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2009/07/31

<国際派時事コラム>日本史教科書を書くとしたら(下)

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http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi


◆■■■国際派時事コラム「商社マンに技あり!」■■■◆
          http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/


       日本史教科書を書くとしたら(下)



■■■■第274号■■平成21年7月31日発行■■■◆




 7月7日の前々号につづき、藤岡信勝さんら「つくる会」
が編集・発行にこぎつけた中学生向け教科書 『新編 新しい
歴史教科書』を批評したい。


■「自虐史観」ではないが「暗黒史観」だ ■


 古代から明治・大正時代までを文化の薫り高く描くこの教
科書は、昭和に至り俄然、モノクロの世界に突入する。

 日中戦争(日華事変)から大東亜戦争に至る戦争史が実に
詳しく語られる。

 その分、国民のふつうの生活も、文化の薫りも脇に置かれ
た。

 その時代に何がふつうだったのかを記述することを忘れ、
新聞ネタを列挙することに追われてしまった。

 これが残念だ。

 この教科書は、昭和前期の日本を一面的に悪玉視する「自
虐史観」へのアンチテーゼとして生まれた。

 だから日本がどうやって戦争へと追い詰められたか、そし
てどんな苦しみがもたらされたかについては、たしかによく
書けている。
 「善玉・悪玉史観」は克服できた。

 しかし思い入れが深すぎて、第二次世界大戦史にページを
割きすぎた。

 バランスのとれた教科書を創ることを目指したのに、けっ
きょくバランスを欠き、昭和前期を暗い戦争の時代として塗
りつぶしてしまった。

 「自虐史観」は克服したが、「暗黒史観」の肥溜(こえだ)
めにはどっぷり浸かったままだ。


■ 京城にモダンの花が開いた1930年代 ■


 昨年(平成20年)1月6日の産経新聞に、黒田勝弘さんが
書いている。

 韓国人が、ふつうにモダンだった京城(けいじょう)を再
発見しつつある、と。

≪韓国で“京城ブーム”が起きている。
「京城」 とは 韓国(朝鮮) が日本に統治されていた時代
(1910~45年)のソウルの名称。

韓国では近年、日本統治時代の歴史を収奪、抑圧、抵抗だけ
の「暗黒史観」ではなく、近代化による社会や人びとの多様
な変化を発掘し再評価する、歴史見直しの動きが活発だ。≫

≪30年代のソウル(京城)は、日本経由でもたらされた近代
的な洋風文化が人びとをとらえ、洋装ファッションはもちろ
ん喫茶店、カフェ、レストラン、映画館、百貨店などが定着
した。

思想的にもマルクス主義やアナキズム(無政府主義)、デカ
ダン(退廃主義)などが流入し、ラジオドラマが人気を呼ん
だ。

新時代、新文化の中で新女性など新しい人間像が生まれたが、
それらはこれまで韓国で歴史教科書などを通じ教えられてき
た「暗黒の日帝時代」のイメージとは異なるもので、若い世
代を中心に関心を呼んでいる。≫

≪こうした“歴史見直し”についてマスコミは
「日帝時代にも楽しいことはあったという視角で30年代を新
しく見ようという試み」(ハンギョレ新聞)
であり、
「今や慰安婦や強制労働、貧困など低開発の汚らしい記憶に
代わり、われわれもどこか、カッコよく洗練された過去を持
つことになった」(週刊ハンギョレ21)
などと評している。≫


■ 暗黒史観のままでは韓国人に笑われる…… ■


 黒田さんの記事のキーワードは、「30年代」である。
 昭和5~14年にあたる。

 この時代のソウルに、モダンな都市文明の花が咲いた、と
いう話である。

 朝鮮にかぎらず、台湾・台北の30年代も華やいでいた。
 当時の台北のようすを記録した分厚い写真集を台北の書店
で手にしたことがあって、迷った末に買わなかったのが今頃
になって悔やまれる。

