2009/07/07
<国際派時事コラム>日本史教科書を書くとしたら(上)
↓ 週3回更新のブログはこちら http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi ◆■■■国際派時事コラム「商社マンに技あり!」■■■◆ http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/ 日本史教科書を書くとしたら(上) ■■■■第272号■■■平成21年7月7日発行■■■◆ 日本史も、人それぞれに書き方があるだろう。 わたしなら、第1章を「ポケモンにも歴史がある」と題し てみたい。 ピカチュウなどのポケットモンスターが、ゲームソフトの キャラクターとして登場したのは、平成8年(1996)だった。 けれどポケモンの歴史は、すくなくともその30年前、昭和 41年(1966)までさかのぼる。 「ウルトラマン」がテレビで放映された年だ。 恐竜などの爬虫類や鳥類・昆虫など実在動物の枠のなかで 巨大生物として作られてきた 「怪獣」。 それが、バルタン星人やレッドキングなどバラエティ豊か なキャラクターデザインで、発想の垣根を一気に飛び越えた。 シュールで、カラフルで、キュビズムの絵から抜け出てき たような、「キャラクターのデザイン革命」が起きたのだ。 ポケモンは、確実にその革命の延長線上にいる。 ■ ウルトラセブンのカプセル怪獣 ■ 「ポケモン」を企画したのは田尻 智さん(昭和40年生ま れ)。 はじめは、「カプセルモンスター」という名前の企画だっ た。平成2年(1990)のことだ。 田尻さんは「ウルトラセブン」のファンだった。 ウルトラセブンに出てくる「カプセル怪獣」が、田尻さん の「カプセルモンスター」発想のヒントになった。 カプセル怪獣というのは、ウルトラセブンに変身するはず のモロボシ・ダン隊員が何らかの理由で変身できないとき、 いわば助っ人として悪役怪獣と戦わせるための、巨大な善玉 モンスター。 いつもは、モロボシ隊員のベルトにつけたカプセルのなか に入っている。 危機状況にこのカプセルを投げると、ミクラスとかウィン ダムといったカプセル怪獣が登場する。 負けそうになると、カプセルに戻してやる。 この辺のコンセプトが、ポケモンにそっくり受け継がれて いる。 「ウルトラセブン」は、昭和42~43年(1967~68)にテレ ビ放映された。 これがポケモンという設定の源流なのだ。 ■ 日本史に根を張るポケモン ■ 日本のソフトパワーの世界進出を象徴する存在、「ポケモ ン」。 ピカチュウは日本の生んだミッキーマウスといっていい。 発表当初は150種類のポケモンだったが、その後どんどん 追加されて、いまでは493種類のポケモンがいる。 ポケモンは、平成8年(1996)に突然できあがったわけで はない。 ひとりの企画者にすべての手柄があるわけでもない。 「ウルトラマン」「ウルトラセブン」までさかのぼってみ ることもできるし、他にもいろいろな切り口がある。 「コンピューターゲームの歴史」という切り口がある。 「キャラクターカード蒐集の歴史」という切り口だってあ る。 昭和46~47年にかけて流行した「仮面ライダーカード」ま でさかのぼることは確実にできる。 そこから、野球選手の絵入りのメンコにまでさかのぼらせ て考えるかどうか…… ……などと語りだすと話が尽きず、夜が明けそうだ。 ポケモンひとつ取っても、さまざまな歴史の川が注ぎ込ん でいる。 ポケモンもまた、日本史にしっかり深く根を張っているの だ。 ■ 個人史を記憶喪失したとしたら ■ 朝、目覚めてみると記憶を喪失していたとしたら……。 とつぜん目にする身のまわりの家財にびっくりする。 これらのモノは、いつから、なぜここにあるのか? なぜか親しげな、あるいはひどくぞんざいな人たちが傍に いる。 この人たちはいつからこうしているのだ? 疑問の渦。 過去にさかのぼって事実を知りたくて、ものすごい焦燥に かられるはずだ。 仕事をしようとしても、過去のいきさつをいちいち確かめ なければ、判断がつかない。 誰に感謝をし、誰に文句を言わねばならないのか? それを知らないでいると、たいへんな粗相をし、悔しい思 いもする。 ……個人が記憶を失うとそういう悲劇が起こるから、そう ならないように脳が個人史を残している。 ■ 生きるための疑問に、物語で答える ■ 国の歴史も、同じことなのかもしれない。 もし自分が記憶を喪失して目を覚ましたらと仮定して、周 囲をもういちど見渡してみよう。 政治制度や経済の仕組み、多様な文化、ふしぎな科学技術 の数々……。 きっと、いまのこの瞬間の外面(そとづら)を知るだけで は満足できない。 過去にさかのぼり、どういういきさつで今の姿になったの か、それを知らなければ理解した気がしない。 ひとつ知れば、10の疑問がわく。 