どたばたセッションの現場から

■ fieldセッションの盲点3
■                           field 洲崎一彦
■─────────────────────────────────

 先月の続きである。
 
 現在、field セッション、及びアイ研練習会にやってくるアイリッシュ音楽
楽器初心者の皆さんには大きく分けて2種類の人間が混在する。ひとつは、従
来型のこれまでアイリッシュが好きでCD等をガツガツ聴いてきたがひとつこれ
を自分で演奏がしてみたいという、いわゆる旧世代。もうひとつは、友人がや
り始めたとか、どこかで偶然ぱっと観て、「あ、これやってみたい」とひらめ
いてやって来る人たち、これを自己実現型の新世代と呼んだのだった。

 この両者の混在傾向は、近年だんだん大きくなって来ているように感じるし、
これからますます新世代が数多く出現する可能性を予感しつつ、私たちは大い
に戸惑ったのだった。しかし、これは戸惑っている場合ではないぞということ
に気が付いたのだ。

 先月は、まあだいたいこのような内容のことを書いていたと思う。

 かつては、完全にマニアさん達の音楽だったアイリッシュ・ミュージックが
なんとなく一般に広まり始めたのは恐らく97年か98年ごろにヒットした映画『
タイタニック』がきっかけだったと思う。そのころは field はまだパブではな
かったが、私たちがアイリッシュを演奏していて聴いてくれる人々の反応がそ
のころに激変したのを覚えている。

 そして、field がアイリッシュ・パブになり頻繁にセッションを行うように
なると、京阪神各所に隠れていたアイリッシュ・マニアさんが次々においでに
なって心底驚いたものだった。

 で、その中には意外なことにゲーム・ファンが大勢いた。聞けば、『ファイ
ナルファンタジー』というゲームでアイリッシュ・ミュージックが使われてい
たとか。それで、これをきっかけにアイリッシュ・ミュージック・ファンになっ
たという人がかなりいた。

 次が、ブリティッシュ系のロックからペンタングルやフェアポート・コンベ
ンション、マイク・オールドフィールドなどのフォーク色の強いものに惹かれ
てそれらのルーツであるアイリッシュに興味を持ったというパターン。

 しかし、ゲーム・ファンも、ブリティッシュ・ロックからアイリッシュにま
でルーツをさかのぼるロックファンも、これは誤解を恐れずにひとことで言え
ば「オタク」ではないか。

 それが、『タイタニック』以降、私の記憶では特にNHKのドラマやドキュメン
タリーにアイリッシュが使われる頻度が激増したし、そのうちCM音楽にも多用
されるようになると、一般の健全な非オタクな人々の耳にも簡単に届く音楽と
なって行った。

 ・・・・・・つまり、私たちは「オタク」だったのだ!

 例えて言えば、メイド喫茶が流行ってマスコミに取り上げられるようになる
頃には、もはやメイド喫茶は真正オタクには居心地の良い場所では無くなって
いったようなことが Irish PUB field で現在進行しているのだとは言えないか。

 今でこそ世界を席巻する日本のオタク文化と言えば、アニメとゲームとコス
プレという風に分野が限定されてはいるが、元々は極端な趣味への執着が生む
閉鎖的なライフスタイルを「オタク」と称したはずだ。つまり、私たちが旧世
代のアイリッシュファンと称した人々は全員オタクであると断じて差し支えな
い。

 つまり、私たちオタクは、今、健全な一般の趣味性という姿勢でやってくる
非オタクな善良な人々にうろたえていたというわけなのだ。

 ここで、押さえておきたいのは、日本のオタク文化がパリでニューヨークで
ブレイクしたのは、その趣味としてのアプローチの極端さと興味の対象のアン
バランスが、これは新しい文化なのではないかという好意的誤解を受けたから
に他ならないと思う。

 恐らく、今もホンモノのオタク先生方は、パリやニューヨークのオタクはニ
セモノである!と息巻いておられるに違いない。が、それでは、アニメやコス
プレは一種の病的印象を永遠に振り払うことなく、美しき少数派として埋没す
るしかないのだ。ホンモノのオタク先生方はこの引きこもり型自己完結の方を
「美」と断定するに違いないが、この部分においては、アイリッシュ・ミュー
ジックに対する私たちは少し立場が違う。

 つまり、field アイ研の設立主旨のひとつが、アイリッシュ・ミュージック
の敷居を低くする、というものであった以上、現実的な普及にその目標を置か
なければならないわけで、どんなに心地よくとも、引きこもり型の自己完結と
いう甘美な方向には走ってはならないという事なのであった。

 よし。理論武装はでけた! 次は実践!