 ソウル・台北がそうなのだから、日本本土(内地)もまた
1930年代はモダンな生活様式がふつうの存在として定着した
時期だった。

 「モボ」(モダンボーイ)、「モガ」(モダンガール)と
いうのが大正時代の流行語になったが、それはモボ・モガが
新奇な存在だったからだ。

 昭和になって、モボ・モガという用語は消える。
 それはモボ・モガがいなくなったからではなくて、みんな
がモボ・モガになってしまったからだ。

 歴史の教科書の役目は、その時代の新奇な出来事を追うだ
けではなく、その時代に何が普通のことだったかを記述する
ことだ、というのがわたしの持論だと述べた。

 その流儀でいえば、
「モダンな都市文明が定着した昭和前期」
と題して、内地および台湾・韓国・満洲帝国のふつうの生活
に、1ページ半くらいは割いてほしかった。

 それでこそ、これまでの教科書へのアンチテーゼたりえた
ろうに。

 そこに昭和前期シュルレアリスムの代表作として、たとえ
ば古賀春江(こが・はるえ)の油彩画 「海」(昭和4年の
作品)を掲載したなら、時代の印象は一段とちがったものに
なるはずだ。

 そして、 昭和17~18年ごろから、疎(うと)ましい 軍事
社会主義による統制が生活をどう激変させたかを、残る半ペ
ージで記述すれば、見開き2ページで昭和前期の文化と生活
の全体像を語れる。


■ 戦後史のページ数を 2.5倍に ■


 この教科書の戦後史は精彩を欠く。
 ページ数の割り振りが少なすぎる。編集上の根本的な欠陥
といってよい。

 全240ページのうち、第二次世界大戦後のだいじな半世紀
に充てられたのは、わずかに15ページしかない。

 いっぽう古代史は、15ページつかって縄文・弥生時代を詳
述し、ようやく卑弥呼の登場。

 さらに15ページで、ようやく天武天皇に行き着く。
 さらに15ページで、ようやく密教の伝来と国風文化。
 さらに10ページ進んで、ようやく壇ノ浦の合戦だ。

 わたしから見れば、まことにバランスを欠いている。

 日本の古代からの統治システムは応仁の乱で破産し、戦国
時代という溶鉱炉をくぐりぬけて、新たな日本が誕生した。

 応仁の乱までの日本史は、文化史と偉人伝を中心にすえ、
皇室のあり方の変遷をおさえておけば足りる。
 平安時代の終りまでの55ページは30ページに圧縮できる。

 その分を戦後史に充てれば、15ページしかない貧相な記述
は40ページに拡張され、満足のいく記述ができるはずだ。

 日中戦争・大東亜戦争の記述にじつに20ページもつかって
いることを思えば、それがバランスというものだ。


■ 戦後賠償を語ってほしい ■


 戦後史を15ページから40ページに拡充して、何を語るか。

 たとえば「戦後賠償」について、もっと語るべきだ。

 この教科書は、極東国際軍事裁判(東京裁判)については
1ページものの歴史コラムで論じ、GHQの行った巧妙かつ
徹底した検閲にも触れている。
 これは、この教科書の数ある長所のひとつだ。

 しかしその一方で、戦後賠償についての記述がほとんどゼ
ロなのは、何としたことか。

 それらしい記述は唯一 「中国から引きあげてきた人びと」
という写真の説明に

≪こうした人たちは海外で築いた財産をほとんど失い、引き
上げの途中に亡くなったり、家族を失った人も多かった。≫

とある箇所くらいだ。

*

 この教科書と同じ判型(B5判)で全192ページの高校教
科書『現代の日本史』(山川出版社)を見てみよう。

 わたしの手元にあるのは平成5年 文部省検定済のものだ
が、日ソ復交・国連加盟の後にこんな記述がある。


≪一方、東南アジア諸国は、戦時中に日本軍によって加えら
れた損害に対する賠償を請求していた。

当時、日本の支払い能力はかぎられていたので、賠償額をめ
ぐって交渉は難航した。

講和直後から着手された賠償交渉は、まず吉田内閣によって
ビルマ(現ミャンマー)と協定が成立し、その後は鳩山内閣
によるフィリピン協定、岸信介内閣によるインドネシア協定
でいちおうの決着がついた。

