2006/01/06
国見弥一の銀嶺便り(348号)
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国見弥一の銀嶺便り
http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/ 06/01/06 vol.348
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昨年末、一週間ほど仕事を休んだしわ寄せで、今月はあと二週間はタイト
なスケジュールが続く。図書館どころか買い物へ行く時間もない。自宅で
は、ひたすら食っちゃ寝の生活である。合間を見てパソコンに向かい、ロ
ッキングチェアーに体を沈めて夢の中で舟を漕ぐばかりである。それでも
ない知恵を絞って季語随筆を綴っている。言葉の世界はとめどない想像の
世界だとつくづく感じる。想像の翼は乗っているはずの人などお構いなし
に羽ばたいていってしまう。振り落とされないよう懸命にしがみついて、
ほんのわずかな成果でもいい、我が手にしたいのだけど、さて、どうなる
ことやら。
目次:●1.初鏡…化粧とは鏡の心を持つこと?
●[後欄無駄]:
●1.初鏡…化粧とは鏡の心を持つこと?
「初鏡」などと、冬一月の季語の中でも無骨で野卑な小生には凡そ無縁な季語を
選んだ:
http://www.haiku-st.co.jp/main/kigo/kigo_all/kigo01.html
昨年の一月に採り上げた「初化粧」の時も、冒頭で「初化粧だなんて、これま
た小生には一番、似つかわしくないような季語(季題)を表題に選んでしまった」
などと書いて忸怩たるというか、一応は躊躇いがちに書いているのだという謙遜
というより、以後の小文の中身の貧相さを弁解するような口ぶりを示していた。
化粧は小生は記憶する限り自分では試みたことがない。
遠い昔、悪戯でお袋の鏡台にあった口紅をちょっと差してみたことがあったよ
うな気がするが、何事にも臆病な小生のこと、その紅の先には赤い闇が口を開け
て潜んでいそうで、深入りすることもなくさっさと逃げ去ってしまった。
とはいっても、関心は少なからずあるようで、恐る恐る及び腰でとなるが先月
も「鏡に向かいて化粧する」の中でも化粧を扱ったばかりである:
http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/12/post_a266.html
さて、「初化粧」でも書いているが、「初化粧」と「初鏡」とは(もっと言う
と、化粧と鏡とは)切っても切れない関係にある。余程慣れているか、急いでい
る時でもない限りは、化粧は鏡を使わざるを得ないはずである。化粧は鏡に映る
自分の顔姿を見ながら施されていく。美容院のように他人(専門家)の手に委ね
る時でさえ、鏡は必需品のようだ(男の小生は推測・憶測するしかないのだが):
http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_6.html
そのことを「初化粧」の中では、一言で、「化粧と鏡、鏡と女性、この三角関
係の中にだけは男性は立入る術もない」と書いている。
実際、俳句の世界でも、「初鏡」の類題・傍題が「初化粧」なのである:
http://homepage1.nifty.com/haiku-souken/report&essay/kigo-aki.shinnen.htm
小生は「初化粧」でさらに、以下のようにも書いている:
女性が初めて化粧する時、どんな気持ちを抱くのだろうか。自分が女で
あることを、化粧することを通じて自覚するのだろうか。ただの好奇心で、
母親など家族のいない間に化粧台に向かって密かに化粧してみたり、祭り
や七五三などの儀式の際に、親など保護者の手によって化粧が施されるこ
ともあるのだろう。
薄紅を引き、頬紅を差し、鼻筋を通らせ、眉毛の形や濃さ・長さそして
曲線を按配する。項(うなじ)にもおしろいを塗ることで、後ろから眺め
られる自分を意識する。髪型や衣服、靴、アクセサリー、さらには化粧品
などで多彩な可能性を探る。
見る自分が見られる自分になる。見られる自分は多少なりとも演出が可
能なのだということを知る。多くの男には場合によっては一生、観客であ
るしかない神秘の領域を探っていく。仮面を被る自分、仮面の裏の自分、
仮面が自分である自分、引き剥がしえない仮面。自分が演出可能だといこ
