2009/05/08
<国際派時事コラム>国会議員を「世襲」と呼ぶ虚構
↓ 週3回更新のブログはこちら http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi ◆■■■国際派時事コラム「商社マンに技あり!」■■■◆ http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/ 国会議員を「世襲」と呼ぶ虚構 ■■■■第267号■■■平成21年5月8日発行■■■◆ 例の「議員の世襲制限」の一件で、民主党の鳩山由紀夫幹 事長が記者会見しているのをテレビで見たときは、あきれた。 だって、曽祖父(ひいおじいさん)の時代から代々国会議 員を務めておられるわけですよ、鳩山兄弟は。 その主張をよく読むと、国会議員の子が国会議員になるこ とまで制限しようというものではなかった。 なるほど。 ■ 民主社会の選挙民を愚弄していないか ■ はじめ、議員の「世襲」という言い方を聞いたとき、不正 確な語法を不快に思った。 たとえば、江戸時代の大名は原則として「世襲」であった。 が、もし仮に大名就任が領民による普通選挙を経るのなら、 代替わりをマジに「世襲でした」と歴史書に書くだろうか。 朝鮮国のような100%万歳(マンセー)選挙は論外として、 今日の日本国で行われているていどに何割かの大名が入れ替 わる選挙戦だったとしたら……。 それを「世襲」と呼ぶだろうか。 社会学者・歴史学者にお聞きしたい。 まして、近代憲法のもとで選挙戦を経て選ばれた議員が、 政治家の子息・子女だったとして、それを「世襲」と呼ぶの は 民主社会の選挙民をあまりに愚弄(ぐろう)してはいないか。 世のメディアは、選挙戦報道で稼いだ挙句、どの面(つら) さげて 「選挙など茶番です。あの議員って、世襲なんですよね」 と解説するのか。 論点を腑分けして、選挙を 「真剣勝負の場」 たらしめる 社会的責任を負う者こそ、メディアのはず。 そのメディア自身が「世襲議員」などという用語を いけしゃあしゃあと使う神経! ああ、恥ずかしい。 ■ 後援会の世襲を制限 ■ で、民主党の言う「世襲制限」ですが、 その主張をよく読めば、政治家の子息・子女が政治家とな ることを制限するものではない。 「3親等以内の身内が前回当選した選挙区での立候補は許さ ない」 → 党の執行部が他の選挙区をあてがってやれば、OKだ。 (党の執行部の指導力が高まる。) 「3親等以内の身内の資金管理団体を利用して選挙戦を進め るのを許さない」 → 資金管理団体(=後援会)をいったん解散し、名を変え、 役員を若干入れ替えて別の団体を作ればOKだろう。 カネは前の後援会の解散時にいったん選挙参謀らに持た せ、再結成時に再度拠出させればいい。 選挙区に根を張った後援会という私的団体を「世襲」する ことを禁止しようという案だが、抜け穴はいくらでもある。 この「世襲禁止」を党の方針として行うのはご自由。 民主党は「後援会の世襲」を法律で禁止したいと主張して いるが、無理スジだ。 私的組織を親族で継承することを国の法律で禁止するのは、 憲法第14条違反になる。 議員の子息・子女を「門地により」「政治的、経済的又は 社会的関係において、差別」することになるからね。 ■ 州知事が登竜門の、米国にならえば ■ 2世・3世議員が悪いとは言わないが、新しい血が入った ほうが政治は面白くなる。 同感だ。 なぜ2世・3世議員が政界の要職を占めるのか。 議員の序列を「当選回数」で決めているからだ。 30代で国会議員になって当選回数を積み重ねれば、50代に は大臣をこなして次のステップがある。 ところが、30代から安定して当選を重ねるのは、政治家2 世でないとむずかしい。 いっぽう、官界・実業界で経験を積み、50代でようやく国 会議員になったとしよう。 たちまち、20代の記者に「チルドレン」呼ばわりされる。 いかに有能でも当選1回で大臣・副大臣ということはない。 当選回数を4回、5回と重ねる頃には、すっかりお爺さん だ。 それが見えているから、有能な三重県知事や宮城県知事が 国会議員にならず、大学の先生になる。 米国の大統領を見れば、州知事経験を踏み台にして国政の 中核に乗り込むケースが多い。 日本も、たとえば県知事1期を「国会議員当選4回」に勘 定することにすれば、県知事当選が人材登用の登竜門になる から、政治がぐっと面白くなる。 ■ 閉ざされた世界に反発して ■ ところで、 『独立外交官 ―― 国際政治の闇を知りつくした男の挑戦』 (カーン・ロス Carne Ross 著、英治出版・刊、1,700円+税) が、さわやかで面白かった。 