しかし、中国および韓国との関係改善は、のちの課題として
残された。≫


■ 汗と涙の民間賠償 ■


 『現代の日本史』は、ビルマ・フィリピン・インドネシア
の それぞれの交渉妥結時の写真も掲げ、写真説明には賠償
額や支払条件まで細かく書き込んでいる。

 日本の戦後賠償は、それくらい詳しく記述する価値がある。
 日本国民はじつに律儀に戦後賠償をおこなったのだから。

 それが国民常識になっていないから、慰安婦賠償を情緒的
に主張する人びとが現代社会で勢いを得たりする。

*

 戦後賠償を語るときしっかり書き込んでもらいたいのは、
中国・台湾・韓国・朝鮮国に対する賠償だ。

 敗戦・引揚時に日本人が放棄した民間資産が、すでにして
巨額の賠償となっていたこと。


 台湾・朝鮮・満洲に残した民間資産(工場その他の都市イ
ンフラ、個人資産)は、日本国民が無償で明け渡した。

 しかし国際法上は、敗戦国民だからといって民間資産の無
償明け渡しの義務などない。

 たとえば日本企業が台湾に建てた工場は中国国民党が接収
し、満洲に建てた工場は中国共産党が接収してしまった。

 しかし、もともと日本企業には工場をタダでくれてやる筋
合いはない。
 日本企業には法的な請求権が残る。

 その請求権を日本政府が代表して放棄してしまったのが講
和であって、ここにおいて莫大な賠償が確定した。

 そういう視点で、中国・台湾・韓国・朝鮮国に対してなさ
れた日本国民による汗と涙の戦後賠償のことを記述してこそ、
ほんとうの国民の歴史となる。


■ 消費税にまつわる攻防戦 ■


 日本人ほど、中央政府の財政赤字に鈍感で、消費税(付加
価値税)の導入・税率引上げに過剰な拒絶反応を示す国民は、
世界的に見て まれである。

 財政赤字をいくら増やしても政権は安泰だが、消費税の導
入・税率引上げでは討ち死にが続いた。

 どこでボタンを掛け違えたのだろう。
 戦後史のだいじなテーマのひとつだ。

 諸外国ではさほどの大騒ぎもなく社会に定着した税率10~
20%の消費税が、日本ではいまだに原理的な悪であるかのよ
うに扱われる。

 今や日本人のかなりの割合の人びとが海外旅行を通じて、
高率の付加価値税を課している国の生活を垣間見ているはず
なのだが。

 いっぽう、国家財政の破綻は、税収アップか狂乱インフレ
のいずれかでしか解決できないのが経済の常識なのに、日本
人はじつにお気楽なのである。
 野党に媚びる経済学者の諸氏はじつに罪深い。