  では、ジッサイにですね。次はジグを練習しましょう。
  ○○さん、知ってるジグを何でもいいから演奏してみてください。
  あの〜、ジグって何ですか?
  あ、そうかー。ジグ知らんかったんやねー。そしたら何でもいいから知っ
  てる曲を演奏してみて。
  んんん。それ、確かにちょっとアイリッシュぽいけどねー。あひるんるん
  あひるんるん〜、はアフラックのCMソングやねー。
   ・・・・・うんうん、それでもいいよ、ほら、途中で止めずに最後まで演
  奏してよ〜。


 ここで、「ここは幼稚園やないやい!」と心の中で叫んだとしても、私たち
はそれを決して顔に出してはいけないのである。「君ら、アイリッシュのCD最
低10枚は聴き込んでから出直して来い」などと言おうものなら、それは私たち
が「オタク楽園」に引きこもってしまうことを意味する。

 でも、一方では、昨夜必死になって練習会の課題曲をコピーしてきた旧世代
の奴が、こんな光景を震える拳を握りしめて眺めている。

 しかし、私たちは彼をも「オタク楽園」に引きこもらせてはいけないのであ
るから、「では、みんなであひるんるん!を演奏してみよう!」というふうに
オープンな雰囲気を作らなければならないのだ。
 ああ、しんど!

 こんなん読んだら、誰も field アイ研に来なくなるよな。一部少々デフォル
メして書いておりますので、悪しからずご了承ください。


<すざき・かずひこ:Irish pub field のおやじ・別に皆が皆、表現活動など
しなくて良いのだと思います。表現せざるを得ないという状況は精神的にどこ
かバランスを欠いているのであって、決して自慢できる状態ではないと思いま
す。> 

               *****


■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ YouTube 三昧

■                                                            中山義雄
■──────────────────────────────────

 三日前くらいから YouTube が大当たりというか、半年前とは次元が違って来
た。

 80年代のSSWといえば、こちらでしょうか

http://jp.youtube.com/watch?v=_Vf-hKTqRuU

 テキサスに惚れてほれて掘れ抜いたウエス・マギー先生。地元精鋭と作った
ライヴ盤《THANKS FOR CHICKEN》は不朽の名盤ではないかと思います。オース
ティンのライヴ・ハウス密集地帯の 6th Street をどこまでも歩いてゆくと、
あたりはスペイン語ばっかりのバリオになって、一軒、レコード屋があって、
そこに飾られていたのが、この映像でも使用しているダブルネック・ギターを
抱えたマギー氏の肖像だったのを、いまでも想い出します。

http://jp.youtube.com/watch?v=1wcNkJuhrfc

 この方の動画がアップされたらメイルが駆け回りそうですが、この自家製映
像出来はよろしいかと。メドウに表れる乙女がかなりケバイのもご愛嬌。実は
いちおう動画あるんですね。

http://jp.youtube.com/watch?v=kG__e9T3FPY&feature=related

 連載のようなもの途中で終わってしまいましたが、

http://jp.youtube.com/watch?v=v_RMuHWq2_4

http://jp.youtube.com/watch?v=3RiNCw7Q0yA

http://jp.youtube.com/watch?v=RJvz5W32bYg&feature=related

 この三本よろしいかと。〈North West Passage〉は大島豊さんが酔っぱらっ
て唄ったヴァージョンの方が優れていたようにも・・・。

http://jp.youtube.com/watch?v=f2MxPOhRx0I

 病気だったようですが、回復したのでしょうか。2000年にお会いしたときの
印象からアル中度が減少したように思えますが、素晴らしいパフォーマンスで
す。

http://jp.youtube.com/watch?v=Hv21jJ2pe5M&NR=1

 映像が斬新すぎまする(絶句)。唄にますます深みが出てきましたね。素敵
です。

 こんな映像みられるとは思ってませんでしたです。

http://jp.youtube.com/watch?v=SEQ9Sz0UCl8&feature=related

 実はジェリー・ガルシアが狂ったのはジャンゴじゃなくれこのアルゼンチン
人なんですね。

http://jp.youtube.com/watch?v=Qpfw1i4lydU

 最後にコレ。

http://jp.youtube.com/watch?v=Q1fXhLVaBBY&feature=related

 デレク&ドミノスはどうでもよくて、この★★★くらいのチャック・ウィル
スのカヴァーの後が凄い。カール・パーキンスが出て来て、〈Matchbox〉やる
んですど、ギター素晴らしいですよ。勿論、カール・パーキンスの。