とは、つまりは、他人も演出している可能性が大だということの自覚。
化粧と鏡。鏡の中の自分は自分である他にない。なのに、化粧を施して
いく過程で、時に見知らぬ自分に遭遇することさえあったりするのだろう。
が、その他人の自分さえも自分の可能性のうちに含まれるのだとしたら、
一体、自分とは何なのか。
仮面の現象学。
(転記終わり)
さらには、「スカートの裾の現象学」をデッサン風に書いた後、以下のように
も書いている:
仮面は一枚とは限らない。無数の仮面。幾重にも塗り重ねられた自分。
スッピンを演じる自分。素の自分を知るものは一体、誰なのか。鏡の中の
不思議の神様だけが知っているのだろうか。
(中略)
化粧。衣装へのこだわり。演出。演技。自分が仮面の現象学の虜になり、
あるいは支配者であると思い込む。鏡張りの時空という呪縛は決して解け
ることはない。
きっと、この呪縛の魔術があるからこそ、女性というのは、男性に比し
て踊ることが好きな人が多いのだろう。呪縛を解くのは、自らの生の肉体
の内側からの何かの奔騰以外にないと直感し実感しているからなのか。
いずれにしても、踊る女性は素敵だ。化粧する女性が素敵なように。全
ては男性の誤解に過ぎないのだとしても、踊る女性に食い入るように魅入
る。魅入られ、女性の内部から噴出する大地に男は平伏したいのかもしれ
ない。
(転記終わり)
そう、見られるように、化粧を表面的にデッサンしてみるだけでも既に鏡の現
象学、それとも仮面の解釈学に足を踏み入れざるを得ないのである:
http://www.adm.u-tokyo.ac.jp/adm/k-kouen/002_f/r_sakabe.html
化粧とは仮面に過ぎないと言い切るのは簡単だ。
けれど、仮面舞踏会ではないが、仮面をかぶることによって素顔の自分、生の
自分、覆い隠している欲望と野心とが剥き出しになることもある。違う自分を化
粧することによって演出しているようでいて、実は案外と素の自分の一部、化粧
しなかったならば可能性の海に漂流したままに終わるかもしれないエゴが露呈さ
れているだけなのかもしれない。
化粧を日々施すと言う営為を通じて、それこそメビウスの輪を辿るようにして、
女性は知らず知らずのうちに表情ということ、表現ということ、演技ということ、
装うということの秘密の領域に踏み入れてしまうのでもあろう。
そこには男には窺い知れない深紅の闇の世界が果てしもなく広く広がっていて、
男がうっかり覗き見ようものなら底なしの沼に溺れ行くばかりとなるに違いない。
いずれにしても、化粧はもう一つの鏡なのだ。見る人の目線と偏見をそのまま
に映し返すものが鏡というのならば。他人の思惑など跳ね返すものが鏡に他なら
ないというのなら。
だからこそ、化粧と鏡は一体なのであろう。
さて、「初鏡」についても、「初化粧」の中で既に説明を与えてあって、「新
年に洗面を済ませてから初めて向かう鏡」だとのこと:
http://www5c.biglobe.ne.jp/~fuga/haikusaijiki/houseki/sk_l.html
「初鏡」なる季語の織り込まれている句をネット検索して探してみると、「髪豊
かなるも母似や初鏡 浅田伊賀子」が複数のサイトで引用されているのが
分かる。
他に、「紅させば生きる唇(くち)なり初鏡 金子せん女」が例によって
「ikkubak 2004年1月3日」の中で見つかった:
http://sendan.kaisya.co.jp/ikkub04_0101.html
さらに、「初鏡右手衰えし左利き 山中蛍火」や「初鏡娘のあとに妻坐
る 日野草城」など:
http://www.haiku-data.jp/kigo_work_list.php?kigo_cd=2500
「いつまでも女でゐたし初鏡」なる句をひねり出した「鈴木真砂女(すずき・ま
さじょ)」という女(ひと)がいたことも書き添えておきたい:
http://www.bishinkai.or.jp/column/037/contents.htm
初鏡覗き見る我睨む君
初鏡見る見るうちの他人顔
化粧して初めて心寛(くつろ)げる
はがれない化粧を素顔と君の言う
初鏡想い描く人誰でしょか
目の奥の瞳さえもが鏡張り
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●[後欄無駄]:
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