無謀ともいえる知の冒険を追体験させてくれる本だ。 「独立外交官」とは? 原題は Independent Diplomat. 「フリーランス外交官」あるいは「生き方としての外交官」 と訳したら、イメージが湧くかもしれない。 一国家に所属することが身上(しんじょう)と思われてい る「外交官」という職分を、あえて多国籍に生きる「総合商 社化」してしまったカーン・ロスさん。 彼は、平成元年(1989)に英国外務省のエリートコースに 入った。 安穏な人生を望めば確実にいずれかの国の大使となり、 「サー」の称号もほぼ約束された境遇。 勤務8年目にして外相のスピーチライターを務めたあと、 連合国組織(いわゆる“国際連合”)の安保理イギリス代表 部に勤務した。 そして、イラクを巡る外交がいかに現実から遊離したとこ ろでもてあそばれているか、身をもって知る。 カーン・ロス氏は、平成16年(2004)に英外務省を辞めて、 いわば外交の「総合商社」である Independent Diplomat と いう組織を立ち上げる。 そして、何をしたのか。 ■ ひたむきさと空しさ ■ 「外交」の右も左も分からない新興勢力、たとえば コソボ や ソマリランド のような「国家」のヒヨコが存在する。 すべての主権国家は平等だというタテマエは、薄皮にすぎ ず、国家のヒヨッ子には国際会議場の席すら満足に与えられ ないときがある。 かつて、世にも恵まれた英国外交官として外交の流儀のオ モテとウラ、ひたむきさと空しさを駆け抜けたロス氏。 その彼が、こんどはそのノウハウと自らの正義感・バラン ス感を頼りに、舞台裏でアドバイスとお膳立てをする。 よちよち歩きの国家が国際社会で生きていけるよう助力す る非政府組織が Independent Diplomat だ。 『独立外交官』の第10章までの記述はやや冗長だが、ロス 氏がなぜ英外務省を辞め、あえて海図なき航海を選んだのか、 納得がいく。 担当者の視点から見た外交現場の内幕を、思い切って さらけ出してある。 最終章の第11章で、がぜん読み手は身構えざるをえない。 「外交の終わり」を、彼は語りはじめる。 「外交官を廃止」せよと言い出す。 ■ 外交官が営々と築く虚構の城 ■ 無政府主義者? あるいは唾棄すべき「ボーダーレス」讃美の地球市民殿? よく読むと、そうではないのだ。 自分の利益を代表する国家を持てぬことこそ、どんなに かわいそうな悲劇となるか、ロス氏はたとえば西サハラの民 の現実を見て、身に沁みて知っている。 彼の思考の底流には 「国家をまともに機能させるにはどうしたらよいのか」 という尽きせぬ自問がある。 だから、カーン・ロス氏の生き方は、無謀なようでいて健 全なのだ。 ロス氏があえて「外交の終わり」「外交官の廃止」を言う のは、彼の真摯な反省に由来する。 諸国の外交官が、代々つくりあげられた約束事に乗っかっ て、事あるごとに「虚構」の世界を築き、そこに安住してい ること。 外交官でない者が入り込めない「聖域」を作ることが諸国 の外交官の共通の利益となっていること。 それを、実例を挙げて指摘する。 むしろ、経済問題も、環境問題も、外交官など通さず、経 済官僚や環境官僚が直接交渉することが当たり前の世の中に なりつつある、その流れを押し進めればよい、とロス氏は言 う。 いまや、内政と外交の垣根は無いのだ、と。 ■「首相府」「儀典庁」…… ■ コラム子流にいえば、外交の外交たる所以(ゆえん)は、 交渉相手国との長年にわたる貸し借りの閻魔帳(えんまちょ う)を管理することにある。 その閻魔帳に従って、譲るところと死守するところのメリ ハリをつけるのが外交当局だ、とされてきた。 たとえば農業では譲って工業で潤えるよう、関係省庁間の 調整を図る、とか。 しかし、考えてみれば、関係省庁間の調整をして国益の極 大化を図るのは、外交当局ではなく「首相府」が担うべき仕 事だろう。 また、その対極にある「外交儀礼の貫徹」という仕事も、 たとえば「儀典庁」を設けて、現在の宮内庁の仕事の一部も 含め国内・国外の儀式典礼を一括して取り仕切らせることは 可能だろう。 条約内容を司る外務省の条約局の中核が、内閣法制局と合 体すれば、国内・国外を問わず法令・条約の整合性を管理す る機関たりうる。 そう考えてくると、内政と外交のあいだの垣根とは何なの か? という問いに帰結する。 ■ 常任理事国でないとチョイ役にもなれない…… ■ 国が並び立つ限り、外交はなくならないし、それに携わる 有能な人材も必要だ。 しかし、外交のつわものたちが、安易な約束事で成り立つ 「虚構の世界」に浸ることなく、現実に真摯に向かい続ける には、どんな組織であれば良いのだろう。 