 手抜きのようでいて、一晩中観ていても飽きんですわ。


<なかやま・よしお:ニューオーリンズとクレアとカラブリアとタイが心の故
郷の謎の人>

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■ アルタンの三段跳び

■                                                      おおしまゆたか
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 久しぶりにアルタンのライヴ付きベスト盤が再発されました。このベスト盤
は1987年フランキィ&マレード名義の《ALTAN》から1993年の《ISLAND ANGEL》
までの5枚からのセレクションです。これを機会に初期アルタンの魅力と功績
をまとめてみようと思います。

アルタン《ベスト・プラス・ライヴ》
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0018P8O6I/crancoilleblo-22/

 本誌の読者でアルタンて何よという方はまずおられないでしょうが、念のた
め復習しておきます。

 フィドル、ヴォーカルのマレード・ニ・ムィニーとフルートのフランキィ・
ケネディの夫妻を中心に、ブズーキのキアラン・カラン、ギターのマーク・ケ
リー、そしてもう一人のフィドラーのポール・オショーネシィの陣容で、1989
年に《HORSE WITH A HEART》でデビュー。マレードの出身地ドニゴールのレパー
トリィとスタイルでアイリッシュ・ミュージックに新風を吹きこみ、90年代前
半に筆頭バンドの地位を確立。94年にフランキィをガンで失うもその遺志を継
いでバンドは活動を継続。メジャーのヴァージンに移籍して6枚のアルバムを
リリース。1997年以来来日5回。またフランキィを記念した Frankie Kennedy 
Winter School を毎年末年始に地元ドニゴールで開催。現メンバーはオショー
ネシィに代わったキアラン・トゥーリッシュ、アコーディオンのダーモット・
バーンに加え、マーク・ケリーが海外に出られない時はダヒィ・スプロールが
加わる。バンド名はマレードの生地の近くにある小さいが美しい湖 Loch 
Altan にちなむ。

公式サイト
http://www.altan.ie/

 アルタンの音楽と活動は1980年代後半当時沈滞していたアイリッシュ・ミュー
ジックを強烈に刺激し、1990年代以降の盛況、成長の呼び水とも先駆けともな
りました。アイリッシュ・ミュージックはアルタンの登場ともに1970年代の呪
縛を脱し、新たな生命力をもって甦ったのでした。

 アルタンの魅力はまず第一にレパートリィの新鮮さです。

 ドニゴール出身と言えばまずクラナドがいます。ミホール、トゥリーナ、マ
イレートのオドーナル兄妹がいます。ドーナル・ラニィも生まれはニューブリッ
ジですが、母方の実家はドニゴールで音楽のルーツはオドーナル兄妹と共通で
す。

 ですが、こうした人たちは必ずしもドニゴールのローカルなレパートリィを
前面に出すことはしませんでした。する時もうたが中心でした。ドニゴールは
ゲールタハトの一つで、うたは基本的にアイルランド語ですが、方言は別とし
て、アイルランド語の他のローカル伝統に比べて特徴的なところはありません。
ですから、かれらのうたにドニゴールのローカル色は薄かったのでした。

 ドニゴールにハイランズやジャーマン、マズルカなど、他の地域には見られ
ない、独特なダンス・チューンが伝わることは、アルタンの登場によって広く
世界の知るところとなったのです。より正確にはマレードの登場によってです。
フランキィが伝統音楽に接するのもマレードを通じてのことでした。

 ドニゴールはまた独自のフィドル・スタイルでも知られています。こちらは
トミィ・ピープルズによってある程度は知られていましたが、アルタンによっ
てより広く注目されることになります。

 ミッキィ&ジョンのドハティ兄弟、コン・キャシディなどのドニゴールの偉
大なフィドラーたちの存在やかれらのレパートリィがあらためて注目されるよ
うになるのも、アルタンの功績です。

