2009/01/19
<国際派時事コラム>人名用漢字・再論(下)
↓ 週3回更新のブログはこちら http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi ◆■■■国際派時事コラム「商社マンに技あり!」■■■◆ http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/ 人名用漢字・再論 (下) ■■■■第257号■■平成21年1月19日発行■■■◆ 人名用漢字は、韓国にもある。 拙著『日本の本領(そこぢから)』86頁の解説を引くと、 ≪韓国では人名用漢字は段階的に増やされ、直近の平成17年 1月1日の追加でもってついに5038字に達している。≫ ≪韓国では日本の約2倍の漢字を役所が認知しているわけだ。 日本の漢字制限が、ままごとに見えてくる。≫ 『日本の本領』を出したのは平成18年9月だった。 その後、平成19年2月15日に 韓国の人名用漢字は さらに 113字追加され、都合 5,151 字となった。 詳細は、以下のサイトをご覧ください: http://www.agiirum.co.kr/h_sj_disp/h_sj_gle.php3 (韓国語のサイト。個々の漢字がいつ人名用漢字に指定され たか、検索できます。) ■ 法人名につかう漢字に制限はない ■ さて、前号の「訂正篇」に引き続き、今号は「主張篇」。 人名用漢字かくあるべし、というコラム子の意見を述べた い。 ものごとは、極論から入ると理解しやすい。 人名用漢字はあるが、法人名用漢字というのは存在しない。 法人名に使う漢字に制限はないのである。 だから、昭和45年設立の「三菱自動車工業株式会社」も、 「三びし」と混ぜ書きせずに法人名を登録できた。 昭和45年当時、「菱」の字は当用漢字でも人名用漢字でも なかったから、「菱太(りょうた)」くんのような人名は、 戸籍登録不可能だった。 しかし、「三菱自動車工業」は法人名として登録できた。 (「菱」の字は平成16年9月に人名用漢字に加えられた。) 法人名に漢字制限がなくて、日本社会に混乱が起きている だろうか。 起きているようには見えない。 だから、人名の漢字制限も基本的には無用というべき。 これが議論の原点だ。 ■「龍」を4つ並べた漢字は勘弁だ ■ とは言うものの、奇人・変人の来訪を想定せねばならぬ戸 籍登録窓口としては、何らかの制限を設けたいというのは分 かる。 使える文字に何らの制限もないとすると、どうなるか。 鈴木さんや田中さんが役所の市民課の窓口に来て、 おもむろに、 新生児の名はウルトラの星にあやかって 「鈴木M78」 と付けたいとか、 あるいは、 ヨンさまにあやかって 「田中ヨンジュン」(しかもヨンジュンはハングルで!) と付けたいとか言い出したら、えらいことになる。 漢字には、「龍」を4つ並べたすごい字もある。 画数、じつに64画(かく)。 「テツ」という音読みの漢字として、これを実際に名づけ に使った江戸時代の例が、笹原宏之著『日本の漢字』(岩波 新書)の86頁に紹介されている。 こんな字はJIS規格にも収められていないから、新生児 の名前に使われても普通のワープロソフトではとても対応で きない。 戸籍登録窓口にしてみれば「勘弁してくれ」ということに なるだろう。 ■ 和文タイプの2千字の文字盤 ■ だから、昭和23年1月1日施行の戸籍法に一定の漢字制限 を盛り込んだことは理解できる。 「戸籍法」第4章の「第2節 出生」第50条の現行文言は ≪子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。 (2)常用平易な文字の範囲は、法務省令でこれを定める。≫ とある。 この「常用平易な文字」の範囲は、国会の審議を経ること なく、法務省の権限で決めるのだ。 戸籍法が施行された昭和23年といえば、和文タイプの文字 盤で1字1字裏返しの活字を拾っては打つのが最先端だった 時代だ。 漢字、ひらがな、カタカナ、数字、ローマ字を合わせて 2千字ていどの文字盤で日常の用が足せるようになることを 少なからぬ日本人が夢見た時代であった。 だから、戦後の名づけの漢字制限は「1,850字の当用漢字 のみとする」ことから始まった。 ■ 訓(よ)み方は自由放任 ■ 使える漢字の数は制限しても、漢字の読み方はまったく自 由とされた。 ここがポイントである。 新生児「鈴木 一」ちゃんの名は 「おさむ」「すすむ」 「はじめ」「ひとし」「まこと」など、どう読ませてもいい。 日本の漢字システムの最大の「難しさ」は、訓(よ)み方 の多様さにあるのだ。 