 日本人はどうしてこんな国民になってしまったのだろう。

 戦後史をひも解けば解明できそうな気がする。


■ 企業も、歴史の主体のひとつとして ■


 「薩摩藩」や「会津藩」は、歴史を語るとき主語になれる。

 「政友会」や「自民党」も主語になる。

 ところが「ソニー」や「トヨタ」のような企業は、なかな
か主語にしてもらえない。

 日本の経済や科学技術、国民生活を語るとき、歴史の主語
を「個人」か「政党」か「政府」に限定する従来の記述法は
時代遅れだと思う。

 貿易摩擦、海外進出、技術開発、特許取得……
 戦後史のさまざまな事象が、企業を主語にすることなしに
は語れない。

 科学技術を語るとき、主語を個人にすることにこだわるか
ら、ノーベル賞受賞者の名前を列挙することで事足れりとし
てしまう。

 日本企業が達成した技術革新は、ろくに触れられることも
なく。

 それではバランスのとれた歴史は書けない。

 企業を主語にするときはじめて、メディアの功罪も新聞社
・通信社・放送局の実名を挙げて語れるようになる。

 メディアが、その影響力の割りに日本史から免罪されてき
たのも、企業名を主語にしないという遅れた歴史記述法に原
因があるのではないか。

=

『新編 新しい歴史教科書』(全240ページ)は、中学校用
の歴史教科書として、平成21年4月に文部科学省の検定に合
格した。

『日本人の歴史教科書』(発行・自由社)1,500円
に、その全容がそのまま掲載されている。

===

◆ 読者から ◆

 吹田市にお住まいの読者から7月29日にメールをいただき
ました。


≪いつも「なるほど」と思いながら拝読させていただいてい
ます。
『新編 新しい歴史教科書』の紹介記事も斬新な切り口でし
た。

学生のときから日本史が好きだったのですが、古代の「貧窮
問答歌」から、近世では重税と一揆といった暗い庶民の歴史
には、末裔として暗澹たる気持ちがしていました。≫

≪井沢元彦さんの著作で知ったのですが、加賀百万石のあの
百万石は領地全体での田んぼの収穫量を表していて、大名の
取り分ではなく、個々の耕作者のいわば課税標準でした。

しかも太閤検地以来、江戸期には全国的な検地はほんの2~
3度実施されただけです。

当然、新田開発や山間の隠し田も増加していたので、実際の
耕地は増えていました。

しかし、検地をやると増税に繋がるので農民や領主が抵抗し
つづけた結果、課税標準は 100年も 200年も前のままで据え
置かれ、実際の収益に近い税収を得るために、7割も8割も
の課税をされたという説で、納得しました。

いくらなんでも収入の七割も八割も徴税されたら、すべての
農民は餓死して、翌年から徴税できなくなります。

「瓦版のネタよりも、当時の常識を知りたい」
というのも共感を覚えました。

資料偏重の歴史学会では、資料に無いものは当時の状況から
推測できることでも「無かった」ことになってしまいます。

現代でも当たり前のことは記録にはなかなか残りません。

家庭のビデオを数百年後に歴史家が研究すれば、当時の日本
では頻繁に家族旅行をしていた大家族旅行時代だったと記述
されかねません。

新しい歴史教科書が中・韓の横やりで潰されないように願っ
ています。≫


===


▲ 後記 ▼


  さいきんのコラム子のブログ記事から ――

(全文を読むにはリンクを開いてください)


民主党政権は福田康夫政権の肌触り 
http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/diary/200907300000/

 民主党政権はどんな肌触りだろう。
 福田康夫政権のようになると思えば、わかりやすい。

 7月22日の日本経済新聞34面に、自民党が全面広告を打っ
ていた。

 トピックスは
「安全保障」(テロ・海賊対策、日米安保、北朝鮮)
「教育」(教育の正常化)
「憲法」(改憲に向けた議論の推進)
の3本だった。

 これらの課題があるから、わたしは自民党に投票しつづけ
る。
 
 福田康夫政権では、これら3つの課題への取り組みが一斉
にしぼんでしまった。
 麻生太郎政権が安倍晋三路線に戻ることを期待していたの
だが、不発だった。

 結果的に、自民党に自民党らしさがなくなり、いっぽうの
民主党には田中角栄風の自民党らしさが小沢一郎氏によって
注入された。

 自民党と民主党のどちらでも大差ないという、あきらめの
果ての境地がうまれた。

 民主党が政権を取っても、経済政策に大きな変化は期待で
きない。
 消費税を引き上げない限り、何も変わらない。
 財源が無いのだから。

 安全保障・教育・憲法の3つの課題には、民主党は「引き
こもり」を貫くだろう。


==


<泉 幸男 著>


   『中国人に会う前に読もう  第一線商社マンの目』 

『日本の本領(そこぢから)  国際派商社マンの辛口メモ』

               通 信 販 売 も 受 付 中
         http://homepage2.nifty.com/sai/mart/


==

■主宰   泉 幸男(いずみ・ゆきお Izumi Yukio)

http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/
(旗艦ウェブサイト。これまでの号もここで見られます)
http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/
(週に3回ほど更新しているブログ)

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