そういう問題提起をしたのが『独立外交官』だ。 * それにしても、この本に連合国組織の安保理常任理事国と しての中国は、ときたまチョイ役で出てくるが、日本はエキ ストラとしてさえ全く登場しない。 安保理の常任理事国でないと、目下の外交世界では存在感 の確保さえ至難の業(わざ)だということを、図らずも教わ った。 <関連ブログ・書き込みはこちらへ> 「世襲制限」でなく「身内候補制限」と言うのが適切 http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/diary/200904280000/ === ▲ 後記 ▼ さいきんのコラム子のブログ記事から ―― (全文を読むにはリンクを開いてください) NHKドラマ 「遥かなる絆」 を見て思うこと http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/diary/200905030000/ NHK総合、土曜夜9時の6回連続ドラマ「遥かなる絆」。 第1回を見ていないが、第2回・第3回をはらはらしなが ら見た限りは、誠実な姿勢で制作されているように見える。 かつての 「大地の子」 のような骨太さがある。 このドラマの第2回を見ながら思ったのだが、付和雷同 モードの中国人に対抗するための会話本を出してみたい。 たとえば、中国人に言いたい放題を言われたときに言い返 す開口一番は “這是 ni 説的。” 直訳すれば 「それは、あなたが言っていることだ」。 つまり 「おまえが勝手に言っているだけじゃないか」 「もういっぺん言ってみろ」 といったニュアンスを帯びる。 天安門事件も中越戦争も文化大革命も、そしてもちろん現 在進行形のチベット文明破壊も、正面から見据えることがで きない中国。 その言い分など、いったん論争を始めれば怖くない。 しかし、決裂するのは至極簡単で、短期決戦で相手をぐっ と黙らせるのは難しい。 そういう言葉の殺陣(たて)の術を考える本があれば。 破壊的でない喧嘩の術こそが、日本と中国の友好への大き な貢献になるものと信じる。 == <泉 幸男 著> 『中国人に会う前に読もう 第一線商社マンの目』 『日本の本領(そこぢから) 国際派商社マンの辛口メモ』 通 信 販 売 も 受 付 中 http://homepage2.nifty.com/sai/mart/ == ■主宰 泉 幸男(いずみ・ゆきお Izumi Yukio) http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/ (旗艦ウェブサイト。これまでの号もここで見られます) http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/ (週に3回ほど更新しているブログ) ■発行者への通信は mailto:t-izumi@f5.dion.ne.jp いただいたメールは、引用することがあります。 引用内容が政治性を強く帯びたものについては、掲載につ いて ご本人の事前了解をいただくつもりですが、 この辺の 采配は発行者にお任せいただくしかありません。 発信者氏名は原則として公開しません。公開する際は、ご 本人の事前了解をいただきます。 掲載するメールは、発信者の居住地名(市ないし県名)を できるだけ書かせていただきたく、それについてお問合せを することがあります。 ■このメールマガジンの転送・転載はご自由にどうぞ。 ■このメールマガジンの内容は、主宰の勤務先の見解とは無 関係です。このメールマガジンは、主宰の勤務先による監修 その他のサポートを一切受けておりません。主宰の勤務先に おいて守秘対象とされる事項は一切含まれておりません。 ■メールマガジン(配信誌)のお申込み・解除は、以下のペ ージでどうぞ http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/mailmag.htm ------------------------------------------------------ このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐま ぐ』を利用して発行しています。 http://www.mag2.com/ (マガジンID: 0000063858) ------------------------------------------------------