戸籍法にもとづく漢字制限がもし仮に「漢字の読みやすさ ・学習のしやすさ」の実現を主眼に行われたのであれば、漢 字の読み方にも一定の制限なり指針なりを設けるのがスジだ ろう。 しかし、人名漢字の読み方について、けっきょく法務省は 何ら制限も指針も出さなかった。 法務省にしてみれば、国民が「鈴木 一」という名前を読 みあぐねることなど問題ではなく、新生児の名が和文タイプ で容易に打てる範囲に収まるかどうかが問題だった。 ここがポイントである。 法務省による人名用漢字の制限は、国民の漢字読解能力を 考慮してのものではなく、あくまで印刷事務の便宜のためな のである。 ■ 基本的人権と公共の福祉 ■ そもそも、漢字を自由に使うのは、基本的人権のひとつで はないか。 たとえば、皇族のお名前に「仁」の文字が代々使われてい るからといって、 「一般国民の新生児の名には<仁>の文字を使ってはならな い」 などと国家権力が制限を設けるとすれば、どうか。 憲法上のいかなる規定に基づいて許される漢字制限なのか という大論争になるだろう。 国家が本気で漢字制限をたくらむなら、出版物を検閲して 難しい漢字をかな書きにするよう命令を出すしかないが、日 本国憲法第21条第2項に ≪検閲は、これをしてはならない。≫ と定めがある。 国家権力が文字制限に乗り出すための憲法上の根拠は、憲 法第12条の後半にあると言えよう。 ≪……国民は、これ(=自由及び権利)を濫用してはならな いのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任 を負ふ。≫ 自分のペンネームを「ヨンジュン」とハングルで書こうが 「龍」が4つ並んだ画数64画の漢字を使おうが、自由だ。 それが基本的人権。 しかし、日本国の戸籍法に基づいて役所に登録する名前に ハングルや「龍」4つの漢字を使おうとされては、公務上の 支障が生ずる。 つまり「公共の福祉」に反する、のである。 ■ 事務処理技術が変える「公共の福祉」の基準 ■ 文字政策における「公共の福祉」とは、何だろう。 それは、文書作成・通信伝達に事務的な支障を来たすかど うか、という一点で判断されるべきだろう。 つまり、和文タイプライターを使う時代と、パソコン・ケ ータイの時代では「公共の福祉」の基準もおのずと異なる。 和文タイプ時代には、新生児の名を和文タイプ文字盤2千 字ていどの中に収めることが「公共の福祉」であったろう。 稀にしか使われぬ漢字を新生児の戸籍に打つために、別の 文字盤から字を拾ってくるのは面倒だ。 活字が無い場合は、もっと厄介だ。 いっぽう、パソコン・ケータイの時代には、まずはワープ ロで打てる字、メールに使える字が、「公共の福祉」にかな うと言うべきだ。 少なくとも、JIS規格の第1水準に属する漢字(2,965 字)と第2水準に属する漢字(3,390字)の合計6,355字は、 いまの日本のパソコンやケータイで必ず使えるから、この範 囲の漢字は「公共の福祉」に合致した文字というべきだ。 JIS規格の第3水準以上の漢字になると、メールやブロ グで文字化けしたり、使えなかったりする。 しかし、第2水準以下であればそういう問題は起きない。 ■「天璋院」さまにあやかると公共の福祉に反する? ■ 昨年のNHK大河ドラマ「篤姫」のおかげで、「天璋院 (てんしょういん)」の「璋」の字は一般の日本人にもずい ぶん親しいものになった。 子供の名として「璋子(しょうこ)」とか「璋美(たま み)」といった名づけは国語上は可能なはずだが、現行の戸 籍法施行規則では「璋」を新生児の名づけに使うことは禁止 されている。 「璋」は常用漢字でも人名用漢字でもないから。 しかし、JIS規格の第2水準には含まれているから、あ らゆるワープロソフトやメールシステムで「璋」の字は使え る。 「璋」の字は「常用平易な文字」ではないというのが法務 省の見解だが、その見解は和文タイプの時代には通用しても ワープロ・ケータイの時代には全く通用しない。 「璋」の字を使うことは、「公共の福祉」に全く反しない のだ。 これを子供の名づけに使ってはならないという法務省令 (戸籍法施行規則)こそ、憲法違反と言うべきである。 ■ 結論としては ■ 戸籍法に基づく漢字制限は、「漢字使用の目安」といった ソフトなものではなく、一定の範囲外の漢字の使用を例外な く禁止するという極めて厳しい性質のものである。 文字の自由な使用という基本的人権を、「公共の福祉」の 美名のもとに制限する以上、その制限はつねに抑制的でなけ ればならず、納得のいく説明がつくものでなければならぬ。 少なくとも、JIS規格第1水準・第2水準に属する漢字 は、事務処理上の公共の福祉に反しないのであるから、戸籍 法上の「常用平易な文字」(=人名用漢字)と解釈するのが 日本国憲法を生かす道であると、コラム子は考える。 