あふれる疑問に答えるには、もはや断片的なクイズの問い と答えでは追いつかない。 物語で答えるしかない。 * 藤岡信勝教授をはじめとする執筆陣の力作 『新編 新しい歴史教科書』(中学生用) は、過去2回の「つくる会」の教科書に比べて、文化史に力 を入れており、明治前期に至るまでの160ページほどは、 美術史の本かと思うほど、あでやかだ。 時代ごとに、当時は何がふつうのこととされていたのか? という視点で記述しようと努めているところが、いい。 そんなの、あたりまえではないか、と思われるかもしれな い。 だが、これが難しいのだ。 ■ 歴史は事件とハプニングで語れるか ■ 総選挙も近づいたから、選挙報道を例に引く。 新聞や週刊誌で大きな見出しになるのは、番狂わせの当選 ・落選(ハプニング)である。 選挙違反(事件)となれば、扱いはとりわけ大きい。 逆に、「投票率は前回同様に xx %だった」というような 意外性(ニュース性)に乏しい事柄(一般状況)は、隅の方 で、さらりと述べられるだけ。 週刊誌なら取り上げもしない。 もしも歴史を書くひとが、新聞の見出しの大きさで記述対 象を選んだら、たいへんなことになる。 歴史は、事件とハプニングで埋まり、選挙違反や番狂わせ の当選者のことが詳述される。 それを読むひとは、 「なんと愚かで救いようのない国民であったか!」 と暗澹(あんたん)たる思いに包まれるのみだ。 ほんとうに時代の節目となるほどの事件は、歴史に書き込 む必要がある。 しかし、歴史を書くひとが努めて拾い上げなければならな いのは、当時あたりまえと思われて気にもとめられなかった ような、事件とは対極にある「一般状況」のほうだ。 ■ 身分制度は「職業による身分の区分」■ 『新編 新しい歴史教科書』の109ページ、「江戸の社会の 平和と安定」を読むと、こんな記述がある。 ≪江戸時代の身分制度は、職業による身分の区分であり、血 統による身分ではなかったから、その区別はきびしいもので はなかった。 百姓や町人から武士に取り立てられる者も、反対に武士から 町人などになる者もいた。 武士の家でも、長男が家を継げば、二男・三男らは農家の養 子になることもあった。≫ こんなことは、江戸時代の瓦版には書かれなかったはずだ。 当時の一般状況・常識だったのだから。 ところが今の我々からすれば、明治維新の際になぜ「四民 平等」が短期間で社会に浸透したのかを理解するための大事 な手がかりだ。 同じ109ページに、こんな箇所もある。 ≪幕府は、年貢を安定して確保するため、田畑の売買を原則 として禁じるなど、百姓の生活をさまざまに規制した。 百姓は年貢を納めることを当然の公的な義務と心得ていたが、 不当に重い年貢を課せられた場合などには、百姓一揆をおこ してその非を訴えた。 幕府や大名は、訴えに応じることもしばしばあった。≫ ここで注目すべきは 「百姓は年貢を納めることを当然の公的な義務と心得ていたが」 という箇所だ。 ■ 瓦版のネタよりも、当時の常識を知りたい ■ 江戸時代の農民というと、いかに重税に苦しみ、一揆をお こしたか(=事件、ハプニング、瓦版のネタ)を根暗に語る のが、定番になっていた。 そういう教科書は、明治維新になると こんどは 「地租改正によって、農民の生活は江戸時代よりむしろ苦し くなった」 と説明するから、読む側は「あれ?」と思う。 どんどん苦しくなる一方だ。 たぶん、社会主義革命が成功するまでは……(!) * 江戸時代の一般状況・常識を知りたい我々には、 「百姓は年貢を納めることを当然の公的な義務と心得ていた が」 という一言が、新鮮に映る。 言われてみればその通りだろう。 現代の我々だって、税金が安くて困っている人はまずいな いだろうが、それでも 「税金を納めることを当然の公的な義務と心得てい」るのも 事実だろう。 「税金など無くしてしまえばよい」と本気で考えている者 は、いくら不景気の昨今でもきわめて少数だろう。 江戸時代とて、そうだったはずだ。 そういう一般状況にあえて言及することによって、この教 科書はバランスのとれた記述を得た。 ■ 藩によって税率が、まちまち ■ ちなみに地租改正のところは、こうある。147ページから。 ≪江戸時代の年貢は収穫高にもとづいて米を物納するもので、 税率も各藩でまちまちであった。 この地租改正により、地価の3%にあたる地租を貨幣で納め る制度に改められたので、全国の土地に一律に課税すること が可能になり、政府の歳入は安定した。 地租改正は、土地を保有する農民に土地所有権を正式に認め、 そのうえで納税の義務を課すものだった。≫ ここも、プラス要素とマイナス要素がバランスよく記述さ れている。 「田畑の売買を原則として禁じ」ていたのが、「土地所有 権を正式に認め」る世の中に変わったわけだ。 (いまの中国は、この辺をうろうろしながら出口を探して いますね。) 