 インストルメンタルだけではありません。アイルランド語ネイティヴである
マレードのうたもまた新鮮でした。マレードの美しくも親しみやすい声と発音
はアイルランド語のうたを一気に身近に引き寄せました。

 これを要するに、マレードが妙齢の魅力的な女性であったことは、大きなプ
ラス要因でありました。フィドラーとして前面に立ち、うたもうたい、バンド・
リーダーでもあるという女性は、少なくともアイリッシュ・ミュージックでは
マレードが初めてです。後にシャロン・シャノンの出現によって蛇腹のイメー
ジががらりと変わるように、ドニゴールのフィドル音楽とアイルランド語のう
たは、音楽自体の新鮮さに加え、担い手が若い女性であることで、一段と注目
を集め、輝きを増したのです。

 アルタンの魅力のふたつめは、演奏のスタイルがストレートであることです。
実際には肌目細かく入念なアレンジがほどこされています。ですが、それらも
すべて、全体がより直截的に、装飾が少なく聞こえるように工夫されています。
元の素材の味をできるだけ生かし、個々の曲の味を生に近い形で伝えようとし
ています。これは1970年代の方法論とは対照的です。あちらではアイリッシュ・
ミュージックの魅力をとにかく訴えることに主眼を置き、ときに大胆に伝統か
らはずれることも辞さないのでした。プランクシティもチーフテンズもデ・ダ
ナンもその点では同じです。

 音楽をアトラクティヴにして耳目を引こうとするのはやはりロックの手法で
す。アルタン以後にあっては、録音というメディアの性格からして化粧自体は
やむをえず必要ではあるものの、すっぴんに見せるための化粧を施す姿勢に変
わってゆきます。アルタンとならぶダーヴィッシュや、ベテラン勢がいわばア
ルタンに「対抗」して組んだパトリック・ストリート、名シンガー、レン・グ
レアムを擁したスカイラークなどなど、基本的な志向は共通しています。

 アルタンがすっぴんをめざしたその基盤には、自分たちの伝統音楽への揺る
ぎない信頼があります。自分たちが演奏しているアイリッシュ・ミュージック
はそのままで、特に化粧しなくても十分な魅力を備えている。ふだんの演奏は
そのまま歓びであり、誇りでもある。だから、できるかぎりふだんやっている
ものに近い形で、聴いてもらいたい。

 アルタンのメンバーは、もちろんアイリッシュ・ミュージックを最高の形で
演奏できる高い技量を備えていました。その点ではそれまでの、あるいはアル
タン以降の数多くの優れたミュージシャンと変わりません。この時期のアルタ
ンが特別だったのは、技量を裏打ちする音楽への信頼の篤さではなかったか。
ベテラン、若者、そしてわれわれのような外野の存在が、アルタンの音楽に接
してこぞって奮いたったのは、かれらのまったくびくともしない信頼と、そこ
から生まれる自信ではなかったか。今からふり返ると、そう思えます。

 アルタンの音楽が作り込んだものではなく、その場で自然発生していると聞
こえるのは、きっとそのせいです。一方で最大公約数的なセッションとは一線
を画した、すっきりと体の絞られた音楽でもあります。チーフテンズのように
フェアリーたちがころころとはしゃぎ回っているのでもなく、ボシィ・バンド
のように重い機関車が突進するのでもなく、高性能自転車が軽やかに風に乗り、
風を切って疾走してゆくようです。

 アルタンがドニゴールのローカル・バンドからアイルランド筆頭へ駆けのぼっ
たのが、このベスト盤の元になった5枚、とりわけ《レッド・クロウ》からの
3枚です。

 《レッド・クロウ》が出たとき、その出来映えのすばらしさにかれらの存在
に注目するとともに、新人バンドがこんなものを作って次はどうするのだと取
り越し苦労をしたものでした。《ハーヴェスト・ストーム》はしかし、そんな
身勝手な不安をあっさりと消しとばしてしまいました。これは頂点だ、アルタ
ンはベストだと、聞きながら踊りまわりました。ですから《アイランド・エン
ジェル》には驚きを通りこして呆然となりました。今でもこれをアルタンの最
高傑作とする人は少なくないでしょう。アルタンのみならず、アイリッシュ・
ミュージックの録音全体でも五本の指に入ります。これを聞いてピンと来なけ
れば、アイリッシュ・ミュージックとは縁がなかったと思ってください。シャ
ン・ノースのうただけが命という方はまた別ですが。