そうすれば「璋」の字も、「矜持(きょうじ)」の「矜」 の字も、「鉄」の正字体の「鐵」の字も、みな人名用漢字と して使えるようになる。 みな、JIS第2水準の漢字だから。 じつに納得がいくのである。 この改正に、国会の審議は不要だ。 戸籍法の運用の仕方を改めるのであり、法務省の権限で戸 籍法施行規則第60条を変えて、制限を緩めれば実現できる。 ■ 3つの例外 ■ いったんJIS第1水準・第2水準の全 6,355 字を「常 用平易な文字」と考えるものの、以下のような3つの例外を 設けたい。 いずれも、相当の理由がある。 第1の例外。 JIS規格の作成時に誤って収録してしまった漢字や、音 義のはっきりしない漢字(いわゆる「幽霊漢字」)は、当面 戸籍登録には使えないこととする。 これに異論はないだろう。 例が「妛」というJIS第2水準の漢字。 タテに、山・一・女 が並んだ字だが、真ん中の「一」が じつは余分だった。「妛」は、ウソ字なのである。 笹原宏之著『日本の漢字』(岩波新書)の82〜85頁に詳し く解説されている。 第2の例外。 「亠」や「凵」のように、部首の説明のために存在するよ うな字も除く。 あまりに記号的で、人名にはなじまない文字だから。 第3の例外。 異体字を認めるのは、原則として1字までとし、多くとも 2字までとする。 あまりに多くの異体字が戸籍簿に並存すると混乱の元にな るから、この制限は公共の福祉にかなうものと考える。 たとえば「鉄」の異体字としての正字体「鐵」があるが、 これは戸籍登録用に認める。 また「銕」という異体字も能楽の世界で「銕之丞(てつの じょう)」の名が名高いので、戸籍登録用に認める。 JIS第2水準にはこのほか「鐡」という異体字もある。 字の真ん中の下部が、「鐵」とは異なっている。 この「鐡」は名づけには使えないことにする。 「鐵」と「鐡」は、字形の違いがあまりにわずか。 違いの少ない異体字をすべて戸籍登録用に認めていたら、 さすがに混乱が懸念される。 「鐵」と「銕」でもって、異体字2文字までの指定席が埋 まった、という整理にしよう。 ■ 3つの補足 ■ ◎「鴎」や「騨」など: JIS規格の第1水準に入っている「鴎」。 現在のところ、人名用漢字に入っているのは「區+鳥」の 正字体のほうだ。 文学者「森オウ外」の「オウ」の字。 JIS第3水準の漢字なので、配信誌(メールマガジン) では使えないが。 「鴎」の字体は常用漢字でも人名用漢字でもないので、現 状では子の名の戸籍登録には使えない。 異体字も1〜2字までなら認めよというのがコラム子の主 張なので、それを敷衍すれば簡易字体の「鴎」も、子の名づ け用に認めざるを得ない。 (じつは「鴎」という簡易字体は虫唾(むしず)が走るほど 嫌いなのだが……。) もちろん、「區+鳥」の正字体も、引き続き人名用漢字の 位置づけを維持することは言うまでもない。 すでに人名用漢字として認められている漢字は、JISの 第1・第2水準でなくても、引き続き子の名の戸籍登録に使 えるものとする。 いっぽう、「飛騨」の「騨」は、どうか。 現状では、つくりを「単」に略した字体がJIS第1水準 にある。(人名用漢字でないので、名づけには使えない。) しかし「騨」の字の印刷標準字体は、つくりが「單」の形 の正字体のほうだ。これはJIS第3水準。 この場合、「騨」も「馬+單」の字形も、どちらも戸籍登 録に使えるものとする。 ◎第3水準・第4水準の漢字は: 将来、IT技術が一新してJIS第3水準・第4水準の漢 字もメールやブログなどに広く使えるようになった暁には、 縁起のよい文字を中心に人名用漢字の範囲をさらに広げる。 たとえば、JIS第3水準の玉ヘンの漢字を見ても、 「王+秀」とか「王+宛」、「王+奇」、「王+其」のよう に、過去に人名に使われていながら人名用漢字に指定されて いないものが幾つもある。 このような漢字へも、将来的には戸籍登録使用の門戸を開 くべきだ。 ◎「読めない……」: こうして、人名用漢字の字数を今よりさらに3千字ほども 増やすことになるから、読めない漢字も多いだろう。 かくいうコラム子も、第2水準の漢字は読めないもののほ うが多い。 読みが難しかったり読みを迷いがちな人名には、文書の初 出時のふりがなを社会常識として励行しよう。 そうすれば、実生活上の不便はほとんど生じないだろう。 ■ 新常用漢字試案について ■ ところで1月17日の各紙朝刊に、常用漢字表に新たに追加 する 191 字の表が掲載された。 仔細に眺めて、たいへん気に入った。 何がよいといって、 「常用漢字表に収めるための字体整理」 などと称して新たな簡易字体を作らなかったことが、よい。 