「江戸時代の税率が藩によってまちまちであった」 という のも、言われてみればそうだったろうと合点がいくが、これ に言及した中学生用教科書はこれまで少なかったのではない か。 じつは、大事なポイントだと思う。 江戸時代に税率が低かった農民は、全国一律の税率を当然 不満に思ったろう。 えてして、そういう声だけが記録される。 逆の場合(江戸時代より税率が下がった場合)もあったは ずだが、そういうとき農民は黙っているものだ。 そして、そちらのほうは歴史に残らない。 ■ 昭和はモノクロの世界? ■ 『新編 新しい歴史教科書』の「昭和」から「平成」に至 る部分は、ひとつひとつの記述はよく書けていると思うが、 大東亜戦争に重点を置きすぎて、文化の香りがすっ飛んでし まった。 わたしならこう編集したのに、と思うことがいろいろある ので、その辺を次号で述べてみたい。 = 『新編 新しい歴史教科書』(全240ページ)は、中学校用 の歴史教科書として、平成21年4月に文部科学省の検定に合 格した。 『日本人の歴史教科書』(発行・自由社)1,500円 に、その全容がそのまま掲載されている。 === ▲ 後記 ▼ さいきんのコラム子のブログ記事から ―― (全文を読むにはリンクを開いてください) 海水からウランを取り出して、原発の燃料にできたら http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/diary/200907040000/ 「海水からウランを採取する」という、神様からの贈り物 みたいな技術の研究が進んでいる。 報道を読んで、勤務先の商社に入社したてのころ 直属の T課長から聞いた話を思い出した。 昭和50年代後半。 サウジアラビアに納入した海水淡水化プラントが動きだし ていた。 T課長の上司が思いついた。 「海水には金(きん)などの希少性の高い金属が溶け込ん でいる。 普通の海水から採取しようとしたらコスト高になるが、海水 淡水化プラントからの排水なら、水をかなり取り去った濃縮 状態の海水だから、金属採取が効率的にできるのではないか」 T課長の上司のすごいところは、思いつきを即座に行動に 移したことだ。 「ただちに、海水淡水化プラントからの排水を取り寄せて、 金属採取が可能か確かめよ」 と指示を出し、実験させた。 結果は 「金属採取は、とても無理」 ということで、それっきりになったのだけど、絵に描いたよ うな商社マン像で、若いころ聞いて以来わすれられない話に なった。 == <泉 幸男 著> 『中国人に会う前に読もう 第一線商社マンの目』 『日本の本領(そこぢから) 国際派商社マンの辛口メモ』 通 信 販 売 も 受 付 中 http://homepage2.nifty.com/sai/mart/ == ■主宰 泉 幸男(いずみ・ゆきお Izumi Yukio) http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/ (旗艦ウェブサイト。これまでの号もここで見られます) http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/ (週に3回ほど更新しているブログ) ■発行者への通信は mailto:t-izumi@f5.dion.ne.jp いただいたメールは、引用することがあります。 引用内容が政治性を強く帯びたものについては、掲載につ いて ご本人の事前了解をいただくつもりですが、 この辺の 采配は発行者にお任せいただくしかありません。 発信者氏名は原則として公開しません。公開する際は、ご 本人の事前了解をいただきます。 掲載するメールは、発信者の居住地名(市ないし県名)を できるだけ書かせていただきたく、それについてお問合せを することがあります。 ■このメールマガジンの転送・転載はご自由にどうぞ。 ■このメールマガジンの内容は、主宰の勤務先の見解とは無 関係です。このメールマガジンは、主宰の勤務先による監修 その他のサポートを一切受けておりません。主宰の勤務先に おいて守秘対象とされる事項は一切含まれておりません。 ■メールマガジン(配信誌)のお申込み・解除は、以下のペ ージでどうぞ http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/mailmag.htm ------------------------------------------------------ このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐま ぐ』を利用して発行しています。 http://www.mag2.com/ (マガジンID: 0000063858) ------------------------------------------------------