 この時期のアルタンが、自分たちにも納得できるライヴ録音をリリースして
いないのは、ですから何とも残念と言わざるをえません。ベスト盤についてい
るライヴは、レコード会社がバンドに無断で出したものでした。

 ダーヴィッシュとは対照的に、アルタンはライヴをほとんど出していません。
この他には、カントリーの大スター、ドリィ・パートンの《HEARTSONGS》の中
の〈バーパラ・アレン〉があるだけです。折りからアメリカ・ツアー中にゲス
トに迎えられたこの録音は、フランキィの最後の録音でもあります。

 アルタンがトップに昇りつめたことにより、ドニゴールのローカルなレパー
トリィとスタイルが、最新の、最もカッコいい音楽になったわけですが、この
ことはまたアイリッシュ・ミュージックの他のローカルなレパートリィやスタ
イルの再評価も呼び起こしました。シュリーヴ・ルークラやクレア、ケリィな
どの南西部、ダーヴィッシュのスライゴーなど、以前からそれと知られた地域
はもちろんですが、マクナマラ一族のおかげであらためて注目されたリートリ
ムのような例も出現します。

 少し角度を変えてみると、フランキィを音楽によって支え盛りたて、速度を
速めながら迫ってくる死に、一体となって直面する姿勢が、この時期のアルタ
ンの音楽の背後にはありました。と同時に、この三枚の三段跳びには「ケルティッ
ク・タイガー」と呼ばれたアイルランドの経済成長もダブって見えます。

 社会全体の昂揚感のなかで身内を失ってゆく痛みと、時間が限られている意
識が、ケルトの螺旋の回転速度を上げています。聴く者に抵抗する術はありま
せん。見ようによっては、これはアイリッシュ・ミュージックの極北でもあり
ます。こんな「厳しい」音楽はアイリッシュ・ミュージックからははずれるの
ではないか、という向きさえあるかもしれません。アルタン自身にしても、こ
んな音楽はこの時期一回限りのものです。

 もしアルタンを聴いたことがないのなら、このベストとライヴは格好の入口
になるはずです。あるいはこの時期のアルタンを聴いたことがないのなら、雪
融け水を浴びるような新鮮な音楽体験ができるでしょう。そしてこれを「すり
切れるまで」聴いたならば、どうか、オリジナルの5枚を順番に聞いてくださ
い。フランキィとマレード名義の《アルタン》とバンドとしてのデビュー《ホー
ス・ウィズ・ア・ハート》の助走から、三段跳びを体験してみてください。大
きく跳躍するためには、しっかりした助走が必要です。ここには独自の魅力が
あります。

 この時期、確かに、アルタンはすなわちアイリッシュ・ミュージックそのも
のでした。アルタンとともに、アイリッシュ・ミュージックも三段跳びに飛ん
でいったのです。

 フランキィとマレードのデビュー作《北の調べ》はまた、まったく別の話に
なります。それはまた次の機会に。

Frankie Kennedy & Maighread Ni Mhaonaigh《ALTAN》
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000005CNA/crancoilleblo-22/

Altan《HORSE WITH A HEART》
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000005CNR/crancoilleblo-22/

Altan《RED CROW》
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000005CO5/crancoilleblo-22/

Altan《HARVEST STORM》
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000005COF/crancoilleblo-22/

Altan《ISLAND ANGEL》
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000005CP2/crancoilleblo-22/

Dolly Parton《HEARTSONGS》
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000008NDX/crancoilleblo-22/


<おおしまゆたか:ここでもくり返しておく。LPもそうだったが、われわれ
はCDに入っている音を、まだ十分に引きだすことができていない。>

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== 編集後記 ==
・音楽の楽しみ方は人それぞれだとは昔から言われることですが、最近はより
具体的に「何で聴くか」で日常生活での音楽の位置がそれぞれ変わるのではな
いかとも思えます。(す)

・ミクシの mixi ミュージックで遊んでます。バーンズのうた全曲を「精聴」
しようという遠大な計画も始めました。いつまでもあると思うな、老後の時間。
やりたいことはどんどんやっておけ。(ゆ)
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          クラン・コラ:アイルランド音楽の森(ほぼ月2回刊)
                     Kanagawa - Kyoto, Japan
                    Editors: おおしまゆたか・洲崎一彦

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