国家権力が漢字の一点一画をいじる時代は、もうこりごり だ。 こと文化・文明に関しては、国家権力は、伝統と常識を追 認しておればよいのだ。 * 【主な参考図書】 ・ 新潮社 編 『新潮日本語漢字辞典』 (平成19年 刊) <以下の4冊は、読みやすい順に並べてみました。> ・ 小駒勝美(ここま・かつみ)著 『漢字は日本語である』 (新潮新書、平成20年 刊) ・ 小池和夫 著『異体字の世界』(河出文庫、平成19年刊) ・ YOMIURI PC 編集部・著 『パソコンは日本語をどう変えたか 日本語処理の技術史』 (講談社・ブルーバックス、平成20年 刊) ・ 笹原宏之(ささはら・ひろゆき)著 『日本の漢字』 (岩波新書、平成18年 刊) === ▲ 後記 ▼ さいきんのコラム子のブログ記事から ―― (全文を読むにはリンクを開いてください) 道州制に反対 近畿は「2府2県」がよい http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/diary/200901060000/ 今年も 「道州制はデカすぎる」 で論陣を張ります。 1月3日の『産経新聞』1面左肩コラムで加地信行(かじ ・のぶゆき)さんが書いていた。 見出しは 「すんなり進まぬ近畿州議論」。 その結論を見ると、実質的にコラム子と同じことを言って おられるのだ。 「国家による雇用創出」と「国家による雇用」を履き違えて 生まれる社会主義待望 http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/diary/200901080000/ 1月6日の日経夕刊コラム「十字路」に中前 忠 さんが、 目下の緊急事態に対処するための雇用創出の処方箋を書いて いる。 中前さんはイメージを分かりやすくするために「第2自衛 隊」を作って多様な国家事業を起こして雇用を創出せよと言 っている。 しかし、わたしはむしろ 「国鉄事業団」 と呼びたい。 戦後、外地から戻った膨大な余剰労働力を吸収させた国営 事業組織といえば「国鉄」、日本国有鉄道である。 その国鉄が、事業多角化で海岸のゴミ拾いまで手がけるよ うになるというイメージ。 大反対なのである。 == <泉 幸男 著> 『中国人に会う前に読もう 第一線商社マンの目』 『日本の本領(そこぢから) 国際派商社マンの辛口メモ』 通 信 販 売 も 受 付 中 http://homepage2.nifty.com/sai/mart/ == ■主宰 泉 幸男(いずみ・ゆきお Izumi Yukio) http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/ (旗艦ウェブサイト。これまでの号もここで見られます) http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/ (週に3回ほど更新しているブログ) ■発行者への通信は mailto:t-izumi@f5.dion.ne.jp いただいたメールは、引用することがあります。 引用内容が政治性を強く帯びたものについては、掲載につ いて ご本人の事前了解をいただくつもりですが、 この辺の 采配は発行者にお任せいただくしかありません。 発信者氏名は原則として公開しません。公開する際は、ご 本人の事前了解をいただきます。 掲載するメールは、発信者の居住地名(市ないし県名)を できるだけ書かせていただきたく、それについてお問合せを することがあります。 ■このメールマガジンの転送・転載はご自由にどうぞ。 ■このメールマガジンの内容は、主宰の勤務先の見解とは無 関係です。このメールマガジンは、主宰の勤務先による監修 その他のサポートを一切受けておりません。主宰の勤務先に おいて守秘対象とされる事項は一切含まれておりません。 ■メールマガジン(配信誌)のお申込み・解除は、以下のペ ージでどうぞ http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/mailmag.htm ------------------------------------------------------ このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐま ぐ』を利用して発行しています。 http://www.mag2.com/ (マガジンID: 0000063858) ------------------------------------------------------


